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第99話 無常識

 大和は、スティルの護衛を買って出てくれた黒堕天の面々に礼を告げ出立の準備を終える。


「まあ、なんだ。お前なら簡単にはやられんだろうが・・・死ぬなよ?」

「ユーデント。なんだかんだで世話に成りっぱなしで、悪い」

「なに、気にするな・・・いや、精々気にしてくれると助かるぜ、龍騎士様よ。俺が危機に陥った時には助けに来てくれよな?」

「ああ、借りは返す。だからユーデントも簡単にくたばるなよ?」


 へっと鼻で笑うと、ユーデント拳を突き出した。速度は有るが殺気は無い。大和もそれに合わせ拳を突き出し、クロスカウンターのような形で腕を絡ませ合い、互いの頬を軽く小突く。


――本当なら俺もついて行きたかったんだがな・・・。


 とユーデントは、胸中で独白する。

 大和は迷いを見せず、踵を返すと至龍王を発進させる。前を、目標をしっかり見定めた、戸惑わぬ動きだ。

 烈風を引きつれ宙に浮くと、音を置き去りにしてほんの数秒で視界から消えてしまう。

 ユーデントは、帝国子爵かつ龍騎士である人間との間に、決して弱くはない友情を感じていた。それ故に、かつてのカゾリ村のように陰から補佐してやりたいと言う気持ちもあった。だが、今の自分は傭兵ではなく、空賊黒堕天の人間だ。下手に付き纏えば、足を引っ張りかねないという懸念が強い。

 それに、今ついて行けばこちらの素性がある程度ばれているのだから、情報が黒堕天や公国へ漏れるのを嫌い、自分の能力を十全に生かせる立ち位置に着かせてもらえないだろう。

 何より姫さんが居る、付いて行けばこの件の情報収集のためであると簡単に露見するだろう。渦中の人物に成っている大和の側に居た方が、中々に面白い事実と言うものを見られるからこそ、情報の価値は有るが危険過ぎる。


――何より、あいつのハーレムを掻き廻す趣味もないしな。


 大和の周りにいる三人の少女の顔を思い浮かべ、ライバルは強そうだと苦笑いを浮かべる。

 ユーデントにとって大和は、見込みのある後輩か、可愛いがっている弟分でしかなく、彼自身はそう言う対象ではなかったが、奴のことを気にしている少女を知っている。残念ながら、今では勝ち目が見いだせないほど遅れを取っていると、ユーデントは評価せざるを得ない。

 ユーデントにとって女性とのお付き合いは、お触りが大丈夫な飲み屋で下品に羽目を外して飲むくらいが丁度良いと感じており、連れ添うとなると面倒が勝った。

 それに、今はもう一つの任務を預かっている身。先日、黒堕天で預かることに成った新入りの教育係だ。

 至龍王の行った空を眺めていると、袖をついついと引っ張られた。

 噂をすれば・・・である。


「あの・・・ユーデントさん」


 鈴の音のような声が心地良い。もともと運動神経の良かった子だ、飲み込むのも早く教官としては些か拍子抜けした所もあった。

 しかし逆を言えば、その程度が出来なければ黒堕天での彼女の居場所は無くなる。それこそ、他の構成員の誰かと恋仲になるならまだ報われるが、男女比率が激しい世界だ、引く手数多に勘違いして情婦のようになってしまう女性を何人も見て来た。

 そうはなって欲しくないし、そうなるくらいなら大和のハーレム要員として送りつけた方が面白そうだ。


――ヤマトの奴がどういう反応するか見ものだしな。安定しかかっているあの男女間の均衡をひっかきまわしてみたいしな。ふふ、これはなかなか面白い賭けに成りそうだ。


「あのー・・・今日のMSSの操縦訓練ですけど」

「そうだな。取り敢えず俺たちがここに留まる理由が無くなったから、このままついでに出ちまおう。確か巡回中の飛空艇が居たよな? よし、それに便乗してアジトへ戻ろう」


 そう言うと、少女は露骨にむくれ顔を晒した。

 この少女はユーデントによく懐いていると言うよりも、黒堕天においてはユーデントにしか懐いていない。それは死に瀕した局面でユーデントが少女を助けたからだ。雛鳥の刷り込のような物で、親代わりにされているのだろう。


「そんなに訓練がしたいのか?」


 まだ鍛え始めて二週間目に入った所だ、いくら伸び代の有る年代だと言っても、急激な成長は望めない。


「だって、そうじゃないと。折角ここでお世話になっているのに、私何もできないまま・・・。恩を返せるくらいに強くしてくれるって言ったじゃないですか!」

「・・・そうだな。そうだったよな、じゃあこうしよう。帰還するにあたっての操縦は任せる。精々墜落しないように飛べよ」

「はい。頑張ります!」


 全く臆さない、元気印の返事に、ユーデントの方が気圧される程だった。

 くるっと背を向けて走り出す。助け出した時は長かった髪も、今は邪魔になると言う理由でバッサリと切ってしまっていた。やはり女性は髪を大切にする生き物だ、下手をすれば男以上に強い執着が有る。


――俺だって禿げるのは嫌だけどな・・・髪の長短にはあまり頓着が無いしな。


 それを一思いに斬り捨てられる気概と言うものに感銘を受けた。本気で強く成ろうと努力をしている、体力造りの一環で課した基礎鍛錬も、当初の半分くらいの時間で熟せるようになってきていた。女性とは言え、まだ成長期だ、ひょっとしたら化けるかもしれないと言う期待が膨らむ。

 しかし、化けてくれないと、大和のハーレムに送り付け起爆剤にするには、あの三人に勝る個性が他に要る。そうでなければ黒堕天としても利益が少ないし、何よりこの子が可哀そうだ。

 ここは心を鬼にしても、地獄の特訓を課してでも、それこそ恨まれてでも、一人前以上に仕立て上げなければならない。


――ああ、やっぱり大和は本物の勇者だわ。あいつの周りに強い奴がどんどん集まる。


 勇者や英雄などと呼ばれる連中は、やたら引きが良いのだ。それが金運だったり籤運だったり。敵味方問わず強い奴が集まるのは定石と言えた。

 自分もその輪に加わりたいと言う欲は有る。その方が面白そうだからだ。勇者の冒険譚に、その末席にでも名前が載るのであれば、男子の本懐とも言えるだろう。だが自分はそれが許されない立場だ。既に忠誠を誓った別の人間がいるのだ、彼女は裏切れない。


――ああそうか。何だ簡単じゃねーか。


 ふと、青天の霹靂のようにある妙案を思い至った。


――姐さんが大和と結婚すれば丸く収まるな。うん、帝国子爵と公国公爵の婚姻だが不可能ではないし、むしろ政略結婚としては妥当かも知れないな・・・。ってやめやめ、下手したら二国を敵に回すお尋ね者だ。


 ユーデントは益体もないと、夢想した未来をかき消し、帰還の準備に入るのだった。





「済まんがヤマト、後席を一人で使わせてもらって良いか?」


 至龍王に搭乗する時に、スティルはそう切り出した。操縦は大和自身がするしかない状況なので、交代要員として控えて貰う必要もなし。まして至龍王の航行速度では、帝国まで大した時間も掛けずに到達できる。


「別にそれは構わないけど、どうかしたのか?」

「皇帝陛下より賜った資料を熟読したいのだ。すまんな」


 そう言われてしまえば、首を縦に振るしかない。はっきり言ってスティルが一番頭が切れるため、彼女が作戦の概要を正確に理解していてくれた方が、何かと都合が良い。

 至龍王の後部座席に潜り込むと、操縦席との間仕切りであるハッチを閉めてしまった。欲を言えば、デリアーナも一緒に後席に行って欲しかったが、少し思いつめた表情をするスティルにそう要求することは憚られた。


「で・・・デリアーナは・・・、何してるんだ?」


 至龍王の足元で、忙しなく身体をプルプルと震わせているデリアーナを不審に思った。若干、瞳孔が開き気味になっている辺りに、狂気を感じ取る。


――なんか面倒臭いことに成ってねーか?


 一瞬、このまま置いて行こうかと言う思考が脳裏を翳めた。


「おお、主よ! まさか至龍王を目の当たりにするだけでなく、搭乗する機会に恵まれるとは、何たる光栄、何たる栄誉! ヤマト様! 嬉しさの余り失禁してしまったらごめんなさい!」

「んなこと大声で言うなぁっ!」

「え!? だって、至龍王ですよ? 至龍王ですよね? 世の中には大金詰んででも本物を拝みたいっていう輩もいるんですよ!? それをこんな間近で見られるだけでなく操縦席に入れて貰えるなんて!」

「・・・そう言うもんなのか? そんな御大層な御利益があんのかね?」


 デリアーナの態度から、これが一般的な――若干激し過ぎるが――反応であるらしいと強引に納得する。大和が至龍王と出会った時には、スティルを始め皆関係者だったから、既にデリアーナのような感動は通り越していたのだろう。


――まあ、博士の話じゃ、好き過ぎて自分の進路に影響したってくらいだからな・・・そんなもんなのかもしれないな。


 大和は、興奮し息が荒くなっているデリアーナを座席の脇のスペースに押し込めると、搭乗口を閉鎖する。

 デリアーナは操縦席にロープをかけ、自分の身体を操縦席内に固定する作業を始めたが、興奮冷めやらぬ上気した顔でやられると、何かマニアックな事をしているような錯覚を大和は感じた。


『操縦座席を定位置で固定・・・搭乗口閉鎖・・・気密の確保・・・循環空調の正常稼働・・・生命維持装置問題なし・・・搭乗者、影崎大和を確認』

「シーゼル。今日は拗ねないでくれよ」

『承服しかねます。私は拗ねたことはありませんよ。機関触媒に接続・・・MPコンバータ起動、出力上昇中・・・相互フィードバック接続状態安定・・・シスト起動・・・フィルドリア通常出力で起動・・・主推進器に点火、出力正常・・・駆動用電磁筋肉通電、正常応答を確認・・・』

「ああ、すごいです、すごいです」

『失禁の可能性のある同伴者はオムツの着用を義務といたします。果たせない場合は速やかな機外退去を命じます』

「こ! 言葉の綾です! 大丈夫です問題ありません!」


 律儀な音声案内に、敬礼を反し返答をするという、傍から見ると滑稽な一面が展開されていた。

 大和は円滑に制御機構を立ち上げると、音声も遮断されている後部座席に機内通信で発信する旨を告げ、至龍王を緩やかに発進させた。以前のような初期加速で気を失うようなへまをせず、スムーズな離陸と加速を行う。


「所でデリアーナもMSSとか詳しい方なのか?」


 至龍王を安定した飛行に移行させた後、大和は藪から棒にそんなことを聞いてみた。大和の持つ“神官戦士”と言うイメージと程遠い反応に興味が湧いたのだ。


「どっちかっていうと、神職なんだからMSSとか否定的なんじゃないのか?」

「何を今更仰いますやら。クロハイ改だって操縦したじゃないですか、もう」

「あーそうだった」


 よくよく考えれば、大和の持つイメージと、デリアーナはかけ離れた存在だった。

 神官であるため刃物を持たないとか、銃器は忌避しているとか、ユイゼ教自体にそんな勝手なイメージを作り、戦士であるから特別に許可されているのだろうかと漠然と想像していた。


「私は戦地に身を置くために洗礼を受けた神官戦士ですよ、戦地で起きうる事態に忌避感を持たないように教育されているんです。確かに長剣や戦槌は儀礼的な意味合いの強い武器ですが、一応これでも銃器の扱いやMSSの操縦訓練も受けているんですからね」


 年頃の娘が、そんな訓練を受けたことを誇らしげに話すことに、大和は違和を覚えた。完全に自分のことを棚上げした感想だったが・・・。


「その割には銃を持ってないじゃん」

「それは持てませんよ。私はヤマト様に仕える神官戦士ですから、ヤマト様から下賜されなければ銃器での武装は許されておりません。皇城に持ち込めなかったのも、持たされなかったのも、保安上の問題であって教義上の問題ではありません」


 要するにアインラオ帝国にとってデリアーナが信用に足るか見定める前に、銃器での武装は許可できなかったのだ。戦闘訓練を受けていない素人でも拳銃を持っていれば、剣で武装しただけの兵隊を倒すことが出来るのだ。銃はそれほど強い武器である。だからこそ、儀礼用と言う隠れ蓑で長剣や戦槌は許可が下りた。

 小銃で武装した護衛兵にかかれば、デリアーナの一人くらい簡単に始末できるからだ。

 そして大和の許可が要ると言うくだりも、造反を防止すると言う意味合いであり、教義上の問題ではない。


「・・・と言う事は、銃器を下賜されない神官戦士って、主人に信用されていないって言われてるようなものなのか?」

「え!? ああ・・・、まあ・・・そうなりますね。って! 別にヤマト様に信頼をされていないとか言っている訳ではないですよ! そもそも銃器を手に入れる機会すら恵まれておりませんし! ヤマト様も武装されていないようですので、それについては不満はないです。・・・本当ですよ?」


 デリアーナは大和が変に勘ぐらないように、必死に弁明するが、その言葉は大和には深く突き刺さっていた。


――皇城で、俺はイノンドさんに拳銃を取り上げられたままだった・・・。


 それがどういう意味なのか、あまり考えたくはない。良く言えば客人であるため武装の必要性が無かったからだが、悪く言えば信用されていなかったと言う事になる。そしてもう一つ、大和自身がどうせ日本に還るのだから要らないと思い、返却を望まなかった。

 だが、現状はそうも言っていられない。

 今から少しは帝国をひっかきまわそうと言うのだ、自衛手段として銃器の準備は必要だろう。


――取り敢えず、アベイさんに相談してみるか。


 調達自体は結局人頼みに成ってしまう所が歯がゆくは有る。どこぞの国のように、そこら辺のホームセンターで物干し竿のように陳列されて売っているのかもしれないが、帝国内の実情を知らないのが響いていると痛感する。


「やっぱり、常識が足りてないな・・・」

「うぐっ! 酷いです」


 主人の自虐的なぼやきに、従卒は愚直に反応した。


「あ、今のは、自分のことだよ・・・うん。こんな常識の無い主人ですまないと思っているよ・・・ほんと御免」


 そしてデリアーナを慰めるための弁解に使った言葉で、かえって自分の傷を抉るのだった。


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