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5話

「ふふっ、なんか新婚さんみたいで嬉しいわ。」



 カロンタンがそうだね、と返すとクレインは頬を染めて悶えた。カロンタンは正直急にそこまで気持ちが切り替わらないものの、美女といってもおかしくないクレインが嬉しそうな様子にほんの少し頬を緩めたのだが、その僅かな微笑みでさえシチュエーションも相まってクレインにはたまらないものであったようだ。



「今日はまず、昨日の狩りの成果をあちこちに捌いてきて、それからゆっくり自分に何が出来るのか考えてみることにするよ。」

「…あんまり根を詰めて考えすぎないようにね?カロンタンは真面目だから、ちょっと心配。」

「はは、いきなり結論が出るとは思ってもないし、二人にも意見を聞きながら考えることにするから。」



 クレインは約束よ?と最後にカロンタンの手を握ると、そろそろ準備して仕事に行ってくるね、と席を立った。ふわり、と香るクレインの匂いに、カロンタンは目を眇めた。カロンタンにはたったそれだけの事が何やらとても幸せな証拠に思えたのだ。

 後片付けをしていたカロンタンをクレインは後ろから抱きしめると、行ってきます、とキスをして合鍵を渡して仕事に出て行った。カロンタンはそろそろいつもお世話になっている店も開く頃か、と一応戸締りを確認してから家を後にした。


 無職になったカロンタンは一人になったら何か感じる物があるかな?と思っていたものの、実際に訪れたのはいつも通り、何も変哲のない朝の風景だった。カロンタンが冒険者稼業を続けなくても次々と新人の冒険者が現れてゴブリンは狩られるし、兎などの小動物もいつものようについでで狩られていくだろう。あの丘も、きっと誰かが見つけて有効に使うだろう。フェイやクレインはカロンタンが居なければ嫌だと言ってくれたが、世界はカロンタンが居なくても回るのである。自分なんて何も出来ないただの穀潰しだ、と悲観的に思いながらカロンタンはいつも皮を買い取ってくれる『クレイモア・レザーズ』の裏口をノックした。



「おはよう、昨日来なかったからどうかしたかと思ったよ。さ、中に入りな?」

「おはようございます。昨日はちょっと色々とありまして…。すいません。」



 『クレイモア・レザーズ』はこの街の中で皮の扱いでは一番腕が立つ、と言われている老婆が切り盛りする店である。この場所に店を構えて四十年。素材の仕入はギルドからの買取も勿論しているのだが、その中でも毎日皮の処置がダントツでよい物が混じっているのに気付いた老婆がギルドに問い合わせてカロンタンのことを知り、直接売りに来るようにと言付けてからの付き合いである。



「今日は何の皮だい?」

「兎が三羽と、狐が一匹ですかね。」

「どれどれ…。」



 アイテムボックスから取り出した皮を作業机の上に並べると、早速老婆が手に取って丹念に調べ始めた。その後ろでは弟子たちが見極めの方法を盗もうと手元は動かしつつも視線を送っている。作業机の上には幾つかの道具が置かれてはいたが、それ以外はチリ一つ無く綺麗に片付けられていた。皮を鞣す薬剤の匂いや、部屋の片隅に積まれている大量の皮を気にしながらカロンタンは老婆が査定してくれるのを待った。



「いつもながら、最高の皮だね。切り拓いた以外に傷も無いし、注文通りの場所から捌いてあるから無駄も全くない。…こんな仕上げで持って来てくれる狩人ももうみんな年でおっ死んじまったから、本当に助かるよ。…ほれ、お前たち!サッサと仕事に掛かりな!最高の皮なんだから無駄にすんじゃないよ!」

「「「了解です、マム!」」」



 いつもより口数の多い老婆にカロンタンは苦笑した。褒めてくれているし、毎回他にいないから頼むといった事をよく言われているのに心苦しいが、言うことは言わなければとカロンタンは気を引き締めた。その様子に何事かあると気が付いたのか、老婆は心配そうな顔でカロンタンに声を掛けてきた。



「…どうしたんだい?」

「そ、それがですね。昨日、冒険者ギルドから引退勧告を受けまして…。」

「なんだって!?引退勧告!?」

「え、ええ。僕の能力では冒険者としてやっていくのは無理だと。そう、はっきり言われてしまいました。」

「稀代の狩人に何て事を言うんだ、あの腐れババア!!」



 貴女も老婆じゃないですかとは言えないカロンタンであったが、激昂して机を壊さんばかりに殴りつけた老婆を慌てて周りが諌めると、せめてものフォローをした。怒ってくれた事は嬉しかったのだが、さすがに一方的にギルドを悪者扱いするわけにもいかないと思ったのだ。



「僕を無駄に死なせたくないから、だそうですよ。僕はゴブリン一匹を相手にするのがやっとですからね。」

「…受付嬢からはもう会えなくなるなんてイヤ!とか熱烈な告白を受けたらしいじゃないか?カロンタンの兄ィ。」

「ちょ!なんで知ってるんだよ、レイズ!」

「昨日皮鎧を修繕しに来た冒険者のおっちゃんが、俺のフェイとクレインが…ってこぼしてたからね。」

「ぬああ…。」



 ニヤニヤしている、レイズと呼ばれた老婆の弟子の一人がその冒険者のモノマネらしき事をするのを見てカロンタンは頭を抱える。そのやり取りを見て若干気が抜けた様子な老婆は、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。



「…これからどうするんだい?さすがにうちとの取引と肉を卸したお金だけじゃ、食っていくので精一杯だろう。」

「ええ、常設依頼の報酬があったからこそ僅かとはいえ貯蓄まで出来たわけでして、正直なところ獣よりモンスターが多い現状では苦しくなっていきそうでして。それに、その、クレイン達も狩りに出るのは心配するようですから、自分に何が出来て何が出来ないのか、ちょっと考えてみるつもりです。何せ、昨日の今日ですから、まだまだ気持ちの整理もついてないんです。」

「何かうちらに出来ることがあったら遠慮なく言うんだよ?…カロンタンの皮が買えなくなるだけでも痛手だけど、あんたを無駄に死なせたくないっていうギルドの気持ちも分からないでもないからねぇ…。」



 話している途中でいいことを思いついたと言わんばかりに老婆の顔が明るくなると、カロンタンの肩をぽん、と叩いた。



「いっその事、皮職人になるってのもありなんだからね。あんたの腕ならいいとこまでいけると思うよ。前に買った鞣した皮もかなりいい仕上がりだったからね。」

「ありがとうございます。色々と考えて、それが一番だと思ったらお世話になりますね。」

「ああ、まだあんたは若いんだから、少し考えるのもいいさ。…用事が何も無くてもたまに茶でも飲みに来な。いいね?」

「はい、ありがとうございます。」



 その後、時間はあるんだろ?とお茶を飲みながら思い出話に花を咲かせた二人だったが、そろそろ他のものも売りに行かなければならないということでカロンタンは『クレイモア・レザーズ』を後にした。



◇◇◇◇◇



 大抵は同じ品質のポーションを売り払っていた店は兎も角、兎肉や猪肉にその骨ガラを卸していた『銀月亭』でもカロンタンはとても残念がられた。血抜きの作業までする冒険者は珍しく、ここでもカロンタンの丁寧な仕事が評価されていたのである。

 カロンタンは自分が思っていたよりは必要とされていた事に驚くと同時に、その必要とされていた内容からして狩りにいけない自分ではその必要とされていた部分を満たせないことに気落ちした。今までの努力が全く無駄では無かった事は分かったのだが、このままでは次に繋がらないのである。皮職人だって腕力も必要であるし、鞣し以前の工程で皮の価値がだいぶ変わってしまうために期待されているほど上手くやれはしないだろうと思っていたのである。鍛錬すれば上達する、という理論にはこの五年の経験から信用出来ないものを感じているカロンタンであった。


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