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第168話 魔王機よりも

『それが君の性癖ですか?』


 魔王核を砕き、スティルを助け出した大和に投げかけられた労いの言葉がこれだった。

 前後の道理を弁えず、現状を客観的に見れば確かにその通りかもしれないが、些か配慮が足りない言葉だと腹に据えかねる。


「やかましい! こちとら精根尽き果て、立ってられないんだぞ、今だって落ちやしないかビビってる方が強いわ!」


 へたりと、座り込んだ大和の腕の中には全裸のスティルが居る。

 意識は無く、しな垂れるように崩れ落ちた身体を、大和が介抱する様に抱き留めている状況だ。

 妖精と見紛うばかりの肢体だが、今の大和には性的に興奮するだけの余裕も、体力もなかった。

 魔王核を割るのに多大な集中力を費やし、スティルを抱きとめホッとしたせいか、身体を支えていた一切の力が抜け崩れるように座り込んでしまった。そしてそこは至龍王の胸部装甲の上部、吹き曝しの上、地上15メートルは有ろう高さだ。


 落ちれば軽く死ねる。


 確かに全裸で気を失ったままのスティルに、上着の一つでも掛けてやりたいが、満足に体が動かない。

だから仕方なくつぶさに観察するくらいしかできないが、これも助平心ではなく、スティルの安全面を考慮しているに過ぎない。


『・・・変態にしか見えませんがね』

「こっちだって、好きでやってるわけじゃない。だいたい、そう思うなら、お前が上着の一つも掛けてやってくれれば良いんだぞ、レイジー」

『・・・仕方ありませんね』


 深く内に溜めた様々な感情を吐き捨てるかのような溜息を吐き、レイジーは操縦席の搭乗口を開け、至龍王のスティルの隣に降り立つ。ふと大和に違和感を覚え、視線をやると、左手に握らたままであるはずの刀は既に鞘に収まっており、右手はスティルを抱え込むように廻されていたが、容易く柄に届く位置に有った。

 一体、何時の間にと言う疑問がレイジーに過る。大和の動向から目を離しつもりは無かったが、その上を行かれた様だ。

 迂闊な行動か、言動により、あの刃が自分を斬りに来る。魔王核をも貫き破壊した刃だ、ただの人間でしかない自分に防ぐ術はなく、ただの人間を凌駕した大和を出し抜ける自信は露と消えた。

 警戒しそれに備えるだけの余力は残してあったようだ。それとも、それを成すための演技だったかと疑念が湧く。少なくとも大和の意図しない、害意ある行動を取れば、自分の首が身体から離れるという危険は確実に潜んでいると感付き、スティルを奪うと言う行動を取ることは諦めた。

 レイジーにして、まだ単機で魔王機と対峙していた方がマシだと思えてしまった。


「そう恐ろしい形相で睨まないで下さい。最早何もする気はありませんよ」


 タオルケットでそっとその裸身を隠す。

 その仕草に大和は不快そうに顔を歪める。


「その厚ぼったいコートを掛けてやるんじゃないのかよ?」

「ああ・・・そう言う意図ですか。残念ですが、出所が特定されそうなものは少し控えさせてもらいたいですね。これでも帝国ではお尋ね者の身であるので。・・・それも量販店で買った極庶民的な物ですから足は着きませんよ」


 レイジーの言葉に、大和は「そういう意味じゃないんだが」と望んだ行動をはぐらかされた事に、顔を歪めた。


「ところで魔王機は?」

「完全に沈黙、炉心の破壊に成功した・・・ようです。でなければ私ものこのこと機体から出てきません」


 氷漬けになった操縦席は、博龍王がしっかり監視しているし、主動力と操縦士を失った魔王機・・・MSSは流石に動くことはできない。それがMSSという強力な兵器が無人化されない理由でもあり、最期の安全装置でもある。

 それでも尚、動こうと言うのであれば、完全に別次元のバケモノであり、魔王機関ですら討伐指令を出さざるを得ない、全人類の敵でしかない。


「しかし、魔王核を破壊するなんて、君はどれだけ変態なんですか。歴史上、どんなに優れた勇者でも、神の使徒でも成し得なかった偉業ですよ」

「そんな実感はないね。ただ敵だったから斬っただけだ。全ての敵を斬るのが影崎流の本懐だからな」


 敵だから斬ると言う単純な思考の元、剣を振るい続けようやくその実感を大和は感じ取っていた。自分の剣はここまでできる、自分の剣に費やした時間は無駄ではない、自分は無価値ではない、役立たずでもない。

 そう、僅かに実感しだしていた。


「それ故に破断剣に至るのですか。・・・それが影崎の異常性だと知った方が良いですね」

「やかましいわ! だいたい、ハダンケンって何だよ?」

「・・・人類が至れる剣の最奥義。神も魔も、法も情も全ては破壊し割断させる剣・・・と言い伝えられています」

「へぇ・・・あれがねぇ。こっいではそう呼ばれているのか? 確かに影崎の理念と通ずるところは、あるけど・・・」

「剣の道のみに生きた達人が百年の修練の果てに至れる狭き門とも、君はその年でそこに至っている異常性を認識した方が良い。普通の人間には到達し得ない極地です」


 レイジーの忠告とも嫌味とも取れる言葉に、確かにと呟きを零し大和は黙考する。

 今時の日本で、剣の鍛錬の為にと生まれた時から強要を重ねられていたのだ。物心ついた段階で、既に現代のインフラから隔離された生活環境で、ひたすら剣を振っていた。

 あの頃の敵は、空腹と孤独。師である祖父が鍛錬に着いてくれている時は、厳しくともそれからは逃れられた。退屈や暇を感じることはなく、生きるために必死だった。金を使う場所もなく、食事などは祖父が差し入れとして持ち込んでくれる僅かな量しかなく、それ以外は自給自足だ。

 痩せた畑で野菜を栽培し、魚を捕ったり木の実を拾ったりして食い繋ぐしかなかった。本当に食べるものが無い時は、雑草や木の皮や虫まで食べ、命を繋いできたのだ。

 分校の級友にその事を話したら、異界の生物でも目撃したかのような形相でドン引きされた。今時、そんな生活は頭がおかしいと言われ、それを実感したのは中学に進学し町に出てからだ。余りの生活環境の変化に、着いて行けるか自身は無かったが、一月も町で暮らせば慣れてしまった。

 中学校による義務教育の為の拘束時間が長くなったが、分校へ通っていた時ほどの労力は要らなくなった。

 自給自足の生活は、事実上不可能になる為、食糧を購入するための生活費が潤沢に渡され、飢えから解放された。


――まあ、その分爺さんの出す課題の難易度が跳ね上がり、剣を振る時間を増やすしかなかったんだが・・・。


 その結果、思考に余裕が生まれ、他者と自分の比較をするようになり、反抗期と相まって祖父に反抗するようになった。最もその直後に「生意気だ」と叩きのめされ、反抗するにも剣の腕を磨かねばならないと学んだが。

 そして、自分の居場所が分からなくなった。

 影崎の異常性などとレイジーに言われるまでもなく、日本で影崎大和は異常であり、居場所を失っていたのだ。

 そのせいで、いや、それ故にこの世界に勇者として呼ばれたのに役立たずと称され、戦士としては異常であると言われる。


「ともかく、これで私共は失礼いたします」


 色々と難しい顔で百面相をしている大和に飽きたのか、溜飲が下がったのか、そう言ってレイジーは踵を返す。

 帝国から見れば新しい英雄である大和と、魔王機関の狗で国家に仇成した犯罪者であるレイジーが、だべっている姿と言うのも余り外聞の良いモノではない。


「タオルケットはどうする?」

「差し上げますよ。今更姫様から取り上げて肌を晒させる趣味はありませんし・・・代金代わりと言っては何ですが、魔王機は回収させて頂きます」


 本来なら、戦利品として大和が所有権を主張しても良いのかもしれないが、こんなものがあれば、また帝国内で騒動が起こることは火を見るよりも明らかだ。火種にしかなりそうもないガラクタなど、廃品として回収して貰うのが一番だろう。


「それは、ヤバイな。このタオルケット・・・たぶん世界で一番高価だ」

「それぐらいの価値が無ければ、姫様の肌には合いませんから・・・ああ、そうそう。やっぱり魔王機関に来ませんか魔王様?」

「その気はない。・・・面倒だし、億劫だ」

「分かりました。気が変わればいつでもおいで下さい。その時は名実ともに魔王様として受け入れましょう」


 最後の捨て台詞は気に食わなかったが、必要以上に険悪にならない事で、帝国が魔王機関からちょっかいを掛けられる可能性は減ったと見てもよさそうだと、大和は胸を撫で下ろすのだった。





 大和は夢を見ている事を自覚した。

 何故なら、何も無い空間に大和自身がもう一人、居るからだ。

 それが満足げに、静かに嗤う。嫌に鼻に着く顔だ。


「よくやった魔王オノザドルブ」


 そう声を掛けられ、鼓動が高鳴る。

 何を言っているか分からないと狼狽える振りをしながら、何故その言葉が出て来たか理解できてしまったからだ。


「そう、魔王を倒すことは勇者で出来た。いや、倒すことを目指したり、結果倒してしまった者が勇者と呼ばれているだけと言った方が良いか。だが魔王を殺す、滅ぼすと言った、魔王核を破壊することは、実際には魔王にしかできない」


 魔王が作り出せる永劫不滅の物質、魔王の魂そのものである魔王核は、魔王が破壊できなければ、後で自分が利用することすらできない。子に受け継がせたり、他の魔王を取り込んだりしてきた歴史がある以上、魔王に因る魔王核の破壊は可能であった。でなければ、この世は魔王で溢れてしまう。

 つまり、破壊していしまったと言う結果がある以上、生物的に人間であると言う理由はどうでもよく、魔王なのだ。


――だが、俺は魔王じゃない。


「千余年。それだけの時間を掛けて、人の身でありながら魔王へ至ったのは称賛されるべきことだ。これで魔王オノザドルブをお前は名乗れるよ、影崎大和」


――やめろ・・・俺は人間だ。人間のはずだ、これ以上俺から居場所を奪わないでくれ。


「そうは言ってもね。命を失いかけない状況だったし・・・まあ、それも人生か」


 勇者に憧れ、英雄の意思を継ぎ、魔王を・・・魔王核を砕いた。それで良いじゃないか。

 世界の為・・・として戦った訳じゃないが、良かれと思って行動した挙句、居場所を失うなんて、そんな理不尽・・・。


「ほら、その考えが魔王的だ。お前はもう、周囲に与える影響力が個人の範疇を超えてしまっているんだ。その事を理解して、理解できていない様を装わないと、本当に居場所を失うぞ」


 降りかかる理不尽を、更なる理不尽を持って覆い潰すのは普通の人間には不可能だ。ただ降りかかる理不尽に耐えるか、抜け道を探すしかない。だから、自分にはできると力を振るい過ぎるのは、返って自分の首を絞める結果に成る。

 言われなくても分かっているつもりだったが、散々やらかした後だ。自身の認識力はいい加減で、力加減も知らなかった。そんな様を目の当たりにすれば、説教の一つも言わずには居れないのだろう。


「適度に力を抜く場所も必要だと言うことだ。それをしなかったから、中学では居場所を失ったじゃないか」


 参加する以上は全力で行い、手を抜く時はそもそも参加自体をしないという、両極端な事しかできない性分だった。参加しつつ、周りに不審がられないようにサボるという器用な真似は出来ない。

 真面目に全部に参加している奴からは、不真面目な奴と見られていたことだろう。

 教科はほぼ完璧に熟し、体育は運動神経の良さから無難に、芸術関係も特に欠点は無く、真面目に規則を遵守する。しかし、社交性は低く、弱みを見せると言うことを嫌ったため、とっつき所のない、つまり絡みにくい奴と判断されていたのだ。

 剣の鍛錬に明け暮れていたので、世事に疎く、流行も知らず、融通の利かない堅物。それが気に入らないと、暴力に訴えてくる連中とは接触を避け、どうにもならなければ全て返り討ち。

 これでは馴染みようもない。


 自分を変えなければ、ここでも同じ轍を踏む。


 よく考えて行動しなければならないと、深く自分に言い聞かせ、徐々に意識が浮上していく感覚を覚える。

 もうじき目が覚めると自覚して静かにその時を待った。





「私は悪くないぞ!」


 意識が覚醒した大和が耳にしたのは、そんな責任転嫁の言葉だった。

 それが有ろうことか、大和の寝台の隣に・・・まるで看病するように座っているスティルの口から発せられたのであれば、幾らか怒りを覚える。


「言うに事欠いてそれか! 流石にそれは無いわ!」

「まぁまぁ、落ち着いて。あんまり血を登らせると、また死ぬよ?」


 少しばかり軽薄な物言いの、少女の声が物騒な言葉を紡ぐ。聞き覚えは無く、誰だと首を巡らせれば・・・看護師の格好をした知らない少女がいた。


 いや・・・違う。


――こいつはファルマチアだ。


 何となくそう確信する。

 しかし、問題はスティルだ。

 何をどうトチ狂って、魔王機関に下り協力・・・そう、協力していたのだ。ルゴノゾールに何を吹き込まれたかは知らないが、大した抵抗を見せなかったことから、協力せざるを得ない状況に追い込まれていた、それを「私は悪くない」などと・・・。

 最悪の場合、魔王機を完成させたルゴノゾールにどれだけ各国々が抑圧されたか分からない、見せしめとしてどこかの国が滅ぼされたかも知れないのに。

 それが帝国だったかもしれないのに。


「悪くないと主張される理由は分かるけど、流石に助けてくれた恩人を殺しかけて、その台詞は無いね」


――あれ? なんか? スティルが殺しかけたって・・・誰を? ルゴノゾールか?


 噛み合っていない言葉を感じ取り、疑問符を浮かべた表情で、大和は視線を彷徨わせる。

 よくよく見れば、領主館の自室ではないし、聖墓の客室でもない、どう見ても病室だった。


「わ、私とて、その・・・な。助け出してくれたことを、喜ぶ間もなく羞恥に塗れたのだ」

「それで取り乱したと言うのは何度も聞いた。聞き飽きた」


 嫌な予感しかしない。


「ファルマチア、何があった?」

「・・・ええと、その、目を覚ましたこの馬鹿姫に、蹴落とされた」


――蹴落とされた? 何所から? ・・・あれ、そう言えば記憶が無いぞ。魔王機を倒してからここまで記憶が繋がらない!?


「・・・まさかとは思うが、・・・至龍王からか?」

「その通り。そしてやはり殺すつもりだったんじゃないかな? 即座に追い打ちとして“雷光の矢衾”を直上よりぶちかましました」


 受け身も満足に取れないほど疲弊した状態で、15メートルの高さから突き落とされ、更に攻撃魔法で追い打ちを掛けられた。どう考えても殺すつもりだとしか思えない。

 スティルは必至にバタバタと、そんなつもりはなかったと否定しているが、無視する。


――それ、確実にオーバーキルじゃないか?


「幸いだったのは“雷光の矢衾”だった事でしょうか。先にそれが地面を抉り、液状化させたことで、即死は免れました」


 落下中の標的を追い越し、地面をクッションのように変質してくれた事で一命は取り留めた様だ。


――光速の攻撃魔法万歳だな。一瞬即死コンボに見えて、瀕死コンボになった訳だ。それで、おまけで記憶が飛んだのか。


「だけどさ、雷光の矢衾の影響で心臓が止まってたから、実質死んでたのと変わらないよ。私が側に居て、即座に蘇生を掛けられたんで、どうにか彼岸へ渡さずに済んだけどさ」

「で、それを私は悪くない・・・と?」

「状態は右腕の時よりも悪かったよ。集中治療に三日、意識が戻るのに五日かかってる」

「・・・一週間経ってるのか? それで自分は悪くないと?」

「あの悪い魔法使いと勘違いしていたのだ、大目に見てくれ」


 許すも何も、記憶にないから実感が無い。

 取り敢えず保留することにして、この一週間で何がどうなったかを聞くことが先決だろう。


――くそ。魔王機よりも、こいつの方がよっぽど厄介じゃねーか。


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