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2話

 カロンタンが拠点にしているハイブの街は、人口五千人ほどの小さな街であった。周りに草原が多く、木材資源があまり豊富でないこともあってか家々はレンガと漆喰がメインの構成材で作られており、綺麗な街並みが広がっていた。街の近辺には畑が広がってはいるもののモンスターの数も多いことから全体の食料を賄えるほどの穀物の生産は出来ておらず、街道を行く商人たちの流れがそのまま街の生命線となっている。その為、街道の安全を守るという意味でもモンスターや盗賊などの討伐依頼や、隣街への護衛依頼などが冒険者ギルドにはたくさん寄せられており、たくさんの冒険者が仕事を求めて街に集まるという流れが生まれていたのである。ただし、近辺に出没するモンスターは弱いものが多く、どちらかというと駆け出しの冒険者が多いのは仕方のないことであろう。

 そんな街にある冒険者ギルドは食事もしっかり取れる酒場と、依頼などを処理するカウンターが併設された大きな広間が特徴的な、大きな建物であった。職員はそれなりの数が勤めているが、長く勤めているものも多くカロンタンも雑談をする位の付き合いをする職員も両手の数程に及んでいる。職員はリネンのシャツに灰色に紺のチェック柄のベスト、下は灰色の、男性はズボンで女性はスカートという揃いの制服を着ており、それが中々にカッコよく映る様子で街の人間からは人気の職業と言われている。


 カロンタンは混み合っている冒険者ギルドのいつものカウンターのいつもの職員さんに、常時依頼であるゴブリンの討伐の報告をする為にギルドカードを提示すると、職員の女性は心配そうな顔でカロンタンを見上げた。



「カロンタンさん、ギルドマスターがお話があるそうです。今なら居室に居ますから、訪ねてください。」

「あ、はい。わかりました。」

「依頼の完了や精算処理の方は進めておきますね。」

「すいません、よろしくお願いしますね。」



 カロンタンがギルドマスターに呼ばれるなど、これまで一度も無かった事である。ただ、ギルドマスターには冒険者ギルドに登録したその日、偶然手が空いていたということで初心者講習をしてもらったという事があってか、見かけては挨拶をする程度の付き合いはあったのだが。いつもは優しい笑顔を向けてくれる職員さんが心配そうな顔をしていた事が気になったものの、まずは話を聞くのが先決、とカウンターの背後にある階段から執務室へと向かった。


 執務室についたカロンタンはノックをすると、返事を待った。カロンタン自身農民の出ということで礼儀など殆ど知らないが、流石にこういった基本的な事は分かっていた。実家はとても裕福と言うわけではなかったが、カロンタンに自分用の狩りや剥ぎ取りなどに使うナイフなどを与えたり、簡単な字の読み書きや礼儀などを教えてくれる村の小さな寺子屋といったような所に通わせる余裕がある家だったのだ。貧しい農村では文字の読み書きも礼儀なども一切知らずに育つ人間も多いだけに、恵まれた環境だったのは間違いない。



「誰だね?開いているから中へ。」

「カロンタンです。入ります。」



 ドアを開けると、そこには落ち着いた雰囲気の調度品が置かれた部屋だった。窓にはそのままの光では眩しすぎるのか薄手のカーテンが引かれており、その中に線の細い女性が一人、木製のどっしりとした執務机で片眼鏡を掛けて書類を読んでいた。女性は見目麗しく、普通に見れば二十代に見える若さを保っていたが、実際には御歳六百年を超える老獪な女性である。そう、女性は長寿と言われているエルフの生まれであった。



「…カロンタンか。」

「はい。」

「まぁ、まずそこの椅子にでも座ってくれ。」



 ギルドマスターは書類を机にパサリと置くと、片眼鏡を外して肘をついてカロンタンの方をじっと見た。芝居掛かったその様子にカロンタンはドキッとしながらも背筋をしゃんと伸ばして膝の上に置いた拳をぎゅっと握った。



「…カロンタンは冒険者になってからどれ位になったかな?」

「ええと、もう五年になります。」

「そうか。最近、狩りの調子はどうだ。ゴブリンには楽に勝てるようにはなったか?」



 その言葉にカロンタンはぐっ、と息を詰まらせる。手のひらにじっとりと汗を掻いたのを太ももでささっと拭うと、なんとか言葉をひねり出した。



「い、いえ、未だに一人では苦戦を強いられています。…二匹来たらもう逃げるしかないような状況です。」

「…そうか、報告の通りだな。」

「ほ、報告、ですか?」



 カロンタンが怪訝な様子で返した言葉に、ギルドマスターは小さく頷いた。ギルドマスターは少し迷ったような素振りを見せたが、意を決した様にその可憐な唇を開いた。



「カロンタン、こんなことを言うのはとても心苦しいのだが、お前は…冒険者に向いていない。」

「え…?」

「以前組んでいた二人がいるならば兎も角、これ以上お前に一人で依頼を受け続けさせることは出来ない。死ぬリスクが高過ぎる。お前には戦闘に必要な膂力もスピードも全くと言って良いほど足りないのだ。それに戦闘に関するスキルも全くない。それでも最低限、ゴブリンやオークなどを安全マージンを取ったまま倒す事ができる能力があるならば素材の採取依頼などでも食っていけるが、ゴブリンですら苦戦するのであればそれも叶わない。」



 カロンタンはあまりの衝撃に何も考えることが出来ず、呆然と暫くの間座ったままになってしまった。自分でも薄々は気付いてはいたことではあったが、ギルドマスターから言われた事ではっきりと冒険者を続ける事は出来ないと分かってしまったからである。そんなカロンタンをギルドマスターは悲しい目でじっと見ていたが、カロンタンが少し身じろいだところで最後の言葉を告げた。



「…ハイブの街の冒険者ギルドマスターとしてカロンタンに告げる。冒険者を廃業し、ギルドカードを返納しなさい。猶予は一週間。」



 まだマトモに働かない頭でアイテムボックスからギルドカードを出そうとして、先程依頼の完了処理の為に提出したことを思い出したカロンタンは少し震える声でギルドマスターに応えた。



「ぎ、ギルドカードは先程カウンターに提出致しましたので、そのまま引き取って頂きます。…ギルドのみんなには本当にお世話になりました。」



 のろのろと立ち上がり、出て行こうとするカロンタンにギルドマスターがポツリ、と呟いた。



「…お前の様な心根の優しい男にこれ以上無理な仕事をさせて死んで貰いたくないというのがギルド職員の総意でな…。」

「…ありがとう、ございます…。」



 狭い階段の踊り場に設けられた窓からは陽の光が差し込み、階下を照らしている。新人の頃から通っているギルドである為に、カウンター裏の階段を昇れば執務室や資料室などがある事は知っていたし、資料室には何とか戦闘が楽にならないものかとゴブリンやその他の弱いモンスター達の弱点などを調べる為に何度かお世話になっていたが、カロンタンはまさかこんな気持ちでこの階段を下りるなどとは考えた事もなかった。今までこの階段を上り下りする時には希望を胸に秘めていたことを思い出したが、今は希望など全く湧いていない。それどころか絶望すら感じている。手元に残されたお金が尽きる前に何とか次の仕事を見つけなければならないだろう、とカロンタンはすっかり重くなった心と体を動かしてカウンターへと戻った。



「…カロンタンさん、精算したお金とカードです。それと、ギルドマスターから『転職するためのサポートは出来る限りする。相談には乗るから、いつでも訪ねて来てくれ』と言伝を預かっています。」

「あ、カードはそのまま返納で…。」

「…ハイ。…寂しく、なりますね。カロンタンさんと話すのは毎日楽しみにしていた時間だったので、それが無くなるなんて…」



 俯く職員さんに声を掛けようと手を伸ばしたカロンタンよりも早く、最寄りのカウンターから黄色い声が飛んだ。



「きゃー!何それ!?フェイ、アンタもカロンタン狙いだったの!?」

「んなっ!?ななな、なんてこと言うんですか!?…って、クレインさん『も』って何ですか『も』って!?」

「あっ?い、いや、そ、そりゃわかるでしょ、あたしもカロンタンいいなって思ってたからに決まってるじゃない!」



 急な展開にまたしても呆然とするカロンタンであったが、この数年の間女性には全く縁のない生活を送っていた。無論、そういった事に興味のあるお年頃であることから、稼いだお金で同郷の三人そろって筆下ろしに娼館に行った経験はあるのだが、彼女が出来て云々といったことはなかったところにこの状況である。タダでさえ真っ白になっていた頭がさらに真っ白を通り越して何も残らなくなっても責めることは出来なかったであろう。

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