第167話 無傷
「僅かに」と捉えるか「大きく」と捉えるか、微妙に判断に迷う傷を魔王核の外殻に負わせる事に成功した。
代償として主武装としていた刀を失ったが、もともと武装を形成する装置であるスタグリップと言う装備で形成された、いわば仮想の刀身であった為に、それほど衝撃は受けなかった。
強いて言うなら、もう一度同じものを作れるかと問われた場合に、確約した返答が出来ないと言うことだろうか。
それは、まあいいと流す。
そもそも大和は、刀が折れた理由も、自分にあることを理解しているつもりだった。
フィルドリアを大出力で展開し、それを極限まで収束すれば、魔王核を破壊できると本能的に理解し、それを実行することに集注し過ぎたせいだ。
あのまま、最初の突きのまま、もし魔王核を貫通していればどうなったか。
間違いなく、スティルの体重が軽くなっていた。
――一歩間違えば、俺が殺すところだった・・・。何やってるんだ、助けるって息巻いたくせに、勢い余って殺したなんて、意味不明過ぎるだろうに・・・。
それが現実に差し迫っている事を、無視して猛進していたことに気付いたのは、突きを繰り出してからだった。
余計に掻いた冷や汗を拭い、自らの短慮、視野狭窄を恥じ入る。
咄嗟に身を捻じり軌道を修正したため、切っ先は外殻の表面の丸みで滑り、どうにか引っ掛かりを得たは良いが、無茶な応力のかかった刀身が耐えきれず弾け折れた。
これは仕方のない、すでに決定した事象であるのだと、今更あれこれ考えても結果は変わらないのだと、思考を逸らす。
そして、行動を誤った要因の一つに、レイジーの行動が上げられることに気付いた。
何故かレイジーは魔王核を攻撃する際に、一切の手加減をしていなかった。
確かに手加減をして壊せるような物ではないが、少しでも勢い余れば捕らわれているスティル諸共叩き潰してしまうだろう。
レイジーがスティルの“兄”であると仮定して、助けるための行動にしては浅慮が過ぎる。
――いや、助けるの定義が違う可能性がある・・・か。
大和のように、魔王機に囚われているスティルを、魔王核を割って奪い返すと言うものではないのかもしれない。
例えば、魔王機の一部品として世界に恐怖をもたらす存在にしないと言うことが、レイジーの考える救いであるなら、殺してしまうことも救いであると考えているのではないだろうか。
世界に恐怖をもたらす存在と言う不名誉を、スティルに負わせないためではないか。
当初はルゴノゾールだけを殺し、魔王機の機体を奪取出来ればと考えていたのかもしれない。時間をかけることが出来れば、別の方法を試すことも、見つけ出すことも出来た。スティルを安全に助け出すことが出来たかもしれない。
だがそれが潰えて、ルゴノゾールを殺せないと分かった段階で、スティルの生存を諦め、魔王機と魔王核の破壊に全力を注いだのではないだろうか。
――結果としてはこれもダメだったけどな。つまりは、レイジーに魔王核からスティルを助け出す術がないってことか?
出来るならやっているはず。
出来ないから、次善の手で責任を全うしようとしているのではないだろうか。
――だが、それは駄目だ。兄が妹を殺すなんて・・・そんな事、させる訳にはいかない。
それならば自分が殺して、妹を殺した咎人として、兄に恨まれた方が良い。
そして当然、それよりも妹を助け出して、兄に感謝される方が絶対に良い。
ならば、このまま自分が主体で行動するべきだと、主導権は譲らない方針に決める。それにこの状況も、亜空間に潜んだ操縦席を暴いた報酬のような物だ。もしかしたら大和なら何とかできるかもしれないと言う期待から、レイジーが譲ってくれた猶予だろう。
――もう一度、刀を形成してぶっ刺せば行けるか?
先ほどの失敗は、フィルドリアの出力不足と収束不足が原因だと断定した。
それを補うために、至龍王の膂力を用いた力技に頼り、力加減を誤り刀身が砕けたと分析して間違いはないだろう。
「ちっ!」
不意の殺気に舌打ちをして、左腰に佩いたままの鞘を抜き放ち、襲い掛かって来た蔦触手を払う。
ルゴノゾールより放たれた明確な殺意は、僅かに大和を動揺させるとともに、手段を熟考する時間は余りない事を教えた。
「何で動かせる!? 操縦席は切り離したはずだぞ!」
自動迎撃装置の可能性もあるが、操縦士の居ない状態での出力は著しく低下する。
今更動くと言うのは考え辛く、隙を伺っていたと見るべきか・・・いや、ルゴノゾールの制御を失った事で機体の浸食がさらに進んだようにも見える。
かつて自身の右腕が陥った状況に、魔王機自体が陥ろうとしている。
浸食が進み、本来自分の制御機能である操縦席を取り戻そうとしているのか、ルゴノゾールとの繋がりが強くなったと見るべきか。
『ルゴノゾ-ルの事です、何かしらの策を講じていた可能性はあります。炉心との距離がこの程度離れても問題無いような増幅器のような物が搭載されているのかもしれませんね。・・・手が尽きたなら代わって下さい、魔王機にこのMSSモトイナークを接続すればルゴノゾールの制御下から魔王機を奪える筈です』
たしか“黒騎士”はこちら側の通称で、MSSとしての名前がモトイナークだった。
だがそれを実行させてしまえば、レイジーが魔王機の操縦士に成る。結局、人類から見れば魔王機関が魔王機を保有する事には変わりない。レイジーとしては決死の覚悟なのだろうが、それを認めることはできない。
レイジーは博龍王に、摘出したナグリィムの操縦席の凍結をさせる指示を出し、ただ操縦席を冷却するのではなく、大気中の水分を冷却し氷の檻を作って閉じ込めていた。
なるほど、ルゴノゾールを殺さずに捕えるには都合が良さそうだ。
後で魔王機を解体するにしろ、より安定した機体へと改装するにしろ、製造者の知識があった方が良い。
――つまり・・・MSSとの量子的か霊的か魔法的か、理屈は分からないが何らかの繋がりが操縦者との間にあって、それの強度によって物理的な距離の開きを補える・・・って考えで良いのか?
強固にルゴノゾールと魔王機のつながりが構築されていたため、物理的に機体と操縦席を切り離しても、多少の操作は可能だった。そうやって強化して有ったから、亜空間に操縦席だけ退避させると言う方法が取れたのかもしれない。
そう言えばシュライザも似たようなことをやって、至龍王を動かしていたことを思い出す。
あれがそうかと、彼女の奇行を飲み込んだ。非効率だと訝しんでいたのだ。
「まあ、でも、これで、どうにかなりそうだ」
大和はそう呟いて、至龍王で魔王機の肩口を鷲掴み、至龍王の胸で魔王核を抑え込む。浸食が進んでいるとはいえ、短時間なら問題ないはずだ。
搭乗用扉を開け、機外へ躍り出る。
僅かに足が痛み、引き摺るようになっていたが、一撃くらいなら持つだろうと判断する。
眼前には魔王核。うっすらとスティルの姿が見え、その表情は助けを乞うているように影を落としていた。
『何をするつもりだ?』
「ちょうどいい、レイジー。お前も力を貸せ」
スタグリップで刀を再構成することも考えたが、力の収束の甘さで魔王核を貫けないなら、同じ条件で試行する意味はない。
また槍のような、より収束させやすそうな印象の有る武器を選択する方法は無かった。スタグリップで形成できる仮想の武器は、操縦者が所有する武器に限る。人間用の武器を触媒にして、MSS用にまで引き延ばすのだ。大和が槍を持っていなければ出来ないとシーゼルに告げられた。
そして、大和はある結論を導き出す。
MSS用の大きさに引き伸ばされた武器では、収束が甘くなるなら、引き延ばす前の武器でやればいいじゃないか。MSS用では約十倍に引き伸ばされるのだ、引き延ばし前の武器なら単純に考えて収束は十倍に成る。
大和は至龍王の搭乗口前の僅かな装甲を足場にして、刀を抜き片手突きを繰り出す構えを取る。
切っ先の数センチ先には、魔王核の外殻だ。外しようもないし近距離。
何時ものように殺気を切っ先に込める。
そして辺りを漂っているはずの、至龍王の放つフィルドリアも引き込み収束させるイメージを結実させると、それに倣い切っ先に集まって行くのが分かった。
今まで無意識に扱ってきたが、やはり人の扱う気と同質な物であると・・・。
――まあ、人間の気はビームにはならんが・・・。
やはり足りない。
そう感じて、漂ってくる黒騎士のフィルドリアも手を伸ばして切っ先に集めて行く。
「レイジー、黒騎士の・・・お前の機体のフィルドリアも貸してくれ」
『なに!? 何をしている!? 死ぬぞ』
「死にゃあしないさ」
レイジーの言いたいことは分かる。気と同質の物とも言ったが、フィルドリアは電磁波の一種だ。生身で高出力の電子レンジに入るような物だと思えば、レイジーの心配もするなと言う方が無理だろう。だが切っ先に集めているのだ、生身に影響は・・・ほとんどないはず。
大和の決意に観念したのか、黒騎士が差し出してくるフィルドリアの出力を上げた。
渦を巻き、切っ先に全てを押し固めて行く。
高密度に圧縮されたフィルドリアが、発酵現象を伴い視覚化される。螺旋を描くまばゆい光が、その力強さを示す。
だがまだ足りないと感じる。
様子を伺って近くに因って来た博龍王のフィルドリアも拝借したが、それでも足りない。デバイオは少しばかり距離が離れすぎているため、取り込むどころか、感じ取ることも出来ない。
脂汗が流れ、自分がかなりの無茶をやっている事を、今更のように自覚した。
これ一歩間違えば死ぬなと、自らの置かれた状況を正確に理解しながらも、他人事のように酷く現実味が無い。
自分の気も、一緒に収束させているのだが、周りのフィルドリアの総量が多過ぎて、引き摺られているのが分かる。徐々に身体が冷えて行く。
フィルドリアを十分に収束させるよりも、体温を奪い尽くされ死ぬ方が早いかもしれない。
体の芯が冷え切って寒さを感じるのに、体の表面は収束されたフィルドリアに炙られて熱い。
一度きりの機会、失敗は許されず、極度の緊張が精神を圧迫する。
だがそれも、一組の兄妹の幸福が懸かっていると思えば、堪えられる。勇者として召喚されるも、無能の烙印を押され、役立たずとされた意趣返しから始まった、スティルとレイジーとの縁。ここで終わらせるには少々惜しく感じていた。
そして何より、これを、魔王核を破壊することが、最大の意趣返しであり、己の目的でもある。魔王を一体、永遠に滅ぼせるのだ、命と引き換えにしても悪い取引ではない。
役立たずではない証明になるし、一生誇れる功績でもある。
「全てを賭してでも、やらなきゃならない事があるんだよ」
敵を斬れない影崎に存在価値は無い。
ならば斬ると言うこと以外あり得ない。
だが、足りない。
まだ魔王核を斬るには足らないと知る。
――なんだ、ここに都合の良い物があるじゃないか。
大和は目の前にある、魔王機の放つフィルドリアに触手を伸ばす。
感覚の腕で、強引に掴み取り、切っ先に塗り込んでいくかのようなイメージで、更に収束させていく。
切っ先はフィルドリアが集まり過ぎて、反発しあい、激しく発光するが、それすら構わずに収束を進める。
――なに、集め過ぎても問題あるか!
刃渡りは標準的な日本刀と同程度しかないため、約70センチ程度しかない。根元まで、鯉口まで魔王核にめり込んだとしても、スティルにまで届かない。
どれだけ力を込めても、スティルに害が無いのであれば、心置きなく全力で振るえる。
だからこれで良い。
――我が望みの為に、全てよ力を寄越せ! 集まり、研ぎ澄ませ、ただ敵を斬れ!
閃光もかくやと言うほどに輝いた切っ先が、急に暗転し、何の力も感じなくなる。
振り切って壊れたメーターのように、何も反応しなくなる。全てが凪いだように、無に成ってしまったかのように。
ズブリ。
切っ先は容易く魔王核に潜り込んでいく。
その感触は、まるで寒天に楊枝でも刺したかのようだと、頭の片隅で思いながら、大和は切っ先を外殻の中心にある、魔王核本体に向ける。切っ先の沈み込んだ部位は、ぐずぐずに脆くなり崩れ、鯉口も鍔も、大和の腕すら沈み込んでいく。
終に外殻の中心、魔王核の本体に切っ先が触れると、阻むことをできずに通過、両断した。
途端、急激な温度変化を受けたガラス玉のように、外殻に大きく亀裂が入り、実が腐り落ちるように崩壊していく。
刀を引き抜くと、それに引っ張られる様に、スティルの身体も倒れて来た。
――よし、無傷だ。
そっと抱き留めた身体に確かな体温を感じ、自分の判断が間違っていなかったと安堵する。
収束を止めたフィルドリアは霧散し、代わりに吹き込んできた弄るような風が心地良い。汗も焦燥も何もかも、吹き飛ばしてくれるような気がした。
レイジーの感嘆の声を聞きながら、胸を撫で下ろす。
崩れ落ちるように座り込み、本当にやり切ったと溜息を漏らすのだった。




