第110話 望む力
思い出したかのように出てくるロボット成分。
やはりロボット物で、主人公を軍属ないしその力を自在に使える立場じゃないと、出番が減る一方ですね。
その日の午後、アインラオ帝国は異様な喧騒に包まれた。
帝都の有る皇帝直轄領に隣接するゴルティアス公爵領から、中隊規模のMSSが出現したからだ。未登録機であったが所属は第一皇子の近衛隊であると嘯く。
ゴルティアス公爵は、ナザルドルーク第一皇子の後援貴族であり懇意の仲であったので、その背後関係に疑いは余りない。また公爵領には大規模な兵器工廠が存在し、現行の主力MSSであるユーケイヌや、その海外輸出モデルであるユーケェンの生産を行っていた。その生産ラインの内の一つで非公式な最高級改造機や、新型機を極秘生産していたとしても、何ら不思議ではない。
その機体は、現行のユーケイヌと比べて、若干細身になり軽量化が進んでいるように思われた。これだけで同程度の骨格強度と装甲性能と仮定しても機動力で優位に立てる。もしくは、武装をより大型の強力な物に換装したり、既存武装でも予備弾薬を余分に持てたりするだけで、十分な性能向上と言えるだろう。
軽量化の恩恵はそれだけではない。ジャンプジェット等の燃焼ガスを放出することによる跳躍の効率化。各関節軸の摩耗の低減。消費電力の低下と枚挙に暇がない。
何より最も小型化、高性能化が進んだのが電子装備だ。
所謂レーダーや光学センサーの性能が向上し、有効半径はユーケイヌの倍近い数字を叩き出した。この数値はカタログスペック故に実際の戦闘ではもっと差が縮まると思われるが、それでも敵の有効射程の外から攻撃できると言うだけで、一方的な戦争に持ち込むことも不可能ではないのだ。
第一皇子の近衛隊に属していると言われれば、街の防衛部隊も手出しが出来ず、その歩みを静観する。
その機体は悠々と帝都に侵入し、皇城や葬儀場まで訪れた。
人々は畏怖の視線で見上げ、その神の使いのような力が自分たちに振るわれない事を、心から願った。
まるで幻想的な絵画のように美しい、天然の芸術品と呼べるほどの澄み切った湖に、櫂を突き立て湖底の泥を巻き上げるような暴挙。己の存在を知らしめるためだけに、あるべきものを壊す傲慢さが滲み出ていた。
帝都の人々は今までの日常を破壊され、恐怖と憤怒を持ってその機影を仰ぎ見ていた。
鎧戸を閉め家に引き籠る者、取り敢えず警察に通報する者、野次馬としてその姿を見に外へ出てくる者、騒然とした街の雰囲気にこれ幸いと窃盗を働く者、異常事態は自分の日常とは関係の無い物だと現実から目を背ける者と、様々な反応を示し、混沌とした混乱は拡大していった。
野次馬根性を刺激され宿舎から出て、込み上げる不快感を隠そうともせずに、大和はその異様を見上げる。
「一体、何が起こってるんだ?」
その余りの異常事態にそう溢した。ブカバルグ街の時のように、飛竜種のような物でも大挙して襲ってくるのだろうか?
「ヤマト様! ご無事で?」
混乱する群衆の洪水に紛れ、呆然とそれを見上げて居た所をデリアーナに発見された。向こうが見つけてくれたことは運が良かった。大和の身長では群衆の平均身長よりも低いので、人混みに紛れ見通すことは難しい。
「デリアーナ。・・・ん? ステラは?」
「ステラ様がお戻りになっておりません!」
「なに? そう言えばアベイさんも居ないな。何か拙いことになってるんじゃないのか?」
そもそも、このような催しは企画されていないはずだ。もしも驚かせることが目的であったとしても、これはお遊びでは通用しない。お遊びで済ます気が無いと考えるしかないのだろう。
――やはり、飛竜種のような襲撃があるのか? 拙いな対抗手段を講じないと・・・。
しかし、どの道情報が足りない。正確な情報無くして、下手に動くのは得策ではない。
「ユーケイヌじゃないな・・・」
大和の見覚えのある機体はそんなに種類がないため、比較対象すら事欠く始末だ。
何となくヨラージハ国の新型MSSに似通っている部分があるように見える。だがこれは元となる機体が同じで、性能向上の目指した先が同じであれば似てくるのは仕方がないのかもしれない。
だが一番近いイメージは、帝国軍主力MSSユーケイヌに、魔王機関の試作MSS黒騎士で味付けしたと言う感想が一番しっくりくる。二機の合いの子と言うよりは、ユーケイヌの味が濃い。
「私も見たことがありません。恐らく新型機かと・・・」
デリアーナはその職務上、各国で製造されたMSSの詳細は一通り抑えてあったが、その知識の外にある機体だった。既存の機体を徹底改修した改良・改造機の可能性もあるが、新たに世に出たと言う意味では新型機と言っても差し支えはないだろう。
MSS武装は一般的に見える盾と小銃に、接近戦用の小振りの実剣だ。どう見ても飛竜種を迎撃するための対空装備ではないし、127ミリ突撃砲のような口径の大きな火砲もない。と成れば、想定されている目標は、標準的。つまりは一般的な主力MSSを敵と想定していることになる。
――害獣対策ではないと言う事か・・・まさか、クーデターとかやらかす気か?
皇帝が暗殺され、誰が後を継ぐかで揉めている事は知っていた。この騒ぎは軍部が一枚噛んでいるような演習には見えない。国民に対し避難誘導や、厳戒令と言ったものの公布がされていないからだ。
となると次期皇帝の座を争っている誰かの仕業ではないだろうか。第一皇子や第三皇子の手の者であ可能性はかなり高い。恐らく負けそうになった方の勢力が、結果を覆すために暴力に訴えたと言う事か?
「デリアーナ、ここいらで一番安全そうな場所は?」
「ユイゼ教の教会でしょうか?」
神前である心の安寧と、独自規格の地下避難所が存在するため、比較的安全である筈と信仰している。
「取り敢えずデリアーナはそこに避難してくれ」
しかし! と反論を挟もうと声を上げるが、それを無視して大和は告げる。
「あんなもの相手に生身じゃどうにもならん」
生身で喧嘩を売った人間が何を言うかと、デリアーナは怒気を強めるが、大和の深刻な横顔に、だからこそ危険性を肌で感じているのだろうと飲み込む。
「それにユイゼ教なら独自の情報網を持っているだろ? そこから、出来るだけ情報を集めて欲しい。こんな状況じゃ目隠しされているのと変わらない」
今こうして街に恐怖を振りまいている者が、味方なのか敵なのか、それすら分からないのだ。飛竜種のような害獣の襲撃に備え、国民に子細を報せる間すら惜しみ緊急展開した味方なのか、破れそうになった皇太子レースをひっくり返すため国民を人質にするぐらいの勢いで暴挙に出た敵なのか。
今はただ、ステラが心配だ。
その身の安全だけは何としても確保しなければならない。やられっ放しが我慢ならず、ちょっとした意趣返しで溜飲を下げたのだ。命を狙われるなんてことが起きないようにネタバラシの準備もした。
守るべきものが身一つしかないのが強みだったのだ。ステラさえ守れればこちらの思惑は完遂できる。
「分かりました。では一緒に避難いたしましょう」
「いや、悪いが一人で頼む。俺はネタバラシの小道具を取りに行く。そいでステラを回収した後、教会へ向かうからその時に聞かせて欲しい」
大和に命じられ、一瞬だけ不満そうな顔をデリアーナは浮かべたが、直ぐにそれを打ち消して頭を垂れた。
「承知いたしました。ご武運を」
大和はデリアーナと別れて、全速力で走り出した。
濁流のような人混みの中を縫うように擦り抜けて行く。幸いにもその行動を誰にも見咎められずに、目的地に到着することが出来た。途中何度も人にぶつかり、急いでいる余り謝罪の言葉を掛けるだけで駆け抜けてきてしまった。転んで怪我をしている人が居なければいいが。
肩で荒々しくゼーハーと苦しそうに呼吸をする。咽喉が乾燥し、かさついた熱を持って痛い。全身から汗が吹き出し、膝が若干笑い気味だ。
――今咳込んだら、血を吐きそうだ。
宿舎の前から、ここまでの距離を走り切ったタイムでは、恐らく自己新記録が出ただろう。それぐらい後先考えずに、ただ早く着く事のみを考えていた。
そこは、大型の運搬車両の駐車場だった。
ただ一般人の使用はできない、軍直轄の特別な管理地だ。城壁のような堅牢な壁で、庶民の世界とは遮られている。
「そこの・・・騎士? の少年。止まれ」
人間用の入場門を守護する衛兵に止められる。
「ここがどんな場所かは、今更いう必要もないと思うが・・・」
騎士の平服を着ていたので、一般市民が間違ってきたと言う事ではないだろうと判断され、常套句である警告は省略された。
大和は喋るのも億劫になり、身分証を取り出して衛兵に見せた。騎士ヤマト・ダン・ケイペンドに叙勲された時に貰った物と、ヤマト・シャグ・ヅィスボバルトと言う子爵位に叙位された時に貰った物だ。
あとはアベイが手配してこの駐車場に止めてある車両の駐車証明書。
流石にこれだけの確固たる身分証を見せれば通してくれると思ったのだが。
「これは子爵様。すみませんが、今は誰も入れるなと命を受けております。お通しすることはできません」
「ゼ―・・・通せ・・・ハー・・・急い・・・で、いる」
ここに用意してあるはずの小道具を回収して、ステラをどうにか探し出す。
それさえできれば、後は害獣討伐だろうとクーデターだろうと好きにやってくれて構わない。だから、通さないのであれば暴力で押し通ることも辞さないつもりだった。
「上からの命令なので・・・無体をするのであれば、射殺の許可も出ております。たとえそれが貴族様であっても、です」
大和の左手が帯刀している刀の鞘に触れると、衛兵は下げていた短機関銃を構えた。
二人組が基本なのか、もう一人も射線を交差させるような位置取りを行う。外からでは分かり難くされた狭間の奥からも、刺すような視線を感じた。
――流石にこの状態じゃ、勝ち目はないか・・・。
膝は半笑い。咽喉が痛く、裂帛の気合いを入れるどころか、まともに喋ることすらできない。呼吸も整っていない。
呼吸を整えながら勝機を伺うが、辺りの殺気の濃度だけが上がり、隙は出来ない。流石によく訓練されている帝国兵だ。
「貴方は召喚勇者でありながら子爵に成ったって噂の人だろ? 頼むよ。俺たちだって貴方を撃ちたくないんだ。帝国の恩人であり、俺たちの英雄でもあるんだ。頼むから撃たせないでくれ!」
もう一人の衛兵も苦しそうな声で訴えかけて来た。
職務と憧憬に板挟みになった苦悩を浮かべた衛兵の口から、懇願が零れる。
「ブカバルグ街だって貴方が協力して守ってくれたらしいじゃないか・・・、あそこは俺の生まれ故郷なんだ。御袋だっている、御袋も守って貰ったんだ。その恩人を撃つような事をさせないでくれ」
――やられた・・・その文句は・・・卑怯だろ。
心の中でそう罵倒するが、大和の練り上げていた殺気が、その制御を外れ霧散しだす。
情に訴えられると弱い。
元々、殺さねばならないほど憎んだ相手でもないのだ。
――ステラと・・・スティルの命とどっちが大事だ! 邪魔する奴は斬って捨てるって決めてたじゃないか!
胸中で己に檄を飛ばす。
敵あれば斬る。その教えの下、再び殺気を練り直そうとする。
しかし、眼前の衛兵は敵ではないのだ。
敵でないのであれば斬れない。
――くそ・・・スティル、スティル・・・。
こうやって問答している時間も惜しいと言うのに、今この瞬間にすら凶刃が煌いているかもしれないと言うのに。
大和は奥歯を噛み締め、我を通しきれない自分を、助けに行けない自分を呪った。このような巡り合わせをした運命を呪わずにはいられなかった。
ただそれでも諦め切れず、通せと、繰り返すことしかできなかった。
デリアーナは、特に障害もなく教会に辿り着いた。
着けられてはいた様だが、一々撒く気にもならなかった。別に悪いことはしていない。神官が己の対応力を上回る事態に遭遇し、教会に助力を乞いに駆ける事の何所にも不自然さはないからだ。
ほどなくしてレイザーボルン大聖堂に辿り着くと、そこは主に救いを求める人が詰め寄っていた。そんな敬虔な信者の、主に縋るしかできない、力の無い者たちの大半は、現役を引退した老人たちばかりだ。
街中を武装したMSSが闊歩していれば、不安を駆られると言うものだ。まして前大戦、終末戦争を体験した世代からすれば、当時の恐怖が湧き上がっても誰も咎めることはできない。
唐突なデリアーナ、神官戦士の登場に、黙々と祈りを捧げていた信徒たちは色めき立つ。この不安を払う剣を持つ戦士の登場とでも思い描いたのだろう。
――ですが、私にはそれだけの力はありません。
悔いるように目を伏せる。
縋り、手を差し伸べる、救いを求める信者の話を聞く時間すら今の自分にはない。
「すみません。台下に急ぎお話があるのです。すみません、通して下さい」
その手に法衣の裾を掴まれないように身を躱す。それが、神官としての自分を傷付ける行為になっていたが、心に喝を入れ前に進む。ここで話を聞くのも神官の務めだが、今はその時ではない。この敬虔な信者たちを確実に守るためにも、情報が必要なのだ。
その為には自身の上司であるカヴァラーリ大司教に会わなければならない。
デリアーナは己の弱さを、ここまで痛感した日はなかった。
命を賭して守ったイノンドのような強さは自分にはない。恐らく普通に戦闘しても勝ちを拾うことは難しいだろう。その父親であるアベイに至ってはもっと差があった。その経験の豊富さに打ち立てられた老獪さに勝てる気がしない。
スティルとも大きく水を開けられている。極限られた戦況に持ち込めばあるいはと言う希望が僅かに持てる程度。天然の天才、流石魔人。その差は遥か遠くの頂に有る。
主である大和とは比べる意味が存在しないほど、その実力差は横たわっていた。その隔たりは、眼前に立ち塞がる壁と言うよりは、大きく口を開けた奈落だった。底も見えず、越えようと言う気概すら飲み込んでいく。
どうにか一般信者の立ち入れない区画へ駆け込むと、一度深呼吸をして再びしっかりとした足取りで歩き出した。
「台下!」
「これ、はしたない。いかな神官戦士とは言え、年頃の淑女の言葉ではないな」
数日前に世話になったばかりだが、それを恥じている場合ではない。
「状況はどうなっているのでしょうか? あのMSSは一体?」
「何を焦って居る? 己の力不足がそこまで冷静な判断を奪っておるのか? まあ、何にしろ丁度良い頃合いだ。狙ったかのような。これも主のお導きであろう」
「焦りもします! 一大事ですよ?」
飽くまで己のペースを崩さない大司教に苛立ちを覚えるが、当の本人はそんな事気にした風もない。
「状況は精査中だ。直に確定情報が上がってくる。それまで待て」
デリアーナの勢いを押し留め、言って聞かせる。もしこれでも押し留められないようであれば、戦場の駒としては欠陥を抱えた失敗作と断ずるところだった。
心を落ち着け、大司教の言葉を反復する。今は待つ時だ。
デリアーナの期待通りの反応に、教育者として満足げな笑みを浮かべる。
その顔は好きだった。巌のような戦士然とした凶暴な顔を、無理矢理好々爺のように歪めた、見る人にとっては薄気味の悪い笑みだが、デリアーナにとっては、師の出した課題を合格した時に見せる顔だったからだ。
結果を評価される喜ばしい笑顔だからだ。
「時にディ・デヴェヌトラよ・・・力が欲しいか?」
だが、次に大司教の口から零れた言葉は、何故か悪魔の囁きのように聞こえた。




