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第10話 皇女の魂胆

 ふと村の、いや男組の雰囲気が変わったような気がした。

 缶詰の腐臭騒ぎも一段落付き、落ち着きを取り戻したはずの男組での出来事だ。

 活気に満ちていると言えば良いのか、殺気が漏れていると言えば良いのか、囃し立てる声と剣呑な怒声が大和の耳にも届く。原因は明らかに三岡だった。

 相変わらずふてぶてしい態度の三岡を、三人の名も知らない召喚勇者が取り囲んでいた。

 三岡はカジュアルな普段着に聖剣アクスザウパーを腰に差し、適当な長さの枝をくるくると玩び明らかに挑発しているのが伺える。

 相対する三人は、年のころは二十から三十くらいの青年であるが、正直“勇者”とは言い難い見てくれで、“盗賊”と名乗った方が相応しく感じる外見だった。三人も腰には自分たちの魔剣なのかそれなりの剣を下げ、しきりに触れることで苛立つような金属音を立てる。

 組長の源田は少し離れた場所で心労によるのか項垂れているが、二日酔いに苦しんでいるようにも見えた。

 端的に言えば、世間を知らないバカな少年と、世間を知って悲観し屈折した青年の対決だった。


「彼も懲りないね。大和君は気にならないのかい?」

「はぁ、どうせ年上に生意気なこと言ったんだろ。興味ないつーか、今から荷解きの手伝いあるし関わり合いになりたくない。まぁ大丈夫じゃないのか? 今の三岡なら」


 召喚当初の源田に喧嘩を売った時と違い、女組副長の笹沼に揉まれた今では気構えが違う。当初のようにへらへらとした態度こそ変わらないものの、相手への気の配り方が段違いだった。師が若弟子三人と組み手をするような格の違いを感じるのだ。たった数日でここまで変わってしまうのは、三岡の成長力が凄いのだろう。

 大和は面倒臭いという理由で目も向けないが、逆に宮前は楽しそうにその騒動を見物している。


――見た目に反して、荒事も許容できるタイプか・・・。感覚的には変則な三体一の剣道の試合でも観戦しているようなものなのか。そういう意味でなら、まぁ興味がないわけじゃないが。


「ここじゃ、ほら。娯楽が少ないだろ? テレビもスマホもないし、たまにはショッピングモールとかで買い物したり、小洒落たカフェだらだらとしたいって思わない?」

「いや、全然、全くこれっぽちも。今までとそんなに生活変わってないし、あんまり思わないな。学校行かない代わりに女組で手伝いしてるって感じだし、連休の時の昼間に工場でバイトするような感じかな?」

「えっ? その、大和君は、なんだ、ストイックな生活をしていたんだね・・・。僕も最初はキャンプ気分で楽しめるかもと思ったんだけど、キャンプの醍醐味の自炊がないじゃない? 飯盒でご飯炊いてさ、皆でカレー食べるとか好きなんだけど、ここってそんな環境じゃないでしょ。ご飯はコンビニで売っているようなものばかりだし、大人は皆お酒くらいしか楽しみがないみたいだし」

「鬱憤がたまってるのか・・・、性欲関連は風紀が乱れるということで全面禁止されている訳で、まぁこうなるのか」

「性欲に関しては、大和君は十分に発散してるだろ? いいな~僕も発散したいな~」

「ち、ちがわい! そ、そんなんじゃ、ね、ないって!」


 発散していないというのは嘘じゃない、むしろ溜め込んでいるといった方が正しい。

 そう言えばふと、女組でも莉緒が「人生の相棒が」とか「あたしのサムライイレブンが」とか偶に発作の様に悶絶することがあったことを思い出し、リラックスさせるためにもマッサージをしてあげると喜ぶかなと思う。


――当然こちらはエロ目線で行くがな!


 大和が身支度をしているうちに、動きがあった。騒動の中心にいる四人ともが獲物を構えたのだ。三人は恫喝しつつ、三岡は静かに落ち着いた雰囲気すら纏って、それぞれ自分の持つ魔剣と適当な長さの枝を構える。出立の準備が整い大和が立ち上がるとほぼ同時に、宮前の剣替わりの枝を横凪に腹に叩き込まれて一人が崩れ落ちた。

 激高し罵声が轟くが、さらにもう一撃でもう一人が崩れ落ちる。

 大和が現場に視線を戻した時には、最後の一人が仰向けに倒れる瞬間だった。 三岡の意外ともいえる鮮やかな完勝に、宮前の浮かべた笑みが僅かな狂喜を帯びる。


「ふっ三岡の勝ちだ・・・っておい! 脆すぎだろ! 決着付く前に言いたかったんだが・・・もうちょい粘れよ」

「ははははっ、手厳しいね君は。彼はなにか目覚めてしまったみたいだね、昨日とはまるで別人だよ。ああいう風に変化するのはとても好ましく感じるよね、応援したくなるよ。努力と無関係そうな人が変わるってどういう手品なんだい?」

「女組の副長にたっぷり可愛がられたのは知ってるが、詳しくは本人に聞いてくれ」

「そっか、僕は余り可愛がられたくないかな。女の人って苦手だし・・・って、意外そうな顔しないでくれるかな? 大和君、僕にだって苦手なモノの一つもあるよ」

「エ、ダッテ宮前・サン、アンタ・・・」


 大和は思わず、信じられないモノを見る目を向けてしまう。


――まぁあれで「おっぱい大好きだ~!」とかのたまう性格よりは遥かにましだけどさ・・・。


「大和君はいろいろ僕の秘密を感付いてる気がするけど・・・」

「言いふらしはしない。それは誓える。人間、趣味はいろいろあるからな。ただし俺に害がない限りだ」

「それは助かる。じゃ僕も行ってみようかな」

「増長しないように鼻っ柱を圧し折って磨り潰してやってくれ」

「ははははっ。僕の腕じゃとても無理だね。でも離されたくはないからね、ちょっと揉まれてくるよ!」


 そう宣言して、用意しておいた手頃な枝を掴むと、三岡に向かって歩き出した。


「三岡君! 一手お願いできるかな!」

「いいぜ! ちょっと物足りなかったところだ!」


 そうして向き合い、打ち合う二人の姿を見て羨ましさが込み上げる。

 男組も枝同士でやる剣の実践的な稽古にワッと興奮が湧き上がる。この分ならば、良い見世物になるだろうから、他の者も適度にガス抜きができるかもしれない。

 ああやって剣の研鑚をしている輪の中に自分も入りたいと思ってしまうが、今の大和がそれをやれば「遊んでいる」と取られかねない。仕事をして必要とされる地位を築こうとしている時に、そのような轍は踏めないのだ。

 大和は後ろ髪引かれる思いで、枝同士が激しく打ち合う音を背に受け、男組のキャンプを後にした。





「お待ちください皇女殿下! 召喚勇者を消すなど! 正気ですか!」


 宰相ダグアにより、スティルは退席を阻まれた。軍議は一旦打ち切られ、各員は日常業務へと戻っていこうとした矢先だ。

 今回の会議で得られた情報など精査する必要があり、その他にも属する派閥の意見の取りまとめや、改案・代案等の具申とやらねばならないことは増えている。そこへ、皇女殿下による暴言――いや、かなり乱暴な物言いだ、思わず声を荒げたくなるのも理解できる。理解できるが関わり合いになるのは、まっぴら御免だと足早に退席する。

 己の行動を阻まれることを極度に嫌う性分の皇女を後ろから呼び止めるなど、皇室関係者からすれば愚行の極みであるという共通認識があった。色々と思う所があって政から一歩引いた皇帝陛下はあまり口うるさく言ってはこなくなったが、その寵愛を受ける愛娘の我儘放題の傍若無人ぷりは目に余ることが多い。しかし誰もそのことについて指摘できないでいた。皆、己の身が可愛いのだ。

 傍目にすらみるみると機嫌の悪化が如実に分かる。眉間にしわを作り両眉が痙攣するように震えながら釣り上がる様は、まるで噴火を控えた火山の躍動にすら思えた。

 触らぬ神に祟りなし。諸々がその思いを秘め、まるで潮が引くように退室し姿を消して行く。

 そして最後の一人。室内に残る意思のある者以外が全て出尽くし、最後の一人が、静かに注意を引かぬように扉をそっと閉じる。

 結局、部屋に残ったのは三名。防音がしっかりと施された盗聴が不可能と言われる会議室に、呼び止めた宰相ダグア、呼び止められた第三皇女ステルンべルギア、そしてその父であり皇帝に坐するトーバルトフリート。


「無論正気だよ・・・ルード爺」


 宰相ダグアのファーストネーム、イタンハガルードから取って彼女が着けた彼の愛称だった。

 爆発戦前と思われた怒りは風に溶け、憑き物の落ちたような穏やかな表情になっていた。それはただ単に怒りの先に有った表情なのかもしれない。いや、その口調はかつてダグアが教育係としてスティルを指導していた時と同じものだった。

 そしてダグアは、皇女殿下の普段の気性もこういう場合の人払いを効果的に用いる為の演技であると知っていた。


「召喚勇者を無効化する術の詳細は機密に付き伏せる。まぁこれは分かります・・・が、この高額な予算は一体?」


 スティルはそれだけの予算をよこせと簡単な資料を作り、情報を開示していた。殆どの者は小娘の戯言と本気にはしていない、ただ皇室の意向として記憶に留めておこうという認識だったが、ダグアはもう少し詳しく聞きたくなったのだ。


「買収でもするおつもりか? 勇者が金銭で左右されるとは思いませんが・・・」

「・・・まぁ、ある意味で買収だな。その金額はその予算だ。巧い事やりくりすれば捻出できる額だとは思うが。なに、勇者も所詮は人間に過ぎない、一人でも交渉に応じればそこから済崩しに勇者戦力という牙城を崩し去ってみせる」


 恐らくスティルの考えは、召喚勇者を国賓として迎え入れることであるとダグアは予想した。事実、今までもそうやって国に迎え入れて面倒を見ている召喚勇者はいるのだ。ただし、それなりの功績を上げたものや国益に協力してくれる者に限ってはいるが。

 そして、かつての召喚勇者がそうだったように、召喚勇者が皆戦慣れしている訳ではないはずだ。比較的平和な異世界から訪れる場合が多く、戦に対し忌避したがる傾向もある。帝国が代わりに飛竜種と戦い、安全に保護すると確約すれば取引に応じる召喚勇者も出るだろう。


「しかしですな、この予算を毎年捻出することになりますと、勇者たちが何らかの還元要素を持たねば、税収を上げねばならなくなります。ともすれば経済活動に恒常的な損害が・・・」

「ある程度は覚悟して欲しい。しかし一回限りで終わらせる。ようやく、先生の悲願が叶いそうなのだ」


 ダグアはスティルが先生とまで呼ぶ人物を一人しか知らないが、人違いということはないだろう。確かにあの先生の研究が完成し、運用できるのであればカゾリ村の騒動に加担している勇者の無力化も現実味を帯びてくる。

 後は実験台となる者が用意でき、試験をクリアできればという所であろう。


「なるほど、それは期待できる話ですな。それでは召喚の巫女の処遇について、姫様のお考えをお聞かせ願えますか?」

「攫ってしまえばよい。不可能であるのならば捨て置けばよいし、邪魔ならば排除すればよい」


 言いながら、スティルの表情が曇る。


「私の予想が正しければ、召喚の巫女の身柄などさほど重要な案件ではない。強いて言うなれば世論を納得させるための小道具に過ぎぬ。帝国は温情で召喚の巫女を保護したよというアピール程度の価値しかない」

「召喚の巫女が重要ではないと?」


 今度はダグアが驚きの声を上げる。建前と言うのか第三皇女としての立場でものを話している。曝け出しても構わぬ場ですら、本心を押し殺しているとダグアは感じた。


「お父様、ルード爺。召喚勇者九百名ということがどういうことか、お判りでしょうか?」

「途方もない人数だな。一国とは言わぬが一軍に匹敵する戦力だろうて、昔ならば・・・な。だが戦場の主役がMSSに移り変わった今ではそこまでの脅威とは思えぬ」


 既に古き良き時代と言われる、かつてあった剣と魔法の時代では驚異的な戦力であった。

 今では一般的にMSS一機で歩兵千人と同等の戦力があるとされている。

 カゾリ村はMSSを四機保有しており、現時点での残存勇者は三百名弱であることを見れば、勇者個人の能力をかなり大きく見積もったとしてもMSS四機分相当の戦闘能力が限度であり、合計MSS八機分程度の戦力と概算される。逆に帝国軍のMSS保有数は、全土に散らばって配備されているとはいえ五千機以上保有し運用されており、MSS中隊規模戦力である十六機程度なら容易く集められるのだ。たかが八機分の戦力なら何とか抑え込むことも可能だろう。


「確かに戦力として見た場合はそうですが、今回の質問はそのような意図ではありません。知っておられますか? 召喚の巫女一人が生涯に召喚できる勇者は数名が限度と言われていることを。なのに九百名を超える勇者を召喚しているということは、カゾリ村はその制限を取り払う術を手に入れているということです。そしてその問題の前には、召喚の巫女一人の価値は些末な問題と思われます」

「多人数が召喚できる優秀な巫女だというのではないかね? もしくは召喚の巫女が複数人同時に力を授かったという可能性もあるでしょう。そうすればあの大人数も可能ではないのかね?」

「確かに普通の人ならばそう考えるかもしれません。ですが不可能なのです。通常、召喚の巫女は自分の体を勇者に差し出すことを条件に契約し召喚します。・・・そうですね、悪魔の契約のようなものと考えれば理解しやすいかもしれません。悪魔契約は魂を差し出すことで契約を成立させるので、二体目の悪魔とは契約できません。そうなれば契約が反故になるか、悪魔同士で魂の奪い合いが起きます。勇者もそれと同じなのですよ、召喚の巫女一人が召喚できる勇者は一人。確かに勇者を複数召喚した事例はありますが、その場合は先に召喚された勇者が志半ばで討たれた場合に限っています。故に同時に複数召喚するということはあり得ない。そして召喚の巫女としての才覚が発現することが集中することは、二人三人という数ですら稀なのです。その上でカゾリ村のもともとの人口も数百人程度、半数が女性としてその内の年頃の乙女全員が召喚能力に目覚めたとしても、九百という数を賄えるものではない」


 たった一人でも、勇者ならば国家を転覆させる可能性を秘めている。それを両手の指の数どころか、全員の把握も難しいほどの召喚数だ、何かしらの仕掛けがなければ実現は不可能。もしそうでないのであれば、無尽蔵に召喚が可能なのであれば、今頃は召喚勇者と召喚の巫女たちに世界は牛耳られているはずだからだ。帝国どころか魔王すら勇者に蹂躙されているはずなのだ。


「人為的な方法で、召喚の巫女の力を増幅、もしくは代行する手段を得ていると推察しております。増幅であれば召喚の巫女の価値は高いままですが、代行であれば召喚の巫女の価値は取るに足らないものになる。村の様子を調べた限りでは後者である可能性が高い」


 それはある意味で、状況の悪い推察だ。

 もし召喚の巫女の重要性が高いなら、攫ってしまうか、最悪の手段で暗殺してしまえば召喚勇者を増員する手段は消える。しかし何らかの方法で、召喚の巫女と関係なく勇者を召喚しているというなら、その魔法か儀式かを行使できなくしなければならない。


「ふむ。既に召喚された勇者は買収・籠絡し数を減らす、そして新たに行われる勇者の召喚を阻止することができれば、いずれ召喚勇者は枯渇し、カゾリ村は帝国軍に頼らざるを得なくなるな。恐らくこれが、最も血が流れずに済む手段であろうな」


 ただし帝国の世話になるくらいなら滅びを選ぶなどと言わない前提だが。


「ですので、その勇者召喚の秘密は私の方で探ります」

「ならん! スティルよ、それは皇女たるお前の仕事ではない!」

「ならば皇帝陛下、私以上に魔法に長けた者をお呼び下さい、今すぐに! 作戦の概要を伝えます! 我らとてあまり時間がないのですよ、のんびりと学者に調べさせるわけにもいきますまい」

「カゾリ村の帝国軍駐留を拒絶する要因の一つに召喚勇者の戦闘力というものが上げられる。これがあるが故に、自分たちの身の安全を確保し、さらには支配されたくないと帝国軍を牽制する。そして驕り高ぶれば、帝国に牙を剥き武力衝突に発展する危険性を孕んでいる訳ですね」


 ダグアの分析に皇帝は自分の我を下げた。皇族たる者、国家の安寧の為に命を張らねばならないこともある。


「・・・分かった。この件はお前に一任する」

「ご理解いただきありがとうございます、皇帝陛下」


2016/09/06 誤字修正。

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