34話
カロンタン達がまず最初に向かっているミームの街までは、ハイブから真っ直ぐ行く道は無く、デイムに一度出てから渡河して西方へ向けて森の中を突っ切っている街道を進む、というルートを取るしかなかった。ミームの街やその先の街々に繋がっている定期路線もデイムの街を始点としてミームへの街道を行き、一度西方のニッカの街を経由して北方のラフラに出、そこから小さな街を幾つも経由して東へと抜け、北方三国と呼ばれる大国の玄関口であるパールという街まで北上する、という形になっている。北方三国では各国でそれぞれ運営している馬車便が走っており、上級ダンジョンの一つがあるユールダンスや神々の箱庭への玄関口として知られるカリオに自分の馬や鳥無しで行くには馬車便に乗り換えるしか無いのである。
冒険者達は特に、自分達がダンジョン等に潜っている間に馬や鳥の面倒を見るということが難しい為、宿に預けっぱなしにするか、そもそも自分の物を手に入れずに定期路線と馬車便を主に使って移動するという者が大多数を占めていた。定期路線や馬車便のルートはあちこちを経由していくために、実際には馬や鳥で街道をうまく移動した方が圧倒的に早かったりはするのだが。その分、盗賊が待ち構えている場合があったり、その他の危険も増えるという事もあるため、少々時間が掛かっても国の護衛が付いているという安全を取るのか、多少危険を冒してでも速度を求めるのかは何を目的にしているかによって違ってくるのであろう。
カロンタンの実家があるオクセント村は、ミームの街から北東に三日ほど定期路線も通っていない細い街道を進んだ所にある村であったが、その近辺は有名な小麦の産地であった。付近の街々の食糧事情を一手に支える穀倉地帯であり、その豊かな土地を巡って昔から戦争の度に奪い奪われその都度街を支配する領主の首がすげ変わるという場所であったが、目的が目的なだけに焼き討ちされるような事は少なく、せいぜい備蓄を吸い上げられる程度で済んでいた比較的安全な場所であった。今は小麦の収穫の真っ最中で、今年は大豊作という事もありその価値を大きく下げていた。市場原理のスキルの熟練度が無事上昇してきていたカロンタンはその事に気付いており、家出してきていたとはいえその繋がりで安く仕入れられるかもしれないと思っていたのである。
「ヴァリスはやはりいいクルルだな。自分とカロンタンの二人を乗せても重そうじゃないし、普通のクルルよりも速度も段違いだ。」
「なんか鞍にヴァネッサが重量軽減装置とやらの仕込みをしたらしいよ?僕ら二人分を合わせても一人で乗ってるより軽いみたいだね。」
トットットットッと軽快に走っているヴァリスの背中をカロンタンは優しく撫でてやると、ヴァリスは嬉しそうにくるる、と鳴き声をあげた。薄手のマントを羽織ったカロンタンの頭を眺めながらキリアは手綱を引いた。ミームの街まではあと二日程の距離までに迫ってきており、日の出と共に準備をして走り出してから既に数刻が過ぎていたのである。
森の中を走っている街道の途中には幾つも休憩出来るようなスペースが確保されており、場所によっては雨風をしのぐための小屋まで建てられていた。そういう場所は定期路線の馬車が優先的に使う事が多かったが、基本的には空いていれば誰でも使っていいことになっている事から、カロンタンとキリアも有効に使わせて貰っていた。特に、ヴァリスの脚が早いという事もあり、泊まるというよりも休憩の時に使うという形が多かったが、地べたに座るよりも多少気が楽であった。
今回は残念ながら小屋がある場所ではなかったのだが、それでも休めるようにか、丸太が椅子代わりに腰掛けられるように並べられているのを見て二人はお互いを見て微笑んだ。…キリアは口の端に若干の笑みを浮かべただけではあったが。
カロンタンはヴァリスの為にアイテムボックスから水桶と餌箱を出してやると、頑張ってくれてありがとう、と声を掛けてから自分とキリアの分のお茶の入った水筒を取り出した。その間キリアが集めていた薪に使える小枝などを受け取ったカロンタンはそれをアイテムボックスに仕舞い込んだ。塵も積もれば山となるということで、旅の間に焚き付けを集めておき、冬場などに売ろうと思っていたのである。そうでなくても冬場の野営など寒さを凌ぐのにも使えるということもあるのだが。
「やはり、一々火を起こさなくてもお茶が飲めるというのはいい。」
「ご飯もいっぱい作ってしまっておけば焼きたてのまま、あったかいまま食べれるしね。旅をするには便利なのは認めるかなぁ。」
「輸送の仕事も出来るのだから、今となってはなくてはならないスキルだろう?」
「そうだね。」
二人が屋台で買っておいた軽食も口にしていると、休憩所へ二頭立ての馬車が一台滑り込んできた。後追いで三頭の馬に乗った護衛も入って来たのを見て、二人はそろそろ出発した方が良さそうだ、とヴァリスの水桶や餌箱をしまったりし始めた。二人がマントを羽織ったりヴァリスの脚絆を止め直したりしていると、馬車から身なりの良い一人の壮年の男性と、その娘であろう十歳程度に見える女の子が降りてきた。
「おや、お邪魔してしまったようですな。」
「いえいえ、私どもは充分休みましたので、お先に。」
カロンタンは丁寧に頭を下げると、先にヴァリスの準備を終えて騎乗していたキリアの手を借りて鞍へと跨った。その様子を女の子がキラキラした目で眺めているのに気が付いたカロンタンは、苦笑いをしながらも手を振って女の子に応えてから出発した。二人乗っているにも関わらず、素早い動きで走り去ったクルルを見て特に女の子が喜びを表していた様子で男性から窘められていたのだが、それはカロンタンたちの預かり知らぬところである。
カロンタン達はその後、休憩していた定期路線の馬車を追い抜いたりしながらドンドンと先に進み、予定よりも半日ほど早くミームの街へと到着した。
ミームの街はカロンタンにとって、子供の頃何処よりも近い都会であった。村からは三日程の距離がある為に物心ついてから来たのは二度ほどしかなかったが、それでも小さかったカロンタン少年の心を掴むには充分、色々な物や人で溢れていたのである。キリアにとっては国が滅んで落ち延びてきた時に通過した位で後は特に何も思い入れもない街ではあったが、それでもカロンタンの実家から最寄りである事を聞いた事で幾許かの興味を持った様子であった。
カロンタンは真っ先に依頼を完了させると、新たな依頼の受領と受け取りを済ませた。カロンタン達は宿にヴァリスを預け、それから市場を巡って安価に仕入れられる物が無いか探す事にした。今回はパールの街やユールダンスまでいく輸送依頼も請け負っていたが、完了期限までにはかなりの余裕があった。その為、この街でも資金を稼ぐ為に露天で商売するつもりにしていたのである。何しろ、ミームには街のとはいえ領主の館があり、それに付随する下位貴族達の館もある事から機械類が高値で売れる街の一つに名を連ねていたのである。
翌日、朝から露天を構える事にしたカロンタンはキリアとヴァリスを連れて露天のエリアに足を伸ばした。幾つかの機械に手入れした装飾品などを並べ、説明書きをつけると隣に座り込んだヴァリスに体を預けてカロンタンは本を読み始めた。その間、キリアが売り子として後ろで真っ赤な髪を縛り、薄い青の半袖のシャツと紺色のパンツ姿で椅子に座って客を待っていた。キリアとしては鎧姿で短槍を持っていない事に若干の落ち着かなさを感じてはいた様子だったが、カロンタンによく似合ってる、と言われた事でなんとか自分自身を納得させている様子であった。




