27話
初夏、まるでスコールの様に激しく降りしきる雨の中ハイブに向かう馬車はガランとしており、カロンタンとキリア、そして御者の交代要員が一人乗っているだけであった。キリアはカロンタンの事が色々と聞きたいらしく、他に人は一人しか居ないとはいえ、聞かれないよう色々と思いつく度小さな声でカロンタンに尋ねていた。
「…カロは、何をしている人なんだ?私が必要という事は戦いが得意では無いか、それとも更に前衛がもう一人欲しいかとかしか思いつかないのだが…。」
「僕は商人だよ。…最近までは冒険者だったんだけど、続けていくのは無理だから辞めなさいってギルドに言われてね。」
「そうか。…自分を買ったのは商売の護衛という訳だな。…確かに、その華奢な体では中々難しそうではあるとはいえ、人は見た目には拠らないと言うが…。」
「五年くらい毎日努力してゴブリンを狩り続けたんだけどね。どうしても筋力も敏捷も伸びなくて。レベルが上がって伸びたのは知力とか器用だけだったよ…。」
「そ、そうか。でも商人になったという事は、そっちに才能があるっていう事だろう?自分を買うだけの資金も用意出来てる訳だしな。」
慌ててフォローしてくるキリアだったが、その言はそこまで外れたものでは無いようで、考えなしに言葉を発する事があるのは確かにあるようだが、そこまで全く馬鹿という訳でもないのかなとカロンタンは思い、そんな事考えちゃ失礼だなと自分に対して苦笑した。
「うん、結構今の段階では儲かってるかな。まだまだ始めたばかりだし、今のところは自分に都合のいい案件しか受注して無いからね。…キリアを買ったから、一人で動くよりコストは若干高くなるかもしれないけど、うちにいるクルルに乗って今までよりも行けるところが広がるしね…。頑張って稼がなきゃ。」
「…自分も護衛として頑張る。主を守るのは当然の事ではあるが、カロは奴隷じゃなくても守ってあげたいって思うぞ。」
「あはは、ありがと。これでも男だから、可愛いって言われるのはちょっとアレだけど。」
若干緩みがちだった頬が硬直するのを見て、カロンタンは苦笑した。どうやらキリアはそういった方面では失敗を恐れる質のようである。
「…どう思うかはそれぞれの人で違うからね。まぁ仕方無いよ。」
「…すまん。」
「あ、ちなみに家には僕の恋人達二人が住んでるから。」
「こ!?」
ズーンと落ち込んだ様な気配がカロンタンに伝わってきた。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、これだけかわいいのだもの当然だとか、それでも護衛でずっと一緒に居られるし、とかぶつぶつと呟いていたキリアがガバッと顔を上げた。ん?と思ったカロンタンであったが、キリアは気にせずにぐっ、と右拳を握った。
「か、買われたばかりでこんな事を言うのはおこがましいが、自分、頑張るので、たまにご褒美を頂けないだろうか。」
「え?ご褒美って?」
「お、お、お、おなっ、お情けを…!」
「…お情けって何です?」
正直に分からなかったことを聞いたカロンタンであったが、その意味を問われたキリアの顔がみるみるうちに真っ赤になった事で、何と無く察した。
「…もしかして、夜の事?」
真っ赤になっていたキリアがこくん、と頷くと、カロンタンは少々慌てた素振りを見せた。何せ、鳥が側で会話を聞いているのである。下手をすると全てフェイやクレインに筒抜けなのである。
(…さすがの誑しっぷりでありますな、マスター…。)
「…うちの女性陣と相談してくれるかな?僕としてはこう、そういう事に興味のある年頃なもので、させてくれるというならっていう気持ちも無くはないんだけど。流石にこう、恋人のいる身としては…。」
「わわわ、わかりました!」
キリアとしては一世一代の告白であったが、流石にカロンタンの立場を悪くしても仕方がない、と思ったのであろう、カロンタンのいうことに素直に頷いた。
◇◇◇◇◇
後続の馬車の中には、アネモネとイレーズが大人しく座っていた。こちらの馬車も人は少なく、交代要員の他にもう一人年若い冒険者と思しき少年が一人座っているだけである。ふと、窓の外を眺めていたアネモネがポツリと零した。
「…なぁ、イレーズ。あれってさ、”ビッグ・インパクト” だよね?」
「そうよねぇ。いつの間にか奴隷になってたのにもびっくりしたけれど、片手がねぇ…。」
「うーん。奴隷を買うにしても、アレじゃなあ。両手がある頃ならあたし達でも正面切っての戦いじゃあ勝てなかったけど。」
「あの状態なら私達一人一人でも楽勝よね。インパクトは使えるかもしれないけど、どう考えても威力は半分以下でしょうし。」
「下手すると使えないかもよ?」
よほど安かったのか、それともいつも無表情と有名だったあの顔に浮かんだ嬉しそうな表情からして何か別の事でも起きたのか。二人は首を捻りながらも雑談を続ける。その手には朝宿で淹れてもらったのか、お茶の入った水筒が握られている。
「あの子、それにしても何だかんだで女性に囲まれているわよね。」
「…あたし達もそれに含まれてんぞイレーズ、下手すると。」
「あー、そうねぇ。接触はしてないけど確かにそうね。」
多少ゲンナリした様子で頷いたイレーズをジト目で見ながら、アネモネは言葉を繋いだ。
「周りの話だと、冒険者を辞めるまで女っ気は全然無かったって話だろう?」
「そうだったわね。その割に扱いは上手な感じに見えるけど。姉か妹でも居たのかしら。」
「そこまでいい男って感じではねえんだけど、こう、母性を刺激するよな。細っこいし、顔も中性的だからな。下手すると男共からも人気があるんじゃねえか?」
「まさか!…でも有り得るわねぇ。」
ぐふふ、と笑った二人であったが、実際にハイブの冒険者ギルドでは秘密裏に男子によるカロンタンを守る会が活動していることには気が付いていない。その主な構成メンバーはギルド職員であったが、その中にはギルドのサブマスターの男性までもが含まれていたりする。その他にもギルドに所属する数少ない中堅~上位の古参メンバーが俺たちの可愛いカロンタンに手を出したらぶっ殺す、と目を光らせている為、長い間うだつの上がらなかったカロンタンでも他のメンバーから絡まれるということが殆ど無かったのである。その構成メンバーが何年も毎日毎日コツコツ努力していたのに強くなれずに苦しんでいるカロンタンの状態が可哀想で辛抱堪らず、その危険性も考慮した結果サブマスター経由で引退を具申したという経緯があったりしたのである。
男色の毛がある者も中には当然含まれてはいたものの鉄の規律で手を出す事は無く、カロンタンの引退を機にクレインやフェイが暴走した時には遂に春が…!と涙を呑みつつもメンバー達は祝福したものである。
「それにしてもアネモネ、貴女もあの子のこと気になるのかしら?」
「なっ、ち、ちげえよ。お、弟みたいだって、そんな感じなんだよ。」
むふふ、と口元を押さえるイレーズに対して慌てて否定したアネモネであるが、自分の中でもまだ気持ちがよくわかっていない様子である。ぶつぶつと呟いていたが、溜め息を一つ吐いた。
「うーん、まだ無えなぁ。あたしをこう、ドキッとさせてくれる男気を見せてくれるようなら考えなくもないんだけど、未だ未だ青いからな。」
「そういうことにしときましょうか。」
「何がそういうことに、だよ!ったく。」
ハイブへの残りの旅程は雨が多かったものの、雨も明ければ長い夏がやってくるとあって、休暇の事にも思いを馳せながらアネモネとイレーズの二人はカロンタン達の乗る馬車を眺めていた。




