chapter.3 動き出す運命
次の日。
適当な宿で一泊した俺とシアは、職探しをするべく王都の中心街へ出ていた。
歩きながら、昨夜のライブが頭をよぎる。
会場にいた客と、ステージに立つアイドルが一心になって、最高の熱を創りだす。こんなに心躍ることはそうそうない。
それに、気になっているのは昨夜通りで出会ったあの少女だ。
ライブ中もずっと気がかりだった。
もしかしたら……と思わずにいられない。
もう、10年以上前の話だから、俺の記憶も曖昧になっているのか。だが、やっぱり面影がある。他人の空似と言われればそれまでだが。
「グレイ、どうしたの? なんだか、そわそわしてる」
シアに言われ、俺は自分が心ここにあらず状態であったことに気づいた。
「ごめん。ちょっと昨日会ったあの人のことが気になってさ」
「ぶつかってきた人? ライブ、出てたね」
「そそ。あれから10年以上経ってるから見た目はだいぶ変わってるんだろうけど、なんとなく当時の面影があるんだ」
「面影?」
「ああ。俺が孤児院にいた時によくしてくれた人なんだけどさ。その人に雰囲気が似てたんだよ」
メーヴ孤児院。
俺がまだ4歳だった頃に預けられた場所だ。
確か、色々あってもう存在しないはずだが、まだ施設の跡は残っているかもしれない。
行ってどうこうするわけではない。
でも、行かなければいけないような気がした。
根拠もない直感だが、自分の意思に従う選択をしてもいいか。
「――シア。急だけど俺が暮らしてた孤児院に行ってもいいか?」
「構わない。私も、グレイの故郷、見たいから」
「孤児院自体はもうないよ。ただ、もしかしたらまだ何か残ってるかもしれないって思ってさ」
「場所、覚えてる?」
「まあね。なんとなくだけど」
確か、中心街を南から出た方角だったはずだ。
のどかな通りを抜けた先に、メーヴ孤児院はある。
記憶に残った道筋を辿り、俺はシアを連れ中心街を抜けた。
南の出口からしばらく進むと、記憶通りの景色が目の前に広がった。
近くの山から小川が流れ、中心街へと延びている。
田畑が広がり、さっきまでの都会っぷりが嘘のようだ。
市街を抜けたのだから、当然といえば当然だが。
「静か……」
「だな。まあ、ここらの通りはいつも物静かだったよ」
孤児院が近づいてくるにつれ、俺の中に懐かしい感情が芽生えてくる。
帝国に行き、死ぬような特訓をして、この懐かしい景色を忘れかけていた。
メーヴおばさんや、ソディア姉さん、リーシュ姉さん。孤児院で働いていた人達の名前が、脳裏に浮かんでくる。
そして、俺と共に孤児院で暮らしていた仲間達。
ハッキリと覚えている。だが、それは全て10年以上前の情景だ。人は、10年あればだいぶ変わる。俺も、孤児院のみんなも。
「変わらないものなんかない、か」
俺も、変わり続けている。成長し続けている。
ずっと同じ場所で立ち止り続けるやつなんかいないんだ。
「さって、ここら辺だったはずだが」
目的地周辺にまで辿り着き、俺は辺りを見渡した。
確か大きな木があったはずだ。それを目印に孤児院に帰っていたから、間違いない。
「お、あったあった」
少し離れた場所に、目印の大樹があった。
俺はそちらに向かい歩く。
まだ施設は残っているのか。それとも、既に取り潰されいるのか。どちらにせよ、行ってみるだけだ。
「――ここだ」
無事目的地に辿り着いた。
目の前には、古ぼけた孤児院がある。
立て看板には、メーヴ孤児院と書かれた懐かしい文字がある。
まだ建物自体はなくなっていなかったようだ。
ただ、もう人の手は入っていないのか、草木は生え散らかり、窓ガラスは割れたりひびが入ってたりする。もう誰も管理していないという証拠だろう。
「はは、ホント、なっつかしいな」
蘇る情景に、涙が出そうになる。
俺の原点であり、基礎を造った場所。
俺の運命を変えた場所でもある。
何もかもが、ここで始まり、そして終わった。
もう戻らないと誓ったはずなのに、彼女に似たあの人と出会って、信念が揺れてしまった。だって、ここに戻ってきたら、俺の中の何かが壊れてしまいそうだったから。
「――グレイ、くん……?」
でも、それはただの勘違いで――。
今日、この場所での再開が、俺の人生を大きく変えることになったのだ。