第9話 帝国会議
アインラオ帝国帝都のとある場所にて、国家の重鎮たちが集まっていた。
その部屋は石造りなどではなく、各種用途の複数の素材によって形作られていた。防音機能に独立した空調設備を持っており、核シェルターというほどの強度はないが、通常弾であれば一撃で粉砕するのはほぼ不可能と言われる堅牢さを誇る特殊な部屋だった。
本来なら白っぽい灰色の味気ない趣となる部屋だが、高級な絨毯や方卓を運び込み、古めかしい騎士の鎧や旗なども恭しく掲げられ、貴族の居室のような装飾を施されていた。
集まった面々はそれぞれの組織の代表格の者ばかりであり、部屋の雰囲気に溶け込むような豪奢な衣装を纏っていたが、みな一様に渋い面持ちで緊迫した空気を作り出していた。
その重厚な扉により隔絶された室内に、乱暴にこじ開け進入する少女の姿があった。
「皆、待たせてしまって申し訳ない」
謝罪の言葉こそ口にしているものの、悪びれている様子はなく社交辞令に過ぎなかった。待たされていた重鎮たちは心の中では愚痴の一つも思い浮かべたであろうが、それらを一切表情にすら出さない。そのような暴言を吐けるような者は、この国には一握りの人間だけだ。その少女こそ、この帝国において強権を保有している第三皇女であらせられるからだ。
部屋番をしていた兵士が遅ればせながら来室者の名前を告げる。
「ステルンべルギア・ヘクセリア・クリューネウゲン・シグア・フュルス・ウィンシェル・アインラオ殿下御来室!」
「ふむ。今回は間違えなかったな、よろしい」
満足そうに笑むその顔は、魅せられると同時に背筋に冷たい汗が伝う。整い過ぎているため皇女と言えど人間にしか過ぎないはずの少女の風貌が、この世のものではない魔性の者かもしれないと一兵士に過ぎない彼に畏怖を抱かせてしまう。その美しさのせいか、締め上げられるような痛みを心臓が感じるのだ。
この帝国において皇族の名を読み間違えたり、勝手に略したりすることは不敬ととられ罰せられるという悪法が存在した。過去には皇室女性の下着姿をスクープした新聞社が存在したが、今はもう無い。
彼女が歩くだけで腰まである煌くような黄金の髪が砂のようにさらさらと流れる。服飾は白色を基調とした園遊会にでも出られるような豪奢なドレスだが、一部に武骨な臭いが潜んでいた。
海千山千と言える老獪な男たちでさえ、思わず見惚れてしまいその所作に目を奪われる。
「皇女殿下! いくら御身でも時間は守って頂かなければなりませんぞ! 他の者も決して暇を持て余している訳ではないのですぞ!」
煩悩に塗れた空気を吹き飛ばし、声を荒げて叱責を飛ばすのは、痩せぎすの老骨。宰相の地位にいる老人の言葉に周りの者たちはぎょっとした息を隠せなかった。不敬と判断されればどんな懲罰も科すことができるのだ。
しかし皇女はフンと鼻を鳴らすと、喜色を浮かべる。
「それは賢い判断だイタンハガルード・フィル・ドルネストル・ダグア。長くて覚えにくい私の名前を下手に呼ぶくらいであるならば、“皇女殿下”とはぐらかした呼び名の方が不敬に問われることもないからな。それとも陰で呼んでいる“鋼鉄”というあだ名を使っても構わぬぞ?」
「・・・ご容赦を、ステルンべルギア皇女殿下」
「スティル・・・今日は機嫌がいいのだな? だが、戯れはその辺でやめよ。他の者も困惑しておる」
ステルンべルギアを愛称であるスティルと気安く呼べる人間はそんなに多く存在しない、基本的には親族と僅かな彼女自身が許可した人物だけだ。
スティルは声の主をすぐに見つけると破顔すると、恭しくも子供っぽい仕草で頭を垂れた。
「これは皇帝陛下! 陛下に居られましては本日のお加減が宜しいようで」
皇帝は以前に大病を患い政からは一歩引いた位置に坐すようになっており、このような会議に顔を出すことは極端に減っていた。一般的な家庭の父娘の関係ではないが、皇族にしてはかなり親密な親子関係だといえたので、スティルは年相応の喜びを浮かべる。
「“とーちゃん”と呼んでくれても良いのだぞ?」
「公的な場でそのような呼び方をするほど私は・・・愚かではありません。ダグア殿おふざけが過ぎました謝罪いたしますわ」
「それでは、緊急の軍議を開始する」
皇帝の言葉に、困惑した空気を一掃させ、皆一様に真剣なまなざしを取り戻す。
宰相ダグアも第三皇女が悪ふざけをしていることは看破していたので、わざわざ蒸し返すようなことはせずに無言で流す。彼はその役職の示すように、政から一歩引いた皇帝に代わり国の為に尽力していた。
必要な資料は参加者の手元に配られており、手筈通りに議事を進行していく。
「カゾリ村に出現している飛竜種についての報告と、その対策の立案が急務であります。竜種研究室室長、報告を」
「は。退治された飛竜種の体細胞サンプルを入手し解析した結果をご報告させていただきます。カゾリ村を強襲したのは飛竜種レボルヴルムスでした。まぁMSSの一個小隊もあれば討伐が容易く脅威度自体は低いのですが・・・不可解な点が、本来の生息域はもっと東方になり活動半径の外でありまして、本来ならめったに帝国領内に現れることはないのですが・・・」
飛竜種レボルヴルムスは、大きな個体が二十メートルを超えることのある種で、その能力は時速二百キロメートルで空を飛び、五百度に達する火炎を吐く。鶏を全体的にトカゲっぽく変換して、翼の代わりにコウモリのような皮膜の羽根を付けた姿をしている。知性はなく本能で活動する動物であり、やや大きな体躯を持つ以外飛竜種と言われ思い浮かべられる一般的なイメージの種であった。大型の哺乳動物である馬や牛を好んで食べ、人間も捕食する食性を持つためレボルヴルムは、害獣・外敵とみなされており駆除対象となっている。
「飛竜種にも例外はあるだろう? 気紛れで飛んで来た可能性は? 今まででもそういう事例は稀にあったはずだが?」
「確かに一頭だけであれば、群れから逸れたりして彷徨い人里に下りてきてしまうことはありますが、今回のカゾリ村の事例ではこれは当てはまりません。こちらで把握しているだけで計十三頭もの飛竜種が確認されています」
「・・・多いな。一族で引っ越しでもしたのか?」
「村どころか町が一晩で滅ぶぞ」
「一度にこれだけの飛竜種が移動するなどあり得ません。そもそも本来の生息域から通常の活動半径の三倍もの距離を、しかも山脈を四つ越えなければなりません。もうこれは天変地異でも起こらぬ限りあり得ない距離と頭数です。また移動ルートにもよりますが、少なくとも五か国の国境を越えなければカゾリ村に到達できず、通過する各国の防空機能が全て寝ぼけていたということは考えられません」
竜種は人類にとって脅威であることに変わりはない。それが友好的な種か害獣扱いの違いは関係なく、その移動を察知した場合には国家間での情報共有が国際社会の取り決めとなっている。つまり五か国が揃って飛竜種の移動の痕跡を漏らすことは考えにくい。
「それともう一つ、カゾリ村を襲った理由が全くの不明です。人間を餌として認識しているのであれば、もっと手頃な距離に人口の多い町はたくさんあります。そこを素通りした理由が説明できません」
「素通りだと?」
「はい。いくら飛竜種のレボルヴルムスといえども、休息は必要です。つまりは食事と就寝です。それらの痕跡が――襲撃され食い散らかされた村落や塒に使われた場所の目撃情報も全くありません。たまたま気まぐれでカゾリ村を襲ったとしても、カゾリ村しか襲わなかった点が説明つかないのです」
十頭を超える飛竜種レボルヴルムスが一度に大挙して大移動する。例えば住んでいた巣のある火山が噴火して慌てて逃げてきた、例えば捕食者に強襲され命からがら一家そろって逃げ出してきた、例えば人間の手により巣の近辺が開発され行く当てもなく彷徨っていたなどの理由が考えられないわけではないが、やはりどこか他にも移動の痕跡というものが残るはずなのだ。
「竜と言っても所詮はトカゲ。深く考え合っての行動ではあるまい」
帝国軍を総括する軍人が、軽んじるような言葉を溢す。体格の良い中年の男性で、厚い胸が鍛え上げられた肉体を誇示しており、豪奢な勲章を下げた軍服も良く似合っていた。目付は悪く任務において人殺しも辞さない鋭さが、現場を知る軍人であることを語っていた。実際、レボルヴルムスは竜種の中では下位に属し、竜殺しの箔付けの為の登竜門として扱われているような存在なのだ。軍内部でも“竜殺し”は幾人もおり、彼自身もそうだった。
「ルードリアス元帥!」
「ん? ああ、すまない。言い方が悪かった。飛竜種の意志での行動ではなく、斯様な謀を企てた人間がいるはずだという意味で言いたかったのだ。恐らくは、カゾリ村に恨みのある人間の犯行と考えるのが自然だろうが。・・・飛竜種が自身で飛んで来たというのが不可解であり、目撃情報もなく、その飛行ルートの特定も困難となれば、悪知恵の効く人間の出番だろう。だが、輸送は通常の手段では無理だろうな。陸路は証拠が残りすぎるし、海路は時間がかかりすぎる。空路にしても国境を越えれば、うちのボケナス共でもさすがに気付く。それにカゾリ村の人口を考えれば飛竜種を捕えて運ぶ労力で三回は滅ぼせるだろう、費用対効果の面から見れば旨味は全くないであろうな」
「では元帥ならばどう運びますか?」
「カゾリ村は召喚の巫女を排出した村であろう? それに対して恨みを持つ誰かが召喚したのではないのかという推論だが・・・。カゾリ村の召喚の巫女は異世界から勇者を召喚できるのだ、似たような力あれば遠方から飛竜種を召喚することは不可能ではないと思うのだが・・・、この件については皇女殿下のご意見を頂戴したい」
「たしかに理論的に考えて、労力ははるかに少なくなるはずだが、可能であるかまでは説明できない」
ルードリアスの推論の根拠は隔絶されている異世界から人を呼ぶ労力と比べれば、遥かに楽であろうという程度の認識だ。
スティルの意見を聞いたのは、今ここに集まっている人間の中で一番魔道に通じているのが彼女であるからだ。しかし魔法の技術は年々衰退しており、ルードリアスの推論を裏付けることも否定することもできなかった。
「召喚ではなく卵の段階で運び込んでおいて、カゾリ村の近郊で孵化させるということならば可能ではありませんか?」
「確かに、生きた飛竜種よりは楽に運べるだろうが・・・、親竜は巣から奪われた卵を取り返そうとして暴れるのではないかね? 偶然卵を見つけたという可能性もあるが、この数をそろえるのは無理があると思うぞ」
「MSSの部隊を使って親竜を殺して奪えば被害は少なくて済みます!」
「そのMSS部隊で直接カゾリ村を強襲すれば、その方が早いだろう」
「ですが自分達でやったという証拠を残さずにできるのでは?」
一人の文官が思い付きで意見をぶつけてみるが、ルードリアスは納得しなかった。彼は元帥であり軍隊において最強の機動兵器の一角を担うMSS部隊の精強さを正しく知っている。正規の訓練を積んだ搭乗者が操縦するという前提はあるが、MSSは量産機で普通の部隊に配備されている普通の装備の機体ですら、飛竜種レボルヴルムス以上の戦闘能力を持つ。MSSの方が便利で、コスト的にも安価で済むため、飛竜種をわざわざ使うという利点が理解できないのだ。
「あの」と竜種研究室室長が口をはさみ、横から申し訳ありませんがと遠慮しがちに意見を述べだす。
「上位の竜種ならともかく、下位のレボルヴルムスが孵化してすぐに成体になる訳ではありませんよ。卵から孵せば、猛獣使いの様に言うことを聞かせるのも可能かもしれませんが、育成期間を考えると四・五十年はかかる長期計画になると思われます」
「四・五十年と言えば、もしかしたら戦前のことで資料が残ってないのかもしれませんし、戦後のどさくさで運び込んだ可能性もあるのではないでしょうか!」
「可能性は否定できませんが、個人が飛竜種レボルヴルムスを育成するのはほぼ不可能です。レボルヴルムスを育成するのであれば大規模な育成場所が必要になりますし、飼料などのコストを換算するととても村一つ滅ぼすのにかかる金額としては高すぎると思います。そんな“飛竜種牧場”を経営していたのでは誰がやったなどは一目瞭然かと」
文官は専門家にダメ出しを食らい、ようやく自分の思い付きが的を射てないことを納得して口を閉ざす。
「お騒がせしてすみませんでした。門外漢の方が角度の違う意見に気付けるかもと思ったのですが」
「いいんじゃないですかね。少なくともその線はあり得ないという共有認識ができたと思えば」
論議が収束すると、その反動のせいか今度は意見を言うものがいなくなり、静寂が訪れる。
「これ以上意見が出ないのであれば、襲撃理由につきましては一旦保留ということで・・・」
竜種研究室室長の解析結果を持って、人為的な思惑が潜んでいる可能性が濃くなった。そうなると今度は何故カゾリ村が狙われているかを考えなくてはならないが後回しにする、人命の危険がある以上その排除の方が優先順位は高い。
「では改めてお聞きしたいルードリアス元帥、カゾリ村の防衛についてはどうですかな?」
「はっ! お手上げだ。向こうは完全に帝国軍の駐留を拒んでいやがる。しかしだ、自治権を認めている以上、要請がなければ軍を派遣できない。こんなことになるのならば、最初から自治権など認めるべきではなかったのかもしれんな」
カゾリ村だけが自治権を得ている訳ではなく、併合した小国の半分ほどの土地を自治区にしていた。その判断は当時の帝国にとって、生産性の低い痩せた土地であり、満足な税収を期待できない貧乏な地域という認識であり、併合による旨味がほとんどないと思われたためだ。戦後の国庫が逼迫している状態では負担が減るのは望ましかった。
「強硬策がないわけではないが・・・、現状では自治区との境界に最小限の部隊を展開しているにすぎん。余裕を持たせるため増員したいがこちらは議会の承認が待ちだ」
「なるほど。で、その強硬策とは?」
「・・・宰相。ちょろっとカゾリ村まで行って殺されてくれや。そうすれば国賊討伐という名目で侵攻できる」
ニヤリと凶相を歪めて笑うと悪人らしさに磨きがかかった。要するに罪をでっち上げてしまえばいいのだ、後は死人に口なしという実に汚い手段である。だがこれはカゾリ村の防衛という本来の目的が達成できない。しかし周辺地域の安全を考慮すると、できるだけ早く飛竜種を根絶したいのだ。
「本当に最後の最後の手段だ。気を悪くしないでくれ。他には被害がカゾリ村を含む自治区の外に及んだ場合だが、これならば大手を振って飛竜種を攻撃はできるが、結局カゾリ村の防衛にはならんな被害待ちの後手後手戦法だ。飛竜種が一歩でも自治区から出れば撃ち殺すよう命じてあるが、変に賢いようで自治区からは出てこんのだ」
カゾリ村を攻め滅ぼすことも飛竜種の討伐も、帝国軍が十全に動けるならば可能なことだ。だが、世論を納得させるだけの材料がいる。例えば国家の重鎮クラスの人間が村で殺害されるとか、飛竜種の被害が自治区の外に及ぶなど誰かの“死”待ちというものだ。
「こちらの質問宜しいか? この報告書では飛竜種の襲撃を六度退けたとあるが・・・、カゾリ村の対抗手段はなんなのだ? あそこには廃棄された要塞があったはずだが、村人自体は山奥の貧乏農村の生活しかしていなかったはずだ、とても飛竜種を撃退するような戦闘訓練を積んだ人間が都合よく居るようには思えんが」
「どうも都合良く揃えたようですな。向こうは召喚の巫女を擁しておるため、勇者を大量に召喚して、人海戦術で応戦しているとのことですぞ。他にもMSSオーディアスを四機保有していると報告が上がっておりますな。件のオーディアスは廃棄要塞に死蔵されていたようですな、恐らく戦後のどさくさで隠匿したのでしょう」
「宰相閣下! オーディアスはそもそも我が帝国で製造された、国家の財産ではないですか! 返還要求はされておられるのでしょうな?」
突然、同席していたMSS開発局局長が声を荒げる。オーディアスは民間に払い下げられた記録はないので、法律上は未だに帝国の所有物である。例えそれがどんなジャンク品であっても。
「当然しておりますが無視されております。向こうもオーディアスが実質的に飛竜種の襲撃を防ぐ防衛の要になっています」
「軍が駐留するのも嫌、財産の返還も嫌! あれも嫌これも嫌と我儘放題の子供か! あれは戦前に作られた、今では遺失技術の塊となった機体です! 稼動機が解析できればMSS技術の回復に拍車がかかる! 何としてでも、それこそ村に攻め入ってでも稼動機を手に入れるべきです! ・・・いやいやいや、ならば一体誰が操縦をしているというので? MSSはろくな訓練をせずに動かせるような代物ではないのは、皆々様もご存じのはず」
MSSの技術は半世紀前に起きた大戦でかなりの技術が消失しており、恐らく数百年かけて蓄積した技術が失われたと言われていた。人類は滅亡の一歩手前まで行ってしまい、それを押し留めたのがかつての召喚勇者たちである。戦後の復興により、残存した遺失技術の解析も功を奏し、かなりの技術を取り戻しつつあるが、それでも戦前のレベルには及んでいない。
他国よりも多くの技術を早く取り戻すことが国防・国益に繋がることは明白あった。もたもたしていれば他国が一気に解析に成功し、帝国の水準を百年も上回ってしまえば、大国に名を連ねる帝国と言えど簡単に支配されてしまうだろう。
「召喚勇者の内MSS適正の高い者に与えて一任している様子です」
「戦える力を持っているが故に召喚される勇者だ、MSSの操縦は適性がある者がいるのも必然であろう。しかし整備となると、まともな人材がいないようで、いくらオーディアスでも直に動かなくなるぞ。稼動機が欲しいなら早く議会をまとめるのだな」
「これはこれは皇女殿下。まるで見てきたような口ぶりですな」
「私にも優秀な部下の一人や二人はいる」
「夜な夜な、その優秀な部下に野良の犬猫を拾ってこさせているのですか? その割には皇女殿下に懐いているようですが?」
「コツがあるのだ、あやし方にな」
そう言って不敵な笑みを浮かべるが、皇女の右手がピクリと痙攣したように動いたことを宰相は見逃さなかった。それは痛い所を突かれたことを示す反応であると同時に、この話題の追及はやめよという命令でもある。その反応を見落とさなかったことに宰相は内心ほっと安堵した。
「なるほど、是非私めもそのあやし方を学んでみたいものですな。オーディアスの返還についてはこれからも繰り返し要求してまいります。ですがオーディアスを失えば村の防衛力は無くなるので、軍の駐留の許可が出てからとなりますな」
そして軍の駐留は是が非でも拒否するという構えで、この件も取りつく島がないという状況だった。
「・・・そうですか。分かりました、えぇ分かりましたとも」
「では皇女殿下、お聞きしたいのですが。カゾリ村で勇者がどれほどの人数が召喚されたか知っておられますか?」
「今現在は三百名程度が村で生活し防衛にあたっているようだぞ。あと既に六百名ほどが亡くなっていると聞いておる」
「なんだその数は? 前大戦の全ての召喚者を上回っている数字ではないか? スティル、まことか?」
いままで聞き手に回っていた皇帝が思わず声を荒げてしまうほど、多過ぎた召喚勇者の数であった。
召喚勇者と言えばたった一人で魔王を倒したり、国同士の諍いを収めたりと、凄まじい功績を残している。当然、そのような功績を残すこともできず消えて行く者の方が多いことも知っているが、高々一田舎村を守るための戦力として考えれば多過ぎる量だ。
戦後のアインラオ帝国に、国難は幾度かあったがその阻止に参加してくれた召喚勇者がおり、感謝の意を込めて大切に最上位の客人として扱っている。もし、当人が望んでいたならば、今この会議にも参加していただろう。
本来なら召喚勇者という存在はその戦果に寄らず、国家で保護すべきなのだ。
「なんと愚かな! しかしスティルよ、その数字は正しいのであろうな? 飛竜種を倒すためだけに、勇者を使い捨てているようにしか聞こえんぞ。・・・不愉快だ。実に不愉快だぞ」
「であるならば滅ぼしましょうぞ。このルードリアス、陛下の剣として・・・」
「いや、ならん。元帥の心意気は嬉しく思うが、それで軍を動かすわけにゆくまい。それに今のままでは召喚勇者達がまず最初の障害となるだろう。それでは本懐が遂げられぬ」
「陛下。カゾリ村の悪行に加担する者は排除しなければなりません。例えそれが召喚勇者であってもです」
皇帝の耳にその言葉が届いたとき虚を突かれたように呆けた顔を浮かべる。誰が発した言葉か理解できなかったのだ。
「私はついに勇者を無力化する策をご用意できました。これで勇者を気にせずに手が打てるはずです」
「何を言っているのだ? スティルよ」
「勇者など消してしまえばよいのです。この世界から」
2016/09/06 誤字修正。




