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第134話 悔恨

 大和はヅィスタム村を後にすると、その足で聖墓に向かった。

 クヌート達は、それぞれの仕事が出来ているために、屋敷の方へ帰して別行動である。

 先の帝都での戦闘により負った、シーゼルたちの破損個所の修復状況の視察でもあった。

 シーゼルは幾つかの装甲を交換する程度の損傷で済んでいたが、増加装甲を再び装着するのは、予算的になかなか難しいらしい。デリアーナの駆ったレスピーギ・デバイオも聖墓に運び込まれ、一緒に派遣されたトリケー教皇庁付の整備員と共に修復作業を行っていた。こちらの予算も半分は帝国持ちらしいので、財政的な負担が増えていた。

 大和は博士や先生への挨拶もそこそこに操縦席へ潜り込むと、黙々と操作卓を叩き出す。よくよく考えるまでもなく、シーゼルのことを碌に知らない。基礎的な操縦方法と、簡単な文字表記が分かる程度で、詳しくは何も知らなかった。

 その事を見つめ直すためにも、没頭していった。


――コンバーターの出力をもっと巧く制御できれば・・・。


 MSSの形成するフィルドリアは攻防一体にして、戦闘の要に成る重要な要素だ。

 高出力が維持できれば、相手の攻撃を弾き、こちらの攻撃で貫く事は容易くなる。生成・貯蓄量が増えればフローゼント系の武装を使う際、弾切れを気にしなくてよくなるし、当然一発一発の威力も増大する。

 この辺りの制御はスティルの方が圧倒的に巧い。純粋に訓練期間の長さもあるが、魔力を元にしているせいもあり、魔法が使えることが重要なのかもしれない。


「・・・で、何をしているのかな君は?」


 開け放たれたままに成っていたシーゼルの搭乗口から、薄紫色の髪が怪訝そうに覗き込んだ。


「何って・・・博士から修理完了の知らせを受けたから、勉強かな? 操作方法の」

「喧嘩でもしたの? でも、逃げの口実に勉強とか男らしくないね」


 葉月の言葉にぎくりと身体を強張らせる。


「相手は誰かな~? 姫殿下だったら逃げることは許さないと思うし・・・、やっぱりデリちゃん? それとも新しい別の娘でもひっかけたの?」


 少しだけ愉快そうに笑う。ただそこに、最近ほったらかしにされた妬みのような黒い感情が隠れていた。それも仕方のない事だと理解は出来ているため、ここで少しだけ憂さを晴らしているのだろう。そもそも聖墓に留まると言う選択をしたのは彼女自身なのだから。


「デリアーナだよ」


 黙秘する意味も、勿体つける労力も見合わないと判断し、特に抵抗することなく白状する。


「最初は無茶やらかす馬鹿の類かと思ったけど・・・結局は、その馬鹿とも思えた行動が正しかったって話だ」


 今まで気にはしていなかった。気にも留めていなかったが、あの時の情勢で外部に情報を漏らした人物と手段におよその目星がついた。そしてそれは恐らく間違っていない。

 ヅィスタム村に訪れて分かった事の一つに、精霊を介在して思念を遠方へ伝達する術があるという事実だ。普通の人間には精霊の声など聞こえないし、そもそも魔法と言う概念が廃れているのだ、帝国側がその可能性に行き着くことは不可能だった。精霊と交信できる亜人の血を引いているから、諜報員として送り込まれた。

 そしてその諜報員が潜り込んだ地位は、厳密な情報を持ち出す必要すらなく、言ってしまえば行動する日付さえわかれば良かった。

 鼻歌に乗せて、明日はお出かけとでも歌えば良かったのだろう。例え内容をしっかりと言葉にする必要があったとしても「明日は皆でお出かけ」程度の言葉に目くじらは立てられない。精霊が感知できない帝国では、ただ鼻歌を歌っているとしか思われないからだ。

 それだけで、どういう手段で、誰が何所へ向かうかと言う事は察しが付く。軍の極秘任務と言う訳ではなく、物流や人員の移動をつぶさに見ていれば、絞り込めるのだから。

 ハイラは精霊を介する事で、鼻歌に情報を乗せて外部へ漏らしていた。それが大和が気付いた一つの答えだった。

 つまり最初にデリアーナと会ったあの日、彼女の行動を阻まなければ、あの輸送機墜落事故は起きなかったと言う事に成る。

 そうすれば、負う必要のない怪我や、死ぬ必要のなかった人が、どれだけいたか。

 どれだけ今と違う未来に成っていたか。

 自分の浅慮な行動が、これだけの不幸を撒き散らしたのだと責め立てるのだ。


「それで、今さら合わせる顔が無い事に気付いて、逃げ出したってこと?」

「・・・恨まれこそすれ、好かれる理由が無くなっちまったからな」


 露天温泉で戦槌を持ち込んだのも、頭をかち割ろうと言う思いがあったのではないかと言う気に成ってしまう。長剣なら、完全に殺す気だったと判断せざるを得ない。


「そのところは大丈夫でしょ? デリちゃんは狂信者だから、そういう履き違えはしないと思うわよ」

「この世界の宗教は良く分からんのだが・・・」


 元の世界でも、宗教については良く分からないんだが、異世界であるだけあって輪にかけて理解が及ばない気がする。特に日本人は地球上の民族の中でも特殊な宗教観を持っていると言われているため、ただ単純に世界一般的な宗教観に馴染めないだけかもしれないが。


「・・・宗教観じゃなくて、信仰心だと思うけど? まあ、どっちでもいいわ・・・。つまり、後悔しているんだね、かつての自分の行動が間違っていたと気付いて」

「そのせいで殺されかけたり大怪我したんだ。謝って許される物だとも思えない」

「謝っても居ないくせに」

「謝った所で何も解決しないだろ?」


 頑なな大和の態度に、葉月は焦れたように髪をかき上げる。

 その仕草が、少し誘っているようにも感じたのは、一目惚れしたと告白された補正のせいだろう。


「逆に言わせて貰うけど、影崎大和様。貴方がいくら優れた龍騎士であったとしても、万物の理と言う物はそう簡単には覆ったりしないわ。例え君がデリちゃんの行動を止めなかったとしても、今のこの現状に然したる変化はないのよ。それこそ過去に戻って、やり直したとしても、結果似たような今に成っているわ」


 確かに、デリアーナを止めずにハイラを始末していたとして、どれほど未来が変わっただろうか。ハイラ自身が優れた工作員で、全ての仕込みをしていたのであれば、確かに未来は変わるかもしれない。

 だが現実では、ハイラに課された工作の内容は小さく、例えば輸送機のエンジンに爆弾か何か仕掛けたと言うのであれば、それは整備兵に紛れ込んだ別の誰かの仕込みだ。別の誰かの仕込みに変化が及ぶことはない。

 と成れば、精々あの墜落現場にいた処理部隊が亜人で構成された部隊――もしくはハイラと所縁の有った部隊ではなく、別のところに挿げ変わるくらいの変化しかないのだろう。挿げ変わった部隊の練度も、亜人の部隊とそんなに大きく差はないだろう。結局、結果は変わらないと言う事に成る。

 それでも死ななくていい人間が、死なずに済んだかもしれないと言う妄執が大和に憑りついて離れない。


「このことを私に相談したのは正解だったとは思うわ。間違っても姫殿下には言わない方が良い、これは忠告よ」

「分かってるさ・・・」


 そんな事、言われるまでもない。

 もしスティルに愚痴でも零そうものなら、それこそ嫌味になってしまう。そもそもが、第三皇女を護衛している連中の、精霊魔法が介在している可能性に行き着かなかった落ち度である。そして、魔法技術を衰退させてしまった社会全体での失策でもある。

 そんなことを部外者に指摘されるまでもなく、分かっていなければならないのだ、抉らせる要因を拵える必要性はない。

 葉月はストンと操縦席に飛び込み、大和の上に馬乗りになる。


「過去の失敗を反省するのは良いよ、そうやって学ぶことを積み重ねて人は成長していくんだから。でも囚われたら駄目、今の君は少し危うい。そんなんじゃ足元を掬われちゃうよ?」

「分かってる・・・つもりなんだけどな」


 理性はそう解釈しているが、感情が納得していないと言う状態だろうと自己分析をして、感情を殺すことが出来てまともに戦場へ立てるようになるのだと師に教え込まれたことを反芻する。結局自分は何もできていない、半人前だと言う事実が大和を打ちのめす。

 呆れ、疲れた溜息で陰気を籠らせていく。

 そんな大和の態度に、仕方ないなと苦笑を浮かべ、葉月はその身体を抱きしめた。

 葉月に慰められていると言う事を理解し、大和は思い悩むことを放棄する。どうせ過去に戻れないのであれば、くよくよ悩むだけ無駄なのだ。悩んで結果が変わるのでもなし、ならば次こそは正しい判断が出来るように目を曇らせたままではいられない。


「葉月・・・ありがとう。少し元気出たよ」


 そう謝意を述べる大和の顔に、差していた影は少しだけ薄らいでいた。

 葉月の温もりと匂いと肌の感触が、生きている事を強く意識させる。今度はこれを失うかもしれない、くよくよしていては、失う可能性が高まる。それは男として、断固拒絶していかなければならない。


「本当はチューして欲しかったんでしょ?」

「やかましいわ!」


 もう少しだけ、元気が出た。





 大和は葉月に元気を分けて貰ったことで、今回入手した情報を自分なりに分析してみることにした。

 魔王機関が亜人の血を引く子供を、攫ったと言う内容についてだ。まして攫われたのはあのハイラだ。単純に考えれば、傭兵家業で手を血に染め、硝煙で髪を炙り続ける生活から、強引に脱却させると言う事だろうか。

 前提条件で魔王機関が正義の集団であると言う物がある。

 しかしカゾリ村でやったように、必要とあらば村を一つ滅ぼすことも厭わないような連中だ。少なくとも彼らの掲げる正義は、大局的な人類全体にとって良い効果があるかどうかであり、個人や小集団がその犠牲となる可能性はある。

 そしてハイラを奪われた男、ハイラを自身の命であると嘯いた男とは、あの襲撃部隊の隊長の事だろう。それほど大切に扱っていた女と言う事なのだろうか。


「あのおっさんロリコンか?」


 そんな感想が零れるが、ヅィスタム村のジーナのように、亜人の中には人間と比べて成長速度が遅い種もあると言う。ジーナの種族は俗にエルフと呼ばれている種族であるが、基本的に成長が遅く、人間の十五歳から二十歳くらいの年齢で外見が固定され、百年は優に生きるらしい。

 しかし、その性癖は実年齢より外見年齢が優先される。


――まあ、人の性癖は置いておこう。興味もないし、あまり考えすぎるのも気持ち悪いし。


 ハイラを攫ったと言う事は、保護したとも取れるが、たかだか子供一人の為に魔王機関が動くだろうか。


――いや、動く。ただしそれはハイラが世界平和に有効活用できる能力があると言うことだ。


 精霊に因る音声や、思念の伝播だけが目的でないのは明白だ。それが目的なら、今回精霊に思念を託した隊長と、それを受け取ったジーナの両名が攫われていないからだ。

 と成ると、亜人の子供と言う要因が重要なのだろうか。


――それも違うと思う。ならばレジナや他の子供が攫われていないのはおかしい。


 魔王機関の規模がどれくらいかは分からないが、ハイラ一人しか攫われていないと言う事は、少なくとも規模に合わない気がするからだ。

 例えば魔王機関の諜報員であるレイジーが黒騎士を駆るなら、一日で複数の亜人の子供を攫えたはずだ。そして、子供を攫われた他の親が、誰一人として嘆かないと言うのも理屈に合わない。親が殺されている可能性もあるが、その場合はあの隊長の声を野放しにする理由もない。あの隊長だけが助かったと言うよりは、あの隊長だけが被害に遭ったと見るべきだろう。

 つまり、狙ったのはハイラ一人と言う事に成る。


――実は本人も知らされていない、亜人種族の王族の生き残りとかじゃねーだろうな・・・。


 そんな生まれの人間が、二重スパイみたいなことやる傭兵とか、助け出したくなる気持ちも分かる。

しかし、結局答えは出ない。少なくとも答え合わせをして、確度を上げるべきだ。


――スティルに会って話してみるか・・・。でもあいつの魔法って古代魔法とか言って、精霊魔法とは別系統な奴らしいな・・・、言って信じて貰えるかな?


 精霊に因る意志の伝播などから説明しなければいけないのは億劫だ。最悪、ジーナに顔を出してもらうしかないが、彼女らは精霊を使った情報網自体を公にしたくないようなので、協力を得るための餌は相当なものがいるかもしれない。

 考え抜いたつもりでいたが、思ったほど纏まらず疲労だけが体に残る。

 ふと、気に成って隣を見れば、予備座席で寝こけている葉月が視界に入った。

 いい気なものだと思えば、何かにうなされる様にもがいていた。


――悪夢でも見ているのか?


 そう感じ、シーゼルから出ようとも思ったので、起こそうと思って肩に触れえると、途端に寝相が穏やかな物に成る。

 よっぽど信頼されているのか、その悪夢の現況を払う力を持っていると期待されているのか、少しだけ重いと思いながらも、あどけない寝顔に成った葉月を見て、もう少しこのまま寝かせてやろうと思った。


――まったく。これじゃどっちが子供か分かんねーだろうが。


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