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第158話 掻き毟る

 それは、自然現象ではあり得ない事だった。

 確かに天地創造のビックバンのような、人類の尺度から大きく外れた現象と比較すれば、とても些細な事であり、それ以上の事態が当たり前に起こっていたと推測されている。

 しかし、人類が星の上で、その星の環境に気を配りながら生活している範囲で遭遇する通常の自然現象では、決して起こり得ない事象だった。


「あそこに、空間の歪みがある?」


 シュライザの鋭敏な感覚、いや種固有の特殊能力とも言うべきもので、それを感知する。シュライザでなくとも、感の鋭い人間なら、気付くことも出来たろうが、対処は非常に難しかっただろう。

 本来、何も無いはずの何か、あってはいけない空間の皺のような物を捉え、それに手を伸ばす。

 遠くに置いてしまった、目覚まし時計を探すかのように、無心に手を振るう。そしてついに、指先に何かが触れた感触が伝わる。実際の距離や大きさを無視して、写真により切り取った風景をなぞるように触れ、爪を立て掻き毟る。


「よいしょっと」


 魔力を燃料に、腕の機能を伸長させた結果、通常では届かない遠距離の物に、長大化した見えない腕を伸ばし、空間の歪みに指を触れさせたのだ。


 ビッと、布切れを裂くような音が響き、それは虚空に現れた。


 目を凝らして伺うような皺ではなく、完全なひび割れとして、空間が断裂を起こす。

 そこは一言で言い表せば“亜空間”だ。

 世界と世界の間を区分ける壁のような概念ではなく、世界の外縁に有る薄皮のような、実とも殻ともつかない、それ以外の何かが揺蕩たゆたう場所だ。

 酷く不安定な場所であるが、安定した現実世界からの干渉を遮断することは可能であり、通常では存在にすら気付けない場所である。だがそれに気付き、それを利用した者、活用した技術は既に存在していながら、魔法と同じく遺失しかかっていた。

 それは、世界間を行き来する為に不可欠なイデアゴラの門を形成する技術の研究により派生した、亜空間航行技術であった。

 しかしそれ故に、魔法と併用して亜空間に潜むと言う行動は、認知度の低下から対抗手段を持っている可能性も下がり、非常に効果的な作戦と言えるだろう。通常空間からの攻撃をほぼ完全に遮断し、魔法による間接的な攻撃を行えば、一切の反撃を許さない蹂躙劇を開催できる。


 ルゴノゾールが何故こんな搦め手を選択したのかは、想像に難くない。

 MSSの機能の限界と言うか、欠点と言うか、魔法が使えるからと言って別段有利になることはないのだ。確かにナグリィムが使っている魔力弾は初歩的な“魔力の矢”と思われる直接攻撃魔法を強化したものであるが、実際にはデバイオに対して牽制程度にしかなっていない。

 予備弾倉の弾数や重量を気にせずに弾丸を撃てると言う利点はあるが、初速も遅く何より発光して目立つため回避し易いと言う欠点もある。“身代わり泥人形”でMSSを創造しても内蔵火器は再現できない為に、泥人形に意識を憑依させることで感覚を共有し、魔力を供給し、魔力弾を併用している言うことになるだろう。

 MSSの機能で操縦士の技術や才能を拡張できるが、MSSの武装と言う物は、その拡張された事柄を前提としている。

 確かにMSSの機能で操縦士の魔法は強化されるが、MSSの扱う銃砲はそれを、射程でも火力でも上回るのだ。つまり、生身の人間同士での戦闘で最強の座を奪われた魔法が、MSS戦に移行したからと言って返り咲くことはできないのだった。


 生身の人間同士の戦闘で、魔法が廃れた原因の一つに、遠距離からの攻撃の限界というものがあった。

 特に“魔力の矢”などの直接攻撃魔法は視認していることが発動条件であったため、人間の視覚の外への攻撃は非常に難易度が高い。難易度が高いと言うことは、才覚に恵まれた一握りの存在しか使えずに一子相伝すらできず、技術の確立は無く胡散霧消していった経緯がある。

 かつての魔法は、剣士を始めとする歩兵に対しては有効どころか、圧倒的に優位な攻撃を加えることが可能であった。騎馬であっても、接近さえ許さなければ脅威に成り得ないほどで、一部の脆弱な弓兵や、火薬が発明され火縄銃が登場しても優位性を保っていられた。

 精々、弩が唯一の天敵と呼べるような武器であり、魔法の優位性は不動であると思われていた。

 だが、更に時代が下って無煙火薬やライフリングが登場し、連発射撃が可能になった辺りで、圧倒的な優位性を失う。

 銃火器の時代に成り、戦争が一変した。

 もっとも、これも魔法使いにとってだけでなく、剣士や騎馬すら時代遅れに成ったことから、戦場が大きく変わったが故なのだろうが。

 MSSが人間の能力を拡張し引き上げても、同じくMSS大に性能を引き上げられた近代銃器相手に、優位性などこれっぽっちもないと言うのが一般常識であった。

 幾つかある手数の一つとして持っておくか、今回のような特殊状況でなければ、態々MSSで魔法を使う必要性が無い。


「やっぱり。魔法による大遠距離からの遠隔操作は不可能だもんね。こうやって近くに隠れていると思ったよ」


 しかし、魔王機関の魔法使いには遺失しかかっている技術だから使えないと言う論理は通じず、その可能性を考慮してみれば、この通りだ。

 あの空間の歪みの奥、亜空間の中には、本物のナグリィムが潜んでいるはずだ。

 こうやって、策を弄すれば時代遅れとされる魔法も、現代戦において十分に通用する。

 亜空間と言う安全地帯に身を顰め、そこから魔法を行使するのは有効だろう。本体は身を隠し、僅かに開けた隙間から情報を入手するための端末と、魔力を送るための穴があればいいのだから。

 そういう意味では、身代わり泥人形の魔法は打って付けだった。


「デリちゃん! ぶっ放して!」


 何所へと、明確な指示は出せなかったが、デバイオの探知機能も空間の裂け目、露出した亜空間の一端を感知しているはずだ。

 “送声”の魔法を用いて、一方的に音声をデバイオの操縦席に送り届ける。


 直後、デバイオが対峙していた泥人形の隙をついて、露出した亜空間へ向かい、プラズマキャノンを四問同時に撃ち放った。


 轟音が、世界を揺さぶる。

 障害物もない為に、四発のプラズマ砲弾は、吸い込まれる様に裂け目へと命中したのだった。




 プラズマ砲弾を四発も叩き込まれ、もともと不安定な亜空間を無理やり維持していた力場が許容量を超え崩壊する。

 すると無理やり開けられていた物が閉じようとする復元力が働き、ナグリィムが身を潜めていた空洞は消失する。もしも、このまま閉じ込められてしまっても、安全に脱出する機能を有してはいたが、通常空間と亜空間では空間の広がりの概念が大幅に違うため、出口は大幅にずれが生じることになる。そのずれも、一・二キロメートルと言ったものではなく、それこそ惑星単位や太陽系単位でずれる場合もある。


「冗談ではないのですよ!」


 わざわざシュライザと言う少女を迎えに来て、失敗した上に遥か彼方、遥か虚空へと放り出されては、挽回などできようはずもない。

 一旦閉じる亜空間の出入り口を無視して、身の安全を確保し、再度開口すると言う手段もなくはないが、時間的制約によりそれは断念せざるを得ない。

 五分、十分と言った程度の遅れならば取り戻すことも可能だが、太陽系単位でズレが生じた場合、帰還に必要な時間は途方もないことになってしまう。そうなれば、逃げられてしまう。

 それこそ至龍王の機能を使い、異世界に逃げられてしまった場合に追跡は困難な上に、異世界への進出は魔王機関の理念に反するため、ルゴノゾールには取り難い手段であった。

 危険があることは承知で、通常空間へ復帰するしかないと判断して、まろびでる。


「こうなることを予測して、態々レイジーさんにまで陽動に出て貰ったのに、何と言う様ですか」


 自らの失態に、己の行動を嘲た。

 ナグリィムの装甲が燃える。

 プラズマキャノンのあおりを受けて、機体を構成している部品が火を噴いてしまっていた。


 ルゴノゾールは研究者であるため、MSSの構造などに詳しくても、その操縦技術は正規兵に及ばない。それを十分に自覚しているために、身代わり泥人形を用いた囮で自身の安全を確保することにしたのだ。

 身代わり泥人形は、ゴーレム製造魔法と迷彩魔法の複合魔法である。ただ、これだけでは、緩慢に動き回るだけの木偶か、単純な命令を繰り返すだけの存在にしかならないので、行動の単調さで見破られる可能性が高かった。そこで遠隔操作魔法を加えて、完全な身代わりをさせるように仕立てたのだ。

 泥人形を構成する物質は、そこかしこに大量にある。適当な土でも良いし、砂利でもいい、雑草が混じった所で影響はない。核と成るのは魔力を込めた石英で十分であり、これも現地調達が可能であった。

不死身の泥人形があれば、負けることはない。

 何より、亜空間に隠れてさえいれば身の安全は保障されているのだ。

 一つの要素を除いて、負ける事はあり得なかった。


 その一つが、至龍王と言う機体である。

 機体に搭載された機能で、イデアゴラの門を形成させ、操縦士の自由意思により世界間を行き来できる機体であり、その名が示す通りに魂を宿しているとされる。

 至龍王なら、簡単にこれだけの事をやってのける危険性を孕んでいたために、己の身の安全を確保するために、囮を使って遠ざけたのだ。

 だが、シュライザの能力を低く見積もり過ぎていたことが、今回の失敗に繋がった。

 デリアーナが懸命に戦い、想定以上に粘られたと言うのも、もう一つの要因だろう。


「竜言魔法などではなく、竜の眷属ではないのでは? もっと高位存在・・・いいえ、まさか・・・識龍の眷属とでも言うのですかね」


 懸命に脳を巡らせ、答えを導き出そうとするが、心の何所かが結論を拒絶しているために、正答へとたどり着けない事にルゴノゾールは気付いていなかった。


「これではますます魔王機関に来ていただかねばなりませんね!」


 そして、鼻息荒くそう宣言するのだった。


 ナグリィムをどうにか着地させると、機体の消化機能を稼働させ、まとわりついている炎を無理やり鎮火させる。

 どうやら装甲表面の塗料が燃えたのと、可動部を保護するためのグリスなどの潤滑油が、若干焼失した程度の被害だ。致命的な損害は受けていないし、自動修復装置により回復させられる程度の物であった。


「確かに、亜空間より引きずり出された事は痛手ですが、それよりも価値の有る情報を収穫できたことに良しといたしましょう」


 いまだ健在なデバイオに向き直り、身代わり泥人形への魔力供給を断つ。

 途端に土塊に戻るそれを、視界の端に収めながら、ルゴノゾールは余裕の笑みを浮かべるのであった。


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