第12話 汚い男
「あ~~~っ! やっちまった! 絶対早まった!」
大和は女組がキャンプにしている捨て去られた山岳要塞の通路を歩きながら、頭を抱えて嘆いていた。ついうっかり、流れに乗せられて、沈痛な面持ちの顔で頼られたら断るという選択肢が思い浮かばなかった。それが美人で巨乳で、しかも触らせてくれた、拒絶できるわけがない。
「・・・胸部の無駄な贅肉は召喚勇者には不必要なものだということが何故分からないのか脳に回る養分を脂肪に奪われて脳機能が低下して理解できないのだろうかその浅ましく膨らんだ贅肉が視線を遮り足元が覚束ないなど滑稽だと言うのに運動をすれば遠心力で振り回され重心がぶれるだけでなく引きちぎられるように痛みを感じ悶えるなど無様としか言いようがないしそうなれば乳房を支える靭帯に負荷がかかり将来的に無様に垂れ下がる老後に怯えて過ごせばいいそもそもMSSの操縦で自身の乳房の重量で肺が圧迫されて息が詰まるなど本末転倒も甚だしい・・・」
呪詛のような声が背後から聞こえるが、とりあえず無視する。
フォノを守ると心に決めている身の上で、女組をも守ると宣言してしまった。冷静に考えるまでもなく、完全に許容量を超えてしまっている。もともと大和自身も“自分ともう一人なら何とか守れるかも”としか思っていなかった訳で、到底女組を守れる訳がない。
――あれは“人をダメにするおっぱい”だ。特級危険物質だ。二度と触れない様にしよう。・・・でないと身を亡ぼす。
左手で軽く触れただけだが、沈み込むような柔らかさが深みに導き捕えて離さない。論理的思考を蝕む偽りの幸福感が正常な判断を許さない。麻薬の様に深みにはまったら絶対に抜け出せなくなると、雄の本能が警鐘を鳴らすが“まぁあの乳房に埋もれて死ぬなら、それは幸せじゃないか”という鐘の音なので、警鐘として役立っていないという本末転倒っぷりがとにかくヤバイと感じた。
――この記憶は封印しなければならない。潤わない渇きのように求めても決して満たされぬ奈落だ、あれは。放置すれば妄執に憑りつかれ過ちを犯す!
「・・・大体胸が大きくて何の役に立つというのか男をたぶらかす機能しかないじゃないかとっかえひっかえ男遊びするにはいいだろうが逆に本命に通用しなかったり母乳が良く出るなんて風説なんてあるが実際にはほとんど差異はないという話だしそれよりも乳癌の発見率が低下し致命的になる可能性も上がるし何より慢性的な肩こりに悩まされ重心の変化により猫背気味にもなるしあんなサイズない方が良いに決まっている小さい方が型崩れしないし・・・」
「あの~、高城さん? 呪詛を吐くんはその辺でやめようか?」
若干眠そうな目が、大和を捕えるが瞳には底なしの闇が覗いている錯覚に陥る。自身が呪詛の対象ではないのに、背筋が寒くなる。
――重傷だなぁ、これは。・・・どうしてこうなった。
結愛の言葉を安請け合いしてしまった後に、取り敢えず山岳要塞の中を探検したいと申し出たらあっさり許可された。ただし、女組のプライベートな空間もあるのでそこへの立ち入りは禁止、その監視役に美咲が推された。莉緒と結愛はともに他の用事があったこともあるが、大和が両者の大きな乳房でハッチャけたことを受け――要するに大和に押し倒される可能性を危惧して――胸が小さいというのが推薦の理由だった。
触るものがなければセクハラはされないと暗に言われたせいである。
自分の身体を抱きしめ、精一杯の努力であるかのように両腕で寄せてあげている。
――痛ましさが一回りして愛おしくなるな・・・。
「・・・なに? 影崎。・・・君も慎ましいことは哀れと思っているの? ・・・男にとってそういう対象にすらならないの? ・・・答えろ、おっぱい星人」
「人の本音を聞きたいなら、まずそっちが本音を言おうか」
「・・・ボクも巨乳が欲しいですっ!!」
即答だった。しかもものすごく悲痛な声音だった。二大巨頭に阻まれ相当鬱憤を溜め込んでいたようだ。
それは、堰を切ったかのような感情の発露だったのかもしれない。普段の彼女からすれば想像もできないような大きな声でたった一言零し、美咲は願望を口にした後しばらく放心し、きっと眉間に力を入れ直して悲壮な願いを告げる。
「・・・ひ、他人に、揉んでもらうと、大きくなるって・・・いうらしい。影崎、ちょっと揉んでみてくれない、かな?」
明らかにこれは地雷だ。
――これって絶対誘ってるよね。大体さ、胸は揉むと型崩れするから、成長を望むなら絶対揉んじゃいけないって話だし。
もし、このセリフを中学校で聞いたならば、絶対に罠であると判断して遁走していただろう。誘ったのは少女の方などということは水掛け論でどうとでも誤魔化せる上に、触った事実のみが重要であり、万が一にでも目撃者がいれば確実に社会的な死は免れえないだろう。
だがここは、異世界であり、召喚勇者同士である。
大和自身明日死ぬかもしれないという思いが、頭の片隅にへばりついている。当然、美咲が明日死ぬかもしれないという可能性も考慮している。ならば、多少の汚れ役をやってでも彼女には立ち直って貰わなければならない。
荒療治なのは分かっている。
最悪、ここで今死ぬかもしれない。
だが男にはやらねばならないことがあるし、それでも踏みとどまる勇気も必要だ。が、結局煩悩の足かせには足らない。
「宜しいならば揉んでやる。馬鹿め、おっぱい星人にとって大小の差など味付程度の差でしかないわ」
大和は無遠慮に高城美咲の慎ましやかな胸に手を当てる。揉みしだくと痛いらしいので、その辺は紳士的に軽くマッサージする感じに留めておく。慎ましくともおっぱいに罪はない。モミモミ。
――まぁ、これが最後のチャンスの可能性を考慮したら我慢できなかっただけですが。煩悩って怖いね、簡単に理性を凌駕する。
心を静め懺悔の準備に入る。怒りを利用し爆発させることで、鬱積したストレスを発散させる手段である。落ち込んだ時に大声で叫ぶと気が楽になったりするやつだ。セクハラにて逆切れさせてストレス発散してもらうことが一応建前上の本音はだが、完璧に大和の意図を伝達できたとしても無罪放免はあり得ない、当然手痛い逆襲を想定している。その後に、宥めるためにどんな言い訳や、謝罪の言葉が一番効果的か、もしくは逆襲にされるがままに暴力を受け入れた方が最善だろうかと、覚悟しつつ美咲の反応を伺う。
――半殺しで勘弁してね。・・・あれ、来ないな。荻原さんならそろそろ連続頭突きがお見舞いされる頃なんだが・・・。ひょっとして、マジ泣きだけはやめてくださいよね。
ちなみに大和の勝手な想像だが、千尋にこんなことした場合は容赦なく工具で殴打――運が良ければ大怪我で悪ければ死亡――されそうだし、結愛の場合はとびっきりの蕩けるような笑顔のまま、小指から一本ずつ逆に折曲げられていくイメージがあった。
不審がって視線を美咲の胸から顔に上げる。顔が上気しているのは、羞恥によるものと理解することもできるが、嫌がっている素振りが見えない。手で弱々しく口元を隠しているが、吐息が熱を帯びている。潤んだ瞳が何か堪えながらも求めていた。
――って、え? あれ? なんか吐息が熱っぽくないですか? これ、やばくない? いろんな意味で拙くない?? 拙いですよね!?
大和は自身の策略が通用しなかったことに愕然とした。莉緒のように、言葉なり拳なりで逆襲され、平謝りに謝り怒りを収めてもらってなぁなぁにする予定であった。平時における美咲の反応は、クールに流すか無言で伸されるかの二択だったが、読み外したようだ。
ここで、大和にとってある意味で都合のいい予測が立つ。ひょっとして高城美咲という少女は、自分に惚れているのではないのかという妄想だ。彼女自身、勇者として召喚され明日も分からぬ身であり、大和を始め幾らかの男組の連中がフォノを求めるかのように、恋人という存在を欲しているのではないだろうか。今ここで美咲に立場的にも年齢的にも一番近い距離にいる男が、影崎大和という少年だ。惚れられる理由としてはその程度しか思い浮かばないのが少々不甲斐ないが。それが、女として魅力で負けていると美咲が思っている、莉緒や結愛を差し置いてこのような関係になって、喜んしまったとは考えられないだろうか。
――考えられないよね。そんなことはありません。それは俺が一番よく分かっています。罠ですこれ「ひょっとして俺に惚れてる?」なんて暴走するの待ち構えられてるだけです。そしてそのネタで都合よく扱使われるだけです。本当にありがとうございました。惚れられてるなんて幻想よりも、胸を揉まれて感じちゃうド淫乱の可能性の方が遥かに高いよねってじゃなくて、あれです。ちょっと意地を見せたら引っ込みがつかなくなって引き際が分からなくなったってやつです。
友達に何の気なしに本貸してとか言われ、ちょっと意地悪したい気分になって拒否したらお互いに頑なになってしまい、最後にはなぜか喧嘩になっていたみたいなやつだ。
大和のセクハラを、拒絶や悲鳴なんか上げればそれで終わっただろうが、恐らく莉緒に対抗したかったのだろう。自分は受け入れてあげられるみたいな優越感が、判断を鈍らせ引き際を見えなくさせた。
――これ、ヤバイです。まだこの段階なら質の悪い冗談で済ませて貰えるかもしれないけど、これ以上発展しようものなら完全にアウトです。しまった、悪ぶって「宜しいならば揉んでやる」なんて言うんじゃなかった。どうせ揉むにしても「仕方ないちょっと試すだけだぞ」と言っておいた方が切り上げるのも楽だったような・・・。
大和自身も嬉々として揉みに行った手前、中途半端なタイミングで終われない。美咲が停止を要求するか、大和の体力が尽きるまで揉みつ続けなければならない。おっぱい星人を名乗った以上、少なくとも美咲に「揉むに値しなかった」とだけは絶対に思わせてはいけないのだ。
「・・・影崎、ありがとう。で・・・どう? 大きくなったかな?」
「どう? って聞かれても、この短時間で大きくはならないと思うが・・・むしろ大きくなっていたら炎症して腫れてるってことだからそっちの方が問題です」
一瞬だけちょっとがっかりした表情を浮かべるが、照れくさそうに頬笑む。濡れた瞳が誘い、手を添えてそっと隠した口元は、薄く開き飢えたように舌をのぞかせる。歓喜の感情以外で濡れている瞳は、よそよそしく泳いでいた。
「・・・じゃあ、続きをそこの物陰で・・・」
懸念通りのお誘いがかかる。大和としては折角フォノとそこそこ仲良くなり出している段階で、他の女のこといちゃこらするのは避けるべきだと思っていた。本当に今ならまだ、セクハラ止まりで許される可能性があるが、それこそキスなんかしてしまった日にはご破算になってしまう。
美咲を傷付けず、やり過ごす手は思いつかない。いや違う、傷付けないだけなら完璧な二面作戦を展開すればいいだけだ。それが出来ない、やりたくないと言うのは、結局は大和自身の都合によるものだ。セクハラに及びながら奇麗なままで居たいのだ。
「御免なさい! 調子に乗り過ぎました!!」
美咲との接触が外れた瞬間を逃さず、土下座した。
それはもう勢いよく床に額を叩き付け、誠心誠意の土下座を披露した。取り敢えずこの流れを強引に断ち切る、謝って有耶無耶にするしか手段を思いつかない。
「・・・影崎・・・がっかりだよ・・・」
罵倒されるよりもダメージが大きい。男として、女の期待に応えられないのは、堪えるのだ。
美咲は逆に体面が保てたのか、挙動の怪しさが薄れ、落ち着いて声音にまで戻っていた。
「・・・貸一つで、許しとく」
「ありがとうございます」
自分を破滅させるつもりがないのであれば、この貸一つは決して高すぎる物ではないと大和は安堵する。
「・・・でも、止めてくれて助かった」
小声でぽつりとこぼした言葉に、大和は聞こえないふりもできたが、あえて軽く手を振って応えた。
「・・・ところで、大和はここで、何を探している、の?」
「決まってるだろ? 風呂とトイレだっ! 痛いっ! 殴るな!」
「・・・どこまでガッカリさせれば気が済むの?」
覗く為の下準備でもするつもりと判断したのか、割と容赦のない拳が突き刺さる。しかし、女組でトップクラスの早いパンチが打てる美咲をもってしても、速さに重点を置いた攻撃でなければ大和の防御を突破できなかった。フェイント込の突きを五発打っても四発は確実に阻まれるのだ。
「勘違いしないでくれ。女組が使っていない場所で、行動経路が重ならない場所にないか探してるんだ。大体男組なんて野宿だぞ? 風呂どころかトイレもないんだぞ? 俺だってたまには風呂入りたいわ!」
「・・・不潔、汚い、えんがちょ」
「ぃやかましい! こら! 拳を拭うな! それめっちゃ傷着くから! お願いやめて、ちゃんと洗濯してるから! 行水だけど身体も洗ってるから! そこまで汚くないはずだから!」
大和としては、軍の基地であるなら兵員の健康や衛生管理は必須事項になるはずなので、この規模の山岳要塞なら女組が使っていない区画で、男組の入浴を賄える規模の風呂があるんじゃないかと思ったのだ。そこへの出入りが女組の普段使っている区画と全く別で、男組と女組が顔を合わせずに使用することが可能なら、男組でも風呂に入れるし不必要に風紀を乱すこともないだろう。
恐らく数か所の通路にバリケードを作って通行できなくすれば、湯上りの油断した姿でばったりなんてことは防げるはず。
と言う内容を、涙目になりながら必死に美咲に説明する。
真面目な話、男組はノロウィルス的な物で被害が出れば全滅しかねないのだ。
「・・・でも、そんな話が、今まで出なかったとでも?」
「じゃ最悪俺だけでも」
「・・・最悪だ。で、他にも探してるんでしょ?」
意外と感が良いなと大和は感心してしまった。確かに風呂に入りたいし、清潔なトイレも確保したい。
しかし、死活問題としてそれらよりも優先している物が存在した。
「シューティングレンジがあるはずなんだよ。軍の施設なら」
当然、軍施設なら直接基地を守る衛兵的な立場の兵隊が幾らか詰めることになる。MSSなんて超科学的な兵器やら、大和が初日に目撃した機銃から想像すれば、彼らの武装は現代日本とそう大きくかけ離れていないはずなのだ。
――ユーデントの奴も短機関銃とか持ってたしな。
とすれば普段の訓練として射撃訓練があるはずで、その射撃場を探していた。
「で、そこでこれの試し撃ちがしたい」
大和がそういって荷物から取り出したのは、よく分からないガラクタに見える。美咲の知識では自転車のタイヤチューブがついているくらいしか判断できなかった。
「俺にはカオスマターの武器がないからな。壊れた自転車の部品で作ってみた」
それは細いパイプに柄を取り付けてタイヤチューブの伸縮性で打ち出すクロスボウだった。
矢はタイヤのスポークを切り出したものを使う。パイプに通したスポークの尻をチューブで挟んだ状態で引っ張り、手を放せば伸ばされたゴムが縮む力で撃ち出されるという仕組みだ。
「原理的には弩というよりもパチンコになると思うけど、これだって鹿位なら狩れるんだぞ。だからこそ、男組のキャンプで試射して人に中ったらヤバイからまだ試してないけど」
幸いにして、射撃場はあっさりと見つかり電気も通っていたので、照明は問題なく使えた。
古いタイプの人型の的があったので、それを適当な距離に並べてスポークガンで撃ってみる。
最初の数発は癖自体を見る感じで、十発も撃てばそこそこ的に中るようになってきた。
「やっぱり羽根が着いてないから、距離が開くと中らなくなるな・・・」
「・・・夜店の射的みたいで面白そう。・・・大和、ボクにもやらせて」
娯楽代わりにされるのは癪だったが、下手にごねる利点が微塵もないので美咲に貸し出してしまうが、これが完全に早まった結果になった。美咲の方が、圧倒的に成績が良かったのだ。点数を付ければダブルスコアで大敗といった有様だった。
大和はガッカリと肩を落として、撃ち出したスポークの矢を回収するのであった・・・。
2016/09/06 誤字修正。




