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9話

 夜も遅くなったことで、明日は早出のあるクレインがそろそろ寝たい旨を申し出た為、今日のカロンタンのこれからについての相談は終了する事にし、三人は寝る事に決めた。各自が体を拭いたり、温かいお茶を飲んだりして少々のんびりしたのち、一つのベッドに三人は潜り込んだ。無論、その後は体を拭う時に少々ムラムラしてしまったカロンタンが二人にナニをお願いしたのは割愛する。

 翌朝、クレインは二人を起こさないように布団を抜け出すと、簡単な朝食を準備してから家を後にした。普段は朝早くからやってるテイクアウトの食事を売っている、弁当箱や容器などを持ち込んで詰めてもらうタイプのお店を利用するクレインであったが、愛するカロンタンの為、そして愛すべき妹分であるフェイの為に何かするというのが嬉しかったのである。


 カロンタンは夜明けと共に目を覚ますと、朝食はフェイが起きてから取ることにして昨日相談していたことを書き留めていたメモを見返していた。やってみなければわからないことはそれこそたくさんあるのだろうが、それでもちょっと考えれば分かるようなことは対策を取って潰しておきたいと考えていたのである。

 カロンタンはクレインの残していってくれた温かいお茶を飲むと、その温もりに溜め息を一つ吐いた。そしてカップの中で揺れたお茶に映った顔の輪郭であどけない表情で寝ていたフェイの事も思い出し、思わず笑顔が溢れた。



「二人には感謝しないとな…。」



 本来であればギルドを首になったことで、混乱した挙句色々と悲観して何も手につかないような状況でずっと布団にくるまって寝ているだけの日々がしばらく続いていたかも知れない、とカロンタンは思い至ったのである。二人があの晩、仕事を早退してまで間髪入れずに突撃して来てカロンタンが物を考える時間を作らなかった事で、そういったループに入ってしまう事を防いでくれたとカロンタンは思ったのだ。無論、自分がこの世界に必要ないんじゃないかといったような事は昨日考えなくも無かったが、すぐにいつもお世話になっているお店の人達が全力で否定してくれたし、鑑定鏡を準備してきてくれるなどクレインもフェイも何とかしようとしてくれたのである。

 これからは商売をやるという方向性もすぐに決まったわけだし、旅や商売に必要な物を揃えた後にどれ位売れる物を仕入れられるかはまだわからないが、きっと何とかなるだろう、とカロンタンは希望を胸に抱いた。


 カロンタンはダイニングのカーテンを開けて柔らかな朝の光を室内に導き、窓を開けて爽やかな空気を取り入れた。日の光が当たるように椅子とテーブルを少しだけ移動し、背中が少しぽかぽかする中冷めつつあるお茶をゆっくりと楽しんだ。市場は朝の一つ鐘が鳴る前後に開くのが通例で中にはフライングする店も無くはないが、それでもそこまで焦って市場に繰り出しても別に今狙っているものも無いのだ。



「…ん、あれ…。二人は…。」



 フェイが目を覚ましたのは、朝の一つ鐘の鳴る直前であった。とっくの昔にクレインとカロンタンは起きてしまっている為、仮に二つ繋げて並べたベッドの殆どは冷たくなってしまっていた。しょんぼりとした様子で暫くベッドに座っていたフェイであったが、鳴った朝の一つ鐘の音に乱れた髪を手櫛でささっと整えながらベッドから降りると、寝間着からギルドの制服に着替えてダイニングへと向かった。



「…お、おはようございます…。」

「おはよう、フェイ。ってわっ!」



 朝の光が優しくカロンタンを照らしていた。

 フェイの目にはそれがとても神聖なような物に思え、かろうじて絞り出した朝の挨拶に対してフェイの方を見て微笑んで挨拶を返してくれたカロンタンの事をとても抱き締めたくなってしまったのだった。



「…熱烈な朝の挨拶だね。ご飯食べる?」

「はい…。」



 カロンタンはフェイの頭を優しく撫でると、クレインの準備してくれていたご飯をテーブルへと運んだ。野菜サラダとパンに厚切りのハム。クレインが準備していてくれた事を告げると、フェイは申し訳なさそうにちゃんとしなきゃ、と呟いた。



「今日は早出だったから作ってくれたんじゃないかな?フェイも早出の時とか作ってあげるといいんじゃないかな。僕も自分が一番早く起きる時には作るつもりでいるけどね。」

「そうします。…って、カロンタンさんは作らなくてもいいですよ!カロンタンさんが炊事に洗濯、何でも出来るのは話に聞いて知ってますけど、女性が二人もいるんですから、任せてくれていいんですよ!」

「そ、そんなものかなぁ。任せっきりっていうのはちょっと気が引けちゃって。」



 稼ぐのにあまり役に立てない事から友人達と組んでいた時にも野営時の料理や、洗濯物などを買って出ていたということもあって、自分の分だけではなく二、三人分くらいであれば気にならないカロンタンである。が、さすがにフェイも家事に関しては女としてプライドがあるのであろう。カロンタンの言い訳めいた言葉にも引く様子がないのを感じ取り、カロンタンは大丈夫だからという言葉を飲み込んだ。



「それでね、今日はちょっと奴隷商と、鑑定の練習も兼ねて露天でも覗いてくることにしたよ。」

「露天ですか。掘り出し物があるといいですね。ちゃんとしたお店ほど商品がしっかりしてるイメージはないですけど、鑑定があれば偽物を掴むってこともないでしょうからね。カロンタンさんにはいい仕入れ場所かもしれません。」

「うん、実は前も二束三文で売ってた剣がちょっと研ぎに出したら使える名工の物だったりしたからね。そうでなくてもその時より鑑定の熟練度が段違いだから、市場原理のスキルの熟練度上げも兼ねてウロウロしてみるつもり。」

「ふふっ、一石二鳥というか、三鳥も四鳥もありそうですね。ただ掘り出し物があるか眺めるだけでも楽しいですから。」



 柔かに笑うフェイだったがそろそろギルドに行く時間であったらしく、カロンタンにキスをねだってから家を後にした。



◇◇◇◇◇



 フェイはハイブ生まれのハイブ育ちで、街で職人をしている両親の元に育った。父は元々冒険者として暮らしていたが、職人の娘であるフェイの母と出会ったことでその父に弟子入りし、工房を継ぐことで結婚を許してもらったという経緯があったのである。そんな父であるから、フェイは子供の頃から冒険者の話はよく聞いていたし、父の冒険者時代の友人が訪ねてくることも偶にだがあったことから冒険者ギルドへと就職を決めたのだった。工房については父も母もまだ三十代半ばで働き盛りであり、フェイの妹か、最悪フェイの子供が跡を継いでくれれば全く問題ないという話になっていたのである。

 十五の歳に冒険者ギルドの受付嬢として就職したフェイに、父は冒険者達が群がるのではと心配したものの、ギルドマスターの指示で職員たちや一部の冒険者達がそれとなく目を光らせ、悪い虫がつかないようにしていたのである。

 一つ違いのカロンタンとは受付嬢として働き始めた頃からの付き合いで、その爽やかで気さくな感じが近所のお兄ちゃんを彷彿させる雰囲気を醸し出していた事から、気が付けば何もなくても気になる存在となり、カロンタンが一人で稼ぐ様になってからは毎日が心配でたまらなくなり、毎日帰ってきてくれるのを確認することで安堵する、という事を繰り返していたのである。それは仕事が休みの日も気になる事であり、こっそりとカロンタンが帰ってきているのを確認しにカロンタンが帰りに通る道沿いにある喫茶店に居座って確認したりと、段々とエスカレートしていっていた時にカロンタンの引退勧告騒ぎが起こり、一気に気持ちが爆発してしまったのである。


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