13話
翌朝も天気はとても良く、晴れ渡る空にカロンタンは大きく腕を広げて伸びをした。二人は今日は遅番の様子でまだ寝ていた為、朝御飯をすぐに食べられるように準備してからカロンタンは家の裏庭に出たのである。裏庭からは裏の通りに抜けられるように大きな扉がつけられていて、庭を通じて厩にも行けるようになっている。逆に表からは厩に直接行けないため、クルルでこれから外出などをする際には裏に回る必要があった。カロンタンはその大きな扉の状態を確認すると、木で組まれた小さな梯子を掛けて蝶番に油を注したりとメンテナンスを始めた。もし、今日気に入れば連れて来ることになりそうであったし、厩の掃除と、クルルの食べる餌なども調達して来なければ、とカロンタンは笑顔で精力的に働いた。
カロンタンは朝の一つ鐘と同時に家を出ると、フェイに貰った地図の店へと足を向けた。クルルが何をよく食べるかなどの情報についてはこの辺りの人間であれば一般常識として知っていた事から、道すがら安い店を探して購入しようと思っていたのである。カロンタンは提示されている価格と相場価格、値切れるであろう額を頭の中で計算しつつ、値段の提示されていない店では店主にいくらか尋ねながら道々安い店を探した。
「いらっしゃい。何の御用ですか。」
「イヴァークさんの紹介で、クルルの大きな子を見に来たんですが。」
「ああ、昨日の話のね。うん、じゃあついて来てくれるかな。」
店番の妙齢の女性は奥に『案内するから店番お願い』と大きな声で伝えると、カロンタンを手招きしてカウンター横のドアから裏へと回った。カロンタンは素直に後ろについていくと、女性にクルルの飼い方や注意点を尋ねた。女性は歩きながらも食事は朝夕二回、糞なんかはある程度こまめに掃除して、ブラッシングをすると喜ぶことなどを伝えた。餌は穀物がメインだが雑食で果物なども好む為たまにあげると良いなど、基本的な知識ではあったものの、聞いてくれた事を評価した様子でカロンタンに答えてくれた。何せ、劣悪な環境に置いて使いつぶすような使い方をする主人もいるのである。それは奴隷であっても同じことなのだが、どうせならいい環境で使ってあげてほしいというのは育て親の女性としては当然の思いであろう。
「この子だよ。」
「へえ!綺麗な子だね。」
長い首が聳え立つかのような高さで伸び、大きな頭がカロンタンを見下ろしていた。長い首もがっしりとしており、体の大きさも相まってか力強さを感じる出で立ちの中に、優雅な美しさも感じられる。薄い茶色の細かい羽毛は手触りもよく、手渡されたクルル専用だというブラシで優しく撫でると気持ち良さそうな声をあげてカロンタンの体に顔を寄せてきた。
「よし、よし。かわいいな、お前。」
「そうでしょう、そうでしょうとも。うちの自慢の子だからね!」
カロンタンが頭を抱いて撫でてやるのを見た女性は鞍と鐙を出してくるとクルルに付け始めた。カロンタンは申し出に従って女性と一緒にクルルに二人乗りをすると、厩から出て店の裏から路地にクルルを進めた。
「かなり視線が高くなりますね。」
「そうだね。普通の子よりもやっぱり大きい分だけ少し高くなるのはしょうがないけど、街の門とかは問題無く潜れると思うよ。あれは背の高い幌馬車とか、お貴族様向けのデカイ馬車も通れるように設計されてるからね。」
「揺れも、馬と大して変わらないかな。」
「馬も掛けちまえば同じだからね。それに、この子はゴブリンくらいなら蹴飛ばしちまうから、旅も安全だよ。」
少々落ち込んだカロンタンを乗せて、クルルは近場の区画をぐるっと回ると厩へと戻った。
カロンタンが提示されたのは、相場よりも安い金額であった。それに、使い古しとはいえ二人乗り用の鞍と鐙などの乗用に必要な道具を一式付けてくれるとのことでカロンタンは有難く即決で購入を決めたのである。鞍もメンテナンスをしてやればまだ暫くは問題無く使えるらしい。そこまでしたのは女性にとってもこのクルルの優しい主人との出会いは逃したくない気持ちだったからである。カロンタンは即金でお金を支払うと、首元に焼き印のつけられたクルルに跨って店を後にした。
カロンタンは一度家に帰り、クルルを厩に入れると街中へと引き返した。クルルの餌の購入もそうであるが、商人ギルドへと出向いて登録を行う前に一度冒険者ギルドのマスターから商人ギルドへの紹介状を書いてもらおうと思ったのである。それは昨晩クレインとフェイとも相談した結果であり、使える物は使おうということになったのである。それは相談に乗る、と言質をとっていたこともあっての行動であるのだが。
クレインとフェイが話を通しておくことになっていた事もあって、冒険者ギルドに数日振りに訪れたカロンタンは入って来たのに気が付いたフェイによってすんなりとギルドマスターの居室へと通された。
「うちの看板娘達をいきなり二人とも辞めさせないでくれて感謝しているぞ、カロンタン。元気にしているようで何よりだ。」
「開口一番それですか、マスター…。」
優しげな笑顔を浮かべたギルドマスターは、椅子に座るように勧めると自分も席を立って応接セットの方へと腰を落ち着けた。懐から蝋で封された手紙を一通取り出すと、テーブルへとそっと置いた。
「これはフェイとクレインから頼まれたものだ。…商人をするんだってな。」
「ありがとうございます。…そうですね、スキルがいつの間にか増えていたりしたので、それを使ってと思いまして。」
「聞いてもいいかい?無論、情報は私の胸の中だけに納める事を約束しよう。」
真摯なその眼差しに、カロンタンは頷いた。アイテムボックスと鑑定の熟練度が物凄く上がっていたことと、市場原理というレジェンダリーに分類されるスキルを習得していた事などを伝えた。市場原理のスキルの話をした時点で難しい顔をし始めたギルドマスターに、市場支配のスキルについて説明をするかどうか迷ったカロンタンであったが、それよりも前にギルドマスターが懸念を示した。
「カロンタン、そのスキルの事は絶対に秘密にしなさい。余りに優位すぎるスキルだからな。これはあまり知られていない事だが、鑑定のスキルが一定以上であれば鑑定スキルを他人から使用された時に見ることが出来る内容を変えられるはずだ。…そのレジェンダリースキルの熟練度が上がった時の話が本当であれば、食いっぱぐれないのは間違いは無いが、何故そこにこの時期に物を持ってこれたのか、シチュエーションによっては情報の出所を探られてお前の身に危険が及ぶ可能性もある。下手をすれば監禁されて情報だけを搾り取られる羽目になるやもしれない。」
「え…。」
「例えばだが、飢饉のような時に食料を持って来たなら喜ばれるだろう。だが、こっそりクーデターや戦争を起こそうとしている人間の元に良すぎるタイミングで大量に兵糧として食料を売りつけたならどうなる?その時は一瞬喜ばれるだろうが、慎重な連中であればどうやってその情報を入手したのか気になってしまうこともあるだろう。そういうことだ。」
その言葉に絶句したカロンタンではあったが、確かにそういった危険がある事は理解できた。心配そうな眦で見られていることに気がつくと、カロンタンは顔を上げた。
「一応、護衛は雇うというか、奴隷を購入する方向でいるんですが…。」
「今はいいが、商売の規模を大きくするのであれば一人だけでなくマジックユーザーやスカウトも含めてちゃんと護衛を増やしなさい。いいね?」
「わかりました。」
「これからも、何かあったら相談に来るんだよ? 私も、お前の事は心配なんだ。特に、そのスキルをこれから有効活用していくのなら、暗殺や家人に対する危険に対しても気を付けないとならないからな。まぁ、あの二人のことについてはうちの身内だからしっかり見張らせておくから、安心しなさい。」
「ありがとうございます!」
カロンタンは頭を下げると、手紙を受け取って冒険者ギルドを後にした。




