第159話 突進
「先触れも済んで、ようやくご本人の到着ですか? 随分とご立派な身分なのですね?」
「何、これでも組織の重役なのでね、それなりの段取りと言う物が必要なのです。どこぞの殺し屋とは負う責任と言う物も違うのですよ」
デバイオとナグリィムが対峙して、互いに軽口を叩き合う。
しかし、互いの機体の挙動に油断は無い。
デリアーナにとってはようやく倒すべき敵を引きずり出したのだ、まだ決着も付いていないのに、気を抜くわけにはいかない。
そしてルゴノゾールにとっては“身代わり泥人形”をやめ、自身がようやく戦場へ上がったのだ、気を抜けられる場所ではない。
だが、状況は、有利不利の割合は如何様か。
――大丈夫。落ち着いて戦えば、負けない。
デリアーナは心の中で、自分に言い聞かす。
「人攫い風情が、よくもまあ」
「人聞きが悪いですね? 飽くまでお迎えに参上したに過ぎません。そのあたり貴女方よりも分別と言う物がありますよ。お分かりいただけませんか?」
「彼方のような方を盗人猛々しいと言うのですよ」
この戦闘の作戦目的、勝利条件と言う物を明確に意識しなければならない。ルゴノゾールの目的はシュライザを連れ去ることで、デリアーナはそれを阻むと言うことになる。
ならば、持久戦に持ち込んで、大和が帰ってくるまで粘ると言う戦い方もあるのではないか?
それは自分が留守番一つできない無能を証明する事にもなるのだが、勝つためにはそう言う手段も必要となる場合がある。
しかし、時間が味方をするのは自分だけとは限らない。
ルゴノゾールも時間経過によって回復ないし充填される何かを隠していないとも限らない。例えば、泥人形を新たに作り出すための溜め、亜空間へ潜り込むための間、デバイオのプラズマキャノンのように機体機能としてある武装の準備、こちらと同じく増援を待つ腹積もり、それらの可能性を無視するわけにもいかない。
『有利になると思って引き延ばしたら、逆に追い詰められてしまいました』では、話にもならない。
――いいえ。それは駄目ね。全く駄目な選択だわ。倒すべき敵は、素早くこともなく、倒さねば。
それに加えてデリアーナは、今の大和から精神的な不安定さを感じ取っていた。
先の失敗となった直接の仇を目の前にして、どれだけ正気を保っていられるか定かではない。あの時みたいに、敵を斬るだけの存在には成って欲しくない。
――ならば、答えは簡単ね。私がここで倒してしまえば良い。
それが出来なくとも、シュライザを守り、追い払うことが出来れば及第点だ。
「いえいえまさか。己の主義に合わぬ人間を悪魔と罵る貴女方よりは、私どもは健全で正常ですよ。少なくとも理念に反したと言うだけの人間を、一括りに悪とは断罪いたしませんから」
「自分の理想の為の人殺しを平然とするくせに、何が正常ですか」
「しますよ、生き物ですから。餌は取って食うし、敵は排除する。当然です。それを異常と言う貴女方は、とても崇高な精神をお持ちだ。実に羨ましい。貴女も神官戦士なのですから、敵の排除も、理想の為の人殺し・・・いいえ悪魔殺しは日常なのでしょう? 自分の行う殺しは奇麗で正常、魔王機関の行う殺しは汚くて異常、うむ、実に傲慢な神の下僕らしい信念ですね」
そんなことは、態々指摘されるまでもなく知っている事だ。
神の名の下に、神罰と言う体で、人類に害を成す輩を殺すことはある。当然だ、そうすることで人類に貢献するのだから。
だが彼ら魔王機関は“神の名の下”というお題目を用いない、飽くまで個人や組織の目的の為に殺す。
被害者に悪を擦り付けるのがユイゼ教で、加害者が悪を語るのが魔王機関と言う違いがあるだけで、共に人類のためにと言う理念を持っている。前者は、被害者が絶対悪であると言う演出が必要であり、後者は、気分だけで行動できる。腰の軽さに明確な違いがあり、被害の大きさにも波及していた。
「人は弱いですから、それなりの見解は必要でしょう。何より、貴方の言い分は、自分たちの正しさを示して、ユイゼ教を悪く言いたいだけにしか聞こえませんね。自分たちが讃えられない事への妬みですか?」
ユイゼ教の信徒と言え、デリアーナのように戦えるものの方が少数なのだ。一般の特に何の力も持たない敬虔な一信者の方が、圧倒的に多い。そして彼らが正義を成すとき、心の支えになるのが神と言う存在なのである。
複数の人間が共同体を作り生活する以上、命や物は大切な物であり、殺人や窃盗は犯してはならない悪い事であると教えられる。そうでなければ、集団生活などできはしない。そして互いに互いの大切な物を尊重するように育てられ、相互に護りあう社会を形成するのだ。
例えば、野犬に襲われた我が子を助けようとした親が、勢い余って野犬を殺してしまった場合。それで『我が子を襲った報いだ畜生め』と胸を張れる人もいるだろう。だが、野犬とは言え生き物である。それを無為に殺してしまったと、罪悪感に苛まれる者も居るだろう。それが野犬ならまだ程度が弱いが、血迷っただけの人であった場合、恐らく普通の人間では耐えられない。
だからそこで、ユイゼ教が被害者を悪と断ずることで、加害者の罪悪感を薄めるのだ。
その事を傲慢と言われれば、腹も立つ。
ルゴノゾールの言い分は、間違ってはいないが、そこまで悪しざまに言われる筋合いもないと言う物だ。
「知っていますか? 貴女の主は魔王機関側の人間ですよ、間違い無くね」
それも知っている。影崎大和と言う少年は、敵を斬る事に躊躇いは無い。そして敵か否かは、自分の判断で決めている。その判断を他者に委ね――教義に則って定めている神官戦士とは、そこが違っていた。
とても子供らしからぬ思考回路であるが、その論理自体は魔王機関に通ずるものだ。
そして、そんな少年が英雄的行動で称賛されながらも、論理で共感できる魔王機関へ渡さないために、ユイゼ教は自分と言う楔を打ったと言うことも理解している。それこそ女の武器を使ってでも、表舞台に立てる英雄候補として留まってもらうために。
「まだ分かりませんか? 本当に私がここに出向いた理由が、確かの彼女・・・ええと、シュライザ嬢でしたか? 彼女を迎えるのも目的の一つですが、本筋はそこではないのです。本当に成したいことは別に・・・、それではお話しも、戦いも、これでお終いにいたしましょう」
だが、今までこそこそと隠れて様子を伺っていたはずのルゴノゾールは、余裕すら汲み取れる声音でそう宣言した。
八つの魔力弾が、ナグリィムの周囲に形成され、まるで纏わりつくように周回する。その挙動がどうにも不気味さを掻き立たせた。
――なるほど、本当の目的は・・・私の命・・・でしたか。
デバイオが、身代わり泥人形の時に使っていた魔力弾と比較し、十倍近い威力が込められていると警告を発するまでもなく、本能と鍛えて来た戦士の観察眼で相当な危険物であると看破していた。
――放たれる前に、まずは一撃を加えたいのですが・・・。
先制で痛手を負わせられれば、その後の戦局が有利に展開できるだろうと言う単純な戦闘の組み立てだ。デバイオの瞬発力を生かせば、不可能ではないのかもしれない。しかし、突進すればあの魔力弾を躱しきることは出来なくなる。
泥人形を当て馬にして、こちらの手の内をある程度暴いて来ているのだ。こけおどしである筈がない。
デリアーナが思考を巡らせている間に、ルゴノゾールは魔力弾を無造作に放って来た。
幸い距離が開いているお陰で、軌道を読み切れ、どうにか全弾躱し切ることに成功するが、地面に衝突した魔力弾の爆発を見る限り、中々に馬鹿げた威力を内包していた。
あの威力、確かに帝国軍主力MSSであるユーケイヌ程度では、耐えきるのは難しいだろう。一撃貰えば中破は確実、足が止まらずとも鈍れば、追撃も容易く加えられる。
――四発・・・いいえ、三発も被弾すれば、突進を止められてしまいそうですね。
ユーケイヌよりも遥かに重装甲なデバイオをもってしても、その程度の差しか生み出せない。
今までも、直撃をどうにか逸らしてきたから、軽微な損傷で済んだのだが、突進すれば直撃を免れるのは非常に難しいが、確実に倒すには突撃し肉薄するしか手段がなかった。
魔力球を全弾討ち尽くしたはずだが、ゆっくりと次弾がその姿を見せている。段数は無限・・・ではないはずだが、弾切れになるまで躱し切ることは出来なければ、無限であることと意味の上では変わらない。
一発一発は、デバイオのプラズマキャノンの方が威力は上だが、あの次弾準備速度を考慮すると、単位時間当たりの数は向こうに軍配が上がるだろう。魔力弾をプラズマキャノンで迎撃していった場合、手数で押し負けることは確実だ。
と成れば、逆にこちらが推して行かなければ、倒す隙を作れないのだが。
――拙い・・・ですね。デバイオのプラズマキャノンは暫く使えませんし・・・。
高威力の武装であるが故に、連射が出来ないと言う欠点が存在していた。
プラズマキャノンは、発射時に砲身に掛かる負担も大きく、冷却期間をある程度持たないと、次の砲弾を撃つことはできないようになっていた。砲身が異常加熱して損壊したり、暴発しては危ないからだ。
だからこそ、全身に散りばめるように八門を搭載しており“身代わり泥人形”との戦闘でも、一発ずつしか撃たなかった理由でもある。
現状計六門が冷却中であり、即座に応射できるのは二門しかない。
先ほど亜空間の亀裂へ四発撃ち込んだのも、二門が冷却中で、六門しか稼働できず、かと言って全部使い切る思い切りが無かったことから二門を残した。
もしかしたら、八発撃ち込むことが出来たなら、それだけで空間の狭間をナグリィムの墓場にできたかもしれない。
いや、いまさらそんなことを言っても意味がない。結果を見た後で「あの時こうしておけば」と思い立ち、その通りに改編で来たのなら、それは最早世界を支配し得る現在の神と成れる存在だ。
――主に仕える身で、成り代わろうなどと・・・身の程を忘れたかデリアーナ。
分を超えた思考を自戒し、頭を切り替える。
そんな事よりも、問題はナグリィムが魔力弾を攻略する術を考えなければならないのだ。魔力弾を八つにした理由は、能力の上限と言う可能性もあるが、恐らくこちらのプラズマキャノンの砲門数に数を合わせてきたのだろう。
そして、こちらに合わせているのだとしても、即座に切り替えれる物でもない。
それは魔法の多重詠唱になり、制御するための難易度が跳ね上がるからだ。本来は一発づつ使う攻撃魔法を八つ同時に行使し制御している。そこに追加するくらいなら、一旦保留している魔法を解消して、数を増やして唱え直した方が、詠唱の難易度、所要時間、魔力の消費量とどれをとっても効率が良い。
――二発までなら勢いを殺され切らない・・・はず! 待っても、守っても負けるなら! 突っ込むっ!
意を決し、デバイオを一機に突撃させる。
ルゴノゾールは戦士ではない。
近接戦闘は不得手である。
デリアーナが優位に立ち回れる近接戦闘へ、一早く詰め寄るかが勝利への道筋だった。
そして、プラズマキャノンを一門、ナグリィムへ向け撃ち放つ。プラズマキャノンの砲弾の初速は早く、音速を超えているために、戦闘経験の豊富な者でも避けることは難しい。それでもMSSの演算能力が高ければ、着弾までの僅かな時間で砲弾の到達点を予測し、強制的に回避か防御を取る。
そしてナグリィムの場合、鍛えていない操縦士を守るためにも、回避と言う行動は取らないと踏んだ。
「・・・なっ!?」
ルゴノゾールは咄嗟の行動に驚愕の声を上げるが、それが単語を形成する前に、ナグリィムの自動防御機能は動いていた。展開し待機させていた魔力球を四つ集め、盾のすることでプラズマ砲弾と相殺する。
エネルギー体同士の衝突に因り、更なる超高熱源と変化し、辺りの大気が爆発したかのように一機の膨張し吹き荒れる。
巻き上げられた砂塵が視界を覆うが、そんな物はお構いなしだ。
――四つ潰せた! 上出来です!
言葉にする間も惜しんで、更に接近を図ると、自動迎撃機能だろうか、残った魔力弾が襲い掛かって来た。
その内の一つ目は、姿勢制御用の副推進器を巧みに操り、どうにか躱す。
二つ目は、肩部装甲の丸みを使っていなし、三つ目は戦槌で打ち払い相殺する。そして最後の四つ目は盾を使い、弾くようにして体を整える。
攻撃が全て防がれてしまった動揺が僅かに伝わった気がする。
魔力球を相殺した際に、柄の中ほどから折れてしまった、戦槌を捨て、長剣を引き抜くと、操縦席を見定め、更に踏み込む。
そして、あと一歩と言う所で、蔦触手が逆にデバイオの操縦席を狙い突き出された。
「懐に!? はや・・・」
「読んでいますよ!」
来ると踏んだ時機に沿った攻撃は、どうとでもなる物だと、長剣の腹を使い受け逸らす。
火花を散らし滑って行く蔦触手は、進行方向を変え、長剣に巻き付き動きを封じてきた。勢い余った蔦触手の先端が、装甲に当るが曲面のせいで弾かれて、勢いを失った。
しかし、これでデバイオの突進の威力は大きく削がれた。盾で殴り掛かるにしても、逆にナグリィムの腕を振るうにしても、間が開いている。
しかし、一門残したプラズマキャノンからすれば、避けるのも防ぐのも不可能な間合いだった。
「これで!」
「終わりですか・・・」
デリアーナの決死の呟きと、どこか達観したようなルゴノゾールのボヤキが零れる。
プラズマキャノンの砲弾が発射され、次の瞬間にはナグリィムを貫く。しかし、MSSを撃破したような手応えは得られず、ナグリィムは土塊に成って崩れ落ちる。
「身代わり泥人形!? 何時の間に!」
そんな隙は無かったはずだ。異空間から引きずり出し、偽物ではあり得ない威力の魔力弾を操ったのは本物のはずだ。それが再び身代わり泥人形の魔法を行使し、こちらに気取らせぬまま入れ替わるなど、出来るとは思えなかった。入れ替わりなど、MSS大の質量が動けば、デバイオの探知機が拾ってくれるはずだ。
――まさか、最初のプラズマキャノンをわざわざ魔力弾で相殺した時に!?
時機としてはそれぐらいしかない。
――いや、そんな考察は後回し! 早く奴を倒さないと!
鈍い衝撃がデバイオを貫いた。
ナグリィムが二本目の蔦触手を使い、死角からデバイオを穿ったのだ。
「なっ!? ぐ、ぎいぃぃあああぁぁあああぁあ」
デリアーナの驚愕の声が、途中で悲鳴に変わる。
操縦席を狙った一撃であったが、僅かにそれたことで即死は免れたが、破損した構造材や操縦席の部品が、デリアーナの身体に刺さり傷を負わせたせいだ。
「な・・・二本・・・同時に・・・」
「言ってませんよね? 二本同時には扱えないなどとは、たまたま一本づつしか使わなかっただけで。ほらよく武人などは宣うじゃないですか『奥の手は最後まで隠しておくものだ』って」
そして振り切るように抜き取られた蔦触手よって、デバイオは二つへ割断された。




