3話
カロンタンはフリーズ状態から復帰すると、カウンターに載せてあったままの精算された報酬をそそくさとアイテムボックスに仕舞い込み、まだ言い合いをしている二人をそのままにコソコソとギルドを後にした。君子危うきに近寄らず、である。
カロンタンは冒険者ギルドからはかなり離れている安宿を定宿にしていた。本来であれば安い家でも買って維持費を抑えるのが定番なのだが、いつかは強くなってこの街を卒業したいという思いを捨て切れなかったのである。落とし所として、素泊まりか朝食がついてもかなり安い宿に決めたのであった。無論、それはカロンタンがアイテムボックススキルの持ち主であり、宿の部屋に置きっぱなしにする予備武器や旅装などの荷物がないことが前提になっている。カロンタンが使っているような最底辺の宿屋では部屋に鍵のついているロッカーなどはなく、下手をすると部屋の出入り口の鍵すら壊れていたりするのである。カロンタンも何度か部屋に侵入されたことはあったのだが、一度枕元に置いていた小銭入れを盗まれてからは寝巻き以外の全ての荷物をアイテムボックスに仕舞い込むようにしている。それ以後はさすがに一度も被害は出ていないが、稀に夜中に目を覚ました時に人の気配がする事があるために気を抜かないようにしていたのであった。
さすがにそこまでの安宿であれば、冒険者ギルドの側にあるようなセキュリティのしっかりした宿に比べれば料金は三分の一にも満たない料金であった。いくらハズレのレアスキルと言われているアイテムボックスであっても、鞄であればそれごと盗まれてしまう可能性があることを考えればカロンタンにとっては無くてはならないスキルであったであろう。そうやって節約しながら小金をカロンタンは貯め込んでいたのである。
そんな安宿に帰ってきたカロンタンは使った武器と防具の手入れを済ませるとアイテムボックスから手拭いと水桶を取り出し、丁寧に身体を拭い始めた。気持ちの整理もつかない事もあって、入手した素材などの売却は明日改めて行くことにして今日はさっさと身体を拭ったら買ってきてある安酒でも飲んで寝てしまおうと思ったのであった。
もう少しで全身拭き終わる、といったところで急にドアが勢いよく開け放たれた。下半身丸出しだったカロンタンは慌てて手拭いで股間を隠したが、それに構わずドアを開けた主達がドヤドヤと中に入ってくるといきなりカロンタンを抱きしめた。
「え、っと…。」
「あたしたち、決めたの。だって、もうカロンタン冒険者ギルドに来ないでしょう?」
「私、顔も見れなくなるなんて、やっぱり嫌なんです。」
確かにカロンタンはもう冒険者ギルドに行くつもりは無かった。実際問題として、一部の素材の買取などは商業系のギルドでも買い取っていないものや、カロンタンが直接売りに行っている皮や肉、ポーションなどが在庫が多くて買い取ってもらえない際に冒険者ギルドの買取カウンターで売れなくなるのは痛手である。買取カウンターは冒険者ギルドに所属していなければ使えないというわけではなく、二割ほど安く買い叩かれるというだけで利用自体は出来るのであるが、カロンタンの性格的にクビにされたというのにそういったところを頼れるほど面の皮は厚くないのである。
「…まぁ、行くつもりは無かったわけだけど…。」
「そうよね?カロンタン使っていいのが分かっててもきっと遠慮しちゃうもの。」
「…そうですよね。きっと、転職するのに頼ってもいいって言われてるけど、ギルドマスターにも頼らないだろうっていうのは今までの付き合いからわかりますし…。」
そこまで性格を把握されていたのか、とカロンタンは驚きを隠せないところもあったのだが、その一方、だからこそクビにしたのに頼ってもいいだなんて言葉が出たのかな、と納得したところがあったのであった。どうせ利用されないならいうだけでも言っておけばコストを掛けずに印象が良くなるのである。そんな事を思った自分は相当疑心暗鬼になってるな、と更に落ち込んだカロンタンだったが、未だに裸だったことを思い出して二人をぽんぽんと優しく叩いた。
「そろそろ、服を着てもいいかな?」
「何言ってんのよ、これからあたしたちの覚悟を見せるんだから、脱いでてもいいじゃない。」
「そそそ、そういうこと、ででですから!」
「んなっ!?」
二人はカロンタンをぐいっと持ち上げると、ベッドに押し倒した。カロンタンの顔に、二人の顔が近付いてくる。
「今日は本当は色々考えたかったか、ヤケ酒でも呑んで寝ちゃうつもりだったんでしょうけど、そうは行かないからね。」
「あああ、朝まで寝かせませんから!!」
そう言い放った二人は、諦めたのか抵抗を辞めたカロンタンの身体を愛撫しはじめた。
◇◇◇◇◇
カーテンなどない窓から、薄暗い空が見える。薄っすらと雲が掛かっているものの、雨が降る程の重たい雲ではなく、今日も昼間は良い天気になりそうな予感がする空であった。
明け方、日が昇るか昇らないか、といった時間にカロンタンは目を覚ました。安宿には充分な毛布など無かったのだが、風邪を引かせてはいけないとアイテムボックスにしまっていた毛布に二人もしっかり包まっていた。昼間は暖かい季節ではあるが、夜はやっぱり若干冷えるのである。昨夜はまだまだ日も暮れてない時間から盛ったこともあって、日付けが変わるころには結局三人とも撃沈してしまったのである。カロンタンより若いフェイが一番先に沈み、経験豊富なはずの五つは年上なクレインもそんなに間を置かずに音を上げてしまったのである。そういった液体に塗れた二人を優しく拭いて毛布に包んでから、自分も再度身体を拭いてベッドの隅っこで壁に寄りかかって眠ったのである。
二人の気持ちは嬉しいんだけど、とアイテムボックスにしまっていた温かいお茶を飲みながらカロンタンは二人の寝顔を眺めた。何せ、今日から無職なのだ。確かに細々と暮らす分には数年は暮らせるだけの貯蓄はある。だが、細々と暮らすだけなんて全く意味などないのである。今まではがむしゃらに戦ってれば先に進めると信じていたからこそ、毎日同じことの繰り返しでも問題が無かったのだ。何か、出来る事はないのか。何か、冒険者以外にやりたかった事は自分には無かったのか。考え始めたカロンタンの足を、そっと誰かの手が優しく撫でた。
「…おはようございます。カロンタンさん。」
「おはよう、フェイ。」
フェイがもぞもぞと動いた事で目が覚めたのか、クレインも目を覚ますとにじり寄ってカロンタンにキスをした。
「…おはよう。カロンタン。着替えてあたしの家に行こう?」
「…行きましょう。」
「そっか、そうだったな。」
昨夜、カロンタンに毎日会いたいクレインとフェイが自宅に宿を移さないかと誘ったのである。ただ、フェイは実家暮らしであったためにさすがにそれは無理ということで、小さいながらも一軒家を構えていたクレインの所に二人が転がり込む形にしようという話になったのである。一応、転がり込むのにタダでという訳にはいかないと、フェイとカロンタンが僅かながらに家賃を払うということで落ち着いている。細かい食費やそういったものについては後で相談しようという話であるが。
着替えている二人をドキドキしながら眺めていたカロンタンであったが、ある事に気が付いてフェイに声を掛けた。
「ところで、フェイは朝帰りに急な引っ越しなんて、ご両親から怒られないかい?」
「…朝帰りは怒られるとは思いますね。それでも、年頃なのに朝帰りがあってもおかしくないのに全然無いけど大丈夫?とか母からは言われた事がありますから、そっちは大丈夫かと思うんですけどね。…父からは怒られるとは思いますけど。」
「そういう時あたしは一人暮らしだから全く問題がないんだよねー。引っ越しは、カロンタンのことは黙っておいてあたしの家にってだけ言っとけばきっと大丈夫でしょ?」
「これで毎日カロンタンさんと一緒に暮らせるんですから、万難を排して来ますよ!」
むっふー、と鼻息も荒く気合が入ったフェイに対して、カロンタンは溜め息を一つ吐いた。元々ギルドをクビになったことで混乱していたのに加え、ギルドの受付嬢というかなり美人な二人からの急な告白に同棲開始と、流れに流され過ぎて何が何だか今もまだ何か狐につままれたような気持ちで一杯であったし、友人達と過ごしていた三年もそれなりに波瀾万丈ではあったものの、安定してしまっていた後半と一人になってからの二年間の何事もない生活が急に動き出した事にまだまだカロンタンは戸惑っていたのである。