chapter.1 再会の兆し
十数年前、王都ロスメルタにて開かれた、アイドルギルドによるゲリラライブ。
幼い頃、俺はたまたまその場を通りすがり、そして、その熱にやられた。
――こんなに胸が躍るパフォーマンスがあるのかと。
――こんなにみんなを笑顔に出来る人達がいるのかと。
――こんなに感動を与えてくれるモノがあるのだと。
幼いながらに、俺は震えあがったのを覚えている。
それから、10年以上の時が過ぎた。
当時と比べたらだいぶ熱は冷めていた。
だけど、ここにきて、また。
俺の中の何かが燃え上がろうとしていた。
『さあさあ今夜も優勝をその手に収めてしまうのか!? 王都最強の武芸者ジェイド・ファーレンの猛攻だぁッ!!』
実況者の声が、耳にうるさいくらいの音量でスピーカーから響き渡った。
ジェイド・ファーレン。
この王都ロスメルタで最強と謳われている武芸者だ。
ジェイドの得物は長剣。リーチに長け、威力もそこそこといったところか。彼自身の剣の腕も相まってかなり厄介だが、懐に潜り込んでしまえば問題はない。
『いや、様子がおかしいぞ!! ジェイド、その動きを止めたァ! まさかまさか、挑戦者グレオ・ベインが何か仕掛けたのかァ!?』
闘技場、通称コロシアムで行われる武芸大会。
ロスメルタ王国の王都ロスメルタで年に1回行われる、王都最強の武芸者を決める大会だ。俺ことグレオ・ベインは、この大会に出場し、今まさに決勝戦という場面だった。
『な、なんとォ!! ジェイドがたまらず後退したァ!! 一体何が起こったというのかー!!』
毎度やけにハイテンションな実況を煩わしく思いながらも、俺は自前の刀を振るう。
こんなお遊びの大会で何度も優勝している実績があるかどうかは知らないが、目の前の男は正直大したことはない。剣の腕はそこそこあるようだが、俺が育った帝国にはもっと強い連中がわんさかといた。そいつらに比べたら、ジェイドは全然だ。
『挑戦者が攻める攻める攻めまくるゥ!!! まさかの展開だァ!! だが、ジェイドも負けていない! 何とか凌いでいるぞ!!』
腐っても優勝者か。中々にしぶとい。
だが、それもここまでだ。そろそろ本気でいかせてもらう。
俺は精神を落ち着けると、一気に加速した。
さっきとは比べ物にもならない速度で刀を振るう。
これで、勝敗は決するだろう。
『ななななな、なんと! チャンピオンジェイド、膝をついてしまったァ! 誰とも知れぬ新人に呆気なくやられてしまうのか!?』
観客席がざわつき出す。
実は、この大会は観客の賭けの対象になっている。そしてジェイドはチャンピオン。ギャラリーにいるほとんどの連中がジェイドに賭けているのだろう。ざわつき出すのも頷ける。
だが、俺もこの試合勝たなくてはならないのだ。相手には悪いが、手加減はしない。
『いや、まだ立ちあがる!! ジェイド、意地を見せるか!?』
ふらつきながら後退するジェイドの間合いに入り、俺は容赦なく斬撃を浴びせ続ける。
そろそろ終いにしようか。アンタも疲れただろう。チャンピオンという肩書も、今夜俺が塗り替えてやるよ。
そして、一閃――。
『な……ッ!! こ、これはァ!?』
蹲るジェイドを眼下に、俺は刀を収めた。
みねうちだが、しばらくは試合続行不可能だろう。それだけのダメージを乗せたつもりだ。
『ジェイド立てない!! チャンピオンここに倒れ伏すゥ!! 誰が予想したこの展開!! 今年の武芸大会、優勝はグレオ・ベインだァ!! ここに新たな伝説が誕生したァ!!』
実況者がウィナーコールをした直後、ギャラリーの連中が立ちあがり、ブーイングをし始めた。
どれだけの人数がジェイドに賭けていたかは知らないが、この様子だとほぼ全員みたいだな。
しかし、負けたらこの有様。まったく無責任な連中が多い。
ジェイドも救われないな。労いの言葉があってもいいだろうに。
「……何者だ、お前」
ジェイドが睨みつけるかのような視線で俺を見てきた。
悔しいのか、それとも純粋な興味か。
どちらにせよ、俺に応えてやる義務はない。
「――ただの武芸者だよ」
「待て! それだけの腕だ、名が知れていてもおかしくはない! グレオ・ベインとは偽名だろう! 本名を言え!!」
俺はジェイドの制止の声も、観客のブーイングをも気にも留めず、会場を後にした。
ジェイドの言う通りグレオ・ベインは偽名で、本名はグレイ・マクベインだ。それに、フードを被って戦っていたので素顔も晒していない。ブーイングなど気にする必要もないし、わざわざ本名を晒す意味も無い。
控室から出て、更衣室へ。
暑苦しいフードを脱ぎ捨て、俺は闘技場の観客席へと向かった。
未だに冷めやらぬブーイング。ジェイドが可哀想になってくる。これだけの期待を集めておきながら、裏切ったのだと観衆は言うんだろうな。勝手に持ち上げて、負ければこのザマだ。同じ武芸者として同情するぜ。
「――シア」
観客席で、ちょこんと座っていた獣人族と人間のハーフの少女に俺は声をかけた。
シア・ヘルゼン。ふわふわの銀髪に褐色の肌。そして、頭には狐のような耳がはえている。俺の相棒兼家族だ。
「……グレイ」
小動物のように可愛らしいシアは、その小さな手で一枚の券を握りしめていた。
「……大儲け?」
若干眠たげな眼で、俺を見上げつつ言うシア。
そう。シアは恐らくこの会場でただ1人グレオ・ベインという出場者に金を賭けていた人間だ。倍率は確か12倍だったか。ジェイドが1.9倍だったから、俺の期待度は相当低かったとみえる。
「ああ。全財産賭けといてよかったろ? これで路銀には困らないぜ」
「でも、元の金額が少ない。儲けも……少ない」
「まあまあまあま、そうシュンとすんなって。賭け金が20万イェンだったから、軽く200万イェンは稼げたじゃないか。それだけで今は十分さ」
「……そう?」
「そうだよ。というわけだから、換金しに行こうか」
「うん」
シアと共に、闘技場の換金エリアへと向かう。
悲しいことに換金エリアはガランガランだった。まあ、みんなジェイドに賭けて俺は眼中になかっただろうから当然か。
「シア、頼めるか」
「……ん」
素顔を隠していたとはいえ、俺は試合に出ていた。ばれる危険があるので、離れたところから見守らせてもらう。
シアは換金所のお姉さんに券を渡し、お金に換えた。
かなりの量があるからか、少し手間取っている。
そして数分後。小袋を持って、シアが俺の元へ戻ってきた。
袋の中には紙幣が詰まっているんだろう。素晴しい。
「よっし、預金所に行くとするか」
「了解」
シアから袋を受け取り、俺達は闘技場を後にした。
預金所は確か王都の中心街にあったはずだ。
俺達はまだこの地には来たばかりだから、地理に疎い。
何を隠そう、俺とシアは大陸遥か北にあるリベルタース帝国からこのロスメルタ王国に来た、いわば超アウェイなのだ。
「いくらかは貯金だな。手持ちはある程度あればいいし。くぅ~、お金を自由に出来るって素晴らしい!」
「……でも、本当によかったの?」
シアは歩みを止め、俺の顔を見上げた。
「帝国を捨てて、よかったの?」
そう言うシアの表情は暗い。
「……シア。俺はな、別に帝国のために戦ってきたわけじゃないぞ? こうして帝国から出たのも、何が大切かを考えた結果なんだ。それに、ここならシアだって普通に暮らせる。ハーフだからって気にする必要はないんだ」
「でも、グレイはそれでいいの? 私なんかのために……」
言って、しょんぼりするシア。
シアは獣人族と人間のハーフだ。故に、混血差別が蔓延していた帝国では、差別の対象になっていた。そのせいで、自分の価値というものを低く見る傾向がある。何度も注意してきたが、染み付いた習慣は中々治るものじゃないようだ。
「俺は家族を捨てたりしない。シアのためだったら、俺は帝国だって切り捨てるさ」
俺がそう言うと、シアはすすすっと身を寄せてきた。照れているのか、その頬は赤い。
俺は空いた手でシアの頭を撫でながら、とある人物に言われたことを思い出していた。
数ヶ月前、俺がまだ帝国に身を寄せていた頃。リベルタース帝国の皇太子であるヴィクトール・リベルタースが、家族であるシアとの縁を切れと言ってきたのだ。
帝国において混血は不浄。シアみたいな獣人族と人間のハーフは穢れた存在とみなされる。故に、皇太子の側にいた俺がハーフであるシアといたから気に喰わなかったのだろう。
そのせいで、帝都で皇族の手足として働いていた俺は、帝国か家族かどちらかを選択するよう迫られた。まあ当然、悩むことなくシアを選んだ。その時の皇太子殿の表情といったら、大層滑稽だったけどな。
そもそも、家族をそう簡単に捨てられるはずがない。一般的に誰だってそう考えるだろう。それにもう二度と、俺は家族を捨てないって決めたんだ。
「というか、俺も皇太子の野郎から離れて自由になりたかったしな。王都に来れて一石二鳥だぜ」
「そういうことなら、私も嬉しい」
「おう。だからシアは何も気にしなくていいんだ。全部俺が決めたことなんだから」
後悔が全くないといったら嘘になる。帝国に残してきたものも多い。
だが、俺はシアと共にいることを選んだ。ただ、それだけだ。
「しっかし王都は綺麗だな。帝国みたいに無骨じゃなくて、なんというか風情があるというか。とにかく歩くだけでわくわくするな」
「……そうかも」
空気を切り替えるように俺は話題を変えた。
シアと共にギルドへ向かいながら、王都の街並みを楽しむ。
石畳の道に、綺麗に揃って並ぶ建物達。街灯も均等に設置してあり、美しい。
しばらくは幅の細い石畳の上を歩き、目的地のある中心街へと向かう。路地裏は避け、大通りを進めば、すぐに中心街への入り口が顔を見せた。
「……ん?」
意気揚々と中心街へ足を踏み入れようとしたら、路地裏の方から何者かが慌てた様子で駆けてきた。しかも、勢いを止められなかったのか、俺の身体に体当たりしてきた。
「きゃあ!?」
「っと、そんなに急ぐと危ないぞ」
俺は袋を持っていない方の手で転びかけた少女の肩を支え、注意した。
「ごめんなさい! 私、急いでいて……」
見ると、その子はかなりの美少女であった。それはもう、びっくりするほどに。100人に訊いたら99人は嫁にしたいと答えそうなレベルだ。
サラサラの金髪は肩まで伸び、どこかのお姫様を連想させる程綺麗だった。瞳はぱっちりしていて、吸い込まれそうなくらい美しい。胸もまあまあ大きく、男の欲を滾らせるには十分なものを持っている。
「――!? あ、あなた……その灰色の髪、もしかして……!」
少女は俺の髪を見るなり、いきなり目を見開いて驚き出した。
もしかして、どこかで会ったことあっただろうか。これだけの美少女だ。会っているなら忘れるはずはないと思うんだけどな。
「えっと、どこかで会ったっけかな。ごめんけど、俺には覚えが……」
「――と、ごめんなさい。私の勘違いみたいです。気にしないでくださいね」
「そう? それなら、いいんだけどさ」
少女は俺から離れ、衝撃で乱れた服を整えた。
「本当にごめんなさい。それじゃあ、また縁があれば会いましょう」
少女は軽く手を振って再び走り出す。
向こう側の路地裏へと少女が走り去っていったその時、彼女の腕に巻かれた綺麗な宝石の装飾品がちらりと見えた。
「……あれって、まさか……」
少女の腕に巻かれていた腕輪。
俺は、あれに見覚えがあった。
遥か昔、まだ、俺が王都にいた頃の記憶だ。
「どうしたの?」
「いや、もしかしたらなって思ってさ」
俺は懐かしい思い出を胸に抱き、シアと共に中心街へと足を踏み入れた。