17話
定期路線の馬車の中は広く、乗員含め十二人が乗れる大型の馬車であった。それが四台。二日に一度の頻度で出発している定期路線は街道沿いにある街を経由して途中で人が乗り降りして行く為に、最終地点まで同じメンツで乗り合うということはまず無かった。そもそもハイブの街ですら始点ではなく、長い航路の一地点である。街道沿いを日を違えて何隊もの馬車が通るという非常にお金の掛かることであったが、人や物品の流通を多くしたい街道沿いの各国の思惑が上手く絡んだ結果この定期路線は維持されているのである。
カロンタンは旅装に身を包んではいたが、居眠りしているうちにスリにあっても堪らないということでお金になりそうなものは全てアイテムボックスに仕舞い込み、手荷物はあくまで盗まれても大したことのない身の回りの品を持つだけに留めていた。本来であれば身軽に全てしまって行きたいのだが、旅をしているにしては身軽過ぎても色々と想像を掻き立ててしまっていらぬトラブルを呼び込むとの判断であった。カロンタンは旅をするのは初めてでは無い。そもそも故郷の村から三人で出てきた時にはさすがに徒歩ではあったがハイブまで旅を経験しているし、冒険者としての稼ぎが安定してからは三人で定期路線を利用して温泉のある街に行った事もあったのである。その為定期路線を利用した旅も慣れたものであり、車窓からの景色に一喜一憂することもないと言いたいところなのだが、カロンタンが座れたのは残念ながら窓際の席ではなく、外の景色をしっかりと見るということは叶わぬ状態だっただけであった。外も見れないとなれば、馬車の中では暇潰しに昔古本屋等で買ってアイテムボックスに仕舞い込んだままになっていた本を取り出しては居眠りしながらも読み進めるという形になっていた。
定期路線の座席は毎日同じ訳ではなく、その日その日で変わる事が多かった。それは人が立ち替わり入れ替わり乗り降りするという事も理由の一つであり、車酔いする人間の為に窓際の席は優先的に使われていたりするのもそういったものの一つであった。
その日、カロンタンの隣に座っていたのは身なりのいい服装をした老人が一人と、中年の域に達しているであろう、武人のような雰囲気を醸し出している男であった。カロンタンが暇潰しに本を読んでいた時である。隣に座っていた老人がその本を見て、声を上げた。
「もし…その本は、絶版になっているカラヴァンの『身近に生える薬草大辞典』では?」
「え、ええ。確かに薬草大辞典ですが…。」
カロンタンは表紙を確認しようと迫り寄ってくる隣の老人の迫力に押され、素直に少しボロボロになってきている装丁を見せた。老人は真剣な表情でカロンタンを見上げた。
「ど、どこで手に入れられたのですか?」
「ええと、五年程前にハイブの街の古書店で購入したのですが。冒険者として依頼を受けるのに薬草の姿形が分からないでは商売にならなかったもので。」
「ハイブの街で…。そうですな、確かに冒険者が集まる街ですから、覚えたらまた古書店へ戻して、戻された本はまた冒険者が購入するという感じでしょうか。そうやって受け継がれてきたのも納得というものです。その本は三十年ほど前に出版されたカラヴァンの『身近に生える薬草大辞典』ですが、絵も薬草の姿を的確に表現していて文章もわかりやすく好評だった割に、当時画期的だった四色刷りのコストが嵩んで出版社が潰れてしまった為にそこまで数が出回ってない逸品なのです。」
「そうでしたか…。確かに私も愛用させていただいてました。いいお金を出して買ったものですから、あまり使わなくなっても大事に取っておいたのですけどね。」
大事に、といってもアイテムボックスにただ仕舞い込むだけであったが、本棚に入れたりしておくよりは全く変質もしないことから大事にしているというのは間違いない事である。カロンタンは熱弁を振るう老人にほんの僅かに苦笑が混じった笑顔を見せると、改めて本を鑑定してその結果に驚いた。何と、買った時よりも相場が十倍近くになっていたのである。
「あまり使わなくなった、ですか?」
「ええ、ずっとハイブの街を抜け出せない程度の冒険者を続けていたのですが、このままでは危ないだけでどうしようもないからもう引退しなさい、とギルドから申し送りを受けてしまいまして。商売替えをしたのです。」
「そ、そうでしたか。何か、申し訳無いことを聞いてしまったようで。」
本当に申し訳無さそうな顔になった老人にカロンタンは慌てて手を振って否定した。
「事実、私一人ではゴブリン一匹をようやっと倒せる程度だったのです。上手く罠や唯一使える魔法を駆使して一対一の状況を作り出したり、足りない分は獣を狩ったりして生計を立てていたのですけどね。ハイブはモンスターの方が圧倒的に多いですし、他の街等ではもっと強いモンスターと獣も入り混じってることが多くて危ない所の方が多いですからね。ギルド側が見かねて引退するよう勧めてくれたのです。」
「そうでしたか…。それで、今はどんな職に就かれているのですかな?」
「今はというかですね、商売替えをしたのが本当に最近なのですが、商人になろうと志しているところなのです。」
「ほお、ご同職でしたか。それはそれは。」
ようやく笑顔となった老人が、お詫びとばかりに商人にとしての心得をカロンタンに説いてくれる事となった。高等教育も商人としてのイロハも知らないカロンタンにとってはとても重要な事であった。
「まずは、普段から衣食に贅沢せずに倹約をする事。その次は、自分だけが儲かるだけじゃなくて相手も喜ぶ、そして世の中の利益にも繋がる商売を心にするという事。これは中々難しい訳ですがね、商売の王道を行くなら無くてはならない事です。」
「みんなが喜ぶ商売…。」
「はい。そして、人が進んでやらない所にこそ儲けがある、ということ。儲け幅が少ないところで確実に稼ぐのも普段は大事ですが、やはり王道としては、普段は順当に稼ぎながら、逆張りのチャンスがあれば勝負を賭ける。これですね。」
行商人などもこないような村に売りに行ったりすることだろうか、と漠然と思ったカロンタンは頷いた。実際にはそれも含め、大量に出回った結果安くなり過ぎてしまった、みんなが安く手に入れられる物を買ってそれを高く売れる所で売る…カロンタンがそもそもやろうとしている商売そのものがそれに一応該当する事には気付いていない。
「更にですよ、短期的な損よりも長期的な利益を見る事。これは、簡単に言えば、お金も無いけどこのままでは飢饉で村が崩壊する、といったところに安く物を売ってあげれば、将来的に村が立ち直った時に他の商人よりも優先的に穀物とか生産物を売って貰えるかもしれない。これは自分にも利益が出るけれども村の人も喜ぶ。王道からも反しない行いですからね。…困っているところに暴利を貪れば、その時はよくても破滅が待っている事を覚えなさい。
ただ、これはあくまでそうなるかも知れないという可能性であって、絶対そうというわけでもないし、そうならなかったとしても恨んではいけませんよ。その時はいい勉強になったと思って諦めること。」
カロンタンは神妙に頷いた。今迄そんな考えをした事など無かったのだが、言わんとしていることは何となくであるが理解出来たのである。その様子を見た老人は真剣な表情で続けた。
「後大事なことは、計画を立ててそれに対する結果をちゃんと付き合わせてどれくらい儲けが出たのか、どれくらい想定よりもコストが掛かったのか掛からなかったのか。それに加えて危険性とかですね、ちゃんと評価して記録しておく事。似たようなことをする時にすぐに思い出せればいいのですが、人間は忘れる生き物ですからね。」
「はい。」
「まぁ、後は商売が大きくなってくれば商人同士の縄張り争いみたいなものも発生すると思うんですが、まだまだ気にせずとも大丈夫でしょう。後は追い追い自分で気付いて行くしかありません。頑張ってくださいよ、若人!」
「ありがとうございます!無学なもので、大変助かります。」
カロンタンは老人に頭を下げると、メモ帳にしている紙束を取り出しては今聞いたことをメモした。その様子を見て老人が目を細めて嬉しそうな様子で頷いていた。
「そうですね、私はティリィの街にあるアルベルト商会の隠居、アルベルトと申します。…薬草大辞典が売りたくなったら訪ねて来てください。なんて。気軽に訪ねてきてください。」
「あ、カロンタンと申します。今回はありがとうございました。残りの旅の期間も、よろしくお願いします。」
二人は笑顔で握手を交わすと、にこやかに雑談を始めた。




