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第119話 変わるもの

「再び会い見える時には、殺し合いの時かとも思っていたのですが・・・」

「随分と物騒な挨拶だな・・・マルモス・・・さん」


 ヅィスボバルト邸にふらりと現れた、珍客に大和は苦笑し眉根を歪めた。


「覚えて居て頂けたとは光栄です。カゲサキヤマト・・・卿、でよろしいか?」


 砂埃塗れのズタ袋のような外套を頭からかぶった男が、玄関口でその顔を晒す。持って含むところはないような、健やかな美丈夫の微笑みが、無用な害意を孕んでいない事に安堵する。


「呼びやすいので構わないぜ、あなたには借りがある」


 瀕死の重傷を負い、彼の扱い回復の精霊魔法で一命を取り留めたことを、忘れた訳ではない。ただ、その恩を返す機会を見出せずにいたので、考えないようにして居ただけだ。


「では、ここで貸しを消費するのは惜しいですね。新たなヅィスボバルト卿」

「・・・大和でいい。卿も要らない、そもそも彼方にそんな肩書は面倒だろう。まだ碌な茶菓子の用意もないが、茶ぐらいは出せる。上がって行ってくれ」

「いや、不要だ。本日は私の都合で我儘を言いに来たのだ、客として迎えて貰うだけの価値はない」


 そう言いながら、懐から合金製のカードを取り出す。それは腐食に強い金属に、個人情報を打刻した、境界防衛軍が発行している身分証だった。家令のアベイが真贋を見極め、本物であると認めた。


『どういったご友人で?』と小声でアベイが問うので、『カゾリ村での知り合い』とだけ答えておいた。


「確かに友人とは言えない間柄でしたね。強いて言うなれば、利害が一致した敵同士と言うのが当時の関係性でした」


 耳聡く内緒話を拾い上げる。下手な内緒話はしない方が良さそうだ。


「ですが、その関係性を清算したく思い挨拶に参った次第です」


 大和としては、有難い提案であった。魔王崇拝者である彼がどの程度の社会悪かは知らないが、大和にとっては命の恩人であるのだ、出来る事なら敵対はしたくない。


「ようするに、冒険者・・・防衛軍に属して活動しているので、不干渉を求める、と言う事で良いのか?」


 マルモスの現在の立ち位置を考慮して、彼の要求を噛み砕くとそんな解が示された。


「はい。冒険者は信用が大事ですから、ここの領主に『あいつは怪しいぞ』とギルドで騒がれるだけでも、収入に悪影響が出ますからね。そう言う失言を防ぐために、いえ・・・防がねばならないのですよ」


 それで、こんなやや非常識と思われる時間帯に訪問を強行したのだろう。

 使いの者を出して、面会予約を取ってから本人が来客すると言うのが、常識的な行動だろう。日本でも友達同士で遊ぶ際に、何の連絡もなしにいきなり家に押しかけるのは、迷惑になる。普通は事前に、学校で会っている時、電話やメールなどで予定を決めてから合うのが一般的だ。

 貴族の慣習に因れば非常識だが、平民同士であれば問題になる程遅い時間でもない。貴族云々に関しては亜人と召喚勇者と言う事で、互いに疎い存在なので問題視はする必要なさそうだ。

 マルモスの場合は、他に手が無かったのだろう。悠長に使いの者を出していては、子爵の仕事として境界防衛軍に顔を出した時に溢されただけで致命傷になりかねないし、かと言って、皇帝の譲位の式典中に押しかけても邪魔者扱いされるだけで、悪印象しか与えない可能性が高い。

 だから式典が終わり、邸宅に戻り一息ついた所と言う時機を見極めた。この時以外に、早過ぎても遅すぎてもダメなのだ。


「何故に冒険者に転向を?」

「転向ではないですよ、私は元々、数百年前から冒険者稼業で生計を立てていたのです。生活にお金が必要になったので、復帰したと言うのが正しいですね。当然、この国の法に触れるようなことはしておりませんよ」


 現存する亜人種の中で、人類と比べて悠久の時を生きる種族であるため、人類が科学技術を手に入れる以前からそれを観察していたのだろう。魔法が衰退して遺物と成ってしまう以前より見てきたのであれば、彼の抱いた危機感と言うものはどれほどだったのだろうか。その中で己の家族を守るために、人類と、いや、科学と対等に渡り合える筈の魔王に庇護を求めてしまうんは、そんなに悪い事であるようには感じないのだ。

 爆発的に強くなる人類の力から身を守るには、その力に取り込まれるか、対立できるだけの力を得るかの二択で、彼は後者を選んだ。これを大和は悪いことだとは考えていない。

 少なくとも国家間の諍いではままあることだ。

 Aと言う自分の国が、Bと言う最近軍事力を強大化している隣国に脅かされていた場合。

 B国に飲み込まれ属国になるか、B国と同等の軍事力をA国が持つか。もしくは、B国と対立しているC国と同盟を結びともにB国の脅威に立ち向かうかといったところだ。

 かつては冒険者ギルドと呼ばれていた組織が、今では境界防衛軍と名を変えているが、本質的にはさほど変わっていないのだろう。昔から馴染みがあるなら、なるほど、過ごし易い、働きやすい環境であると言えるだろう。

 要するに、カゾリ村でのことを黙っていてくれるならば、人の社会の中で、その法律に従うと言う宣誓といえるのか。

 彼はエルフと称される亜人だ。森の中で・・・それこそヅィスタムバーグ大連峰の豊かな森の中でなら、彼一人・・・いや、彼の一部族くらいなら、お金など無くてもひっそりと暮らして行けるはずだ。

 その事を不自然に思い、探るような感じで問い質せば、素直に返事は帰って来た。


「私は今、召喚勇者のヨリカと言う女性と、暮らしています。彼女の生活を支える収入が必要なのですよ」

「よりか・・・?」


 影崎大和と、島坂頼加は一応の面識はあった。大和は元女組の基地を妖魔が襲撃した際のあらましを知っているので、行方を眩ました被害者の一人と言う認識だった。彼女が美咲を刺したことは、彼女を後ろから撃ったことで、大和の中では少しやり過ぎだったと後悔しているくらいだ。そのやり過ぎにしても、逃げられた以上、逃げる事の妨げにならない程度の痛手にしかなっていなかったことが、大和の罪悪感を紛らわせていたのだが・・・。

 頼加に復讐心をぶつけられるだけの権利を持っているのは・・・持っていたのは美咲くらいだ。そして彼女はもう日本に還ってしまっている。彼女の行動が過ちだったとして、責め立てる権限は存在していない。

 もっとも、もし美咲が死んでいれば、頼加も自分も赦せなかっただろうが・・・それはまた別の話だ。


「はい、彼方と同じくカゾリ村で召喚された人です」


 一方、頼加は大和について、碌な記憶が無い。カゾリ村に居た時は面識どころか、影崎大和の噂話すら、その耳に入っていないのだ。

 彼女自身もそれなりに戦える筈だが、妖魔の恐ろしさと悍ましさが骨身に染みており、無理に戦いはさせたくないらしい。


「そして今、ヨリカは己の目指す先を見失っている。ヨリカを突き動かしたのは、自分に恐怖をもたらした原因を作ったカゾリ村とその村長ニタムへの復讐。ですが、それはもう叶わない」


 帝国に弓を引いたために、実質的にカゾリ村は廃村、ニタムは前回の騒動の渦中に死亡している。


「今は宿に籠って、この国の言葉を勉強している」


 島坂頼加に特に入れ込むことはないが、彼女がこのまま不干渉を貫くと言うなら、それで構わないだろう。それに、言葉の勉強をしていると言う事は、帰らずにこの世界で生きて行くことを選択したのかもしれない。

 だが、それでも大和は言わなければならない言葉があった。


「帝国は召喚勇者を日本へ還す手段を持っている。彼女が望むならそれに応えるとだけは伝えておいてくれると助かる」

「分かった。時機を見て伝えよう」


 大和としては、伝えないでいるのは不誠実であると思っていた。召喚勇者には誰しも帰還する権利を持っているのだ。それを行使するか放棄するかは本人の判断に任せればいいが、伝えないのは差別になる。

 マルモスとしては、頼加は魔王に献上する贄であるという建前で匿っているのだ、おいそれと手放すわけにはいかないし、何より頼加自身が望んでいない気がしていた。

 もう一つの心配事として大和は、無理に帰らない方がいいような気がしていたのだ。もし日本に還り、そこで美咲と再会した場合にとんでもない事件が発生しそうで怖い。召喚勇者の強化された肉体で、本気の殺し合いが始まれば、二人の今後の人生は台無しになる可能性が高い。例え勝利をおさめ、過去の諍いへの溜飲を下げても、社会的に人生が終了してしまいかねない。

 ただ大和の立場上、その社交辞令は口にしなければいけない事であり、マルモスもその事を察していた。


「玄関先で長々と立ち話をしてしまったな。それでは私はこれで失礼する」

「ああ、元気でな」

「新しい領主様には、平穏な領地の運営を期待させて頂こう」


 こうして敵として出会うはずだった二人は、味方とは言えないが、奇妙な利害関係により平穏に出会い別れの言葉を交わした。

 次に出会うことがあるのであれば、それは不幸な出会いになるだろうと、どちらともなく思い背を向け合った。





 新興のヅィスボバルト子爵家は異端であるという噂だ。

 と言っても審問が開かれる類ではなく、貴族としては変わり者といった意味を悪辣に形容しての異端だ。

 それは帝国に多大な貢献をした人物で、行き成り子爵位を与えられたと言うだけでもあり得ないのだが、彼の出自が召喚勇者であると言う事で、多少のおかしさには皆一様に目を瞑った。通常平民が、行き成り子爵に就くことは無く、貴族見習いのような立場から徐々に功績を積み上げて、子供の世代、孫の世代と、代を重ねるごとに登っていくのが普通だ。いや、むしろ登れるだけでも異常なのかもしれない。それぞれの貴族の席には定員があり、皆それを死守するので精一杯であるからだ。席に空きが無ければ位が上下することもままならない。

 そういう意味で、領地運営に失敗し没落した旧ヅィスボバルト子爵の席が空いていたため、一気に子爵に収まったのだと言う説が有力だった。

 さらに噂には尾ひれがつく。

 元々第三皇女ステルンべルギア殿下が見出した傑物であるらしいと言う事や、トリケー教皇庁から神官戦士を護衛に付けられるほどの重要人物であるらしい。

 その上に前皇帝トーバルトフリート陛下のお気に入りであるとか、現皇帝ニオルトラート陛下とは個人的な友人であるとか、帝国との太い繋がりを持ち、このままいけば近いうちに公爵位に陞爵し、第三皇女殿下が嫁ぐ可能性も示唆されていた。

 ゴルティアス公爵家が謀反を企てた責で廃爵され、公爵家に一つ空きが出来たことが噂話の出所のようだ。

 それに連なってお家取り潰しに有った貴族も数多く存在し、帝国では貴族の出世争いと言うものが現実味を帯びてきていた。

 人が担っている以上、その生き死にによって人員の入れ替わりは行われて来た。経済的に急激な発展をした時代などは、人口爆発に伴い、貴族たちの数も比例して増えた。

 だが、経済発展の波が滞った現在。前大戦の復興特需と呼べる人員の重用は、もう二十年も前に終わりをつげ、今では緩やかな下り坂を降りている所だ。上の人達はその現状を憂いて、どうにか歯止めをかけ、国が発展するかを模索して言うのだろう。いや、していてくれなくては、それに仕え、支えようとする者たちが報われない。

 只の労働力として、消費されるだけだ。

 その先に展望が泣ければ。希望と言う名の毒を与えられなければ、死地に赴くことも出来ないのだ。

 そういう意味ではヅィスボバルト子爵家へ、家臣として任官できればと一縷の望みを抱いている者も多い。新興ゆえに口うるさい昔からの家臣も居ないだろうし、他の家臣団よりはマシに思える。

 ただ、現状での問題点を挙げるなら、家臣の公募を一切していない事だろう。新興ゆえに家臣は居ないはず、だから公募が掛かるはずと・・・、そんななけなしの希望に縋っている泡沫貴族の子弟は多いはずなのだ。

 家臣に成れば準貴族の扱いになるが、それが今望める最高の位だ。


――貴族のままで居たいんだよ。


 それが、それだけが夢だった。

 爵位を持つとはいえ、貴族の中では位は最下級だ。とは言え帝国から俸給のでる公務員と言う立ち位置でもある。他の領地持ちの貴族と同じく位は世襲できるが、その条件に腕前を認められることと言う項目がある。

 これは騎士が戦争の花形だった頃の名残だ。

 弱い騎士は、穀潰し以下の害悪と言われるのだ。騎士の数には定員が決まっており、子は優先的に親の騎士位を継承できる権利を持っていると言った方がいいのかもしれない。それは当然の結果だろう、昔と違い今の“騎士”とはMSSの操縦士に他ならないからだ。MSSが操縦士の能力を倍加する鎧であるため、当然操縦士の剣の腕前は高い方がいい。

 軍人には騎士でなくともMSSの操縦士に成っている者が殆どだが、騎士位を持つ者でMSSの操縦士でない者は居ない。軍に入ってしまえば騎士位など“名家の出”くらいの意味にしかならないが。

 貴族でなくなれば、生活の質も落ちる。収入が減るのだ落とさざるを得ない。MSSの操縦士を目指せば騎士に成れる可能性は残るが、自分にそちらの才能はない。多少の学問は得意だが、運動、こと格闘や武術の類は不得手なのだ。


「お、偉いな。ちゃんと勉強しているのか」

「あ、兄さん。お帰りなさい」


 譲位の式典の関係で、めったに家に帰ってこない兄が帰って来ていた。新皇帝誕生はお祝い事なので、特別休暇が交代で貰えるらしく、兄は明日から一週間自宅でのんびりと過ごせるそうだ。

 兄が父親から騎士位を継いだため、当家から騎士を輩出するにはよほどの武功を必要とされる。

 それが自分には無理だと分かっている。


「何か長男だからって家督を継いじまって、下に迷惑をかけるなんてな・・・すまん」

「別に兄さんが悪い訳じゃないよ。能力的にも認められてのことでしょう?」

「まあ、そうなんだが・・・。お前の能力を生かせてやれなくてな」


 自分は割と勉強はできる方だと、子供のころからの誇りだった。

 生活の質を下げない就職先と言うのは、貴族で固められている、国の中枢部だ。しかしここは、高度で専門的な教育を受けた、高い身分の貴族の子弟が採用試験でしのぎを削っている。とても一騎士爵家では太刀打ちできない。他には一流商社などが候補になるが、こちらは逆に貴族の子弟は採用され難いのだ。貴族であれば政治的な影響を強く受ける。だから民間企業は貴族の入社を嫌うのだ。

 余程の己の才覚に自信が有れば、家を出て平民に成ってしまえば良いのだが、もしそれで採用されなかったらと言う恐怖が拭えない。


――結局、意気地がないんだよな・・・。


 失敗を恐れ、冒険が出来ない。こんな事なら平民に生まれたかったと言うのは、貴族生まれの傲慢だろう。


「そうだ、兄さん。ヅィスボバルト子爵様が家臣の公募をなさらない理由って、噂話とかに成ってなかった?」

「いや、何も聞いてないな。それともあいつの事だから、家臣が必要な事すら知らないのかもしれない」


 ただ噂話を聞いていないかと詮索したのに、兄の口から信じられない言葉が零れた。


「・・・え?」

「いやだって、召喚されて迷い込んだ異世界人なんだぞ? それがいきなり子爵になってもその常識を持っている訳はないだろう?」

「いや、兄さん。そうじゃない! “あいつの事だから”って! 個人的に知り合いなの? そうなの? 紹介して!」


 接点などある訳ないと思っていたのだが、ひょっとするとこれはと期待が膨らむ。


「第三皇女殿下の偽の葬儀の時に知り合って、食堂で一緒に飯食う程度の仲だったがな。悪いが・・・本当に悪いが紹介は出来ないぞ。下手に紹介すれば皇帝陛下にお叱りを貰うかもしれない」


 子爵位を受ける前の只の騎士の時でなら可能だったかもしれないが、今ではもう無理筋だ。

 騎士である兄の上役や、寄親と呼ばれる後継人のような人は新興のヅィスボバルト子爵家と繋がりが出来るために喜ぶだろうが、反目する貴族からは目を付けられかねないし、皇帝からすればその繋がりを疎ましく思うかもしれない。

 普通は繋がりを得たい貴族が、家臣や妾を宛がうのだ。そしてその候補の選出はもう終わっているのだろう、現状で声が掛かっていない段階で目はないと見るべきだ。


「そっか~、変な夢は見ない方が良いね・・・」

「本当に済まない」


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