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第153話 懸念事項

今回は短いです。

 大和が駆る至龍王を送りだした聖墓で、デリアーナは重い溜息を漏らしていた。


「これじゃあ、従卒失格じゃない・・・」


 愚痴も漏れていた。


 幸いにも聖鎧機レスピーギ・デバイオの操縦席で、機内確認作業の最中であった為に、その失言を聞く者が居なかった。

 トリケー教皇庁が派遣してくれた整備員は良くやってくれているのは分かっているが、それに当り散らしたくなる気持ちは拭いきれない。デバイオの整備は終わっているのだが、至龍王に追従する術がなかったのだ。

 軍用MSSをAランクと呼んでいるが、デバイオのような聖鎧機や、それに準ずる鎧闘機と呼ばれる機体ですら、規格外の上位機種と言う事でSランクと呼称される。

 Sの意味はスペリオルの頭文字だが、スペシャルだと思っている人間も多い。このあたりの分類は、以前召喚された英雄たちの中に居た趣味人の意見が反映されているため、微妙に日本語英語が混じっている。

 そして聖鎧機ともなれば、それなりに自己修復機能と言う物が搭載されており、断裂した電磁筋肉繊維程度なら再結合が可能だ。これにより、大幅な整備・調整時間の減少と、継続戦闘能力の底上げが成されている。戦闘中に即時回復は無理だが、人間の筋肉痛のように数日間安静にして居れば回復するのだ。

 前回の魔王機関への強襲において、然したる損害を受けなかったデバイオ本体は、ほぼ完全な状態に回復していた。

 しかし後付けの飛行用推進器は、飛行能力を持たない軍用MSSに飛行能力――厳密に言えば迅速に部隊を、戦線に展開するための空輸装備である――を追加するための装備であり、デバイオに装備された理由は移動速度の底上げだった。

 デバイオの自己回復能力の効果の外にある代物だ。被弾しなくても、一度使用すれば整備を必要としていた。


「無理をすれば・・・飛べる筈なんですけれど・・・」


 最悪火を噴いて爆発四散なんてことも考えられ、時間的に負担になった上に、当初予定していた戦力が戦線に辿り着けないと言う失態に繋がる可能性が高いのだ。さらにそこで損傷しようものなら、主の手を余計に煩わせることになる。


「手伝う気でいて、足を引っ張っちゃ・・・立つ瀬がないじゃない。・・・それにこれだってただじゃないのよ」


 飛行用推進器の値段がデリアーナの精神的な負担になっていた。概算でトリケー教皇庁の司祭二十人分くらいの生涯収入に匹敵・・・制空戦闘機とほぼ同額だったりする。それを思うと、給与の増減で一喜一憂している身としては、躊躇いを禁じ得ない。

 そして、何より、そこまでしても至龍王の最大速度には追従できないと言う点だ。

 金銭的に負担が大きかろうと、可能ならばやればいい。だが今回の問題は金で解決する問題ではない。

飛行用推進器を爆発寸前の限界出力にまで酷使しても、至龍王の最高速度へは及ばないのだ。

 爆発の危険性が高い装備を使用してまで、行軍速度を遅らせる必要がある。隊列を組むには、移動力の低い方に合わせる必要があるのだ。一刻を争う事態でその有様では、敵に加担しているとの誹りを受けかねない。


――それだけは絶対に嫌・・・。


 役立たずと罵られるよりも、敵認定される方が嫌なのは当然だろう。

 まして敵に容赦をしない自分の主にとって、それは最悪の評価だ。

 魔王機関の基地を襲撃した時にも、大和は回収できたハイラをデリアーナに託して、先に脱出させた。もしも、ハイラを託されなければ、殿として大和の脱出の時間を稼いでいただろう。その結果、デリアーナは破れ命を落としていたかもしれない。

 足の遅いデバイオを先に逃がしたのも、その方が生還率は高そうだからと言う大和の指示に因るものだ。

 それが、僅かにデリアーナの心を痛めつける。

 自分は盾としてここに来たはずなのに、その役割を全うできていない。自分の実力不足から来るものなら、悔しさをばねに鍛錬に励むことも出来たであろう。だが大和は、デリアーナが女であると言う理由で、守ろうと行動している。それが歯痒くもあり、嬉しくもある。

 彼の思考には『男が外で戦い、女は家を守る』という考えが染着いているせいだろう。これを男尊女卑、もしくは女尊男卑と断ずることは容易い。だが冷静に、生物学的に考えて、人間はそう言う風に進化してきた種だ。男の方が女よりも体が大きく力も強いと言う、単純な生物としての差がある以上、そう言う役割分担は自然の流れだ。

 それ故か大和は、年長者は年少者を導き、女性や年下を守らねばならないと思っている節がある。特に技能が優れて居なくとも、年長者として振る舞う者には敬意を示しているし、逸脱した者には容赦がない。

 この世界の常識で照らし合わせれば、神官戦士・神殿騎士は有力者・権力者の盾だ。もしくはトリケー教皇庁の言葉に耳を傾けさせるためのくさび。要するに「箔も付くし、護衛もしてやるから、融通しろよ」と言う事だ。世界最大派の宗教と言えども奇麗事だけではない。龍騎士に恩を着せ、何か問題が生じた場合に巧く誘導して手伝わせたリ出来れば最上、最悪でもトリケー教皇庁に敵対しなければいい。 その為の人柱だ。


――それなのにこの扱い・・・。


 ある意味で、待遇が良過ぎるのだ。

 もっと年配の人が主であるなら、別の思惑があるのではと勘繰ていただろうが、大和では「年下の男の子が背伸びして、年上の女性に良い所を見せようとしている」ようにしか見えない。


――実際に、それだけの実力差があるからどうにもならないのだけれど。


 心の奥底がむず痒い。守られると言う安堵感が、女としての自分を満たしてしまう。そこに喜びを見出してしまうのだ。

 もしも、守られることに僅かな喜びを感じないのであれば、こんな風に悩むこともなかった。


――だから、せめて。ヤマトさんの帰る場所は守らないと。


 それがデリアーナにできる最大限の恩返しであり、忠誠であると信じることにした。

 聖墓には、大和が守りたいと思っている女性が居る。


――彼女を守ることを誉として、従卒としての務めを果たすしかない。


 公的に至龍王を継承した前龍騎士である上野悦子を、今更狙うような輩はいないと思うが、それでも可能性は捨てきれない。楽観視して足を掬われる愚行は回避しなければならない。


――それに、一人不可解な人もいるしね。


 それは葉月と言う偽名を使っていた、シュライザ・ローディア・アウグストの事である。

 軍服を着崩しているくせに、軍属ですらなく、正体は不明だ。ナールアスプ博士の下で開発が進められていた、召喚勇者送還装置の助手と言う立場を担えるほどの専門知識を持っているのに、非常に杜撰な行程で潜り込んだ諜報員紛いである。諜報活動で潜り込んだのであれば、立身の情報はもっと煮詰めてしっかりと作っておくものなのに、適当に話を合わせただけのいい加減差しか感じなかった。

 そして龍騎士でもないのに至龍王を操ることが出来るという、とんでもない能力を持っている。これは、国会議員でもない一般人が国会に顔を出して、適当な法案をホイホイ通させてしまう事と同程度に危険な事だ。その気になれば、帝国をひっくり返すことすら可能だろう。

 そして極めつけは、あの身体能力と、戦闘能力である。

 デリアーナ自身は一般の兵隊から見れば、人外と恐れられるほどの強化措置を施された強化人間だ。そして影崎大和や第三皇女ステルンべルギアなどは、天賦の才と弛まぬ努力でそれを凌駕する、超人・魔人である。

 では更にそれすら歯牙に掛けぬほど、超越した力の持ち主は、一体何なのであろうか。


「・・・本物の魔王か・・・それに比肩し得る使徒」


 ポツリと零した自分の言葉が恐ろしかった。荒唐無稽だと自分で必死になって否定するが、否定を重ねるだけ、重ねた分だけ、それこそが真実であるかのように思えてきてしまうのだ。

 念のために教会の情報網を頼り探って貰った所、そのような名前のアインラオ帝国人は存在しない。いや、この世界にそんな人間は誕生していない、と言う事が分かった。

 現在は、人間社会の七割程度の出生の記録が残っている。先進国に至っては九割を超えるのだが、それでも届け出の不備や、スラムのような場所で産まれたり、未開の・・・ヅィスタム村のような亜人種の集落は記録漏れが分かっている。

 だが、あれだけの存在が、幼いころから何かをやらかせば、必ず大きな事件に成り、記録に残る筈なのだ。分別が着くようになってから、後天的にあれだけの力を得て巧く立ち回り隠し通してきた可能性も否定できないが、確率で言えばかなり低い。

 どのみち、デリアーナが取るべき行動の選択肢の幅は、そんなに広くない。


「ヤマトさんの害になるようなら・・・いいえ。このままでは確実に害になる」


 そうなる前に、排除しなければならない。

 ・・・この世から。

 だがそうなればまた問題が表面化する。

 殺し得る手段が思い浮かばない。生身では考えるまでもなく不可能だ。どんなに周到に罠を張り策を弄しても、成功率は賭け事で大勝ちできるよりも低いだろう。それならうっかり、ぽっくり逝く確立に賭けた方が分が良い。

 デバイオを駆り、真正面からぶつかっても、勝ち目は低い。彼我の戦闘能力を吟味すれば良くて五分であり、事が大和に露見した場合は、確実にシュライザの肩を持つだろう。どう考えても勝ち目が薄いのだった。

 それに自分はハイラの件で一度強く叱責された身だ。もう一度同じことを繰り返したと大和に思われるのは、結果如何にかかわらずなんの利益も見いだせない。少なくとも確実に大和が味方に付いてくれる状況下で、シュライザを糾弾しなければ、デリアーナの懸念は払拭できないのだった。

 結局、彼女――シュライザが馬脚を現さない限り、決め手に欠ける。

 それまではじっとりと監視に留めるしかない。


――せめて、その時には彼女の自爆で済みますように・・・。


 そして何より、その自爆にあるじである大和が巻き込まれない事を、懸命にしゅに祈るのだった。


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