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第122話 魔法水薬

 神の奇跡を代行する神官の御業。

 俗っぽく神聖魔法と称される力をもってしても、万能足り得ない。治癒の御業などと呼ばれる回復魔法は、代償無しに全てを癒す力ではない。


「御業も万能ではありません。飽くまで主の奇跡の代行ですから、その効力は劣化していると覚えておいて下さい」


 デリアーナの使える御業の効力と、施された加護の効力では、圧倒的に加護の方が上である。もしデリアーナがかつて負った傷と同じものを大和が負った場合、助けられる可能性はかなり低くなる。


「怪我をしないに越したことはないってことだな。まあ、望んで怪我をしたがる趣味もないしな。出来る限り治癒に頼らない方向で行くつもりだ」


 そもそも神官戦士を配下に与えられる段で、回復魔法の有無を条件に加えたのは、難易度を上げるためと、その難易度の上げ方が不自然に見えないようにするためだ。身を護るための神官戦士に美人を寄越せと言うのは否定的に見られることもあるだろうが、回復魔法の使い手を寄越せと言うのは至極最もなのだ。

 保険で回復手段が欲しいのであって、態々怪我をしたいわけじゃない。

 デリアーナの話しでは、治癒の御業にも行使の代償が要り、その代償の一つは術師となる神官の魔力の消費。魔力と呼ばれる精神エネルギーの一種を用い、生きている細胞に働きかけ、魔法で強制的に細胞分裂を促し、分裂により行われるテロメアの減少を抑えるため、魔法的にテロメラーゼも活性化させているらしい。強引に傷を回復させるため、魔法治療を受ける方の体力が一定以上なければ回復は出来ない。

 つまり、傷を癒すための材料。細胞を形作る元は、体内に蓄えられていた物を使うのだ。魔法自体はいわば工作機械の稼働電力で、作り出される資材そのものは別途に調達する必要がある。

 よって腹を射貫かれたような致命傷でも、血の流出量が少ない状態で回復魔法を掛ければ、助かる可能性が跳ね上がし、傷自体は小さくても臓器が壊死を始めてしまっていては、助けることも困難になる。

 指先でも欠損部位を直すことは難しいのだ。

 それを補うような形で開発されたのが回復の魔法水薬ポーションである。

 水薬自体が細胞の再生を促す成分で構成されており、治療を受ける側の貯えをある程度肩代わりしてくれるために、負担の少ない利点があるが、回復魔法程の即効性はない。また材料自体が高価で、水薬も非常に不安定な物質であるため、長期保存に向かないなどの欠点も持っていた。


「魔法水薬と治癒の御業を併用すれば、四肢の欠損くらいであるなら、即時回復は可能だと思います」

「つまりは相乗効果で最強ってことだな」


 効力の特性の違うものを掛け合わせることで、欠点を補いあい、長所を伸ばし合うことが可能なのだ。そうすることで上位の再生の御業の真似事にまで比肩することが出来る。デリアーナ自身は経験ない事だったが、従軍経験のある先輩たちの話で聞き知っていた知識だ。

 大和は純粋に魔法水薬自体への興味と、二本の足を失ったままのハイタラクネを不憫に思い、デリアーナを連れ立って境界防衛軍の根拠地のある街、バーグガルニゾン都市の魔法水薬店へ赴いていた。

 一応は領主として、街の守護に貢献した妖人へは、見合うだけの恩賞が必要だと思っていた。


――あれだけの戦闘能力。失うのは惜しい。


 足が全て揃っていた状態で、あの妖魔の群れの中、数千と言う濁流の中を掻い潜り、妖魔の親玉へ強襲を掛けているのだ。その行程において、行きがけの駄賃で数百匹の妖魔を血祭りにあげている。

 万全な状態に出来るのであれば、してあげたい。

 また妖魔が攻めて来れば、傷の度合いに関係なくあの蜘蛛は妖魔に襲い掛かる筈だ。八本足があった方が、より生き残れる可能性も高くなる。もう一度死に物狂いで戦えと強要しているようなものだが、それ以外にハイタラクネの生きる道は存在しないらしい。いや、完全に人里離れた山奥で、ひっそりと暮らすと言う選択肢もあるが、それでは子孫を残すと言う生存本能の一つを捨てなければならない。

 それはそれで酷だと思うし、もしその道を選択するにしても、足が再生していた方がなにかと都合が良いだろう。


「そう言う訳で、ポーション屋の場所を教えて貰って来てみたんだが・・・」

「昔ながらの店構えですね。御伽噺に出てくるままの、いかにもらしい」


 建屋は、随分と古めかしい木造二階建てで、戸板など煙や魔法水薬の蒸気を浴び過ぎて黒く濁り、全体から胡散臭い雰囲気と、青臭さと香草の匂いが漂っていた。薬品などは日光を嫌うものが多く、雨戸が閉じられ店内への採光を嫌った作りだった。

 扉を開ければ、店の中央には巨釜があって、怪しい鷲鼻の老婆が紫色の薬品を煮立てている様を容易に想像できる。


「あーーー、なんか。ちょー安心した。ああ、うん。ここで間違いないわ」


 薄暗い店内では、何故か年中拡販房で釜をかき混ぜて、イモリの黒焼きとか、バラの花びらとかを時折混ぜ込み、不気味な笑い声を上げるのだ。


「ごめんくださーい」


 控えめに扉を開けると、視界に飛び込んできたのは、蛍光灯の明かりで意外と明るく、清潔感のある店構えだった。

 他に客足は無く、暇を持て余したような店員の暢気な出迎えが返ってくる。


「ほぉ~いらっしゃいぃ~」


 大和の声に応えてきたのは、人の良さそうな老婆だった。小柄で白髪をひっ詰めた、老猫のような空気を漂わせ、帳場の裏で、のんびりとテレビを見ながら、お茶を飲んでいた。その姿は如何わしい魔法水薬の店主と言うよりは、街角に有った煙草屋か駄菓子屋のおばちゃんだった。


「どうしたのかぇ~ぼく。お使いかねぇ~?」


――おでん食いたいな・・・。 


 季節感を無視した感想が零れる。中学に入学するため山から出て、仮宿となる賃貸アパートの近所に有った駄菓子屋を思い出した。そのお店は、どう見ても店内の造りは居酒屋で、L字型のカウンターがあり、ビールを持った水着のポスターなんかが張りっぱなしの店内で、若い頃は居酒屋をやっていたけど、年食って引退して駄菓子屋に転向しましたと思えてならなかった。

 大和は、そのお店の婆ちゃん手製のやたら旨かったおでんの味を思い出していた。


「ここ、魔法水薬のお店ですよね? 失った足を再生させられるような、回復の魔法水薬ってありますか?」


 現在では、魔法水薬店というのも随分と数が減っているらしい。

 それは魔法が衰退した理由とよく似ていた。一般人は怪我を負えば、自然治癒か精々薬草を使う程度の民間療法に、重症になれば魔法薬などによる回復や、魔法そのものに因る回復であった。

 主な問題は費用の面で、薬草ならば効果の程度に差は有れどそこかしこに自生していたため、貧乏な寒村でも手に入れることは可能であったが、効果は弱く『何もしないよりはマシ』や『傷が奇麗に治る』と言った程度の物だ。逆に回復魔法や魔法水薬は、効果の強さや即効性が売りで人気は有ったが、調合できる人間が少なく、材料が高価であるため一般人にはとても手の出ない、金持ちの特権か冒険者の必需品と言った物だった。

 その中間に、民間療法を体系化させた学問として発祥した医学が入って来たことで、様相が大きく変化した。

 魔法は生まれついての才能に大きく影響するため、継承者問題がとても厳しい。素質が無ければ、どれだけ熱心に勉強をしても、習得へは至らず人生を無駄にするような物だった。

 しかし、医学は特別な才能を必要としなかった。確かに才覚があれば、名医と呼ばれることもあるが、素質が無くても熱心に勉強をすれば、それなりに修めることが出来る。

 何より文章化や、図案化、資料として残すことに有利であった為に、世界中の人に伝播したのだ。

 性能としては上位の存在である魔法も、伝え教える方法の欠如が致命的な欠陥であると言って良いだろう。

 回復手段の低位に民間療法、高位に回復魔法だった世界に、中位に医学治療が入り隙間を埋めたのだ。

 その結果、民間療法では不足だが、回復魔法では過分となる治療例が増え、医学が潤うと同時に魔法による回復が寂れて行った。

 それでも無くならないのは、必要とされるものだからであるが・・・。


「ほぉ~そん物をどうする気だい? それにぃ悪いけど、ぼくのお小遣いじゃ買えるような値段じゃないよぉ」


――やっぱり高いのか・・・。まあ、そうだろうな。


 材料費が高く、調合できる技術者も年々減少傾向にあり、希少価値も加味され高額になっているとは聞いていた。


「それじゃあ、値段だけでも教えてください」

「・・・だめだね」


 需要は有れど供給が殆ど覚束ないと言う、極端に歪な売り手市場なのだ。それこそ、もともとは百円で売っていた物が百万円でも売れるようになっている。逆に言えば、個の店主の老婆が客を気に入らなければ、値段をどこまでも釣り上げることが出来る。他にも欲しい人はいる筈なのだから。


「それはぁ、最初の質問に答えてからだぁよ。男と女でも調合がかわぁるし、年も重要さねぇ。若けりゃ治りも良いが、年寄りならぁ、やっぱりぃ変わってくぅる」


 店内をざっと見た感じ、作り置きの魔法水薬は殆どない。冒険者用の――今は境界防衛軍用の常備品としての傷薬や毒消しのような物しかない。それは魔法水薬の特性に有った。魔法水薬は長期保存に向かない。時間経過で驚くほど効能が弱まっていく性質があった。その性質を抑えるには、水薬内の成分を極端に偏らせることで回避することが出来る。原材料の状態や調合しただけの特濃状態を維持するか、魔法水薬としての効果が殆どないくらいまで、水で希釈してしまうかだ。

 要するに砂糖と水の単体でなら腐り難いが、混合された砂糖水は腐りやすいと言う考え方が一番近いだろう。

 適当な濃度の魔法水薬を陳列しておくと、どんどん劣化し、最下級の品質に成ってしまうそうだ。昔はまだ、魔法水薬しか怪我の回復手段がなかった冒険者たちが買い求めていたので、常時陳列していても品質が悪くなる前に売れたが、今では医者に診て貰うことが多くなり、現場で本当にどうしようもないような大怪我でも追わない限り魔法水薬の出番は無くなった。

 だからこの店主らしき老婆は、最も効率の良い調合をすることで、料金を抑え買い求め易くする心積もりなのだろうと予測し、別に疚しい事を考えている訳ではないので、正直に答えることにする。


「先の妖魔の襲撃で、孤軍奮闘し街の安全に貢献したハイタラクネが足を失うけがを負ったんだ。それを治してやりたい」


 ぶふっ! と啜ろうとしたお茶を老婆は吹き出す。


「げほげほっ! は、はいらぁくねぇ? 人間が・・・騎士様が魔物・・の傷を癒すのかねぇ?」


 魔物とは人類の敵に成り得る超常の存在の総称。モンスターと言えば理解し易いだろうか。

 当然“妖人”を“魔物”などと呼べば、差別に当たり、それなりの立場の人間がうっかり使えば、人権屋の格好の攻撃対象になる。


「魔物じゃないだろ? 今は妖人と言うらしいじゃないか」


 老婆はくつくつと笑い、とても面白い物を見るような目で大和を見据える。

 その視線は、些か不快であったが、この世界には色々な存在が居るのだ、そう言う事もあるだろうと気にしない事にした。

 だが、デリアーナは一つの疑問を感じずにはいられなかった。人間に協力的かつ共生が可能な“魔物”には別の呼称が与えられ、法律が定めるところから逸脱しない限り、生存権と幾つかの権利を保障されている。そしてそれが制定されたのは数百年も前の話だ。

 幾ら老婆が長寿であったとしても、直に使う機会はなかったはず。その上、この境界防衛軍のある都市バーグガルニゾンでは、妖人などと比較的上手く共生している都市の代表格だ。そんな都市に長年住み、魔法水薬の売買を生業としているような人間が、ハイタラクネを“魔物”と蔑称で呼ぶのには不自然に感じたのだ。


「俺は召喚勇者だから、こちらの常識には疎いんだ」

「しょうかぁん、ゆぅしゃぁ?」


 大和の言葉を反芻して老婆は疑問を一つ嚥下した。


「分かったぁよ。明日までに用意してぇおくぅ。代金は百万ゴルンでなぁ」


 大和には今一ピンとこない金額であったが、それでも百万と言う数に随分高額だなと感じた。ピンときたデリアーナは思わず「ぼったくりだ」と零す。

 一般的な大衆食堂の昼食献立が五百ゴルン前後らしく、大凡の価値は円とゴルンは等しいようだ。日本とアインラオ帝国に国交がないため、正式な通貨レートは存在しないので所感に因る物価だが。


――百万円で失った手足が戻るなら、無理してでも捻出する額のような気がする。


 日本じゃ一万円札を持つこと自体に躊躇いを覚えていた大和であるが、百万と言われると逆に感覚が麻痺してしまう。それだけで買える物がどれだけあるかと、想像できないせいだろう。

 問題があるとすれば、百万ゴルンと言う金額を捻出できるかに因るのだ。


「済みません。百万ゴルン用意できないかもしれません」


 馬鹿正直に懐に不安があることを明かし、用意できそうなら魔法水薬を作ってもらうと言う話にして、店を後にした。


「しかし百万ゴルンですか・・・お高いですね」

「ん? 高いのか? 高額だとは思うが、手足を治す対価としては安価な部類だと思うが」

「ああ、なるほど。ヤマト様の認識の誤りに気付きました」


 デリアーナの解説に因れば、百万ゴルンの魔法水薬一つで手足が生える訳ではない。薬を薄めた一部を服用しつつ、濃いものを損失部に塗布することで再生を促すのが本来の治し方らしい。

 言い換えれば魔法水薬をパテ代わりにして、欠損部位を形作るのだ。まるで壊れた石像を修復するかのように、完全再生に至るまで、その行程を何度も繰り返す必要がある。

 毎食後に一錠、一日三錠で二週間お飲みくださいと言われた飲み薬の、一錠の値段が百万すると言われたようなものだ。

 改めてsぴ聞かされると、軽く眩暈を覚える。


「・・・マジですか」

「経過を見つつ、ですが。私の治癒の御業も兼ね合わせれば、回数は格段に減る筈ですが・・・」


 デリアーナの見通しでは、それでも三回は掛かると見ていた。


「高いな・・・」


 この手法でも、回復魔法を使うのが身内であるため、その代金が計算されていないための低出費概算だ。

 本来ならば、やはりもっと高くなる。


「一回だけでも十分な報酬な気はしますけど・・・」


 ハイタラクネは、一般的な蜘蛛と同様に、脱皮を繰り返すことで足の再生は可能である。ただし完全再生に至るまで数度の脱皮を必要とする。魔法水薬で回復を促せば、一度で治せなくても、治すまでに必要な脱皮の回数が減ると見ていた。

 例えば、三回の脱皮で完全回復すると仮定して、一回の脱皮に四ヶ月を要するのであれば、足を再生させるのに一年かかる計算になる。もしそうであるなら、あのハイタラクネは一年間不利な状況で生き延びなければならない。


「即戦力としては、一回で治って欲しいけどな・・・。つーか、あの婆さん、ハイタラクネが脱皮で傷の再生が出来ることを知っていたから笑ってのかな?」

「それもあると思いますが、それ以前に、妖人は元々魔物とも呼ばれた存在ですから、人間よりは傷を再生させる力が強いのです。酷い言い方に成りますが、ほっといても治るのですから。妖人の傷を治すなどと言う酔狂な人間は、普通居ません」

「・・・勇み足だったな」


 大和としては、治らない傷だと思ってしまっていたので、それを治して上げられれば喜んで貰えるだろうと言うだけだ。喜んで貰える物なら、褒美としての価値は十分にあると思っていたのだ。

 だがそれは、無知からくる独り善がりな物だったのかもしれない。


「どうやら、俺に贈り物のセンスは無いようだ。デリアーナも突き合わせてしまって悪かったな」

「お気になさらずに。私もハイタラクネの再生速度がどの程度かまでは把握していませんでしたので、お役に立てず申し訳ございませんでした」


 しかしながら、あれだけの献身を見て褒美無しと言うのも、領主として問題があるような気がしてならない。何か、ちょっとしたものでも送るべきだとは思うのだ。こういう時、軍人なら名誉の象徴である勲章なんかを下賜されるものだが、妖人がそんなものを有難がるとは思えない。


「分からない時は、そうだな。分かる人に聞こう」


 それが最も、高評価を得られる回答を導き出す行動だと思う。


「どちらへ?」

「本人に何が欲しいか聞いてくる」


 それは情緒も減ったくれもない悪手だと、デリアーナは渋いお茶を吐き出した後のような顔をした。


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