38話
時はカロンタン達がハイブの街を出る前まで遡る。
商人ギルドから護衛としてカロンタンに付けられている二人の護衛の姿は、商人ギルドのマスターの部屋にあった。フェイに対する脅迫事件とその顛末についての報告に上がったのである。ギルドマスターの手には数枚の報告書と思しき紙があり、二人を前に目を落としていた。
「…それで、フェイ嬢とカロンタンには結果として被害は無かったわけだな?」
「はい。」
「無理に介入しなかったのはいい判断だろう。冒険者ギルドに対しては護衛をつけていること自体は伝えてあるが、向こうが動くなら敢えてこちらの面を割る必要はないからな。」
「…えと、それでなのですが。」
「ああ、”ビッグ・インパクト”か。」
「ええ。彼女に手が戻っておりまして、戦闘能力としては以前と遜色が無いように見受けられました。」
ギルドマスターは姿勢を崩して報告書を透かすようにして見ると、ばさり、と報告書を机の上に放った。頭をガシガシと掻きながらも何やら考えている様子であったが、暫くして口を開いた。
「…戦力としては充分とは言えねえが、不足とまでも言えねえところがミソだな。こちらとしても護衛を付けたままにしとくべきか、それとももう大丈夫だろうと外しちまうか。悩むところだな。」
ギルドマスターがそう言うことはある程度想像出来ていたのか、アネモネが事前に商人ギルド直属部隊で仕入れていた話題を出した。無論、ギルドマスターは知っているだろうとは思っていたのだが、アネモネとしてはカロンタンの護衛から離れたくないのである。自然に熱を帯びる格好となっていた。
「マスター、最近の幾つかの国に抱き込まれていると見られる大手商会が物流を留めている件があると思うのですが。」
「…ああ。」
「カロンタンが現状のペースで大型の輸送依頼を片付けますと、かなりの確率で目を付けられると思うのですが。 …何も分かっていない一部のギルド職員はカロンタンに輸送依頼を受ける様勧めているようですし、本人も商会の力関係等にはまだまだ不慣れというよりは自分のしている事にどんな意味があるのか、どんな影響があるのかということを考えてはいないと思うのです。それに気付くだけの経験もありませんし。そんな状態で彼を放り出してしまえば、最悪暗殺者が送り込まれる事にもなりかねません。私は…」
「アネモネ、あんまり…。」
必死に身振り手振りを加えて必要性を説き出したアネモネに、イレーズが苦笑しながらストップをかけた。ギルドマスターはその様子にニヤリと笑うと、手を一つパン、と叩いた。
「ようし、其処まで言うならいいぞ、護衛をそのまま続けてもな。
ただし、だ。カロンタンのスキル構成や主に扱ってる商品ややろうとしている事。詳しく調べる事も命ずる。まぁ、スキル構成についてはこっちでも調べはしててな。アイテムボックスに鑑定、自然の理とかいうレアスキルを持っているのは分かってる。ただなぁ、それだけとは思えねえんだな。恐らくは、だが。伝説級、レジェンダリークラスのスキルを持ってんじゃねえかって疑ってんだよ。」
「レジェンダリー、ですか。」
「お?そっちはイレーズが興味アリか。」
「ええ。」
イレーズ自身はレジェンダリースキルを持っていなかったが、盗賊としての技術を伝えてくれた師匠である叔母が『絶無』という気配遮断系統の最上位であるレジェンダリースキルを所持していたのである。『絶無』を使用されると目の前に居たはずの叔母の気配が消え、姿が見えなくなるだけではなく其処に叔母がいた事すら忘れてしまうという強烈なスキルであったために、レジェンダリースキルという物にイレーズは興味を覚え、王都に居を構える、蒐集家として名高いとある貴族の書庫にまで侵入してその手の本を盗み出しては読み、満足すると返しに行くなどまでした程であったのだ。そのイレーズがレジェンダリースキルを持っているかもしれないとわかったカロンタンに興味が出る(あくまでもスキルを知りたいという方向性であるとはいえ)のも致し方ないことであろう。
「ステータスの上がる系統の装飾品をダンジョンのある街で売る。まぁ、これはある程度経験を積んだ商人であれば、経験則として求められるであろう場所で売るっていうのは熟れてくりゃあわかるこったが、村で読み書きに多少の礼儀作法なんかを習っただけの小僧が熟練の商人の元に丁稚に出てた訳でもねえのによ。まぁ、アルベルトの爺さんには出番を願ったが、そういうことまでは教えねえだろう。なのにいきなりそれが出来るというのはな、余程の天才かその手のスキルを持っているかってことになんだよ。」
「…冒険者だったわけですから、そういった情報を持っていたとは考えられないでしょうか。」
アネモネとしては、カロンタンのことに興味はあったものの、根掘り葉掘り調べる事自体はしたくなかったのである。出来れば何かしら偶然でも装って出会い、普通に話をしたいとか思っていた位である。こそこそ調べるのではなく、堂々と会い、友達としてカロンタンの事を知りたいと思っていたのである。
「まぁ、そういうのもあるかも知れねえがな。それにしたってだ、完動品の機械も売ったって話じゃねえか。しかも金持ち貴族の多い、リノリウムで売り払ったんだろう?」
「ええ、一つだけでしたが、確かに。露天という形でしたが、偶然にも貴族の坊ちゃんらしい身なりの良い男に遭遇していましたね。」
「しかも、名産品である香辛料まで買い込んでたってな?」
「ええ。」
「名産品が何かっちゅうのは旅地図でも詳しい物はあるがな、相場まではわからねえだろう。買い込んだってことは何かしら勝算があるはず、と考えるのが普通なんだがな。しかもお前、イレーズが調べたら相場よりもだいぶ安かったんだってな?」
「ええ。売主は借金が嵩んでいたようで、とにかく現金が欲しかった為にかなりの安値をつけていたようです。そこに居合わせたのは偶然でも、それを見抜いて買い取るといのは初めて訪れた場所では無理というものでしょうね。」
「しかも市場を全部眺める前にって話だったな。…ビギナーズラックってもんもあるっちゃああるだろうが、ここまで続けば何かあると俺は睨んでるんだ。まぁ、調べた結果ただ適当にやったら大当たりだったってことも可能性としてはあるとは思うがな。」
いくつもあがった実例に、ギルドマスターとイレーズはかなり信憑性をもっている様子であった。アネモネとしては微妙な方向に事態が進んで行っているのだが、二人の様子をみてどうにもならないかもしれない、と少し諦めを感じてしまった様子であった。
オクセント村からはミームへと繋がる細い街道の他にも、更に奥地の村へと向かう地元の人間くらいしか使わないような、整地もされていない細い道が幾つか存在していた。とはいえ基本的には平地であり、オクセント村から見える範囲殆どが畑として開墾された土地であった。カロンタンが幼少の頃に狩りの真似事をしていたちょっと離れた所にある森も、その頃に比べれば開墾されてその領域を大きく減じていた。アネモネとイレーズの二人はカロンタン達の後を同じ様にクルルに乗ってついて行っていたのだが、さすがに近辺には宿もなく野営をしてみようものなら村の人間に畑で寝ている怪しい奴、と誰何されかねない為にわざわざ野営ができそうなところまで移動してからようやく腰を落ち着けることが出来ていたりした。
「…なぁ、これじゃあ何も出来なくない?宿はないし、酒場も村の中に見当たらないし。」
「酒という娯楽無しで村の人達はどうしてるんだろうね?」
「そ、そりゃあ…。」
赤くなったアネモネをイレーズはニヤニヤしながら眺めていたのだが、実際には各家や村単位でビールを醸造していたり、想像の通りに夜の営みが盛んで子沢山だったりするのが村の現状である。村の人間が子沢山で大家族な割に教育を受けさせることが出来る程度に裕福なのは、お金を使うには都会まで出なければならないが日常必要な嗜好品的なものは大体村の中で収まっているということもあるのである。因みに、煙草などについてはこの辺りでは吸う習慣がない。
「…これじゃあ情報収集も中々難しいわね。身を守ってあげるにも他所の人間である私たち二人がいるのはどう考えてもおかしいものね。」
「村の人間がカロンタンを傷つける可能性と、あたしたちがそれに割って入れるような近くに入れる為に払う労力が釣り合わないよな。しかも多分だけどすぐに依頼をこなしに村を出るだろうし。寧ろ、あたしらがついて来たことに『村のはずれに二人同じ様に来てるけど知り合いか?』なーんて村の人間から話された日にゃあね。」
「でもここまで来てただ引き返しても何しに来たのかって…別に思われないかしら。さっさと先行してミームの入り口に近い所で追い掛けられる準備をしてた方がいい気がするわ。」
一瞬考えるそぶりを見せたイレーズであったが、すぐに思い直した様子で地面に広げたお茶のセットなどを片付け始めた。アネモネもあーあ、とガッカリしたような言葉を発すると出発の準備をし始めた。




