chapter.4 再開
「――……グレイくん、ですか?」
振り向けば、昨夜出会った女性が、背後に立っていた。
俺は急な出来事に、若干思考がフリーズしてしまう。
だが、すぐに状況を飲みこみ、ゆっくりと息を吸った。
「……ああ。あんたは?」
「やっぱり! オレリアです……! オレリア・コルベールです!」
昨夜出会った時にもしやと思ったが、やはりそうだったのか。そんな偶然があるはずがないと思ったが、どうにも頭から離れなかった。
オレリア・コルベール。メーヴ孤児院の仲間で、よく俺にお節介を焼いてくれたお姉さん的な存在だ。
「オレリア……だったんだな」
「はい……っ」
「なんつーか、久しぶり過ぎて何て言えばいいのか……」
最後に会ったのが10年以上前なのだ。
いくら家族同然のように暮らしていたからといって、さすがに言葉が見付からない。
「……昨夜、あなたとぶつかった時にも思いました。特徴的な灰色の髪。それに、幼い頃の面影もありましたから。もしかしたらグレイくんなんかじゃないかって。でも、あの時の私は急いでいて……。ちゃんときけなかったんです」
オレリアは手を胸の前で合わせ、涙が溢れる瞳を閉じた。
聖母のような、何もかも包み込むかのような表情だ。
こんな俺との再開を、オレリアは喜んでくれているのか。
どう言えばいい。俺は、オレリアになんと……。
「……俺は、孤児院を捨てた。力を得るために、帝国へ行った。そう思われても仕方のないことをした。オレリアから、優しい顔を向けられる権利なんか、俺にはない……っ」
俺は自然と拳を握りしめていた。
だってそうだろう。孤児院を捨てて、俺は帝国へと逃げたのだ。
可能性を見いだされたからと、武芸の道を進むと決めたのだ。
おかげで魔物と戦える力を手に入れた。
だが、引き換えに俺は家族を失った。
それは、人生における重要なファクターだったに違いない。
だって、怖かったんだ。あのまま孤児院にいれば、知らない夫婦に引き取られて、養子にされてしまう。仮初だけの家族なんて、俺は嫌だったんだ。
だから、俺は帝国へ逃げた。
強くなれば、1人でも生きていけると思ったから。
立派になれば、孤独なんか怖くないと思ったから。
でも、そんなことはなかった。
いくら強くなったって、1人はやっぱりさびしい。
シアと出会って、一緒にいなければ、俺は帝国で重圧に押しつぶされていたに違いない。
「私達は、家族じゃないですか」
優しい声音で、オレリアは囁くように言う。
「みんな、グレイくんのことを心配していました。どれだけ離れていたって、私達が家族である事実は消えない。私は今でも、あなたの家族でありたいと思っています」
「オレリア……」
「リゼットもレオくんも、クレールだって、あなたのことをずっと気にかけていました。孤児院がなくなっても、私達が大きくなってそれぞれの道を進んでも、家族の絆は消えません。私はそう信じているんです」
「だけど、俺は……」
いいのか。
俺はみんなの家族の一員でいいのか。
「少なくとも、戻ってきてくれて……また会えて、私は嬉しい。それだけじゃ、ダメですか?」
すがる様なオレリアの表情に、俺は胸がズキっと痛むのを感じた。
何をやっているんだ俺は。
逃げる場面じゃないだろう。
正面から向き合って、本音でぶつかるんだ。
隣に立っているシアも、俺の服の袖を握り、こちらを無言で見つめている。その表情を見るだけで、シアが何を言わんとしているかが手に取るようにわかった。
「……ありがとう。俺は、幸せ者だ。こんなにも想ってもらっていた。あの時の俺の行動を許せとは言わない。けど、俺もオレリアに会えて嬉しい。それだけは、本当だ」
「グレイくん……っ」
感極まったのか、オレリアは俺に飛び付いてきた。
あれから10年だ。子供だったオレリアも、大人になった。
内心、ホッとしている。
オレリアは真っ当に生きていたのだ。
孤児院で育った人間の将来など、行く当てのない道を進むのと同じだ。悪行に手を染めても、道を踏み外してもおかしくない。それでも、オレリアはアイドルという仕事をしていた。これが真っ当でなくて何が真っ当だというのか。
願わくば、他の孤児院の仲間も善なる道を進んでいればいいのだが。
「よかった……本当によかった……」
涙を流しながら、オレリアは俺にその豊満なボディを押しつけてくる。
俺も男だ。これで反応しない野郎なんていない。
「わ、わかったからそろそろ……な?」
その、なんていうか……だな。
そんなに抱きつかれると、恥ずかしいんですが……。
「元気にしていましたか……? ちゃんとご飯は食べていましたか……?」
「ああ。元気だし、メシもちゃんと食ってたよ」
「背も伸びましたね。身体もこんなに男の子らしくなって……」
「ま、まあ、鍛えてたからな」
「帝国はどんな場所でしたか? 辛くはなかったですか?」
「帝国は武人の国だったよ。辛いこともあったけど、シアもいてくれたし、何とか乗り越えられた」
「彼女はできましたか? 恋人は?」
「……ん? 恋人?」
「そうです恋人です。出来たんですかどうなんですか!?」
「い、いやあのなオレリア。それはどうでもよくないか?」
「どうでもよくありません!」
急にオレリアはキリっとなり、俺の肩を抱いたまま正面から見つめてきた。
やっぱり、近くで見てもオレリアは綺麗だ。子供の時から可愛かったが、大人になってからさらに可愛く綺麗になった。そのせいか、心臓が高鳴る。ドキドキドキとうるさいくらいに脈動している。
まあ、誰だってこれだけ近づかれたらドキドキするか。相手が美人ならなおさらだ。
「この子はグレイくんの何なんですかっ?」
言って、オレリアはシアを指した。
「は……ッ!? まさか、こんな小さな子を……! ダメですよ、グレイくん。していいこととしてはいけないことの区別をしてくださいっ」
「は、早まるなって! シアは俺の家族だよっ」
「家族……! そうですか。既にそういう仲なんですね。まさかグレイくんがそちらの道へ……。私は悲しいです……っ」
「おいオレリア、何か勘違いをしていないか……?」
オレリアの視線が痛い。
だが、シアは俺の家族だし、それ以外にいいようがない。
一番いいのはシア本人が誤解に気づいて反論してくれることだが、どうやらそれは無理なようだ。
「……? 私はグレイのもの。それ以上でも以下でもない」
シアは一度首を捻ってから、さらなる誤解を生みそうな発言をする始末だ。
「どういうことか説明してもらいますよ、グレイくん」
「お、おう……」
目が笑ってないよオレリアさん……。