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8話

 落ち込んでいるフェイの背中をカロンタンは優しく撫でた。戦闘に関するスキルも、商売に関するスキルもフェイは一切持っていなかったのである。持っていたのはクレインと同じような事務処理スキルと料理スキルだけであり、レアスキルやレジェンダリースキル等は影も形も無かったのである。鑑定スキルではレアとレジェンダリーのスキルについて現時点で取得出来る可能性を示しているが、さすがにコモンスキルの可能性までは表示していないため将来的に取得出来る可能性は無くもないのだが、そのことは現時点ではカロンタン達は知る由も無かった。だが、実際には商売に事務処理のスキルが必要であり、フェイも役に立たないということは無かったりする。



「いきなり全員僕の上手くいかないかもしれないギャンブルみたいなものに付き合って、失敗して路頭に迷うってのも怖いからね。誰かが帰ってこれる家を守っていてくれた方がいいと思うんだ。だから…。」



 半泣きで俯いていたフェイはそろそろと顔を上げると、潤んだ目でカロンタンを見つめた。目元を手で擦りながら、ぽすん、とカロンタンの肩に頭を乗せる。



「…私、ギルドでこのまま働いて、この家を守ります。どちらにしても、カロンタンさんが次の仕事を決めるまでは私たちを頼って貰おうってクレインさんと話してたんです。」

「あたしも、砂漠でって言っても砂漠なんてほいほい行けるほどすぐ側に無いから、どちらにしてもすぐは無理なのよ。ちょっとギルドで仕事を続けながら色々と手段を練ってみるわね。出張の時に近くの砂漠に依頼を出して連れていってもらうとかね。」



 クレインはそう言うとフェイの頭をぎゅっと抱き締めた。思わずすぐにでもついて行くようなことをさっきは言ってしまったが、自分だけ着いていけないなど悲しすぎる。自分がその立場であったなら恐らく泣いてしまうであろうと思ったのだ。無論、二人の居ない所で泣くであろうことはクレインの年上としての矜持だが。



「ふむ、それじゃあもう少しスキルをどう利用してどういう風に稼ぐのか、それにはどういう準備をすればいいか検討するということにしようか。何もなくて大丈夫、っていきなりするんじゃ失敗するだけだからね。」



 カロンタンはそう言うと、一旦スキルを書いた紙などを片付けた。まずは腹拵えである。が、台所に立とうとしたカロンタンをフェイとクレインは押しとどめて座らせると、二人一緒にテキパキと料理をし始めた。

 普段は外食の多いカロンタンとクレインに、実家で母親に作ってもらう事の多いフェイであったが、クレインは一人暮らしで元々家事万端問題なくこなせ、料理スキルを所持していることからわかるがその味も悪く無かったのである。フェイも実家で母から嫁に行くには料理が出来なければ端にも棒にも掛からないと十二分に仕込まれており、手際も良くこなしていた。そんな二人をカロンタンはテーブルからのんびりと眺めた。手元にはいつの間にか淹れられたお茶の入ったマグカップが置かれており、かすかに湯気が立っている。

 簡単に済ませるね、との二人の言葉通り、テーブルの上に料理が並んだのは三十分も経たないうちであった。粉末で売られていたと思しきトウモロコシを使ったスープに、シャキシャキの彩りも豊かなサラダ。それに焼いた腸詰めにとろけたチーズの挟まったどっしりと重いパンである。



「わ、凄いね。二人ともありがとう。」

「さ、召し上がれ。」

「いただきましょう。」



 いただきます、と三人の声が聞こえた後はしばし無言が続いた。言葉は無かったものの、シャリシャリパリパリモグモグと色々な音が響いたダイニングであった。

 にこにこと美味しそうに食べていたカロンタンに満足したフェイとクレインにも笑顔が浮かび、お腹いっぱいになった三人はささっと後片付けをしてからまた紙を取り出して検討を始めた。



「そうだね、基本は相場よりも安い物を仕入れて高く売れる所へ売りに行くっていうところだと思うんだけど。問題点がまずいくつかあるんだよね。」

「どういう所かしら。」

「まず一つ。相場よりも安いことはわかるかも知れないけれど、最安値かどうかはわからないこと。それと同時に、高く売れる場所はわかるけど、誰が買い取ってくれると高いのかはわからないってことだよね。」

「その辺りが漠然としてるってことですか。」

「そうなんだよね。輸送にも宿代やご飯代、それに護衛を雇うお金も掛かるわけだから、それだけの利益が出るものを仕入れないとならない訳だからね。量を買って薄利多売で誤魔化せる範囲ならいいんだけど、特に最初はそんなに手持ちの資金が豊富なわけじゃないから、大量に買い付けるわけにもいかないし。」

「そうねえ。」



 あまりにも漠然としている、というのはフェイもクレインも理解した様子で頻りに頷いている。



「その次に、ちょっとさっきスキルをさらに鑑定して気付いたんだけど。市場原理の熟練度が上がればいつからいつまでの間がいくらとか分かるようになるらしいんだけど、今の熟練度だと、今いくらか、しかわからないんだよね。ということは、もたもたしてると誰かがその商品を多量に持っていって売り捌いちゃって、売値が下がっちゃうっていう可能性もあるんだよね。」

「そこまでスキルを上げちゃわないと確度が下がるってことね?」



 本来であれば不確かな酒場の噂や、商業ギルドなどに屯している知り合いの商人などとの情報交換によって得た情報で動かなければならないことに比べれば騙される可能性など無く、拙速であるかどうかだけの単純な問題にまで落とし込めているだけマシなのであるが。



「うん、さらに市場原理の熟練度が上がることで、どんな種類の人がその商品を求めているのかも分かるようになるみたいなんだよね。」

「うう、それはなんとかしてスキルの熟練度を上げなければなりませんね?」



 正直言って求め過ぎであるのは分かっているのだが、なんとか出来る範囲にさらに確度を上げることが出来る可能性があるとそこまでは何とか、と欲張ってしまうのは人の悲しい性質であろう。カロンタンはとにかくスキルを発動させて熟練度が上がることを期待するしかないね、とこの問題については二人に納得してもらうことにし、次の問題を提起した。



「で、コストの方なんだけど。一番不安なのはやっぱり護衛なんだよね。冒険者を雇うにしても、逆に見知ってると下に見られたりしそうな気がして。腕前もある程度ないと人は減らせないし。」

「ちょうど良くいい奴隷が見つかればいいんですけど。」

「そうね、今すぐどうにかならないと明日からご飯が食べられないってわけじゃないから、しばらくスキルの熟練度をあげるのと、奴隷を探すのに時間を掛けてもいいんじゃないかしら。」

「そうだね。あとそれと。移動スピードを考えると、やっぱりクルルか馬を買うかしないとならないかな、って。」



 カロンタン達の住んでいる地方での旅に使う脚といえば、馬か驢馬かクルルであった。馬と驢馬については割愛するにして、クルルというのは駝鳥を大きくしたような、二足歩行の鳥である。走るだけではなく、少しの時間であれば滑空することも可能で地形によってはかなり旅程を短縮出来ると人気の脚であった。世話についてもそう難しくないが、寒い地方では動きが鈍くなるため、馬や驢馬よりも汎用性は低く、値段は馬よりも若干安い事が多い。



「ここにも一応全然使ってないけど小さな厩はあるからね。二頭までなら何とかなるんじゃないかな。」

「それともちょっと大き目のサイズの子を買って二人乗りするっていう手もあるわよね。」

「いいですねぇ、二人乗り。…って、護衛さんとカロンタンさんが二人で乗るわけですよね。」

「そうだけど。」



 えへへ、と一緒に乗れるかもと一瞬思ったフェイは笑って誤魔化した。


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