42話
ギアルギーナ・セスタスは北方の大国の一つ、ジェライト王国の王都のスラムで育った。物心ついた時に既に両親はなく、スラムの顔役であった年配の女性の庇護下に置かれていた。あくまで庇護下に置かれていただけであって、ご飯を食べさせてくれたり、親代わりになってくれた事などなく、あくまで縄張りに住んでいるだけに近かったのだが。それでも廃屋とはいえ、住ませて貰えていただけ良かったのだろう。庇護下にも入れなかった子供など、冬を越すどころか奴隷商人から狩られて一山いくらで売られるだけである。
顔役の女性にしてみれば、顔の造作のよかったギアルギーナは将来娼婦として稼いでくれるかもしれないという程度の心算であったのだろう。廃屋にはギアルギーナだけではなく、さすがに乳飲み子はいなかったが下は四歳から上は十二、三歳に至るまでの少年少女が二十人近く住んでいたのである。その有り様はまるで小さな盗賊団のようで、序列を作ったりするようなことは無かったものの、自然と年長者が年少の者を面倒を見てやり、スラムに迷い込んだ一般人の財布を掏ってみたり、市場でカッパライを行ったりして得た獲物を山分けして食いつなぐという形になっていた。ある程度の年齢になると、顔役の女性から仕事を世話されて上部組織に異動したり、冒険者になると言ってスラムを出て行ったりする為、その廃屋に暮らす少年少女たちの年齢は大体一定に保たれていた。
そんな環境で育ったギアルギーナだったが、顔役の想定通りというべきか、十三歳を過ぎた頃には体がいい具合に成長した事もあって、顔役から娼婦として働くよう、箱を紹介されたのである。スラムでの生活は苦しいものであったが、栄養状態が悪い割には発育もよく、娼館でも稼ぎ頭として数年の間働いた。普通であれば性病の一つにでも掛かるのだが、ギアルギーナ本人は知らなかったのだが、スキルとして病気耐性と毒耐性を持っていた事で風邪一つひくこともなかったのである。
そんなギアルギーナの転機は、一人の冒険者との出会いであった。お客として来たその男のスキルに『鑑定』があったのである。娼婦を買う単位は時間だったのだが、その男は懐に余裕があったのか売れっ子だったギアルギーナを一晩、朝まで買い、ベッドの上で致した後も会話を楽しんではまた行為に至り、という過程の中で、話題の一つとしてギアルギーナを鑑定してくれたのである。奴隷商人であってもスキルを持っているとは限らない程度にはレアである『奴隷使い』のスキルを見て取った男は、何を思ったのか自分で練習台にまでなってスキルを少しであったが鍛えてくれたのである。勿論、男が朝娼館を出た時には元の状態に戻してはいたのだが。
他にも幾つかのスキルを所有していたことがわかったギアルギーナは、娼婦をやめてそれまで貯めていたお金を手に街を出たのである。無論、顔役には引き留められたが、これまでの稼ぎで充分に元は取れたのだろう、最終的には禍根を残さず送り出してくれた。その後は気まぐれに冒険者として登録して依頼をこなし、幾つかの街を転々としていたギアルギーナに、気が付けば姉さん姉さんとしつこく付きまとう舎弟が出来た。ついスラムの時の癖で目下の者が手の届く範囲で困っていると面倒を見てしまうのである。ギアルギーナ自体は冒険者稼業で細々と食べていけるだけの腕があり、事実貯め込んでいたお金もそれ程減らさずに徐々に増えるような状態だったのだが、要領の悪い舎弟や、甘い汁を吸おうと集まってきた男達の面倒まで見ることは出来ないと早々に気付いたこともあって、気が付けば頭数だけは揃っているということでこっそり奴隷使いのスキルで男達を奴隷に変えていくことで襲われる可能性を徐々に減らし、自分の身の安全を確保しながらも一人働くよりは実入りのいいであろう追い剥ぎに身をやつしたのである。
途中で鈍臭かった舎弟が追い剥ぎ稼業の渦中に怪我が原因で死んでしまった事で、一応の面倒を見るという責任は果たしたとの思いもギアルギーナにはあった。流石に集まってきていた男達には多少の仲間意識はあったものの、感情移入出来るほどの出来事はなかったのである。
去っていくカロンタン達の後ろ姿を木々の間に消える迄見送ると、ギアルギーナは溜め息を一つ大きく吐いてから建物の内部へと戻っていった。確かに、同じ方向に追い掛けたのなら追い付けないだろう。だが、話を聞くに行商人のようなものだということが分かっているのである。何処かで網を張って待ち受けていれば合流する事も可能だろう、それまでに真っ当な生活に戻るつもりで、早速準備を始めたのである。
「そうねぇ、ミーム…いえ、デイム辺りまで移動すればしがらみも何も無いかしらね。…っと、確かこの辺だったかしら。」
ギアルギーナは戦利品などを入れて魔道具で保護していた部屋の中で、ある場所の床を剣で突いた。ガチっという音と共に隣り合った石畳が隆起する、擦れた音が部屋に響く。
「…ちゃんと残ってたわね。」
そこには数振りの剣と所々鈍い光を放つ金属で補強された皮鎧一式、そして大きめの革袋が一つ、入っていた。お金こそ入っていなかったが、狩りや探索に必要な道具等冒険者として働くには必要な道具がそこには揃っている。追い剥ぎとしてやって行く際にも本来であれば鎧や剣は役立つのだが、ギアルギーナとしては道具を穢すような気がして使わずにこうして隠しておいたのである。…もしかしたら目端の利く手下共が見つけて売り払ってしまったかもしれないと思っていたのだが、予想に反して残っていたのである。実際に見つけた手下もいたのだが、サイズや丁寧に手入れされたその様子を見て、そのままそっと見つけなかった事にしてまた蓋をしたのである。装備類に関しては旅人や冒険者から剥いでそれなりに数が揃っていた事もあったのだが、曲がりなりにも敬愛しているギアルギーナのもの(らしきもの)に手を出すのはやめておこうという気持ちが働いたのも確かである。
カロンタン達がギアルギーナの為に戦利品を全ては持って行かず、暫くの間飲み食いできる分のお金をわざわざ残していった事もあって、最低限の準備が整ったギアルギーナは建物の中の荷物をある程度選り分けてから処分し、クルルを連れて手下共を埋葬しに建物を後にした。




