第16話 妖魔襲撃
少しトイレの話をしよう。
この世界の一般的な便器は、いわゆる“洋式”という形の腰かけるタイプの物を使用していた。日本人から見ればウォシュレットも便座の温熱機能もないローテクな物だが、ちゃんとした水洗式の便器だ。水洗用のトイレットペーパーは流せるように設計されており、日本人でも「型が古いせいか不便だな」程度の感覚で利用ができた。当然、一般家庭に普及している物もこの形である。
便器には消臭機能もないため臭いが気になる人は、換気扇を設置し個室内の空気を常に循環させるか、トイレ用の芳香・消臭剤を利用していた。
女組のキャンプ地となっている廃棄された山岳要塞は、内部に複数のトイレ施設を持っており、決して高級ではなかったが利用者が清潔に保たれる様に最低限の設備は供えられていた。電気も水道も利用されている区画は復旧されており、普段使いには何ら支障はない状態であった。強いて言うならば、消耗品であるトイレットペーパーの補充が途切れることを懸念する程度であった。
対して、男組のキャンプ地。
森の一部を切り開いた野趣溢れる地には、トイレ施設と呼べる物は存在しない。
寝泊りをするテント群よりも下方に位置する場所に適当に穴を掘っただけの場所が、排泄物を投棄する場所であった。
見栄えがあまりのも悪い為、投棄穴を覆い隠すようにテントの残骸を四方に張り、穴の脇には足を踏み外しにくいように木の板を置いただけの物だ。天井は臭気やガスを籠らせないために無く、雨の日は傘をさして用を足すスタイルであった。
その日は珍しく朝から雨が降り続いていた。
その為に排泄行為が普段よりも面倒な事になっていた。補給物資の中にあった安物のビニール製のワンタッチ傘を片手で差し、自分で雨を遮りながら用を足す必要があった。別に傘がなくてもできないわけではないが全身ずぶ濡れになる。
「はぁ・・・トイレがこんなんじゃ敵わんな」
大粒の雨が傘を叩く音が煩い。それどころか断続的な衝撃にだんだんと傘を持つ手が痺れる。穴に流れ込んだ雨水が嵩を増し、水溜りとの境界が曖昧になっている。
まるで雨音に急かされているような気分になって、男は電車通学をしていた時に、通学中急にもよおして駅のトイレに駆け込んだ時のことを思い出していた。電車の走り抜ける振動と、けたたましい警笛を鳴らすスピーカー、駅員のアナウンス。そんな外の音に遅刻するぞと急かされて時のことを思い出していた。
「・・・あの頃じゃ、こんな異世界で勇者をやるなんて夢にも思わなかったよな。そうそう、駅のホームで知らないやつに体当たりで挨拶された事があったなぁ・・・」
向こうはどうやら背格好が似ていた友人と勘違いしてのちょっとした悪戯のつもりだったらしいが、お互いの顔を確認した後の「誰だこいつ?」という非常に気まずい空気も、今では懐かしく感じる。
「・・・まだそんなに時間経っていないのにな・・・」
傘を持ち続けた手の疲労が限界に達し、持ち替えるとドンという衝撃が背中に伝わり、そのまま地面に突っ伏した。
一瞬だけ、またあいつの仕業かと、どこか再開を喜ぶ気分になったが、そんなことはあり得ない。こんな異世界で、こんな状況でやってくる馬鹿はぶっ飛ばしてやると腕を振るおうとするが、馬乗りに押さえ付けられて腕が動かないばかりか激しい痛みだけが伝わってくる。
なにしやがる! と叫ぼうにも声が出なかった。胸を貫く、焼ける様な痛みで息ができない。男は歯を食いしばり痛みを堪えながら自分の背に乗るモノの姿を見やると、そこには泥と草汁に汚れた赤銅色の肌の人のような姿をした別の生き物が覆いかぶさっていた。
目が合い、瞳孔を縮めて笑う。
吐き気をもよおす酷い臭いの息を興奮気味に吐き出し、引きつるような歓喜の笑みを張り付けた口から覗く歯は獣のように鋭かった。黄色く濁った眼をギラギラと光らせ、自身を苛む飢えから解放される喜びを確信し歓喜の声を上げる。
「グゲグゲ、グゲギャァ! グゲギャァボア!」
知っている言葉ではない。言葉ではなく意味のない鳴き声なのかもしれない。
男は僅かな悲鳴を口から漏らすことができたが、小さい。助けを求めるには小さすぎる力だ。
その者が余裕の笑みを浮かべる、酷く下品で汚らわしい捕食者の愉悦。自分がただの餌でしかないことを突き付けられる。絶望が忍び寄り、心臓が軋むように竦み上がり、胸の痛みをさらに強める。
――嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 死にたくない! 誰か助けてくれ! 誰か!
必死の叫びをあげようとするも、声にならない。ただ痛みだけの世界に身体が沈んでいく。
その捕食者が腕を引き上げると、胸を貫いた痛みが数倍に跳ね上がり、ようやく背中から胸を刃物で刺されたことを理解した。
切り裂かれた肺腑から溢れ出た血が、言葉を発しようとするたびに口から吐き出される。呼吸もできず、助けも呼べず、四肢からは力が抜けていく、意識すらぼんやりと霞がかってくる、血を失い過ぎているのだ。最早この捕食者から逃れるすべはない。
――だ、れ・・・か、たす・・・、食われ、・・・いや・・・。
死を実感することも、死を受け入れることもできず、無意味にもがく。
虚ろに霞み出した男の瞳を、捕食者は嬉しそうに覗き込む。
「グゲヒヒヒヒヒッ!」
活きの良い食いでもある獲物を仕留められることを喜んでいるようだ。
振り下ろされた刃物は咽喉を掻き切り、男はあっさりと絶命した。男組の連中に知らせるために振り絞って上げた声も、僅かに立てた物音も、全て雨音の壁に阻まれる。
全てが徒労として雨に流れて消えた。
こうして、その日は一人の召喚勇者が誰一人に気付かれることなく姿を消した。
その後、ぺちゃぺちゃと汚らしい水音を立てる食事の音も、雨音の壁が阻んだ。
大和たちが源田のテントを訪れ、事のあらましを説明し終わるころには男組全体が俄かに騒めき出した。
「もうすぐ側まで来ているぞ!」「怯むな! 迎え討て!」「無意味に突撃するんじゃない! 一旦カゾリ村まで引いて体勢を立て直すべきだ!」「馬鹿野郎! そんな事出来る訳ないだろうが! 巫女様を巻き込んだらどうなる!」「お、おいぃ! 木場の奴見なかったか? さっきから姿が見えないんだ!」「お前ら剣を取れ! 殺せ殺せ! 死にたくなかったらな!」「関戸の奴もいないぞ、どこ行った?」「あのバケモノなんなんだよ!」「ひっ! やめっ、ギャァ!!」「あれが妖魔だ! 敵だぞ!」「畜生! 畜生! 絶対に仇は取ってやるからな!」
最早、大和の感や、宮前の剣の能力を説明する意味さえない程の声が溢れ返りだしていた。男組のキャンプは妖魔の襲撃を受け、地獄のような様相を呈してきた。雨に遮られてなお、血の匂いが漂ってくる。
妖魔たちの襲撃は奇襲となり、既に何人もの召喚勇者がその犠牲になり、男組の士気は崩壊寸前にまで陥っていた。
「まじぃな。狼狽えまくってやがる」
狼狽えるどころかほとんど恐慌状態に近い。殆どの召喚勇者は、木々に影から襲い掛かってきた妖魔の群れに混乱し、真面に応戦すらできていない。このまま、ここで戦線を維持しようとしても、本来の力の半分も出せずに戦わなければならなくなる。一旦引いて立て直さなければこのままずるずると消耗してしまうだろう。
しかし、引くにしてもその場所はどうするかという問題は残る。妖魔達は木々の合間を縫うように移動し奇襲を仕掛けてくるため、森の中は完全に妖魔の領域で地の利も全て奪われているだろう。森に身を隠しながら体勢を立て直すことは愚策の極みだ。現に、こういう戦いに慣れていない男組の召喚勇者たちは、ボロボロとその命を溢していっていた。
「くそっ! 村から離れるように引いて立て直してーんだが・・・」
「そんなことをしたら村が直接狙われねーか?」
「それが有効なのは村に別動隊が待機して有って挟撃が可能な場合だろう」
源田のぼやきに、三岡と大和が容赦なく突っ込みを入れる。言われなくても分かっていると二人を一睨みするが、二人は気にも留めなかった。守るべき拠点となるカゾリ村から妖魔を引き離したいが、この状況では無理だろう。村を守るのに必要な防衛力を残し、囮部隊が村から離れることで妖魔の群れを引き付けたいのだが、混乱している現在の男組ではこの作戦は分の悪い賭けになる。恐らく囮部隊の行動に男組全体が引っ張られ、拠点の防衛線に空白ができてしまうだろう。
前回の妖魔襲撃時は個体数が少なかった上に、実質女組の剣士隊だけで形が着いてしまった。女組は相当な痛手を被ったとは聞いていたが、男組が奇襲を受けただけでここまで崩れるとは予想だにしていなかった。飛竜種のような巨大な敵を取り囲んで倒したことはあったが、逆に同じ大きさの敵に取り囲まれた経験がなく全く対応できていなかった。
その原因の一つに、各々が持っている魔剣の力が強過ぎる事が上げられる。
飛竜種の様に巨大な体躯を相手取るならば問題ないのだろう、妖魔のような人間大の目標でも一対一の対決であれば常に優位な戦闘が望めたはずだ。しかし今回は勝手が違うらしい、妖魔の数が圧倒的に多い、多過ぎるのだ。
そして、敵味方入り乱れての大乱戦。
――ざっくり言って五百は居るな。多過ぎる数だ。これだけの妖魔が接近して被害が出るまでなぜ誰も気付かない。
その身を木々に隠していても、妖魔の召喚勇者に対する隠す気のない殺気を大和は敏感に感じ取っていた。
そして妖魔は――ゲームなどではレベル上げの標的として扱われる場合も多いが――決して楽に倒せる相手ではない。一対一で戦っても、いくら召喚勇者側に優位があると言っても、召喚勇者も好んで怪我をしたい奴はいないし、不運が重なれば負けてしまうこともあるだろう。ゲームのようなHPの削り合いは御免なのだ。
確実に妖魔を倒すためには、二人がかり三人がかりで相手取り、一体一体数を減らして行きたいのだが、今度は魔剣の力が強過ぎて力を開放すると、味方を巻き込んでしまうため連携して戦うことができないという事態に陥っていた。
そうでなくとも、勇者よりも妖魔の方が数が多い。
妖魔達には連携も何もないが、手当たり次第に攻撃してくるため、妖魔一体を相手しているつもりでも気が付けば背後に三体が回り込み押し負けるといった事態が起きていた。
「村のキャンプの入り口。森と村の境まで後退する! 副長! お前が先導し後退しろ! 皆、遅れるな! 殿は俺がやる!」
源田は大声でそう告げると、魔剣を片手に妖魔の群れの前に立ち塞がった。容赦なく嵐の力を開放し、妖魔の群れを粉微塵に粉砕していく。哀れ妖魔は突風に舞い上げられ、なす術もなく地面に叩き付けられその衝撃で身体を砕かれる。
それは、あまりに圧倒的な力だった。
戦闘能力的には嵐の魔剣ストムゾンを持つ源田が殿を行うのが、効率的に追撃してくる妖魔を討ち倒せた。組長という立場故に皆を先導しなければいけなかったが、それは副長に託す。
「ガキども! 遅れずに着いてこい! お前たちはそれだけ出来れば良い!」
副長が、大和たちに発破をかけるように背中を叩く。
やたら大荷物な大和を訝しく思ったが、カオスマターを持たない子供だ。心細さから身の回りの物をすべて持ってきたのだろうと解釈した。捨てさせるべきかと逡巡したが、二人の友人が居るようなので判断はそいつらに任せることにする。
男組副長、佐野友康は陸上競技系の体育教師と言った印象の青年だった。精悍に引き締まった筋肉を持つが、元柔道少年だった源田のようなガタイの良さはない。どちらかと言えば参謀っぽい雰囲気を持っていた。
源田がストムゾンで妖魔を巧く抑え、男組は若干の猶予を得る。混乱の極みだった者たちの顔に、僅かな希望が差した。
「呷れ! 行くぞ!」
飲みなれた男組の勇者たちは、景気付けか、弱気払いか、縋るように酒を呷った。恐怖に凝り固まるよりは、酒でも飲んで気を大きくした方が良いのかもしれない。一口飲んだ後の動きには怯えの色が弱まり、男たちは鼻息荒く走り出す。
――逆に言えば、相当追い詰められてるってことじゃねーか・・・。
大和はこの状況に嘆息する。確かに逼迫した状況であるが、未だ自分の近辺まで妖魔は攻め込んできていない為の余裕もあった。
戦うのに酒の力が要る。酔うことで恐怖を誤魔化すのは、戦う覚悟が完全ではない証左だ。期待したよりも男組全体の戦闘能力は低い、つまり予想以上の被害が出る可能性が高まったということだ。
――ヤバイ。・・・怖くなってきた。
熊と戦った経験がある大和でも、このような未知の敵に囲まれている状況では恐怖を強く感じる。先輩の召喚勇者に囲まれている間は安全圏だと、心のどこかで油断していたのかもしれない。動悸も早まり、手や額に汗が滲んでくる。だがそれでも精一杯強がらなければいけないと思った、でなければ普段の言動の全てを嘘にしてしまう。見栄だろうが虚勢だろうが、本心は怯えてしまっていても、怯えを表情に出すことは自尊心が許さない。
前を睨みつけ顔を上げる。
宮前は決死の表情を浮かべ頷きかける。しかし泣き言は言わない。
三岡は軽薄に鼻を鳴らし、口の端を釣り上げて笑う。しかし相手を下に見るような態度ではなく、自身の怯えを笑い飛ばしていた。
二人とも僅かな体の震えを隠し、その態度で大和に応じカゾリ村へ向け走り出した。
不幸中の幸いなのだろう、カゾリ村に妖魔の侵攻は及んでいなかった。
命からがらカゾリ村まで逃げ延びた男組を迎えたのは、雨に沈む長閑な村落の風景だ。家々からは人の生活の息吹が届く。妖魔の襲撃が夢であったかのような錯覚に陥らせるくらいに、騒ぎとは無縁のいつもの日常だった。
ホッと一息吐く間もなく副長は隊を三つに分けると、一つを男組のキャンプがあった森との境に展開し、防衛線を敷く。バリゲートは村自体に元々あった木の柵を利用した簡易的な物であるが何もしないよりは遥かにましである。
もう一つは休息を取らせるために、村の中心部に向かわせる。そこには普段は収穫した食糧などを保管しておく大型の倉庫があり、昔から妖魔などの怪物に襲撃があった場合に村人はここに避難する決まりになっていた。この雨の中では休むこともままならないため、怪我を負った者を優先的に収容し応急処置だけでもさせるのだ。いずれは防衛線を維持するために交代して貰わなければならない。
最後の一つにカゾリ村へ伝令を出す。村人の家は村の各所に点在している上に、順番に呼んで廻るだけの時間もないため相当数の動員がかかる。村人に被害が出ていなければよいが、取り敢えず村人も男組が休息場所としても利用する緊急避難用の倉庫に集まってもらう、守る場所を集中させないと守り切れないためだ。
「以前の訓練通りにやればいい! それぞれの役割は覚えているな? 落ち着いて連携を取るんだ! いいな!」
その統率の手際は良く、男組の実務的な組長であった。
――組織は二番目がナンバーワンだと上手く行くって話だしな。
神輿としての担ぎ甲斐のある源田。
繊細さや計算高さをもつ佐野。この両名の特徴で男組は回っているようだ。
そうこうしている内に、殿の源田が姿を現す。防衛線では妖魔との衝突が激しくなっているが、柵の恩恵もあり妖魔を巧く削ることに成功しているようだった。
「ふぅ~~ぃ。やれやれ、何とか引けたか?」
「組長、見事な殿でした」
「そうでもない。撤退中に十二人ほどやられた。全体での被害状況はどうだ?」
「概算ですが四十名ほどはやられているようです・・・が、この状況下では正確な数は分かりません」
「・・・そうか、妖魔の殲滅にはまだ時間がかかるだろう。すまんがもう一踏ん張り頼む。悪いが俺は先に休ませて貰う、魔力がスッカラカンでな、少しだけでも寝ないとストムゾンの力も使えん」
源田が休息場所に行こうとしたとき、大和と視線が合いあっと驚きの声を漏らした。
無事であったことに対する驚きもあったが、そう言えばこの三人に対して何の指示も出していなかったことを思い出したのだ。
――子供を戦わせるのは大人の恥だ。
そう思っていたからこそ、敢えて放っておいたとも言える。男組の中で特に年齢の若い三人だ、できれば戦わせたくはなかった。
「お前たちは一緒に来てくれ、特に影崎。お前は物資のやりくりをしていたから色々都合がいい」
「分かった」
大和は何か引っかかるものを感じたが、変に出しゃばって反感を買いたくなかったので大人しく従う。
源田に付き従い避難所に来ると、先に村人に知らせに行った者達が到着しており、避難所から近い場所に住んでいる村人から集まってきている様子だった。取り乱し怯えているようにも見えるのは、気のせいではないだろう。
そんな村人たちから一歩進みでて、村長のニタムが話しかける。
「ゲンダ様、いったいこれは? 何事ですかな?」
「急な事ですみませんが妖魔の襲撃を受けましたので、急遽避難して頂いた次第です」
「なんと! 妖魔が! ・・・だ、大丈夫なのでしょうな?」
「ご安心ください。ここは絶対に死守・・・いえ、この避難所の安全です。保証いたしますのでご安心ください」
緊急時につき、説明して納得してもらう時間が惜しくその辺の問題は全部後回しにされ、殆ど引き摺る様にして村人を呼び集めていたらしい。
――罪人の様に引き摺ってこられりゃな。そりゃ怯えもするさ。ところでフォノは・・・。良かった無事か。
大和は心配になって辺りを見回せば、フォノが村人に守られる様に囲まれているのを発見した。やはり、気配を感じ取っていても、目で無事な姿を見た時の安心感は絶大だ。焦燥しているようにどこか落ち着きがなく見えるが、この状況下だ、その程度で済んでいることを良しとしなければいけない。
駆け寄って声の一つでも掛けてあげたかったが、大和がフォノと世間話をする程度の仲になっていることを、ほとんどの村人は知らないはずなので、下手に近寄れば暴漢扱いされて排除されるのが落ちだ。
――さてと、どうしたものか・・・。できれば一声ぐらいは掛けてあげたい。まぁ、俺程度が声をかけた程度では気休めにもならんかもしれんが・・・。それでも。
少しでも足しになるならするべきだし、フォノが元気なら他の召喚勇者も精神的な支えになるだろう。
避難所にはこのようなことを想定して多少の物資が確保されていたので、大和はそれを利用することにする。源田に言われたこともあり取り敢えずできる事をすることにした。キャンプ用の点火剤を持ち出して、暖炉に薪をくべ火を点け、今度は乾いたタオルを配りだす。今は温かい季節とは言え、雨に濡れたままの服では風邪を引いてしまうかもしれないし、何より休息にならない。
「どうぞ巫女様、タオルです。お怪我はないようで何よりです」
「・・・・・・っ! あ、ありがとう、ございます」
フォノは差し出されたタオルを押し付けられ、ようやく渡し手に気が付いたようだ。怪我一つない様子の大和を見て、ホッと一息つくと今度は難しい顔をしてしまう。
――まぁ、そうだろうね。個人的にとは言え、活躍を期待した召喚勇者がこんなところでタオルを配ってちゃぁな。まるで活躍はしてないってことだからなぁ・・・。
「・・・ご無事で何よりです」
活躍の有無よりも、自身の無事を心配してくれる心根が何より有難かった。
大和たちは男組全体の安全を優先した結果、活躍の機会を逃したとも取れるが、仮に報告しなかったとして、どの程度撤退の決断まで時間が掛かったのか分からないので活躍とは言えない。逆にもう少し早く報告できていれば、襲撃に対して十分な迎撃態勢が取れたのではないか、妖魔の奇襲は成立せずにもっと被害が減らせたのではないかと自分を責めてしまいたくなった。
だからこそフォノの言葉は、大和にとって有難かった。
「・・・源田組長!」
少女の声が上がる。
声の主は高城美咲だ。声には疲労の色が出ていた。全速で女組のキャンプから走ってきたのだろう、息も絶え絶えで手足と言わず顔にすら、草や小枝で引っ掻いたような擦り傷があった。
「・・・現在女組は妖魔の襲撃を受けて、かなりの被害を出しています。・・・男組に救援を要請します」
「なに? ああ、そうかそちらも襲撃されていたのか・・・仕方ない」
源田が休まっていない身体を起こし、魔剣ストムゾンを手に取る。身体に鞭を撃ち救援に向かうつもりだったが、ニタム村長がその手を掴んだ。
「お、お待ち下さいゲンダ様。今あなたに行かれたら、我々の安全はどうなります。戦う術のない村民を見殺しにするお積りですか!」
確かに、今ここで源田が離れることは愚策だ。体力を消耗し、魔力が枯渇した今の源田にどれほど戦闘能力が残っているか疑わしい、下手をしたら無駄死にするだけだ。その上で、男組の統率が取れなくなる懸念があり、そうなれば――副長の力量にもよるが――今以上の苦戦を強いられることになる。
「女組も勇者なんだろ? だったら我々を助ける立場じゃないのか?」「いざとなったら役立たず所か足を引っ張るなら、そのままやられてしまえ!」「私たちだって慈善事業で勇者の面倒を見てきたわけじゃないのよ! こういう時に守って貰わないと!」「何かあれば文句ばかり言いおって、躾けのなっていない小娘は駄目だ」
不安に駆られた村人たちが容赦なく女組の糾弾を始める。
彼らの言い分も分からなくはないが、追い打ちをかけるような言い放ち方に腹が立った。その為の召喚勇者であり、そのために面倒を見てきた。それは間違ではないが、今ここで美咲に浴びせる言葉ではない。
美咲の顔は見る見る曇り、泣き出しそうになっていた。普段、感情の殆どが顔に会わられない彼女が、ここまで露わにするというのは、それだけで事態の深刻さが理解できた。
「おっさん、俺が行く。美咲、泣くな。全て蹴散らしてやる!」
「馬鹿を言うな影崎! お前を行かせるくらいなら俺が出張った方がましだ! カオスマターがないお前じゃ・・・」
「そのために、武器は用意した」
それだけ告げると大和は踵を返し避難所を飛び出す。
「おい! 待て!」
「しゃーねーなー、オレも行くわ。笹沼さんが妖魔如きに後れを取るとは思えんが、影崎のケツ持ちをしてやらんとな」
お前はどうすると、宮前を伺おうとすれば既に姿はなかった。
2016/09/08 誤字修正。一部表現の変更。




