第101話 一息
「おや、子爵様も存外やり手でございますな。この分にございますと、領地運営の手腕にも期待が高まりますな」
アルグスと挨拶を交わし、彼が退去した後に家令であるアベイがそんな感想を漏らした。
「ええ素晴らしい交渉にございました」
とステラも極控えめに手を叩き、喜びの声を上げる。
確かに、ふと思い出して聞きたかったことが聞けたことはよい。彼の話を信じるのであれば、クーソン共和国に強襲を仕掛けたヨラージハ国のMSS部隊の操縦士に女性は居なかったということだ。
「ヨラージハ国も嵌められた様子だったしな・・・。操縦席は無事だったように見えたんだがな・・・」
「虜囚になった方の安否は気になりますね・・・。恐らく残念なことに成っているのでしょうけれど、おお主よ、罪無き者にご加護が有らん事を」
大和が撃墜した殿のMSSに乗っていた操縦士は、クーソン共和国に回収されていたが、その本当のところの話は知らされていない。件の操縦士がハイラであると送り付けられたのだ、恐らく本来の操縦士は生きてはいないだろう。
証拠を残さないために、死体なども薬品で処理されている可能性すらある。
「それでも一歩前進できたかな? 巧いことジョリーニアさんと手を取り合えれば、・・・少なくとも外堀の一つは埋められるんじゃないか?」
大和にとって、事件の真相を知り、真犯人を暴くのに国籍は関係ない。そもそも世界籍の違う大和が加担しているのだ、その程度の差異など手を取り合うのに障害にはならない。
「無益な争いを回避する交渉は進めるべきです。主も同胞同士の殺し合いを望まれては居りません」
ユイゼ教において抹殺すべきは人類の敵である。妖魔の類や俗にアンデットモンスターと呼ばれる存在に、魔王崇拝者――正確にはその果てにテロリズムに走った者――やら、融和や迎合を受け入れず共存が不可能である存在を抹殺対象にしているのみだ。異端や、異教の輩にすら理解がない訳ではない。
「やはり天然でしたか・・・」
「なるほど、それはそれで空恐ろしいものを感じますな」
ステラとアベイは何か違う話をしている様子に、疑問符を顔に浮かべる。
「ヨラージハ国の協力は・・・出来るでしょうか」
「ちょっと待て、何の話をしている?」
「子爵様こそ何か勘違いをされておられるのでは?」
さっぱり意味が分からない。
MSSの試合を申し込まれて、それに応えたつもりの大和とデリアーナには二人の言葉が理解しきれなかった。
「そもそもヨラージハ国の命運は風前の灯にございますれば・・・」
アベイが訥々と情勢を語る。
今回の件でアインラオ帝国がヨラージハ国のせいで第三皇女を失った事は事実。それは、責任の一部が有るとアルグスも認めていた。つまり、その制裁を科すことに、他の国も難色を示しにくいのだ。それこそ武力を持って制裁を科しても、止める者が出てこない可能性がある。そして、そうなればヨラージハ国は滅ぶ。
暗に帝国は「服従か死か」の選択肢を迫っている状況だ。
アインラオ帝国は実質クーソン共和国を支配下において、その国威を強めている。今までは小国同士の小競り合いで済んでいたものが変わってしまった。鼠同士の喧嘩のはずが、いつの間にか鼠対猫と言う構図になった。
鼠に勝ち目はほぼない。
帝国に敵国として捕えられれば破滅しかない。
もっとも、完全に服従させて属国にしてしまうとなると話が変わり、周辺国から帝国が槍玉に挙げられる可能性が高いので、適当な不平等条約を課し資金や資源を毟り取る方策を取るだろう。やり過ぎずに、叩かれない線と言うのを探っていくはずだ。
そんな中でのこのこと葬儀に顔を出したのは、敵国認定されないように、仮想敵国のままで居続けるため、形ばかりの友好的な態度だ。責任の一部がある事も認めたのは「服従か死か」を受け入れられないため、大人しく制裁を受け入れるから手心を加えて欲しいと、懇願してきたようなものだ。
そこへ「お前らのせいでMSSを失った」から「代わりの機体を寄越せ」と大和が畳みかけたことに成る。長年の研究と開発の末に出来上がったヨラージハ製の新型MSSの実機を寄越すなら懇願を受け入れてやると、当事者の口から吐かれたのだ。ヨラージハ国としては、国の存亡と新型機の開発データを天秤に掛けさせられて状態だ。
「普通に考えるのであれば飲むしかないでしょうな。国家予算の何割かをつぎ込んだ新型開発計画が御破算に成りますが、国そのものが無くなるよりはマシでしょう」
「いや、マジで待って? 俺そんなこと言ってないよね?」
「子爵様が言っておられずとも、件のジョリーニア氏はそのように受け取ったとお見受けいたしましたわ」
そう言われ、爽やかさすら漂わせていた彼の顔が、一瞬だけ硬直し崩れかかった瞬間が有ったことを思い出した。
「え、あれはそういう意味だったのか? こっちが少し図々しい要求したかなと思ったんだが・・・」
「図々しいのは間違いないでしょうが・・・言葉通りの意味だとは思いませんよ」
「・・・やっちまった・・・のか?」
「いいえ、むしろ良くやってくれたと言う所ですわね」
ヨラージハ製のMSSのデータが手に入るのはとても大きい。外国製の主力兵器の性能を、実機で検証できるのだ、その機密を丸裸にしたようなものである。取り得る戦術の幅や機体の運用方法、構造的な脆弱性や弱点となる部位や攻略方法などのデータが取れれば、結果的にヨラージハ国と戦端を開くことに成っても、未知であると言う圧倒的な優位性を失うことに成る。
それに、もしかしたら帝国よりも進んだシステムや部品を、部分的にでも使っているかもしれない。それをさっくり取り込んでしまえば、一から開発するよりは簡単に戦力を強化できる。
「ですが、本当にそれをしてしまうかは、子爵様の御気持ち次第で宜しいのでは?」
帝国の為になるのであれば、鬼と成って毟り取れと言われるかと構えたが、ステラは強硬な態度を取るようには勧めてこなかった。
「ここで大きく譲歩し恩を売りつけられれば、実機を手に入れるよりも大きな利益を得られるかもしれません」
弱みに付け込んで毟るか、恩を売って友好的な関係になるか、どちらが大きく利益をもたらすか不透明なため、好きな方を選んでよいらしい。
「俺がやりたいようにやっても良いんだな?」
「お好きにどうぞ、願わくば悔いの残らない方を選んで下さいな」
大和は一人で、葬儀の会場内の一角にある談話室に訪れていた。
葬儀に参加した騎士たちが集まり、振る舞いとして出る食事を摂るためだ。軍属ではないが騎士の称号を持つ者は、自発的に参加して自警団のような活動を行っていた。帯剣を許され、会場内をぶらつき何か問題が有れば、関係部署に連絡を取り解決に当たるのだ。
日本の葬式に例えるなら、喪主が帝国で、施設の管理会社が帝国軍とすると、喪主の友人が受付や案内を任されているような物だろうか。
海外から訪れた、身分の高い者の中には、高貴な生まれでない人間とは会話したくないという、身分制度を抉らせてしまった者もおり、主にそう言う客人の応対を期待されていた。
騎士の方も、ここで活躍出来れば喪主である帝国の覚えが良くなり、出世の為の点数稼ぎになるため、それなりに紳士的な応対をする者が多い。むしろ問題を起こせば、一族郎党にも咎が及ぶので普通そんな馬鹿は居ない。
そしてこの談話室は、そんな騎士たちが食事を供する場だ。
大和の目的は、大きく三つあった。
一つは顔を売ること。新興の騎士であり、子爵である大和は顔が売れていないため、それを売り知人を増やすと言う目的だ。今回の嫌がらせ計画にとってさほど重要な事ではないが、こういう顔を売る行為は他の新興の騎士は日常的に行うため、悪目立ちしないために行う必要が有った。
一つは情報収集。誰が明確な嫌がらせ対象者かわからない現状、その情報を仕入れるためだ。
だがこれらは、大和の苦手とする行為だ。
――伊達に、クラスで孤立してねーよ・・・。
そもそも声の掛け方が分からない。お早うと言うには遅すぎる時間だし、こんにちわか? それとも葬儀であるために、この旅は御愁傷さまでしたと言えばいいのか?
――そもそも対話スキルが欠如してるんだよな。今更だけどさ。
思えば、この世界に来て交わした会話の殆どは、相手からの呼びかけに応えていただけだ。相手が何かしらの興味を持ったので、それに対して反応すると言う、非常に楽な応対だった。
――でなきゃそもそも女と会話なんてできねーよな・・・。
スティルにしても、フォノにしてもそうだった。異性に声をかけると言う事に、妙な照れがあるためだ。いや、そもそも誰かほかの人間に話しかけると言う行為自体に照れがある。会話が続かなかったり、そもそも無視されたり、そう言う反応の連想に恐怖を覚え、それを誤魔化すために派手で興味を持ってもらえそうな演技を織り交ぜようとして、それが照れに繋がり二の足を踏む。
談話室を一望し、幾人かが大和に視線を送ってきた。
騎士達は大体数人のグループを作って世間話に興じている。流石に場が場なだけに、談笑と言う雰囲気ではなかったが、活発な意見交換は行われているようだった。
そこかしこから、大和を評する声も微かに届く。無地の盾章など初めて見たとか、何だあの剣は曲がってるぞとか、主に外見からくる嘲りだ。だがこれでハッキリしたこともある。大和の顔が全く知られていないと言うことだ。
――うん。無理だ。あれに話しかけるのは難易度が高い。
そして、グループを作らず一人で居る騎士に視線を移せば、どんよりと暗い雰囲気に沈んでいる物が殆どだった。
うら若い第三皇女の葬儀ともなれば、場に即した態度なのかもしれないが、とても話しかけられる胆力の持ち合わせはなかった。
ボケ倒して、強引に話に繋げると言う荒業も使用できない。場の雰囲気が使用を許さない。
結局、大和は一言も発することなく、入室一分で刀折れ矢尽きた。
大惨敗である。
早々にコミュニケーションを放棄し、最後に一番重要視していたことを遂行する。
単純に腹が減っていたのだ。
――腹が減っては戦が出来ぬ・・・とも言うしな。無理に詰め込む必要はないだろうが、そこそこは食っておかんと。
食事は立食形式で、大皿に盛られた物を小皿に取り分けて頂く。
献立は豪華さを抑えて、取り敢えず精の付きそうなものが多い。煌びやかな絢爛さは不要、武骨な焼いた肉塊や、胸焼け必至な芋と豆と油の料理とか、純粋に疲れた身体に喝を入れるような料理が目立った。
基本的に騎士は立ちっぱなしになるので、帝国からの恩情と言えるだろう。またアベイの話によれば、料理として見るなら軍の食事の方が上等な物であるらしい。昔ながらの戦場の花形が騎士であった頃からの伝統で、焼いただけの肉、吹かしただけの芋、洗って手で千切っただけの葉菜という、雑な調理と暴力的な量が特色であるらしく、腹に詰め込みながら素材の味を楽しむものなのだそうだ。
――座敷で助六って訳にもいかんよな。
内心ぼやきながらも、給仕に適当によそって貰い口へ運ぶ。
葉菜は気にならず、芋も肉も許容範囲内の味だ。ただ胡椒が使われておらず、味付けは少量の塩のみで、複雑なソースの味に慣れ親しんでいる現代っ子な騎士には不評である理由が良く理解できた。大和ですら、一人暮らしの料理で野菜炒めとかを作ってはいたが、味付けは塩胡椒と、中坊の貧乏料理の方がましなレベルだった。
盛大な量が用意されているが、がっつくように食べる騎士は居ない。精々小腹を満たすために口へ運ぶ程度だった。
不意にざわりと談話室の空気が揺らいだ。
それに中てられ、大和も騒ぎの根源を探す。今まで小声で聞こえていた大和・・・と言うよりも噂のヤマト・ダン・ケイペンドに対する酷評や陰口の類も、顔が知られていないせいか噂話程度に留まっていた。それもぴたりと止まったことに、取り皿から顔を上げる。
黙々と食糧を胃袋へ送り込んでいた手を止め、視界に入ってきたのは大和と同じくらいの年の少年騎士だった。
ざんばら髪にバッテン顔、服をだらしなく着崩している以外は特筆すべき点はない、身形服装に関しては。
問題なのはその手に持った皿だ。どう見てもひとりの人間の胃袋に、収まり切らない量の食事を盛っている。それをどっかとテーブルの隅に陣取って置き、一心不乱に食い始めた。
何と言うかもう、貧乏人が取り敢えずある物全てを口に放り込んでいくようだ。周りの騎士たちの評価も「意地汚い、田舎の貧乏騎士が」という侮蔑的な言葉が多かったが、当の本人はそれを気にする様子もなく、そして何より旨そうに食べている姿にどうでも良くなって来たのか、次第に陰口も少しだけ収まって行った。
彼のお陰か、場の雰囲気と言うのは幾らか明るくなったような気がした。
大和は最後に放り込んだ、吹かし芋を嚥下すると、意を決し足を前へ進めた。
結局大和が話しかけた相手は、貧乏騎士と称された少年ではなく、むしろ彼を悪く言っていた青年騎士二人組だ。
パッと見で年上に見えたので、やや下手に出つつ声をかける。
「すみません。やはりああいう食べ方は下品として扱われるものなのでしょうか?」
「ん? ああ、そんなの当り前だろう?」
「何だ? お前も作法を知らない田舎者か?」
流石にイラッとしたが抑える。常識を知らない事は事実なので、その事を指摘されて怒って居ては何の成長も出来ないガキであると、自分で吹聴するような滑稽な行為だ。
「ええ、まあ。最近この世界に来たもので、常識には疎くて・・・、手本になるような方も身近には居なかったもので」
ここまで話を聞いて、そして大和の無地の盾章を見て、なるほどと声を上げる。
「も、もしかして、お前が・・・いや、君が召喚勇者で騎士に叙勲されたと噂の?」
「あ、いや。こちらこそすまない。その君の悪口を肴にしていた」
青年騎士たちが手に持っていた、色の付いた飲み物から酒の匂いを感じ、本当に肴にされていたのだなと思う。
日本のような雨の多い国と違い、土地によっては真水が物凄く高価であると言う。その為、昔から水分を長期間貯蔵する方法の一つとして酒にすると言う手法が取られて来た。騎士の会合では葡萄酒程度は酒に入らないようなものだ、こういう席でも普通に飲む分には何の問題もない。
それよりも、あっさりと二人が謝意を表し、即座に応対を切り替えられる辺り、中々に出来の良い先輩のようだ。
「ところでお二方はこの葬儀について、皇室についてどう思われますか?」
「ん? 直球だな。まあ、なんだもう少し強い皇室だと、変な心配せずに奉公に上がれるかな。皇帝陛下もずっと前から御体の具合がよろしくないとのお噂だし、第一皇子殿下と第二皇子殿下は皇帝陛下のご病気までも受け継いでしまったと言われている。そして極め付けが今回だ。元気で活動的だったとお噂の第三皇女殿下が事故でお亡くなりになられた・・・、残念だ」
「第三皇女殿下は大変お美しい方だったと聞く、帝国にとってこれは甚大な損失だ」
「だな。俺としては皇女殿下が皇帝代行にでも収まって頂けたら最高だったのにな」
「確かに、それは素晴らしい光景が・・・」
「帝国は女皇帝は認めていないのでは?」
「分かっているさ。だから代行で良いんだ、代行とはいえ燃えるだろう? 美しい姫君に仕えるのは騎士の本懐だと思うが?」
「出来の悪い騎士には容赦なく鞭を・・・」
「恩寵には蕩けるような濃厚な飴を・・・」
弁舌に少々熱が入ってきたのか、二人の騎士の理想と言うか、妄想の中の皇室の在り方が、だんだんと脱線をし始めた辺りで、他の騎士が咳払いで自重するようにと注意を促してきた。
「・・・ああ、まあそんなところだ」
注意されてことか、最早叶わぬ夢を語り過ぎたことかを、少し恥ずかしそうにしながら青年騎士は頭を掻いた。
大和は礼を言い頭を下げると、二人の騎士と分かれ、別の騎士へと話を聞きに向かうのだった。




