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43話

「これで処置は完了であります。暫くすればバッドステータスも解消されると思うでありますよ。」



 そう言いながらアズはアシュリーの頭を撫でると、季節柄薄い布団をそっと掛けた。

 カロンタン達はギアルギーナと別れてから半日もせずに次の街に辿り着くと、宿屋に篭ってアシュリーの体をなんとかしようとしたのである。栄養を与えては寝させることを繰り返す事で解消するのは分かっているが、既に飢餓状態が長く続いていたこともあって、急にたくさんのものを食べさせても体が受け付けないだろうと思い至り、どうしたらいいかと考えたところでアズがキリアの腕を直す時に使ったナノボットを利用することを提案したのである。

 ナノボット自体は別に万能というわけではないのだが、体全体に必要な栄養素を届けることは元々の機能である治療速度の向上でも似たような事をしている為、問題無く出来るだろうとの予想の元であった。無論、配るものがなければ弱る一方な為、実際には食べ物と一緒にナノボットを摂取し、それと別にナノボットを注射する、という手を使ったのだが。


 落ち着かない様子のアシュリーに誰かがそばにいてあげたほうがいいと考えたカロンタンは、最初はギアルギーナの代わりというのもおかしな話ではあるのだが、同じ女性であるキリアに添い寝をお願いした。したのだが、残念ながら落ち着かない様子であり、アズでもそれは変わらなかったという事もあって、結局は自分が一緒に添い寝をする事にした。



「僕で落ち着くなんてね。今まで通り女性と一緒のほうがいいのかと思ってたけど。」

「カロには不思議な魅力があるからな。ちょっとしか一緒にいなかったはずのヴァリスの懐きっぷりを見ればわかる。」

「よく言うでありますよ。キリアだって大して接点があったわけじゃなかったでありますよね?」

「んぐっ、自分とカロの場合は、ど、ドラマティックな感じだっただろう!?」

「…まぁ、起きちゃうとあれだから、二人はそろそろ静かに。」



 慌てて口を塞いだ二人に溜め息を吐くと、カロンタンはアシュリーの頭をさらりと撫でた。宿に着いてすぐ、キリアとアズの二人掛かりでしっかりとお湯で体をきれいに拭い、頭もきれいに洗われたアシュリーは今でこそ飢餓状態で全体的に体が痩せ細ってはいたものの可愛い顔立ちをしており、出るところもしっかりでていた事が判明している。無論、カロンタンは報告は聞いたもののその様子を見たわけではないのだが。着替えはキリアのものでは大きすぎるということもあり、アズの予備兵装から仮に拝借している状態である。


 処置も終わり、添い寝を続行した一行であったが、夜に襲撃を受けてそのまま移動してきたこともあって、まだ日は沈んではいなかった。ある程度の睡眠はとっていたということもありどちらかといえば昼寝といった様相ではあったが、肘を立てて頭を支えていたカロンタンはウトウトと船を漕ぎ始めた。



◇◇◇◇◇



 アシュリーは貧しい農家の五女として生まれた。兄弟姉妹は全部で十人いたが、最後に産まれた弟はまだ二歳にもならなかったが気がついたら居なかった。姉二人は十五の年に奴隷として売られていった。自分もその年になったら売られるのだろうかと思っていた十歳の秋、飢饉で弟がもう一人死に、食い扶持を減らす為かアシュリーも奴隷として売られた。

 自分に光魔法の才能があると分かったのは、奴隷になってすぐに鑑定されたときだった。まったく使えない状態では安く買い叩かれるということもあり、奴隷商人が同じ奴隷の中でも光魔法が使える者を同じ牢に加えると、強制的に練習をさせた。最低でも明かりを出す魔法と微弱でも回復魔法が使えるようにならなければならない、と一月程だろうか、練習を繰り返した。何せ、傷を治す実験台には事欠かない。新たに入荷されてきた奴隷の何割かは些少でも怪我を負っていることが多かったのである。そうこうするうちに仮の師匠であった女性が売れてしまうと、アシュリーは一人で黙々と練習を繰り返した。傷が治るのが実感出来る程度の回復魔法と病気及び毒の治療、明かりを出す魔法、そして師匠であった女性からこっそりと教えて貰った光学迷彩の魔法を何とか使えるようになった頃、アシュリーは冒険者の若い男性に買われて行った。


 冒険者の男性との生活は、貧しい農家の生活に比べれば幸せであった。望まぬ性交渉こそあったものの食事は男性の半分程度ではあったが食べさせてもらえたし、アシュリーが生きてさえいれば怪我を治してもらえるということで、男性はアシュリーが死なないようモンスターから守ってくれたのである。そんな生活が一年程続き、ある時、儲け話があると言われて男性が参加したダンジョン攻略グループでは、男性のみならずさらに他の男の相手もさせられたが、それでも多少の荷物運びこそさせられたものの美味しい食事を出してもらうなど大事に扱ってもらえたのである。

 だが、ダンジョン攻略もグループの壊滅という結果に終わり、這々の体で逃げ出した男とアシュリーを襲ったのはギアルギーナ率いる盗賊の一群であった。


 怪我こそ治ってはいたものの、精神的なダメージが大きかった冒険者の男性にとって、正常な時であれば互角に戦えたであろうギアルギーナだけではなく、手下を含めた人数相手では対応しきれる範囲を超えていたのである。とはいっても、アシュリーを置き去りにすればその後立て直すのも難しくなるとあれば逃げるわけにもいかず、数人盗賊を道連れにこそしたものの、最終的には人数差で押し切られ倒れたのであった。その時、アシュリーはこっそりと光学迷彩を発動させて隠れていたのだが、遭遇した段階でその場にいるのがわかっていたためにギアルギーナに最終的には見つかり、奴隷契約を書き換えられた。


 それから二年。追い剥ぎの一味としてあちこちを転戦しながら今の場所に落ち着いてからはギアルギーナに守ってもらいながらの生活であった。最後の半年こそ獲物の問題で飢えたが、それまでは性交渉もなく、妹の様に可愛がってくれるギアルギーナの庇護の下でアシュリーは幸せだった。



 目が醒めると、そこはどうやら宿屋のベッドの上のようだった。隣には見たことのある、かも知れない人がうつらうつらと船を漕いでいた。隣のベッドには大きな女性が一人寝ていて、もう一人の女性はベッドに腰掛けて何やら本を読んでいる様子だった。

 アシュリーはゆっくりと体を起こすと、ギアルギーナの姿を探したが、部屋には居ないようだった。



「起きたのでありますか?思考ははっきりしてるでありますか?」

「…はい。あの、ギーナは何処でしょう?」



 アシュリーは声を掛けてきた女性に、まずはギアルギーナのことを聞いた。いないと不安なのだ。



「んぁ、あー、アシュリー。おはよう。」



 傍の男性が目を覚ました様子だ。アシュリーはベッドに座りなおすと、再度問いかけた。



「あの、ギーナは…。」



 男性と女性は確認するかのように目を合わせると、男性が口を開いた。



「ギアルギーナなら居ないよ。君の状態があまりに酷くて、彼女がすぐに状態を改善出来ないみたいだから君を譲り受けたんだ。」

「…そう、ですか。」

「ギアルギーナが居ないと悲しい?」

「…はい。妹の様に可愛がってくれたので、私も姉の様に思っていたのです。」

「そっか。…彼女、こっちに来るかな?」

「マーカーはこっちに向かってるでありますね。最寄りの街でありますから、きっと準備を整える予定なのだろうと思うであります。」



 カロンタンは万が一会うことを考えてギアルギーナの位置がわかるようにアズに目印をつけていてもらったのである。ギアルギーナの言う性奴隷云々はともかくアシュリーの事は大事にしていた様であったということもあり、真っ当な生活をするのであれば、ギアルギーナの元にアシュリーを戻してもいいとカロンタンは考えていた。


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