第13話 歪んだ想い
仄暗いブルーライトの照明で彩られた部屋には、常に唸り声のような音が反響していた。
部屋に一歩踏み込めば、突き刺すように煌くパイロットランプの群れが、夜空の星々のように出迎える。壁の一角は巨大なガラスが嵌め込まれており、それは水槽であるが水棲生物を飼うためのものではなく、滞留する冷却水を視覚的に確認するための贅沢な設備だ。冷却水が流れるときにでる摩擦音に、ポンプの駆動音が混ざり、低い唸り声のような音を奏でている。また大量に設置された電子回路も、飽きることなく演算を続けており、金属を擦り合わせたような不快なモスキート音がそれに混ざる。
カゾリ村の村長であるニタムは、半ば日課としてその部屋に訪れる。吐く息が白くなるほどではないが、肌寒く感じるほどの室温であるのに、機械の出す電磁波の影響か不快な汗を掻くことがしばしばあり、あまり長いしたい部屋ではなかった。
足元はしっかりと視認でき程度の明るさは確保されているために、慣れた者なら歩みに躊躇いはない。
「また、ダメだったか・・・」
努力が徒労に終わることは今に始まったことではない。それは分かっているが、成果の実りが悪ければどうしても気分は沈んでしまう。
ニタムは不出来な結果を受け止めながら、自身の身体を椅子に沈み込ませる。毎日、使い続けているためか背もたれの歪みも酷くなり、記憶にある使い初めのころよりもだいぶ草臥れていた。
この部屋は、いや、この施設は“神殿”と呼ばれ、村長のニタムを始めとした村の重鎮しか存在を知らない。
前大戦終結後、頑なに帝国の支配を拒んできた理由でもあった。この神殿は、召喚の巫女の能力を科学的に補助し増強する目的で建設された施設であるからだ。前大戦のような全人類にとっての苦難を、打破するために必要な勇者を召喚するためだ。その時がいつ訪れるか分からない上に、何人の召喚勇者が必要になるのかも分からない。だからこそ、科学的に巫女の能力を増幅する研究に明け暮れ、それなりに稼働させるまでに至った。それ故に、この神殿の機能を帝国に売り渡すわけにはいかない。帝国ともなれば、国益の為という免罪符を振りかざし、どんな間違った使い方も是としてしまうだろう。結果としてどれほどの混乱を招くか想像に難くない。勇者を召喚し軍に組み込み、侵略兵器にすることすら容易いのだ。
勇者は世界を守る者であって、他国を侵略する兵ではない。その思いを秘め、ここまで来たのだ。
「そう・・・ようやくだ」
まともに稼働できるようになったのは最近のことで、少なくとも、本来は不可能とされていた多人数の勇者を召喚することには成功している。カオスマターを手にした、強い力を持った勇者の召喚にも成功している。
だが、足りない。
現在召喚に応じられ、その命を賭して村を守護してくれている勇者たちには聞かせられないが、嵐の魔剣ストムゾンを持った源田仲利や、期待の新人で聖剣アクスザウパーを持つ三岡洸貴のような、強力な勇者の召喚に成功しているが、それでもまだ足りないのだ。
それこそ単独で帝国を打ち破れるほどの力を欲しているのだ。
今、この世界の最強と呼ばれている武器は“聖剣・魔剣”の類ではない。
異世界からの協力者として召喚された勇者を英雄足らしめた武具。
それはMSSと呼ばれている巨大な人型兵器群だ。
例えば、前大戦の忘れ形見ではあるが、あくまで量産機で決して突出した戦闘能力を有している訳ではないオーディアスですら、嵐の魔剣ストムゾンを持つ稀有な召喚勇者である源田仲利の何倍も強い。
そしてMSSの中には、世界間を自在に行き来する能力を有した機体も存在している。それらはオーディアスを軽く凌駕する戦闘能力を持ち、かつての英雄の相棒として世界のために戦った機体だ。戦争から生き残った機体はかなりの数があったはずだが、数年の内にほとんどがその姿を表舞台から消した。戦後国家の傀儡英雄となることを嫌がり、相棒である機体と共に権力より離反したと噂されている。
その消えてしまった全ての機体が、老朽化や、損傷が深刻で修理が断念されたりして解体されてしまったとは考えられない。所有していることを隠匿してしまったか、異世界への帰還に使われてそのまま放置されていると推察できる。異世界に運ばれた機体全てが完全な状態で残っているとは思えないが、逆を言えば完全な状態で残っている機体があってもおかしくはない。
ない筈がない。
それらの内の一機でいい。かつての英雄機。その内の只一機あれば、カゾリ村に迫る危機も、帝国の脅威も退けることができる。
搭乗者と揃っていた方が都合は良いが、機体だけでも十分だ。その為に女組には虎の子のMSSを与え訓練してもらっている。英雄機が戻れば、女組の誰かに使って貰えばよい。
そして、その英雄機の中でもニタムが特に思い入れがあるのは、MSSの一種であるマシーンドラグーンと呼ばれる機兵だ。
優しくも強かった勇者達。それらが駆り、迫りくる敵を、邪悪を尽く打ち破った英雄の中の英雄。その英雄を真の英雄足らしめる機体こそがマシーンドラグーン。
特殊な設計思想で開発されたMSSであり、ほとんど一点物の機体でそのコードネームが着けられており、ニタムが若かりし頃、幾度となくその威風を身に浴びてきた。子供のころ実際に見上げていたのだ、マシーンドラグーンが高々半世紀で朽ちるような代物とは思えない。
少なくとも巷での人気は健在で、現代では正義の象徴として、関連書物や商品、模型など、常に何かしらの物が売られ続けている。
全部で八機建造されたとされる特殊な機体は、それぞれが龍王の魂を宿しているとされ、神をも殺すと謳われた。できるものならこの内の一機を召喚したいと願っていた。
ニタムは卓に伏せてあった写真立てを起こす。その写真には若かりし頃、いや幼い頃のニタムとかつての英雄達がにこやかに写っていた。
写真は色褪せ、過ぎ去った年月の長さを無言で語る。
「これも、最早五十年も前か・・・長かった、遠かった。・・・だがここまで来た」
ふと昔の記憶が、情景が湧き出でる。あれは確か、働き盛りで三十路になったあたりのことだ。戦後二十年程度が経過し、ただ黙々と復興に向け仕事に勤しんでいた時だ。一部の者は一攫千金に成功し大富豪などという存在がちらほらとで出した時代で、彼らを狙った悪党も加速度的に増加し治安も劣悪になっていった。そんな中で、噂話を聞いたのだ。かつての英雄の内の一機、マシーンドラグーンの内の一機が悪を退治して回っているという話を。感動で身体が内から震え上がったのを、今でも鮮明に覚えている。
その者はやはり異世界から召喚された勇者で、失われたはずの機体を駆る可憐な少女であったという、そして悪党の跋扈を許さぬ正義心に一躍時の人となった。英雄の復活と世間は囃し立てたが、その後数年でこの話は途絶えてしまう。
帝国が英雄を捕え幽閉したというのだ。
大戦が終結した今、大戦の英雄は要らないというのが言い分らしく、一説には帝国の都合のいい英雄として祭り上げるために暗殺されたなどという陰謀論までも流布したが、真偽は定かではない。
悔しい思いばかりが残った。もし帝国ではなく自分たちが接触できていれば、自分達ならば幽閉などせず最大限の後援を申し入れ、存分にその力を使ってもらっていただろう。
その悔しさをバネに召喚の力の増幅施設を完成させるために打ち込んだ。
そして近年、再びその噂が耳に入るようになった。しかし、こちらは良い噂ではない。ただの目撃情報程度で、悪を懲らしめたとか邪悪を討ち滅ぼしたというような、英雄らしい噂は聞こえてこない。
だが、ニタムにとってはそれでも朗報であった。
まず一つは、既に戦後半世紀が経過しているが、マシーンドラグーンは健在であること。過去の妄執に捕らわれていると言われようが、間違っていなかったと胸を張れる。失われた訳ではないのだ、ただ隠れ見えなかっただけで。
二つ、現代においてもその戦闘能力は決して通用しないものではないということだ。通常の兵器であるならばあり得ないことだが、MSSという兵器の特殊性でもあり、ある程度の代謝機能を備えているので劣化や風化に耐性があるのだ。また戦禍により科学水準が大幅に後退してしまったことも、良い方向に作用している。
ニタムはふと思い立ち、召喚増幅装置の調整を始める。もっと明確にマシーンドラグーンをイメージできれば、召喚に応じてもらえるかもしない。幸いこちらには所縁の品というものも少なからず残っているのだ。これらを触媒にすれば、呼び水となって引き寄せられるかもしれない。
「・・・ワシは、まだ屈しない。まだ、まだだ!」
起死回生の一発逆転劇。英雄の活躍というものはこうでなくてはならない。
結愛は大和と美咲を送り出した後、莉緒と別れて自分の日課を熟すためにキャンプ内のある区画に来ていた。特に代わり映えのない居住区だが、その雰囲気は陰惨さを色濃く滲ませている。
「ま~たく~、リ~オ~も心配性ね~」
先ほど莉緒は、セクハラをしてくる大和を美咲と二人っきりにすることを心配していたが、逆に結愛は心配していなかった。茶化し気味に胸のサイズについて口を滑らせてしまい、かなり美咲を不機嫌にさせてしまったことの方が気になった。
そもそも大和が莉緒に、莉緒にのみセクハラしている事態について思うことはあった。あれはただの小僧が近所の年上の女性に対してスカート捲りするとか、尻に触るとかそういう類の悪戯だ。要するに自分より強者の、普通に生活していたら歯牙にもかけられないような格上の相手に自分の存在を知ってもらうため、注意を引きたいがためにちょっかいをかけているに過ぎない。そして、それをしても本気で自分を嫌わない相手に限ぎっている。その程度の分別がついている事に感心してしまったぐらいだ。
もしあの手が自分に向いたらどうしていただろうか。理想としては莉緒のような対応が最善であるが、自分にあのような態度が取れるだろうか。多分無理だ、下手をしたら受け入れてしまう。
「そ~ゆ~意味で~、リ~オ~は召喚勇者を分かっていないんだよね~」
莉緒は確かに女組についてよく見ようと努力し、不満があれば改善しようとして、注文があれば村長に怒鳴り込むことも辞さない。でもそれは召喚勇者としては異質な行動だ。今日死ぬかもしれない人間が、明日を心配し、明後日の準備をしている。誰かの行動に腹を立て怒りをぶつけることはあっても、相手の為を想い正そうとして叱りつけるなど、絶対に自分はしないだろう。
欲望を向けられれば、欲望を返すだろう。
男女問わず、刹那的な感傷が優先される方が自然なのだ。もしあの少年に、体を求められたら与えてしまうかもしれない。異世界に来て、カゾリ村でそれなりに生活して、苦楽を味わうとそういう風に心が変質しない方がおかしい。
「わたしも~変わったよね~。ひょっとして~リ~オ~も変わってああなったのかしら~」
今までの自分を顧みれば、今の心境はおかしかった。完全に価値観が変わってしまっている事に気付いたのだ。
昔なら、それこそまだ高校に通っていたころには、男子に触らせるなどということはしなかった。貞操観念を厳しいく躾けられてというよりは、軽度の潔癖症なのだろう他人と触れ合うというのが嫌いだった。誰かが使った道具をそのまま使うとか、そう言うのが汚くてできなかったのだ。
それが、いつ死ぬかもわからない。死ぬより酷い目にあうかもしれないということを自覚したら、切なくなってしまったのだ、刹那的になって、そうなる前にやり残しはしたくないと思うようになった。
――大和く~の手を取っちゃうなんて~、私にもそんな願望があったんだね~。男の子に~触って欲しいって思うなんて~絶対に思わなかったのに~。
他人は汚いものだという思いは未だにある、しかし、それでも触合いたいと思うようになった。もし誰にも触れられずに自分が死んでしまったら、自分の体温を知っている人間はいなくなってしまう。自分が生きていたことを、血が通い体温を持った人間であったことを証明できる人間が居なくなってしまうように感じた。
「だから~あの時~触って欲しくなっちゃったのよね~。何も残せないまま~消えちゃうのは~寂しいからね~」
ポツリポツリと独り言を溢している内に目的の部屋についてしまった。扉の前で立ち止まる。毎日毎日繰り返すのは気が重いけれど、自分以外に適任がいないので仕方がないと諦めてはいるし、見方を変えれば損ばかりでもない。
気を引き締め直して部屋に入る決意をする。
「結愛で~す。しつれいしま~す」
決まった所作でノックをして、室内からの反応を待ってから扉を開ける。
開いた扉から、部屋の内外の空気が入れ替わり、室内の異臭が結愛の鼻に届く。汗と息の籠った臭いだ。決して心地いものではないが、結愛は顔に張り付けたのほほんとした笑顔を微動だにさせない。顔面の筋肉の一繊維にも痙攣を許さない。
部屋の中は怯え憔悴しきった少女たちが、虚ろな顔のまま無造作に隅で縮こまったり転がっていた。
結愛は決められた動作の様に一人一人に近づいて、カオスマターで得られた治癒能力を行使していく。そっと手を翳し「治れ」と強く念じると暖かな波動が生じて傷が見る見る再生していくのだ。結愛の治療を欲している少女たちは、結構な人数がいるので一人当たりに仕える治癒能力のエネルギー、魔力と呼べるようなものは僅かでしかないためゆっくりと、日数をかけて傷を治して行くしかない。
鉤爪のようなもので腕の肉を抉られた傷は、処置が甘かったせいか化膿してしまっており治癒能力により肉が再生していくと、内側から膿が爆ぜ結愛の手に撥ねる。ピクリと手が反応してしまうのを堪え切れなかった。
「あ・・・ご、ごめんなさい・・・、工藤さん」
「思ったよりも~熱かったから~ちょっとビックリしただけよ~」
治療を受けていた少女が咄嗟に謝罪の言葉をかけるが、結愛は取り合わないように応対した。他人の身体の体液、しかも膿だなんて汚いものという認識しかないが、それでも結愛は顔や言葉に出さない。彼女が悪いわけではないのだし、彼女を責めても意味がない。
――意味がないってだけで~、堪えられるようになったのね~。
結愛自身が一番自分の変化に驚いていた。
しかし傷の治りが悪い。初期の処置の時にまともな消毒もできなかったことから体内で雑菌が繁殖してしまい、化膿した傷の治りが悪い。結愛の治癒能力で回復するのとほとんど釣り合いが取れてしまっているような状況だ。僅かに回復力が勝っているだけ回復はしているが非常に遅かった。これでは傷跡が残ってしまうかもしれない。
「・・・さん。辛いかもだけど~、ご飯はしっかり食べてね~。体力ないと~治るモノも治らないよ~。・・・少しずつでいいから~」
ろくに手を付けていない食事を見咎めた結愛に、そう指摘された少女は辛そうに眉をひそめ返事を濁した。結愛もその理由をよく分かっているために、それ以上は強く言えなくなる。
食事をとることが出来なくなっているのだ。無理に食べようとしても飲み込めないほどに、心に負った傷は深かった。病院で治療が受けられるなら点滴で栄養補給ができるので、もっと回復が容易くなっているだろうが、ここにそんなものはない。
――日本なら~時間が解決してくれるんでしょうけど~。ここじゃ~時間がある保証がないのよね~。
そして本当に治したい傷には、心の傷には結愛の治癒能力の効果は弱い。
今を遡ること約十日、カゾリ村は“妖魔”の襲撃にあった。撃退自体には成功したが、その爪痕は凄惨であった。
俗に妖魔と呼ばれている小鬼や餓鬼といった風体の怪物だ。ファンタジー小説なんかではゴブリンと呼称される場合が多いだろうか、その妖魔が十数匹で強襲してきたのだ。田舎の村々では稀に起こる災害扱いで、対策や教育が施されるのが一般的らしいが、平和な日本から召喚された少女達には成す術がなかった。
カオスマターによる強化は何の役に立たなかったのだ。それはそうだ、暴漢に襲われるかもしれないからと使ったことのない拳銃を押し付けられて、それで身を守れと言われているのと大差ない。力の使い方が分からないのか、力を使うことを恐怖していたのか分からないが、結局何人かの少女達は妖魔に襲われ傷付けられ犯された。
この世界で“妖魔”と呼ばれる魔物は異種族の異性と交配することでも、自身の子孫を残せるという特異性を持った種のことらしい。その為、襲撃して弱らせ犯すのだ、自分たちの子孫を残すために。
その後、笹沼美鳥をはじめとした魔剣持ち達の手により妖魔達は全滅したが、それでチャラになった訳ではない。その妖魔による襲撃の被害者達と、運良く襲われずに済んだが現場を目撃し心が折れてしまった少女達が息を殺して生活をしていたのだ。
結愛達・・・MSSに乗ることになっていた者達は、妖魔達から離れた場所にいたため難を逃れたことも負い目になっていた。
――私も~酷いよね~。運良く襲われなかったって思っちゃったしね~。せめて治療だけでもしてあげたいって思うのは~。
巻き込まれなかったのは幸運なのか、巻き込まれたのが不運なのか分からない。
結愛の治癒を受けた後、体調が落ち着き数時間だけ眠れるようになる少女が、結愛に弱々しく感謝を述べて浅く短い眠りに入る。他の被害にあった少女達も似たようなものだ、皆精神に異常を来たしている。いや治療を行っている結愛自身が、自分の精神状態がまともではないことを理解していた。
そうなると、普段は押し隠している自分の、ドス黒い欲望というものを開放してしまいたくなる。突発的に飛び降りてみたい衝動に駆られたり、自分の腹を抉ってみたくなるのだ。
必死に正気の淵に踏み止まるよりは、狂気の沼に身を委ねた方が絶対に楽だ。
――刹那的になるよね~。ならない方がおかしいよね~。だからリ~オ~は変態さ~ん。
結愛が全員を見終わる頃には、日はとっぷりと暮れてしまっている。最早これは日常になり、自分の時間というものは殆どなくなってしまった。治療は悪化を免れているというだけで一向に進まず、心が休まる時間はどんどん減っている。
何時までこんなことを続ければいいのだろうか。
そして結愛は誰に癒してもらえばいいのだろうか。
――だから~、私は歪んでいくんだね~。
2016/09/07 誤字修正。




