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第125話 器

今回は「第96話 場末の酒場の出来事」の数日後の出来事と成ります。


 その魔王は変わり者だったとされる。

 力こそが全てと言われる魔族の世界で、碌な武勇が存在しないからだ。それ故に、後世に伝わっている伝承もあまり多くない。

 彼の魔王について有名な逸話は、俗に“魔法の道具”と呼ばれる物の製造を得意としていたと言う点だ。日常的な便利道具を始め、冒険者を始めとする戦場に身を置く者たちが渇望するような、魔剣や魔鎧といった物など多種多様かつ高性能な物を作り出していた。

 性格は自分の作品を作ることに傾倒した、禁欲的な職人気質と言ったものを連想し勝ちだが、むしろ反対のどうしようもない享楽主義者であったらしい。

 世界のそこかしこに、迷宮を作り財宝を置いて冒険者を誘き寄せ、そこに配置された配下の魔物と戦う様を酒の肴にしていたと言われる。人間の命など、彼の魔王にとって賭け金の一つでしかなく、無様に生き汚くもがく様や、圧倒的な力で敵を叩き潰す様を好んだとされている。

 理由は不明だが、直接手を下すことを好まない。

 だが、推測は出来る。彼の魔王は、直接戦闘する能力が低い代わりに、物造りに特化した能力だったのではないだろうかという考察があった。その証拠に、彼の魔王作の魔法の道具は高品質な物が多く、運良く手に入れた冒険者には好評であったらしい。

 ここで、彼の魔王の享楽主義の性格に疑問が湧く。

 造られた魔法の武器は、恐らく迷宮に人間を呼び込むための餌だったのだろうと思われる。しかし、配下を使えば意図的に噂を流出させることも可能なので、迷宮に呼び込み冒険者が四苦八苦する所を見て楽しむことが目的であるなら、実際に財宝を用意する必要はない。

 だが彼の魔王は、確実に財宝を用意し、迷宮を踏破した冒険者にはつりあった性能の魔法の道具を与えていた。途中で諦めた者にも、相応の物が手に入るようになっていたため、己の力量を見定めて無理をしなければ見合った宝物が手に入れられたために、彼の魔王の作った迷宮は冒険者たちに人気だった。また、最期の嫌がらせとして、それらに呪いがかけられていたと言う事もなかった。そういう意味では、公平で誠実な性格でもある。

 高性能な魔法の道具は、楽しませてくれた礼ともいえる訳だ。

 当然、ズルをするようなものは相応の報いを受けた様だが。

 だが人類は、魔物との生存競争に勝つために、その首魁である魔物やその王を討ち倒すべく、神々の加護を受けた勇者を送りだし、幾つかの激しい戦闘の果てに魔王たちを討ち倒し討ち倒されていく。魔物との決戦には、彼の魔王が作り出した数々の武具が使われたことは、皮肉な現実なのだろう。

 魔王が造った武器で、魔王が討たれていったのだ。

 山が縦に割れたとか、血の底にまで到達しそうな大穴が穿たれたとか、人の住めぬ、極寒や灼熱の大地に変わり果てたなど、多くの伝承と傷跡を残して消えて行った。

 その様な、豪華絢爛な英雄譚に隠されるように、彼の魔王も人知れず、討ち倒されてしまったらしい。

 狭い範囲で名が知られているとはいえ、少々あっけない最期だった。余りのあっけなさに、その存在自体が作り話だったのではないかと言う疑う声もある。だが、彼の魔王の作品が現実にこの世界に有り、それを手にした人間は、恩恵にあずかっている。

 アインラオ帝国の宝物庫にも、試練を乗り越えた、冒険者や騎士に褒美として与えられた、幾振りの剣が眠っていた。

 流水の魔剣アルネス、埋火の魔剣シャリエルはともにその魔王が作り出した武器だ。

 後世では、彼の魔王をこう呼ぶ。

 享楽の魔王。

 刀匠の魔王。

 自滅の魔王。

 名誉と不名誉が入り混じった二つ名を持つ。

 魔王オノザドルブ。





 その名前は、魔王崇拝者ならば当然のように知っている名前だった。

 ある意味で、最も人類に貢献し、最も無様な方法で討たれた魔王として。

 だが、彼は魔王なのだ。

 世界に存在する生命体としての側面を持ちながらも、その定義から大きく逸脱した存在。

 永劫不滅の魂を持つ存在。

 肉体は破壊されても、いずれ治る。例え勇者に討たれても、時が傷を癒しその肉体を再生させる。

 絶対に破壊不可能とされる魔王の心臓。

 赤い宝珠である、魔血核。核兵器の直撃にすら傷一つ付かず、地上に存在するありとあらゆる武器・兵器による破壊は不可能とされた、魔王が魔王たる結晶体。


「それが・・・これなのですよ」


 病的に頬のこけた白い頬を愉悦に歪める。現在の魔王機関の首魁であるルゴノゾールは、荘厳な雰囲気の神殿を思わせる場所を進む。祭壇の上には魔血核が、宙に浮いていた。


「・・・これが・・・魔王さま」


 その言葉を紡ぐのは、ハイラと言う偽名を纏っていたアーモと呼ばれた亜人の血を引く少女だ。

 彼女は帝国軍から逃れるために、彼女が元々属していた傭兵団の隊長と連れ立って、人間から逃れる様に形成された亜人たちの街に逃げ込んだが、そこをルゴノゾールに襲撃され、捕らわれの身になっていた。

 その際に、数百を超える人命が失われたが、その事実を少女は知らない。

 自分で確認する暇はなかったし、ルゴノゾールは興味が無かった。

 彼に囚われてからは、虜囚の身ではあったが丁重に扱われたため、そんなにひどい目に会されたと言う気はしない。そう、碌に食事をさせて貰えない事など、温いと感じられるのだ。

 ただ、彼のバケモノから守ってくれると言う庇護に縋っていた。


「復活されるのですか・・・?」

「ええ、そうです。貴女が復活させるのです」


 ルゴノゾールの言葉が理解できない。魔王を復活させると言われても、自分にそんな力があるとは思っていない、多少の精霊魔法の心得はあった物の、それで魔王が同行できる代物ではないのだ。


「永劫不滅の結晶魔血核は、この祭壇以外では触れた物全てを喰らい吸収してしまいます。私は特殊な魔法具と魔法を併用して持ち運ぶことが出来ますが、それでも毎日肌身離さず持てるだけの力はありません。見てください、あの強力な波動を、今にも卵の殻を破らんとする、生命の躍動のようにも見えませんか?」


 ハイラにはそう見えなかった。

 赤い宝珠の脈動する様は、口を開けた飢えた獣の虎口にしか見えない。


「魔王さまの器になるとはどういう意味ですか?」


 逃げ出したい衝動に駆られるが、囚人と同じく手枷足枷を付けられ、鎖でつながれている現状では何もできない非力な子供と変わらない。精霊魔法が使えても、精霊たちが極端に嫌う鉄を押し付けられているため、精霊への呼びかけも不可能だった。

 逃げ出すことは出来ず、ただ目の前の男に怯え、敵愾心を持たれないように従順な振りをするのが精一杯だった。


「んーー? 分かりませんか? 言葉のままですよ。貴女は特別に魔王様より寵愛を頂いている身、その身体を捧げ魔王様を復活させる依代と成るのです。・・・光栄でしょう?」


 要するに、死ねと言う事だ。

 死んで魔王復活の足しに成れということだ。

 寵愛を頂いていると言われても、そんな実感などない。ただ世の中の不条理に玩ばされた結果、それを打破し得る魔王と言う存在に憧憬にも似た感情を向けていただけに過ぎない。

 自分を、今の不幸な環境から救い出して欲しい。

 自分を、今の不幸な環境に押し込めている敵を倒して欲しい。

 願っていたのはそれだけで、魔王を復活させる方法などあるとすら思っていなかった。魔王に助けて欲しいと願ったが、魔王の為に何かをしたわけではない。

 何の努力もしていない。この気味の悪い男のように、魔王を崇拝し、その復活の糸口を探るような事はしてこなかった。只弱い自分の逃げ道として、強者に縋っていただけだ。あの神官戦士に投げかけられた言葉は、完全にハイラの心を見透かしていた。

 世界の不満から目を逸らしていた。


「ちく・・・しょう。狂人めぇ!」

「喜びなさい。崇拝者にはとても栄誉な事でしょう!」


 ルゴノゾールは毒を吐くハイラを尻目に、念力の魔法だろうか、見えない力が彼女の体を持ち上げ、祭壇の中央に鎮座する赤い宝珠、魔王の命そのものへ導いていく。

 近付くにつれ赤い宝珠の脈動を強く感じ、舌なめずりをしているような嫌悪感を抱く。そして、更に近付くことでそれは現実に成る。赤い宝珠から放たれた禍々しい気配の瘴気が、触腕のように伸び、ハイラの身体を絡め取った。


「ひぎぃ! ぃぃいだあぁぁ!」


 焼いた鉄の棒を押し付けられるような、桟に焼かれるような痛みに、悲鳴が漏れる。

 余りの痛みに目の前が真っ白に焼け、意識が消し飛び、更なる痛みで現実に引き戻される。視界は闇と光に二極化して行き、閃光が眩しく瞬いているかのような錯覚に染まる。筋肉は痙攣と弛緩を繰り返し、自分のモノではなくなって行く。瘴気に触れた部分が変質したのか、瘴気自体が受肉したのか、肉嵩が増え醜悪な肉塊へと育っていく。


「おおおおっ! お見事です! 流石寵愛を頂いた身、ただ餌として食われるのではなく、新たな体を作り出しておられる!」

「ああああああああああああっ! ・・・た、すけ、て・・・あぐっ!」


 痛みに、目を白黒させながら、助けを乞う。

 涙を流し、鼻水も涎も垂れだした。そんな体裁を気にで斬る程の余裕はない。ハイラは体中から様々な体液を撒き散らし、もがいで許しを請う、救いを求める。

 その対象は、今までの不満を解消してくれるはずの存在だと、拠り所にしていた魔王ではない。現実に自分を救ってくれそうなバケモノ・・・少年の姿を幻視していた。

 虫の良い話だと言うのは分かっている。だからこそ神官戦士に指摘され敵対したのだ。

 苦痛が意識を刈取り、人格すら蝕んで行く、記憶も掠れ・・・何も考えられなくなって行く。諦めや後悔と言った感情が入る隙もなく、ただ思考が薄れて行った。


「おや・・・粗相とは・・・。やはり三日ほど絶食させて正解でしたね。流石に汚物で祭壇を汚したくはありませんから」


 ルゴノゾールは苦悶を浮かべるハイラの顔を見ても、そこに人間らしい感情はない。まるで試験の選択肢で正答を選び出した時のような、淡々とした自分の判断を評価する呟きだった。


「代替品としては及第点と言った所でしょう」


 魔王の受肉は始まった。だが、これで完成と言うには未熟過ぎる。もう少し安定した器になるまで、しばしの時が必要なのだ。





 ルゴノゾールは祭壇を離れ、私室にて大きく一息を吐いた。

 本来ならば、魔王の命そのものである魔血核は、アインラオ帝国第三皇女に植え込む予定であった。彼女は常軌を逸する魔力を有して魔人と称されている上に、魔王の作り出した二振りの魔剣を使い熟す。更には魔王の寵愛を受けている事が分かっていた。一番ふさわしい相手だったのだが、彼女を器にすることは不可能だった。

 魔王機関ではアインラオ帝国に敵わない・・・そう論ずる構成員も居たが、そんなことは魔王の復活に比べれば些末事だ。

 帝国を抑えるために、下級構成員を送り込んであったのだし、魔王が復活してしまえば帝国の戦力を薙ぎ払ってお釣りがくるのだ、恐れることはない。間に合いさえすれば。

 だが、第三皇女は死んでしまった。

 国家間の策謀に巻き込まれ、命を落としたという情報を聞いた時は、計画が完全に暗礁へ乗り上げたかのような、諦念の影が下りて来たほどだ。流石にルゴノゾールをもってしても、黄泉から人を連れ戻すことはできない。


 歯車が狂い出す。


 だが、これも全てが思うがままに進むはずがないと、事態の偏差を許容し受け入れる。気に入らない事ではあるが、世の中の全てが気に入られるのであれば、ルゴノゾールはそもそもこんな計画を思い立ったりすらしない。

 そこで代替者の、それなりに寵愛を受けているとされる亜人の少女に変更したのだ。

 結果論で言えば、亜人の少女で良かった気がする。世界を疎み、世界に疎まれていたため、居なくなっても、要らなくなっても、誰も差して騒がない。第三皇女よりも器として醸成するのに時間がかかるだろうが、それを補うだけの暇も稼げる。

 取り敢えずではあるが、受肉には成功した。安定期に入れば、あの器を“黒騎士”の操縦席に移植する。黒騎士の身体を、魔王に捧げることで、肉の身体よりも強靭な体を手に入れて貰う。

 その上で、彼の幽咒機を憑依させることで、魔王を制御する計画だった。

 一説には魔王オノザドルブは最弱の魔王とすら呼ばれている。腰抜けとも。

 だからこそ、制御は容易であり可能だった。

 そして、幾ら最弱の汚名に塗れて居ようと、それは飽くまで神代の時代の最弱だ。現代の戦力では、そんな魔王にすら叶わない可能性がある。そしてさらにMSSの身体を与えるのだ。負ける要素は見当たらない。


「しかし、レイジーさんがしくじるとは思いませんでした」


 咽喉に渇きを覚え、葡萄果汁飲料取り出し、舌と心に潤いを与える。

 構成員のレイジーは有能な人物だ。MSS・・・いや魔動機の設計能力にも長け、実際に魔王の依代と成る“黒騎士”の開発にも成功しているし、操縦士としての腕前も素晴らしい。


「いいえ、違いますか。彼が優秀だから、彼に全部押し付ける形に成ってしまっているようですね」


 いくら優秀な人材でも、全てを押し付けられれば、処理能力を超過してしまう。普段の余裕のある態度が、まだできる筈だと、誤解を生んでいる可能性も否定はできない。だからこそ、今回の器を用意する算段は自分で動いたのだと思い直す。

 首魁が現場に赴くのも、些か問題があることも理解していた。


「結果的には恐らく最良と呼べる物でしょうね」


 そう独りごちて、ルゴノゾールは久しぶりに睡眠を取ることを選択する。

 精々、魔王オノザドルブを復活させ、思うがままに操り、操らせ、魔王機関を真の魔王機関へ昇華させる夢を望み、微睡んでいった。


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