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第114話 魔動機

 大和と至龍王の怒りが同期する。

 互いに護るべき者を護らずにいる連中を看過できる性分ではない。代々、魑魅魍魎から民草を守護していた陰の防人の末裔と、人類を守護するために持てる技術の粋を結集して造り上げられた龍鎧機。それが相互に干渉しあい影響しあい、加速度的に増大した結果の災禍。

 咆哮は、その感情の発露だ。

 怒りに我を忘れた勇者とその騎龍が、悪意の暴力を、更なる暴力を持って薙ぎ払う。

 龍の咆哮は、護るべき者には背中を支える声に、敵対する者には恫喝する叫びに。


――馬鹿め。そんな純度の低い核が龍の声に耐えられる物か。


 それは、どちらの思考だったのだろうか。互いに干渉し過ぎて、自我の境界が不鮮明になっている。

 大和は至龍王に保存されている情報を、己の記憶であるかのように思い出し、至龍王は大和の感情と行動のままに、その身体を自在に動かす。

 敵MSSの呼称は『ゴード』、正式名称ではないが開発中の愛称であるらしい。端的に言えば現主力MSSであるユーケイヌを再設計して効率化を推し進めた機体だ。基本骨格の強度を下げずに軽量化を成功させた機体であるため、装甲を厚くすることも、強力な火砲を搭載することも可能。機体の設計は優秀なようだ。

 だがMSSの中枢、魔動機の心臓たる永久機関の炉心の核の純度が低い。精神的な影響力の強い龍の咆哮に耐えられない程度の強度しかなかった。恐らくこれは生産性を高めるため100の出力を必要とする機体に、安全マージンを含めて120程度の出力に耐えられる核を用意したせいだろう。

 想定外の負荷が掛かれば、簡単に許容値を超えてしまうのも頷けると言うものだ。

 近距離で咆哮を浴びたゴードの炉心は、その威圧に耐えきれず亀裂を生じさせた。その亀裂は、炉心の価値を一気に損失させる。割れ蓋と同じく、その機能を全うできなくなり機体を動作させるだけの出力を得られなくなる。

 恐らくは、魔法大系が衰退した背景により、直接炉心に影響を及ぼす攻撃がされることはないと、早計にも取り決めてしまったのだろう。炉心の純度を下げれば、製造コストを大幅に減少させられる利点があるので、魔法戦が想定されていない現代では、理に適っていると言える。


 しかし、愚かだ。ユーケイヌですら500~1000程の余剰出力マージンを持っているのに、それを引き継がなかったことは、大量生産と大量配備を目論んでいたからだろう。それが可能ならば、少なくとも魔法が使用されない戦場では、性能は元より数で圧倒的に優位に立てると欲に目が曇ったのだろう。

 50キログラムから100キログラムの人間が乗っても十分走行に耐えられる自転車があったとして、舗装され小石一つないことが前提のコースに、妨害として砂利を撒くような物だ。想定外の負荷により、簡単にパンクしてしまう。


――龍鎧機が現存している以上、咒詠機も残っていないはずがない。


 まだMSSが魔動機と呼ばれていた時代、魔動機の戦士系の上位機を鎧闘機、魔法使い系の上位機を咒詠機と呼ばれる機体種別が存在した。戦士系と言うのは、操縦者の剣技などを増大させる機能を持つ、操縦士の肉体的な能力や技術を拡大することを主眼とした機体で、魔法使い系と言うのは、操縦者の扱う魔法などを増幅させる機能に特化した機体だ。

 因みに龍鎧機は鎧闘機の中の最上位機という扱いになる。

 それら咒詠機との戦闘を想定しないとは、国防を放棄しているように思えてならない。

 スティルのような、生まれついて異常な魔力を内包する魔人は別格としても、それに準ずる程度、もしくは常人を凌駕する程度の魔力を持って生まれる子供もいるだろうに。ユイゼ教の神官のように、未だに神聖魔法を失伝せずに保持している勢力もある。


――ああそうだ。あのエルフのように亜人の中には残っているんだよな。


 炉心が損傷し、フィルドリアによる防御膜を失い、動きが鈍くなった『ゴード』の心臓部に、吸血鬼に白木の杭を打ち込むように、短槍を突き刺していく。そこは魔道炉を始め、MP変換器コンバータ、演算装置、操縦席など破壊されれば致命的な部位が多く詰まっているのだ。そのどれかが稼働できない程度の損傷を負えばMSSは無力化できる。

 狙って操縦士を殺す必要はないが、五体満足で保護してやる義理もない。その辺りの加減は、持ち前の運が左右するだろう。

 作業を淡々と熟しゴードを三機ほど無力化する。

 これで、咆哮により動きの鈍った敵機は全滅だ。次は活きの良いのが来る。

 出会い頭に半壊した盾をぶつける様に投げ捨て、振り払おうとした隙に、抜き放っておいた単槍を投擲する。ゴードの胴体に命中するが浅い。


――だが十分だ。


 盾を払い除け、単槍を受けた衝撃に体勢を崩す。その隙を逃さず、シーゼルの推進器に沿うように固定されていた二本の魔剣を抜き放つ。以前スティルが自分の魔剣を触媒にして、シーゼル用に作り出した仄かに輝く刀身を持つ魔剣だ。

 青い刀身を抜き放ちながら、大上段から叩き付ける。

 刀身はゴードの肩口から腰までを切り裂き、余計な負荷が掛かったのか、ガラスでも割れる様にパリンと砕けた。


――しまった。触媒の魔剣が無いんで、スカスカになってる。


 魔力を凝縮し、仮想の物質としていた物が砕け、形を維持できなくなり元の魔力に還元されていく。

 それを好機と見た敵機が突撃小銃の射線を集中させてきた。シーゼルのフィルドリアで停弾させたが、何せ数が多い。処理能力を超えられ、増加装甲にその牙が届く。

 咄嗟に身を護るため、赤い刀身の魔剣の腹で銃弾を受け止めてしまい、そのまま魔剣を打ち砕かれた。


――くそったれ! 元になる触媒が無いとこんなにも脆いのか!


 述懐する間を惜しみ、追加装甲が停弾してくれている内に、フィルドリアの展開を元に戻す。瞬く間に跳弾が増え、舗装されていた地面が耕され、辺りに土煙が立ち込めて行く。

 唾を吐きかけてやろうかと言う気持ちになったが、それでは元の木阿弥で意味がない。


――拙いな。今ので追加装備の殆どが駄目になった。


 残っている武装は、固定武装扱いであるフローゼントガンやフローゼントサーベルと言ったものだ。ガンは流れ弾による街への被害が怖いし、サーベルは使いにくい武装と言う認識になったため、出来れば最終手段にしたい。

 ショックロアは正直に使うことが躊躇われる。使えばほぼ確実に操縦者の命を奪うからだ。


――ああ、武器は今、手に持っているじゃないか。


 刀身を半ば失ったとは言え、剣は剣だ。それに今ならばできそうな気がするのだ。

 そこへ、更に所属不明の機体が一機乱入してきた。全身に紫水晶でできた亀の甲羅を纏った、重MSS。それが巨大な戦槌を振りかぶり空から降ってくる。


「くたばれえぇぇぇっ!」


 少女の声が聞こえたが、とても神官が口にして良い台詞ではないように思えた。

 着地のタイミングに合わせ戦槌を振り下ろし、直撃を受けたゴードは頭部を圧潰させ、衝撃に耐えきれなかった膝と股関節が吹き飛び、胴体の半分が地面に埋まる。その両腕は反動で天を仰ぐような位置で止まった。

 完全に破壊されたゴードから戦槌を抜き取り、至龍王との間にその身体を滑り込ませる。


「ヤマト様。助太刀に参上しました」

「助かる。もう追加装甲が持たない所だった。デリアーナ、少し時間を稼いでくれるか?」

「承知しました」


 デリアーナの駆る聖鎧機レスピーギ・デバイオは至龍王と比べ、随分と肩幅が広い。その上重装甲であることも相まって、横幅だけなら倍はありそうだった。全身を包む装甲も、亀の甲羅のようなと言ったが、三角座をすれば巨大な紫水晶の結晶に見えるかもしれない。


「では、あなた方の蛮行。敬虔なるユイゼの徒に仇成す暴挙、一信徒として看過できません。懺悔し赦しを請うなら機体から降りなさい、さもなくば地獄で後悔して頂きます」


 戦槌をくるりと回し構え直しつつ、デリアーナはオープン回線で見栄を切る。

 投降するならば良し、でなければ神敵として討ち滅ぼすと宣言した。機体に施されたユイゼ教の紋章が、信徒の代弁者であると宣言することこそが重要だと考えていた。

 ユイゼ教は帝国の国教でもあり、帝国人の九割以上が信徒なのだ。信仰することで倫理を学ぶ彼らにとって、己の存在理由にすら懸念を抱かせる。それでも敵として相対しているのだ。攻撃の手は緩められなかったが、レスピーギ・デバイオの厚い装甲とフィルドリアの防御膜により無効化に成功する。

 相対する敵の数を一度は二機にまで減らしたが、もう一小隊が合流を果たし二対六という圧倒的な数で、行動を封じられる。

 敵の行動に制限がかけられないのは別に構わない、デリアーナもこの程度のことで降伏するとは思っていない。数で圧倒している以上、負けるとは思っていないだろう。だが本来の目的は別にある。

 龍の咆哮により、勇気を後押しされた帝国民たちが、戦禍から逃れる様にと移動を開始している様が見える。ユイゼ教は民を見捨てないことを伝え、そして民に負わされた苦難の代償を支払わせるのが目的だ。

 デバイオの登場で敵の意識がより集中したことを感じる。それは帝国民の避難への一助となる。恰好の的になることが、民を守ることに繋がると、ここで引くべきではないと己に言い聞かせる。

 敵機に投降の気配はない。むしろデリアーナの挑発に乗り、火線の激しさが増したほどだ。だが、防御に専念したデバイオのフィルドリアを穿つには、ゴードの出力不足。ただの火砲を用いるのであれば、大口径か高速弾を用いなければならない。

 大和はデリアーナが稼ぎ出してくれている時間を持って、新しい武器を用意することに専念する。

 もともと青と赤の魔剣は至龍王の装備スタグリップと言うものを核とした、仮想の武装だ。

 そして、触媒が機内に無いことからその性能が完全に発揮できないと言うのであるのなら、機内に有るものを触媒に作り直せばいい。


「流水の魔剣アルネスと埋火の魔剣シャリエルを解除解凍」


 大和の声に、手にしていた折れた魔剣が、魔剣を構成していた部位が崩落し、元の魔力へ還元されていく。


『スタグリップ初期化完了』


 シーゼルの声が聞こえた。大和は改めて、少し冷静になり、感情のまま行動していた数瞬前を恥じる。

両の手に持った柄を繋ぎ合わせ、強くイメージし念じる。


「刀を触媒に、拡張凝結し現世に顕現せよ!」


 本来ならば、内包する魔力の総量で劣り、その扱いにも不慣れな大和では武装の顕現は不可能だ。だが、今回は好条件が揃っていたお陰で、それを可能な水準に押し上げられていた。

 砕けた刀身や、崩落した部品が魔力に還元され、再びそれを掻き集めて刀の形に作り直して行く。

 ここで言う“刀”は上野悦子から与えられた物であり、現物が大和の腰に佩かれていると言う点。

 本来はMSS用の実剣の試作品であり“魔剣”の類ではなく、ただの鉄剣で、剣としての価値は魔剣に比べれば格段に劣る物であると言う点。

 MSS用と同じ材質を用いて刀身が生み出されている点。

 二本分の魔剣を顕現させた魔力を再利用することで、一本を顕現させられると言う点。

 何より、シーゼルとの同期が好調で、何となくできると直感していた点が、大和にその行為を行わせた。

 スタグリップの接合部に鍔が形成され、右手の中で柄が、左手の中で鞘が形作られていく。意匠やその材質はMSS用と言うか、シーゼル様に変更されているが大凡そのままの姿で顕現を完了した。

 左腰の武装懸架器ウェポン・ラッチが展開し、そこに鞘を固定すると、腰を落とし構える。

 左の親指で弾きように鯉口を斬ると、その隙間から煌くような鋼色の真新しい刀身が姿を現した。改めて右手を柄に添え、刀身の感触を確かめる。


 行ける。

 これなら、敵を斬れる。


 そう確信し、デリアーナが受け止めてくれている敵の砲火の僅かな隙を伺い、爆発するような初速で飛び出す。

 抜刀しつつすれ違いざまに横薙ぎの一閃。その次の敵には、手首を反し、左手で引っ手繰るように柄を取り縦に斬りつける。即座に右手を添え直して別の敵を薙ぎ、接地した足でバックステップを踏み、追撃でもう一閃を加える。

 左手で柄頭を握り込み、右肩に担ぐように構え、右手は下から柄を支える。潜り込むような前傾姿勢のまま足を踏み出して、懐に飛び込みつつ、全身のばねを使い満身の力を持って振り下ろす。

 右手で鞘を引き抜き、鐺で敵機の頭を突き潰す。

 最初の胴を薙がれた機体の上半身が崩れた時には、五機ものゴードが斬り捨てられていた。

 やはり実体剣は良い。速ければ速いだけ、鋭さを増し切り伏せられる。


「あんたが隊長機だろ? どうした? 降伏するか?」


 降伏するのであれば、怪我をさせる危険を冒してまで、MSSを無力化する必要はないと思ったので、強制的にMSSの通信を繋げて軽く降伏を促してみるが、返ってきたのは驚愕に怯んだ声だった。


『馬鹿な!? 一瞬で小隊が全滅だと?』


 現状に戸惑い、悪足掻きを企む気配を感じたので、容赦なくその胴に刀を突き立て無力化する。


「見え見えだぞ?」


 突き刺さった刀身で抉り、操縦席の内壁を斬り飛ばすように振り抜き、悪足掻きすら斬り捨てる。怯んでなお生き汚辺りは賞賛すべきかもしれないが、取り敢えずそんなものは邪魔だ。

 これで帝都に侵入したMSSを十二機、大体七割方を撃墜したが、残りの四機は引き気配もなくこちらを迎撃しようとして向かって来ている。

 これだけの力を見せたのに、まだ万が一にも勝ち目を拾えると思っているのだろうか。それとも、決死の覚悟で挑んでいるのか。残りの四機は別に上位の機体であると言う情報はない。今まで倒した機体と同じ機種の“ゴード”だ。

 操縦士の腕が飛び抜けて良いと言う事もなさそうだ。


「こちらが疲弊していると踏んでの波状攻撃でしょう。油断していると足元を掬われますよ」


 休む間もない波状攻撃で、操縦士の体力と精神力を削り切る作戦なのだろうか。確かにそれならば、どんなに強い機体でも倒せる目が出てくる。もっとも味方の犠牲は半端な量では済まないだろうが。

 それにしても、こうも簡単にゴードを撃墜できたのは、元々配備されていた帝都守備隊が微動だにしないお陰だ。彼らまで敵に回るのであれば、もっと苦戦していただろうし、街への被害も拡大していただろう。

 保身のためにシーゼルの武装を惜しみなく使えば、街の一区画や二区画くらいは廃墟になっていたはずだ。


「分かってるさ。さっくり倒してスティルの回収に・・・」


 デリアーナの注進に耳を傾け、その上で本来の目的を果たそうと思ったのだが、どうもスティルの現在位置を示すマーカーが移動しているようだ。行先は皇城の内部。


――移動している・・・? 誰かに連れまわされてるのか? それとも・・・。


「すまん。スティルのマーカーが移動している。このままだと、回収できない場所に入られてしまうかもしれん、先に回収する。デリアーナ、この場を任せられるか?」

「承知しました。ヤマト様ご武運を」


 デリアーナに残りのゴードの相手を任せ、シーゼルをスティルの元へと向かわせる。急げばデバイオとゴードが接敵する前に帰れるかも知れない。


「あんまりちょろちょろしないでくれよ」


 スティルは皇城の外縁部の、客室が立ち並ぶ区画に入って行ったようだ。

 後ろから追って行ったのでは、面倒だと思い先回りを選択する。シーゼルを皇城内に着地させると、皇城の見取り図で位置を確認し、都合よい場所へ抜き手を突き立てた。外壁を突き崩し、けたたましく警報が鳴るがお構いなく侵入経路を確保する。

 騎士服のポケットに、アベイに取り戻してもらった拳銃と弾倉を乱暴に捩じ込むと、最早相棒と言って良い程になった刀を引っ掴み、操縦席から這い出す。

 気を引き締め直し、突き立てられたシーゼルの腕を伝い、皇城へ突入した。


「スティル、今行くから、待ってろよ」


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