4話
宿の鍵を返却して残金を精算してもらったカロンタンは、朝日の眩しい道をクレイン達についてのんびりと歩いていた。カロンタンは普段から日の出と共に起き出して狩場に向かう生活を続けていたこともあって、朝が早いということもなく通常運転であったが、クレインとフェイの二人にとってはいつもより何時間も朝が早かった様子でとても眠そうな様子が見て取れた。…無論、昨晩の行為による疲れもあるのだが。
クレインの自宅に到着すると、フェイは一旦自宅に帰るという事で名残惜しげに手を振りふり帰っていった。前日と同じシャツや、取れてしまった化粧でそのまま仕事に行く事は出来ないのはカロンタンもクレインも理解している為、夜にまた会うんだから、といつまでも名残惜しそうなフェイを帰らせたのである。
「さあて、あたしの城にようこそ、カロンタン。物置にしてる部屋がいくつかあるからさ、一部屋にまとめちゃって一人一人の部屋を確保する事にしようか?一応一人になりたい時だってあるだろうしね。」
「ありがとう、クレイン。でも、仕事はまだ大丈夫?」
「うん、まだ朝の鐘が鳴ってないし、今日は3つ目の鐘が鳴る時間から仕事だからね。フェイは二つ目からの筈だから、短い時間で説得するのは大変そうだとは思うんだけどね。」
「そっか。それじゃ荷物の整理手伝おうか?」
手伝いを申し出たカロンタンに、クレインは笑顔で応えた。
「おっきい物だけお願いしようかな?殆どが服とか靴とかなんだけどさ、それを仕舞ってるタンスとかが重いんだよね。」
「…ま、まあ僕も腕力とかが足りなくてギルドをクビになったわけだから…出来ることは手伝うよ。」
「わかってるよ!二人で運ぼうね?」
にこやかに言うクレインに申し訳の無い気持ちになったものの、二人で、という言葉が自分で言って嬉しかったのか笑顔が少し深くなったのにカロンタンは気が付いた。どういう所をクレインは好きになってくれたのだろう、とカロンタンは不思議に思った。
「ねえ、クレイン。クレインは僕のどういう所を見て好きになってくれたの?」
荷物を運びながら、クレインは訥々と自分の気持ちを吐露し始めた。その憂いを秘めた優しい笑顔を見て、カロンタンは胸が少し高鳴った。
「そうね…。最初はただ、元気な子達がまた入って来たなぁ、って思ったのよね。…それがさ、三人仲良く和気藹々としてたけど、三人の誰もがまず他人の悪口を言わないじゃない?それが気になった最初のきっかけかな。…それじゃカロンタンじゃなくて他の二人でも同じじゃないって思うわよね?」
「そう思うけど …。」
「三人並んだらさ、一番顔の良いのはカロンタンじゃなくて、リーダー役の誰だっけ?あの子よね。でも、全体的にカッコイイって思ったのはカロンタンだったのよね。立ち振る舞いもそうだし、自分に力が無いのが分かってたから色々と陰日向なく三人の為に動いてたわよね。そういう所もあたし達には見えてたのよ。それから、はにかみながらもあたしと普通に話をしてくれたじゃない?」
それは当然、と頷くと、嬉しそうにクレインは話を続けた。無論、荷物を整理する手は止まっていないけれど。
「あたしがギルドの受付嬢になったのはカロンタンと同じ様に、十二の歳だったのよね。それから、ナンパをしてくる冒険者達はひっきりなしだったし、エロい目で見てくる奴らばっかりだったのよ。カロンタンの目線が胸に行くようなことも確かにあったけど、それでもどちらかというと隣に住んでる幼馴染みのお姉さんみたいな感じで普通に接してくれたでしょう?礼儀は守っていたけどさ、気さくな感じでいつも自然な笑顔で接してくれる人なんて、ほとんど居なかったし、色々話してカロンタンの人となりを知って、ますます好きになっていったのよね。」
「そ、そうだったのか…。」
クレインはカロンタンの方を向いてウインクを飛ばすと、荷物を置いて振り返った。ふわり、と制服のスカートが動いたのにカロンタンは一瞬、見惚れた。それに気が付いたクレインは後ろで手を組むと、前屈みでカロンタンを見上げた。
「…好きになっちゃったら、もう気持ちが止まらなくてね。たまに仕事明けにカロンタンが帰る時間がタイミングよく来た時なんか、後ろにこっそり付いて行ったりしてね?…だから宿も知ってたんだけどね。」
「え!?」
「ふふっ、それでもカロンタンに恋してるって気付かれないようにするのって大変だったんだからね。あたしに粉掛けてくる連中がカロンタンに何するかわかったもんじゃないし。フェイは結構わかりやすい方だけど、あの子も頑張って隠してたわね。」
確かに、カロンタンはクレインもフェイもモテている姿をよく目撃していたし、変に声を掛けた奴が親衛隊に難癖をつけられているのを食堂で見かけたこともあったのである。実際、本気で惚れて口説いたものの靡かない為に、力づくで自分のモノにしようとクレインを襲おうとした冒険者がいたためにギルドの護衛が付いた時期があったりしたのだが、さすがにそこまではカロンタンは知る由もなかった。
クレインは次の荷物を手に持つと、また運び始めた。
「そういえば、フェイで思い出したんだけどさ、クレインのご両親はご健在なの?」
「ご健在ってば堅苦しいわね。…もうとっくの昔に死んじゃってるわよ。」
「あ、ご、ごめん。」
「いいのよ。天涯孤独の身の上だから、気楽なものよ。」
クレインの両親はカロンタンと同じように農村の出で、冒険者としてこの街をベースに稼いでいたのである。クレインが産まれてからも父親が継続して稼いでいた。初心者御用達とも呼べるこの街をベースにしているということでその実力はお察しであるが、それでも十年以上安定して稼げていた事からも一端の冒険者としての実力はあったのである。
そんな父親が亡くなったのは、他の街への護衛依頼での出来事であった。それなりの規模の盗賊団が護衛をしていた商隊へと襲い掛かり、辛うじて撃退したものの数名の犠牲が発生し、その中にクレインの父親が含まれていたのである。家族がいた事は知られていたし護衛自体も成功していたことから、見舞金として報酬が支払われた為にすぐにクレインと母親が路頭に迷うという事は無かったが、母親が冒険者に復帰しなければならない状態になったのである。その時まだ十歳に満たない年齢だったクレインを連れて狩りに行くわけにもいかず、母親は冒険者ギルドにクレインを預けては狩りに行っていた。その後、体を壊した母の面倒を見る為にクレインは冒険者ギルドにそのまま就職したのである。看病の甲斐もなく、母親が無くなったのはそれから一年も経たない時であった。少し大きかった家を売って自分が暮らすのにちょうどいい大きさの家を買い直し、それからクレインは一人暮らしをしていたのである。
その後、冒険者の恋人が出来た事もあったものの長く続かずに終わる事が数度あり、やっぱり冒険者はダメかと半ば諦めていた所にカロンタンが現れたというわけである。
「ベッドはちょっと大きいのを買って三人で寝ようよ。」
「ああ、街中の片付け依頼の時に要らないベッドとか手に入れてるからそれ出そうか?シーツとかは買った方が絶対いいと思うけど。」
「やるう、カロンタン!今日から一緒に寝られるね。」
「う、うん。」
大まかに荷物を移し終わった二人は、これから朝食を作るのも何だから、とアイテムボックスにしまっていたご飯をカロンタンが取り出して朝食代わりにしてしまう事にした。何せ、朝も早くから後片付けとはいえ力仕事をした為に、いろいろ面倒になってしまったのである。小さなテーブルに差し向かいに座った二人は、ゆっくりとご飯をつつき始めた。
この後は週に二回更新予定です。