10話
日の出の頃には晴れていた空も、カロンタンが市場に向かう頃には曇天に変わり始めていた。今すぐにでも雨が落ちて来るとは言えないが、風向き次第ではきっと雨が降ってくるかもしれないとハイブの街の人間であれば考えるような雲行きであった。カロンタンは露天で店を出す事が許されている区画に足早に向かうと、掘り出し物がよく見つかる、ござの上に雑多に物が積まれたタイプの店を探して彷徨いた。
「いらっしゃい。」
カロンタンは露天のお姉さんに軽く頭を下げると、手に取ったり取らなかったりして鑑定と市場原理のスキルを使い続けた。こういった露天の店では掘り出し物を求めて長居をして掘っくり返す人も多い為、迷惑には思われないどころかサクラとしての効果もあることはカロンタンも承知していて、スキルの練習にはちょうどいい事と本当に掘り出し物があれば仕入れるつもりだったのだ。
カロンタンは一つずつ相場価格と高く売れる場所とその値段を確認すると、その値段差が大きな物がないか探した。幾つか山の中に埋もれていた彫刻でめぼしい物を見つけると、試しに一つ手に持ってお姉さんに訊ねた。
「これ幾らするの?」
「ああ、それかい。そうさねぇ…。そこの右奥の山だと一個千ギットだね。」
「この山のはみんな同じ値段なのかい?」
「だね。ちなみに右手前だと五百、左手前なら七百五十、左奥の一番大きな山のが一個なんと百ギル。捨て値だけど、もしかすると良い物があるかもしれないよ?」
どうすんだい?という顔をしたお姉さんに、さすがに均一価格であれば値切りは出来ないだろうな、とカロンタンは考えた。それでもこの手に持っている熊の彫刻の相場価格はそもそも三万ギットを超えている。千ギットあればカロンタンの暮らしていた安宿であれば五日は暮らせるだけに、安くない買い物ではあるが相場の半額で売り払ったとしても結構な儲けになる。
「これは買う事にするけど、もう少し山を眺めてもいいかい?まだ欲しくなるものがあるかもしれないしね。」
「ああ、いいさ。ゆっくり見てってくれよ。」
カロンタンはまず先に、と千ギットをお姉さんに支払うと彫刻を肩掛け鞄に仕舞い込んだ。基本的にカロンタンは鞄はアイテムボックススキルの所有者である事を言いふらさない為のカモフラージュとして使っていて、鞄に手を入れた時にアイテムボックスにアクセスする形で大事な物は仕舞うようにしているのである。
売れた事で少し機嫌の良くなったお姉さんに偶に視線を送られながらカロンタンは山を一つ一つひっくり返した。その結果、カロンタンは彫刻だけで五つ、小さな古ぼけた指輪を三つにブローチを二つ程手に入れた。彫刻については鑑定の結果全て同じ作者の作品で、気になったカロンタンはお姉さんに作者の事を尋ねてみた。
「この彫刻の作家ってご存知ないですか?どうも彫り方とかこっちのと似てるみたいで。」
「残念だけど、私も解体した家の現場から纏めて幾らで買ったものだからわからないんだよね。まぁ、庶民の家の物だから、意外と近所の作家なんじゃないかねえ。」
「そうでしたか。」
肩を竦めたお姉さんにカロンタンは礼を言うとその場を後にしようとしたが、たくさん買ってくれたお礼に暇つぶしで作ったという革のアクセサリーを一つ、手に巻いて貰った。素朴なアクセサリーではあったが、自分で作った物をあげようなんて嬉しいなと思ったカロンタンは笑顔でもう一度礼を言うと、一旦気分転換も兼ねて奴隷商を訪れるべくその場を後にした。
昔、興味本位で三人で覗いた事のある奴隷商はどこだったか、とカロンタンは思い出しながら市場の中を歩いた。ハイブの街の規模からすれば充分大きすぎる市場には、いつも人がごった返しているのだが、この人はどこから出てくるのかとカロンタンはいつも不思議に思っていた。実際には近隣の村などから売り買いに出て来ていたり、行商人がいたりとこの街の人間じゃない人もかなりの割合を占めているだけであったのだが。
カロンタンの記憶の通りの場所に奴隷商は建っていた。この国では奴隷になる理由は大抵金銭的なものが多く、色々な理由で出来た借金のカタや農家の口減らしで奴隷になるケースが大半であったが、中には商人が十分な準備をしなかった事で盗賊に襲われて殺されはしなかったものの奴隷として売られたり、戦争で負けた国や街の人間が捕虜からそのまま奴隷に落ちたりなど、意外と身近なところに奴隷になるリスクが存在する事もあって、カロンタンの訪れた奴隷商は立派な店構えをしていた。
カロンタンはつい最近まで奴隷が欲しいと思った事はなかったが、友人達が荷物運びとして奴隷を買った話は聞いており、その際に女性を買って性的な欲求も満たしているという話には少し羨ましい物を感じていたカロンタンではあったが、さすがにそれ目的に人一人を養える程の余裕はないな、とあっさり諦めたという事実は存在している。
「いらっしゃい。どんなのをお求めで?」
店番であろう、髪も白くなっている年配の男性がカロンタンに気付くと声を掛けてきた。カロンタンが以前に来た時もそうだったのだが、この店では基本的に要望を伝えてそれに見合う奴隷を探して連れて来るという形を取っている様子で、奴隷が入っているという檻を直接見せて貰う事は出来なくもないがそういうことはあまりやっていない様であった。
カロンタンは若干緊張しながらも、希望である盗賊程度であれば戦闘が可能である戦闘奴隷が望ましいことを告げると、大抵少し超える額を提示される事の多いことを見越して予算はこれくらい、と告げた。
男性は予算を聞いて難しい顔を少ししていたが、ご相談があるのですが、とカロンタンを檻の方に連れて行ってくれた。
「ご相談というのはですね、実は、うちで扱っている戦闘奴隷というのは結構なお値段が張るものでして。そうですな、ある一定以上のクオリティを超えていないと戦闘奴隷として認めていない、というのが正しいのですが。」
カロンタンが頷くと、男性はそれを理解したと見做して説明を続ける。説明の途中である檻の前に止まると、男性は鉄格子の中に数名いる男女を指差した。
「この檻の中の奴隷なのですが、色々な理由から当店では戦闘奴隷にするには問題がある、と見做している者達です。」
「その問題に目をつぶれるのなら、戦闘奴隷といってもいい位の能力は持っている、と考えても良いわけですか?」
その通りです、と男性が頷いてから檻の中の壁に寄っ掛かって寝ている大柄な男性を指差した。
「彼は同性愛主義者でして、好みの男性と見れば仕事中でも関係無く見境なしに口説き始めます。…お客様も好みのタイプかと思いますけど、寝ててよかったですね。奴隷紋である程度は縛れるとはいえ、仕事を放棄する可能性があるというのは当店としては基準を満たした戦闘奴隷とは言えない、としてランクを落としています。」
次に、男性は背の高い女性を指差した。
「例えば彼女は元々は左手に盾をつけ短槍を持つスタイルの戦士でしたが、今では左手首から先がありませんので、単槍とはいえ槍を十全に扱う事が出来ません。それに、片手が無いということは紐を扱ったりなど両手が必要な事がほとんど出来ませんから、かなりのハンデがあります。」
「…自分は充分に戦える!だから戦闘奴隷としての扱いを!」
男性は大きく溜め息を吐くと、彼女を見やった。
「当店では無理です、とお伝えした筈です。それでも性奴隷に落とすのを見送って、こうやって戦闘が出来る奴隷が欲しい、と仰ってくれている方に紹介しているところなんですが、それでも不満ですか?」
「ぬ、ぐ、す、すまない。気持ちが逸ってしまってだな…。」
「分かればいいのです。…といった風に、若干考え無しに発言するという欠点もあります。」
次に、と不健康そうなひょろっとした女性を指差すと、男性はカロンタンにしか聞こえそうに無い声で呟いた。
「彼女は魔法使いですが、性格に少々どころか大きな問題がありまして…。主人の為ならば、と勝手に殺人を犯すなど問題行動をとても取ります。主人が交際中の相手に勝手に嫉妬して刺し殺したなど、正直私どもも持て余しております…。」
うへえ、とカロンタンは心の中でゲンナリすると、その後も続いた数名の紹介を聞き続けた。




