chapter.2 ライブ
預金所で預金も終わり、俺とシアは今夜の宿探しに出向いた。
リベルタース帝国を出て、旅をすること3ヶ月。様々な場所へ赴きながらようやく王都ロスメルタに到着した。目的は路銀の調達だ。何とか年に1回だけ開催される闘技大会に間に合ってよかったが、これからはどうやって資金を稼ぐか。ぶっちゃけこれからの当てがない。
「……お金、あれだけで大丈夫?」
「しばらくは大丈夫だと思うけど、これからずっと生活するのにこれだけじゃ心もとないな。俺の取り柄っていったら武芸くらいだからギルドで稼ぎたいけど、2人じゃ結成できないしなぁ。なんとかメンツを揃えられれば食いぶちも得られるんだけど、そっちのあてもないし。しばらくは他の道を探ってみるさ」
闘技大会で稼いだ金じゃ、せいぜい半年もつかどうかだろう。
宿を拠点とするとして、宿費食事代等で1日約5000イェン。その他諸々でさらに5000イェン。加え、どこでどんな出費があるかわからない。お金は稼げるときに稼いだ方がいい。
「とりあえず今夜は王都の適当な宿に泊まろう。これからの予定としては、少しの間王都に滞在して、稼ぎ場所を探す。ダメだったらキッパリ諦めてまた他の地に行く。そんなとこか」
「ん。わかった」
シアは小さく頷く。
しかし、お金を稼ぐというのは難しいな。武芸しか取り柄のない俺じゃ、やれることは幾つかに絞られてくるし。
そんな俺でもやれる仕事といえば衛兵とかか。どこかの要所に雇ってもらい、警備をする仕事だな。
だが、そうなるとシアを1人にする時間が増えてしまう。衛兵になればつきっきりだろうし、それじゃまずい。
理想はシアも一緒になって出来る仕事だが、そんなもの中々ないだろう。帝国で働いていた時みたいに、しっかりとマイホームでも持ってれば安心して出ていけるんだが、今の予算で家を買うのは不可能だ。その点では、帝国での方が良かったかもしれない。
「――ロイヤルガールズ、今夜がラストライブだよ!! 入場は無料! よかったら見ていってね!!」
宿を探すべく中心街の中心地を歩いていたら、1人の青年が声を張り上げて宣伝をしていた。
チラシを配りながら、汗水たらして必死に客寄せをしている。その様子が妙に真に迫っていて、ついそちらへ視線を移してしまう。
「よかったらこの先にあるアリーナに来てください! ロイヤルガールズ、最後の舞台です!」
説明して、青年は俺にチラシを渡してきた。
勢いに押され、俺はそのチラシを受け取った。
見出しにはでかでかと『ロイヤルガールズ、ラストライブ!!』とかかれている。どうやら、ロイヤルガールズというアイドルギルドのライブをこの先のアリーナで行うらしい。
「アイドル……」
俺はチラシを見つめながら、幼少時代のことを思い出していた。
王都の孤児院で暮らしていたあの日々。院長からの言付けで、夕食の食材を市場まで買いに行った帰り道で行われていたアイドルのゲリラライブ。俺はそのステージを見て、そして……心が躍った。
こんなにも人を笑顔に出来るステージがあるのだと、子供ながらに感動したものだ。一緒に見ていた孤児院の仲間も、俺と同様に心を打たれていた。
「興味があるならぜひお願いします! たくさんの方に見てもらいたいんです!」
「あ、ああ」
青年の迫力に、俺は少しだけ後退した。
「ていうかあんた、そのロイヤルガールズの何なんだ?」
「僕はアイドルギルド、ロイヤルガールズのプロデューサーです。彼女たちの最後の晴れ姿を1人でも多くの人に見てもらいたくて、ここで皆さんに声をかけているんです」
「そういうことね。――にしてもプロデューサーか……」
アイドルをプロデュースする者。プロデューサー。彼らなくしてアイドル業は務まらない。アイドルギルドの中心人物だ。
例えるなら剣士の剣。魔法使いの杖。そんなとこか。とにかくアイドルギルドにおいて重要なポジションであることは間違いない。
「今日はあと宿探しくらいか。その他には特にやることも予定も無いしな……。よっし、シア、宿を探す前にライブ見に行くか」
「うん。わかった」
「あ、ありがとうございます! きっと、みんなも喜びます!」
青年は、俺の手を握り、ぶんぶんと振った。
そこから伝わる熱意と誠意が、とても心地良いい。
「ここの通りをまっすぐ進めば会場が見えてきます。よろしくお願いします!」
「わざわざありがとう」
俺はプロデューサーの青年にお礼を言うと、言われた通りの道を歩き出した。
チラシを隅々まで読むと、今回は最後のライブだから入場が無料とのことらしい。ロイヤルガールズというアイドルギルドの解散の理由ははっきりと記されていなかったが、辺りにいる客の量から見るにまあまあ人気があるグループのようだ。
「グレイ、顔にやけてる」
「あ、わかる? 実は俺、ガキの頃にアイドルのゲリラライブをたまたま見たことあってさ。その時のことを思い出しちゃって」
ライブは楽しかった。
だから今回もと期待しているのかもしれない。
「やっぱ王都は色んなギルドがあって面白いなよ。アイドルギルドに商人ギルド、鍛冶ギルドに物流ギルド。帝国は武芸ギルドばかりだったから、正直息がつまりそうだったよ」
帝国ではアイドルという存在はあまり浸透していなかったのだ。
帝国領が存在するメリスト大陸の北部は、魔物の脅威が凄まじく、必然的に武芸という力を求めなければならなかった。アイドルギルドなんてものがあまり存在しなかったのは、そういう娯楽めいたことをやっている余裕はないということだったんだろう。
だが、そのせいで民の疲弊はかなりのものだった。皆が皆武芸者ではないのだ。どんな場所でも、たまの息抜きというものは必要だと俺は思う。働いてばかりじゃ、人生楽しくないからな。
「うん……帝国は息苦しかった」
「まあ、強力な魔物が多く生息する地だからしょうがないんだろうけどな。おかげで、武芸に関しては大陸最強の称号を誇ってるわけだし。それがいいのか悪いのかはわからないが」
まあ、おかげで武芸の腕はそれなりになった。
孤児だった俺に取り柄を与えてくれたのは帝国だ。その点に関しては感謝している。
「ここか」
アリーナに到着すると、俺とシアは中へと進んだ。
立ち見のようで、会場にはすでに大勢の客が開場を待っていた。
シアと共に、適当な位置へと移動する。
会場は熱気に包まれていて、客のボルテージは高まりつつあるようだ。
「……すごい」
「ああ。それだけみんな待ち望んでいるんだろうな。でも、最後ってのはどういう理由なんだろう」
これだけの客を集められるのなら、解散する必要はないように思えるんだが。
どちらかというと、ギルド側に理由があるのかもしれないな。需要が無いから解散、という雰囲気ではない。その証拠に、早くも泣き崩れている人もいる。きっと、ロイヤルガールズのファンなんだろう。
それから、しばらくの時が経った。
そして、遂にその時がやってきた。
「わああああぁぁぁぁぁっ!!」
「オレリアさんーー!!」
「クレール様ぁぁぁぁぁぁ!!」
「レオくんーーっ!!」
地響きのような雄叫びに、俺とシアは怯んだ。
周りがうるさすぎて、名前を叫んでいるようだが聞きとれない。
アイドル達の登場に、会場中の客が一斉にテンションをマックスになったのだ。
『みんなー!! 上がってるぅー!!?』
ステージに立つ8人のアイドル達。
照らされる照明が目に痛い。
サーチライトがステージに立つ女の子達を強調するかのように照らし出した。皆、可愛い衣装を着て、堂々と立ち振舞っている。
「いえええぇぇぇえええああああああぁぁぁ!!」
アイドルの声に反応し、再び上がる雄叫び。
『皆さん、集まってくれて、ありがとうございます!!』
「おおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」
『今夜は最後のライブだけど、精一杯頑張るからね!! みんなも一緒に盛り上がろう!!』
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
始まったばかりだというのに、会場のテンションは最高潮だ。
というか、この調子だと最後までこの勢いかもしれないな。
まあ、それがライブってやつかもしれないが。
「って、あの子……」
ステージに立つアイドルの1人に、見覚えがあった。
さっき通りで俺にぶつかってきた人だ。
まさか、ロイヤルガールズの一員だったとは。
まあ、あれだけ綺麗だったのだ。アイドルでもおかしくはないか。
『それじゃあ早速だけど、一曲目いくよ!! ロイヤルソウル!!』
客の叫び声を浴びながら、ステージの上でアイドル達がマイクを手に歌い出す。
それから長時間、ロイヤルガールズによるパフォーマンスが続いた。
俺とシアも、初めの頃はただ見ていただけだったが、彼女たちのひたむきな想いに心を打たれ、気付けば一緒になって盛りあがっていた。手を振り、声を上げ、曲に合わせて飛び跳ねる。最初は恥ずかしかったのに、いつの間にか勝手に身体が動いていた。
不思議なパワーに、俺もシアも飲みこまれていた。
これがアイドルの力なのかと、思わずにはいられない。
そして俺は、幼い頃に見たアイドルのライブを鮮明に思いだしていた。
確か、あの時もこうして不思議なパワーに呑まれていた。
気付けば虜になっていたんだ。
こんなにも熱くなれるものがあるのかと、そう感じた。
『名残惜しいけど、次が最後です!!』
『最後まできいてくれてありがとう!!』
とうとうライブも最終局面に突入した。
時間を忘れて、盛り上がって。
汗まみれになっても、声を張り上げた。
シアも、珍しくテンションが高い。
俺も、彼女たちの最後の晴れ姿を見届けたい。今夜初めて見たばかりなのに、彼女たちの頑張る姿を見てると、自然とそう思った。
そして、最後の曲も終わり――。
ライブはとうとう終わろうとしていた。
今まで盛り上がっていたのが嘘のようにシンと静まりかえっている。
みんな、これが最後だということが嫌なんだろう。
これからもずっとロイヤルガールズのみんなにアイドルをしていて欲しいと思っているに違いない。
見れば、泣いている客が大勢いた。
崩れ落ちる者もいれば、男泣きしている者もいる。
彼らを見ていると、ロイヤルガールズというアイドルが王都で本当に愛されていたのだと伝わってくる。
ロイヤルガールズというアイドルグループをついさっき知った俺でさえ、解散を名残惜しく感じるのだ。ずっと彼女達を追ってきたファンは、本当に辛いだろうな。
『今日は本当にありがとうございました……! 私達ロイヤルガールズとしてのライブはこれで最後だけど……、私はこれからもアイドル活動を続けたいと思っています! 違う道を進んでも、また応援してくれますか……?』
「うおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
会場が、再び爆発した。
そうだ。今夜はラストライブ。しんみりとした雰囲気で終わるのは、彼女達も悲しむ。
『みんな大好きです! みんなみんな……大好きです!!』
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「俺も好きだぁ!!」
アイドル達の声に応えるかのようん、客が一丸になって叫ぶ。
アイドル1人1人がステージを去るまで、いや、去ってからも、観客のみんなは声を張り上げ続けた。
嵐の跡の静けさが訪れ、俺は、完全燃焼したことを悟った。
やっぱり、ライブってすごい。
このパワーがあれば、帝国の……いや、大陸全員の人達を笑顔にすることが出来るんじゃないか。そう思ってしまう。
「……すごかった」
「ああ。最高だったな」
いまだに興奮が冷めやらない。
心臓もうるさいくらいに脈動している。
シアも同じなのか、耳がピンと立っている。興奮している証拠だ。
「また、見たい」
「そうだな。また来よう」
俺はロイヤルガールズのチラシを握りしめたまま、シアと共に会場を後にした。