第11話 大和に守って欲しいモノ
大和は今朝の荷解きの手伝いの為、倉庫へ向かっていた。
トボトボという表現が似合いそうなほど覇気がなく、いつもの生意気な眦に影が差していた。なんとなく思い知ったと言うか、思い至ったのだ、自分が中学校で孤立していた理由に。それは別に喧嘩腰になって対立したのが全てではないのだ。
何のことはない、クラスの男子が当たり前のように持っている球技の知識を持っていない、たったそれだけのことだ。召喚勇者男組の連中が当たり前のように持っているカオスマターを持っていない、結局これも同じ意味なのだ。皆が当たり前のように持っている物を持っていないと言うことだけで十分孤立する理由になる。この両者の違いは、大和の行動如何で変えられるモノと変えられないモノと言うことだ。カオスマターに関しては自身の努力の外にある事象の為どうすることもできないが、中学では意地を張らずに球技の知識を学べば、多少打ち解けるまで時間がかかるだろうが孤立は避けられたはずだったと言うことだ。
――馬鹿なことをしていたんだな・・・俺は。もう少しやりようがあったかもしれないのになぁ。
そうすればクラスでの孤立がなければ、疎外を感じて自分の居場所を見失わなければ、異世界に勇者として召喚されることもなく平々凡々の中学生生活を満喫していたかもしれない。今みたいに役立たずと放置されているような状況に、陥ることもなかったかもしれない。そう思い至ってしまうと、後悔の念がぐつぐつと湧き上がり別の感情も引き連れてくる。
何故自分はこうも他の召喚勇者とは違うのか、カオスマターを持たずに召喚されるということが、それほど罪なのか?
――なんで、ここでも孤立するんだよ。
確かに初日に源田と揉めたが、それ以降に表立って源田と衝突するようなことはしていない。
飛竜種と直接戦う力がないのは仕方がない、だけど、せめてできる事を、裏方でもいいから戦いの手助けをと思い、面倒に感じる作業に従事するが、他の召喚勇者との間に距離を感じてしまう。壁があるように感じてしまうのだ。
生来、大和は嫉妬という感情を抱いたことは少ない。それは一人で居ることが多過ぎたせいで、他人が自分と違っていることを知らないために、比較することが殆どなかったからだ。だが、今回の三岡の振る舞いは相変わらず馬鹿だと思ったが、彼に挑む宮前の後ろ姿が異様に羨ましく感じたのだ。
持つ者と持たざる者を隔てる明確な壁が、そこに横たわっていた。
何故、自分はそちら側ではないのだろう、と。
だがその問いの答えはすでに出ている。何故、自分は女ではないのかと同じだ。そういう風に生まれてしまったのだから、そういう風に召喚されてしまったのだから仕方ない、変えられないモノなら受け入れるしかない。
だから嫉妬したのだ、自分ではどうしようもない物だから。
「・・・いいなぁ」
口から零れる願望もどこか虚しい。
それでも幸いなことは、宮前は年が近いというだけで妙にこちらの懐に踏み込んでくるために、完全な孤立にならずに済んでいることだろうか。両者に接点のある振る舞いをしてくれるから、完全な孤立には至っていない。
三岡の何も考えていなさそうな無遠慮な振る舞いが、大和にとっては良い方向に作用をしているように感じた。
そして源田の些事に拘らない気性というか、大和を目の敵にしていないため、首の皮一枚で繋がっている状況だった。
何とかしたいが、どうにもならない。大海に砂でできた小島に一人取り残された感覚だ。波が島を削り取っていくが自分は何もできずただ見つめ、崩れ去らないことを神に祈るばかりだ。
「よっ、お早うさん。今朝は・・・まったく元気がないな。おねしょでもしたか?」
そして、その暗い顔の大和をユーデントの軽口が迎える。盛り下がった気分を茶化されたのでかなりイラッとしたが、ユーデントなりの気遣いであるのだろうと強引に解釈して飲み下す。
「・・・そこまで子供じゃねーよ」
「そっか。じゃ今日の荷解き始めるぞ~」
ユーデントは大和の不機嫌が致命的なモノではないと判断して、パンパンと手を叩き作業の開始を告げた。荷解きを任されている傭兵や、その他の手伝い人は全部で十名程度しか居ない。召喚勇者約三百人の一日分の食糧と細々とした日用品を分配するのだ、一日三食を食べるものとして、作業者の一人頭で九十食分の食料の分配をしなければならない。テキパキと作業を進めて行かないと、午前中に終わらない量である。
――落ち込むのも、気遣いを求めて駄々を捏ねるのも返って子供っぽいか。・・・まぁ、体動かしてれば気も紛れるだろうさ。
落ち込もうが駄々を捏ねようが、人間は生きている限り腹が減るのだ。
そして腹を満たす食料を得るには、代価を支払わなければならない。日本では金銭で形がついていた。ここカゾリ村では、労働を代価にするしかない事、そう言うものが社会の仕組みであると理解しているつもりだ。
黙々とした単純作業を繰り返すことで、思考を単純化し感情の波を停止させる。落ち込んだ時や、気分が乗らない時などのマイナスな状態の起伏を無理やり平坦に慣らして行くことで、心の平静を保つ。自己暗示でロボット化しているようなものだ、健全ではない方法かもしれないが、怒りなど爆発させられない時に鬱憤を抑える手立てとして有用だと思っていた。疲労による汗と共に流れ落ちていくように、悪感情が少しずつ薄らいで行くのだ。
無駄口も叩かず黙々と作業する大和は、熟練のライン工さながらであった。
感情を“切って”作業をしていたので、体感時間は極端に短く感じるので、精神ストレスの軽減にも役に立つ。ただし複雑な作業には不向きであり、活用する機会自体が少ないのであまり役に立つ特技とは言えなかった。
大和は自分の持ち回りの仕事が手透きになった時に、改めて辺りで作業をしている人間に目を配る。ユーデントを始めとする剣や拳銃で武装をしている傭兵が三人。こいつらがいきなり暴徒と化した場合どのような対処ができるかを考えておく。逃げるにしろ立ち向かうにしろ、ある程度予想を立てておいた方が行動しやすいのだ。
その他には武装をしておらず、村人Aといった風情の男性が四人。そして女中の格好をした女性が三人ほど働いているようだった。
取り敢えず男に興味はないので一瞥しただけで観察は終了する。見ていて楽しくはないし、これと言って面白そうな情報は得られないと思った。
女性は所謂メイド服を着用していたが、一人は年配の女性、一人は中年の女性、一人は若い少女と言った感じで年齢はバラバラだった。お婆さん、小母さん、娘さんといった感じで母子三代で手伝いにでてきているとも取れるが、正直あまり顔立ちは似ていないので恐らくは血縁関係ではないだろう。
――いい趣味だ。うん。スカートが膝上丈だったら命の保証はないがな。
聞くところによると、この国の倫理観では女性が人前で膝を出すことははしたないことなっているらしい。
実に慎み深くて良い。年齢を気にせずに着られて、統一感があり制服として見ることもできるので、非常に仕事が出来るように見えるのは心象的に良いのだ。
「・・・いいなぁ」
煩悩が零れた。
――いやだってさ、男ならメイドさん侍らしたいって思っても良いじゃん。
思わず脳内で必死に弁明してしまうが、返って取り乱す結果になる。一旦視界を戻して深呼吸で平静を吸い込む。
当然と言えば当然だが、年上過ぎる二人には興味はあまり湧かず、一番若いメイドさんに意識が注がれる。この若い少女のメイドさんは、顔立ちから恐らく大和と同世代の少女であり、身長こそ大和と大差ないが身体のメリハリは莉緒クラスなのが反則だった。解けば背に掛かるだろう髪を、髪留めで纏めて動いても邪魔にならないようにしており、時折聞こえてくる声は甘ったるい知性に乏しい感じのする、要するにバカっぽい声で可愛らしいのだ。脳味噌に回るべき養分が女性らしさ、乳や尻に全部回っているような感じだった。
「なんだ大和、お前メイド好きか?」
どうやら魅入り過ぎていたようだ、ユーデントに声を掛けられるまでその接近に気付かず、驚愕の声が飛び出す。
「うへゃ! ・・・て、ユーデントか。あ~びっくりした・・・心臓が口から飛び出るかと思ったわ!」
「悪いこたー言わねぇ、あいつはやめとけ」
「メイドが好きでもあの子が好きという訳ではないんだが・・・。それに粉かけるような真似はしねーよ。こちとら役立たずの召喚勇者様だぞ? セールスポイントなんざ一つもねーや。雇うこともできないのに声なんか掛けるかよ。つーか逆に、こっちが雇って欲しいわ」
「ああ・・・なんだ、ただの特殊性癖か。それなら安心だ、あの娘は巫女姫様の身の回りの世話なんかもやっているからな、下手に近付くと要らん敵を作るぞ」
「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ、か。まぁ分からなくもないが、男の浪漫を特殊性癖呼ばわりスンナ」
フォノと軽い友人程度の会話が出来るようになった今の大和が射るべき馬は、身の回りのお世話係よりも村長の方だろう。
「あっそ、ヨカタネ。俺にはそんな浪漫ないし理解できんね。・・・よ~し。大体振り分けは終わったな。じゃあ配達係はそのまま配達に行ってくれ。残りの者は倉庫の後片付けだ。昼飯までには終わらせよう」
「こいつ、さらっと流しやがった」
「おう、ヤマト。ご苦労さん。お前も荷を女組に持っていってくれ」
「・・・了解した」
「おっとそうだった。お前に頼まれていた物が調達できたんだ。ついでに持っていけ」
そういってザックに入った荷物を渡してくる。予想していたよりもかなり大量に調達してくれた様子で、ずっしりと重く三十キロはあった。
「召喚勇者でこんなのが欲しいって頼むのはお前が初めてだったがな。掃除道具も一式揃えてある、使い方は分かるんだな?」
「助かる。使い方の方もたぶん分かると思う、そんなに大きな違いがある物じゃないだろうしな。頼んでおいてなんだけど、急な話なのによく用意できたな。もうしばらくは掛かると思っていたんだが・・・」
「まぁ召喚勇者の頼みだしな。いつ居なくなるか分からんし、こっちとしても用意したものを無駄にしたくはないんでな」
「そうか、すまない。代金を支払えないのに無理をさせたみたいだが・・・」
「なぁに、気にすんな。お前には儲けさせてもらったからな、少しは還元させてもらうさ」
「ユーデント、さてはお前賭けてやがったな? そんな機会はあの日くらいしかないだろうし、ふん・・・そう言うことなら遠慮なく貰っとくよ」
結局、大和はカオスマターに頼らない戦闘能力の向上の為に、いくつか道具の調達を傭兵のユーデントに頼む事しかできなかったのだ。
幸いユーデントも、大和の事情を察してくれたお蔭でに、快く引き受けてくれたので少しはほっとしたが。今度はこちらで孤立を懸念してしまっていた。
皆が持っている物を持っていない事の反対に、皆が持っていない物を持っていると言うのも孤立の理由になり得るからだ。これも幸いにして、他の雇われの人から温かい目で注目されるという、羞恥の極みのような辱めで済んだ。興味津々といった塩梅で、珍獣でも観察するかのような無遠慮な視線に晒されるのは、なかなかに精神を擦り減らしたが、その程度で済んだ。
「ちわ~す。食糧と日用品持ってきました~」
女組のキャンプに着いて大和が声を掛けると、驚きに目を見開いた莉緒が駆け寄ってくる。その動きは完全に雌豹の狩のような動きだったので大和は腰が引け逃げ出す機を逸し、逃がすまいとする莉緒に両手でがっしりと頭蓋を捕らわれる。
「ちょ! 大和? あんたMSS酔いは?」
「え? あぁ・・・なんか一晩寝たら治りました」
「はぁあああああぁぁぁぁっ!? 昨日の今日でしょ? ふざけないでって! あんた何者? カオスマターで適性を持った私だって三日は地獄を見たのよ!?」
内臓が反乱を起こしたような感覚が、三日も続くのは勘弁して欲しいと大和を辟易させる。いや莉緒の口振りからすれば、三日という日数ですら極端に少ないのだろう。例えば一週間もあんな状態で放置されたら死にたくなる。
「じゃあ・・・俺、影崎大和の数ある特技の一つと言うことで納得して下さい」
「ふ・ざ・け・る・な!」
ゴンゴンと頭突きを食らう。莉緒は相当御立腹のようだ。
――痛い、近い、痛い、近い、痛い、近い、痛い、近い、痛い、近い。
「持ってないアンタに適性があったら、カオスマターの適性が無意味じゃない!」
「いや、それはその、もともとこの世界のロボットなわけだし、召喚勇者の特権であるカオスマターがなくても操縦できるのではないでしょうか?」
「・・・確かに、そうね」
突出した才能がない人間が操縦した場合に、性能を最大限に引き出すような乗りこなしが出来なくても、何とか普通に操縦するぐらいはできなければおかしい。誰も扱えない機械が発展するわけがないのだ。
莉緒も自分の愛車であるバイクの、全ての性能を引き出して走れと言われても出来ない。そもそも街中で普通に乗るにはオーバースペックな性能を誇るため、即免許か命がなくなる。速度を出すにしてもせいぜい高速道路を走るくらいだ。教習所では割と高評価を貰っていたし、乗れていないわけではないと自負していたが、プロのレーサーにはとても及ばないだろうとも自覚していた。それがカオスマターによってプロ並みの腕前になったという解釈で正しいと言うのであれば、大和のMSS酔いがあっさり治まってしまったのも、莉緒が得たMSS適正と何ら関係のない話だ。
「酔いの耐性と、操縦の才覚が別ってこと? で、いいのかしら」
「後は男のロマン補正・・・かな?」
これに莉緒は納得した。バイク乗りが風邪を治すにはバイクに乗ればいいなんて話もある。好きなことをやっていれば、多少の体調不良は吹き飛ばせるように人間の体はできている。
「ちなみに他にどんな特技あんの?」
そんな話を振られれば、待っていたとばかりに大和は両手で莉緒の乳房を包み込むように持ち上げる。その豊満さに見合っただけのズッシリとした重さの中に、心地よい体温の暖かさと肉の柔らかさを感じる。
「利きおっぱいができます。これで荻原さんのおっぱいは・・・覚えた!」
キリッとした表情の大和の頭を鷲掴んだまま、無言で額をぐりぐりと押し付ける。
「いだだだだだだあぁ! 割れる割れちゃう! ごめんなさい! 冗談が過ぎました!」
「それは特技とは言わないわ、変態スキルよ! どうして男ってこう、スケベなのかしら!」
「男がスケベでなくなったら種は滅ぶと思いますが・・・。まぁ、真面目に答えるならマッサージとか割と得意ですよ、爺さんに剣を習っていたので自分の体のケアをやってました。何なら肩でも揉みましょうか?」
「アンタの真面目はその程度か、結局胸から意識が逸れてないじゃない」
「えーー、じゃぁ後は、割と人の気配に敏感です。その扉の向こうから工藤さんが、後ろから高城さんがバックスタブ」
左手で莉緒の後方にある扉を指さし、振り向きもせず――莉緒に両手でホールディングされてるので振り向けずに、背後に迫っていた美咲の抜き手を鷲掴む。
「・・・なん・・・だと!?」
愕然とした声が、大和の背後から零れる。
美咲は小柄な体躯と相まって、俊敏な動きと足音を殺して歩く術を得意としていた。ちょっとした悪戯心で――学校で男同士がカンチョーするような感覚で――後ろからどすっと背中に抜き手を入れ「・・・実戦だったら死んでる、ぞ」とからかってやるつもりでいた。人差し指を立て唇に当てるジェスチャーを送り、莉緒に忍び寄るのを隠して貰っていたというのに。
「・・・なぜ、気付いた?」
「揉まれ損じゃん・・・私・・・」
「これくらいできないと野犬に勝てないんで、自然と出来るようになりました・・・って、カオスマターで出来るようになっていないんですか?」
「まぁ出来るようになった人もいるだろうけど、できない人の方が多いわよ」
「・・・万能的に強くなるわけでは、ない。・・・そもそも、男組の方が個人戦闘能力は、高い」
「リ~オ~、何やってるの~。キスの練習~?」
若干遅れて、大和が指示した扉から結愛はやってくる。
「結愛、どうしよう。この子結構強いッぽい」
「~~? 今更何言ってるの~? この村のでの強さの基準はカオスマターの性能でしょ~、悪いけど少し強い程度じゃ飛竜種とは戦えないよ~、村の連中の考えも決して間違っていないと思うけどな~」
まったくもってその通りだ。カオスマターによる特殊な戦闘能力がなければ飛竜種とは戦えない、だから大和は裏方の仕事をしようと決めたのだ。しかし、蓋を開けてみればどうだ、女組のMSS操縦を任されている彼女らは例外としても、本来個人戦闘能力に長けているはずの男組の程度の低さは。役立たずと言われコケにされた、ならば男組の最底辺が大和でなければおかしいのだ。自分ができる事全てを回りの人間ができる、多少の得手不得手のブレがあったとしても、大和自身が最低の基準であるならばこんなに悔しい思いはしなくて済んだ、嫉妬などしなかった。
剣技だけなら源田にも三岡にも負けてやるつもりはない。ただ、魔剣や聖剣と言った常識外のカオスマター製の武器を持っていないというだけだ。それが理不尽でならない。
まるで、親にボールを買って貰えなかったがためにその球技に触れられず、明らかに自分より動きの悪い連中が大舞台で脚光を浴びているようなものだ。もし自分がそのボールを得ていれば、連中など足元にも寄せ付けないのに。
「大和く~、そういう訳だから~、飛竜種は私たちが狩るから~。MSSが苦手な~小さいのから~、私たちを守ってね~」
結愛は大和の左腕を取ると、そっと自身の乳房の上に載せる。
その行為に誰もがぎょっと息を飲んだ。まさかそんなことをするとはと、大和自身が一番信じられなかった位だ。
「私たちのこれ~、君の手で守ってね~」
結愛の胸の感触の奥から伝わってくる心臓の鼓動を妙に生々しく感じた。その眼は悲しげに微笑んでいる、瞳の奥にどうしようもない暗い闇があった。その意味は分からないが、これを守って欲しい、そう言われて奮い立たなければ男が廃る。
「どこまで通用するかは分からないけど・・・、最善は尽くす!」
しかし、大和の決意が無になる程、絵面は悪かった。
2016/09/06 誤字修正。




