有江浚編 導入章「幸せな違和感」
はじめまして、蓬操でございます。
この度記念すべき初投稿ということで、まだ完成には至らないものの、作品をお見せできることに喜びを感じてます。
基本的に、こんなものが書きたいなという想像のみで書いておりますので、矛盾や誤字脱字、感想などございましたら、コメントの程よろしくお願いします。
朝は母親の声で目が覚める。ご飯出来たよとか学校遅刻しちゃうよとか。眠たくて眠たくて、瞼が自然に閉まってしまうのをなんとか堪えた。
しかし、この日見た夢の、その続きが気になってしまい、あと10分だけと俺しかいない部屋で言い訳するように呟いて、結局睡魔に負けてしまった。
そこからの記憶が無いのか、思い出せないだけなのか分からない。何の授業受けたのかやら学校で誰と話やら、そもそも学校に行ったのか。病気ではないか疑うほどに俺は俺の日常を思い出せないでいる。
……違う!そんな他愛のないものより、何より思い出すべきことがあるだろうが!
必死に脳内を探り、1つ1つ思い出していく。彼女である遊莉のことを。同じ学校で同じクラスで、俺が初めて告白して頷いてくれた遊莉。
大切すぎて……愛しすぎて……俺は遊莉に依存している。だから家族を除けば必ず逢う人は遊莉しかいないんだ。思い出せよ俺! 今日俺は遊莉と何を話してたんだ?
頭が記憶に置いてかれ、遊莉と何をしてたのか覚えていない自分に失望した。なんと薄情なことか。
膝をつき項垂れたそんなとき、初めての声が聴こえた。
「そこの君! ああいや名前は知ってるんだけどね有江浚クン♪」
初対面でフルネーム知ってるとか気味悪いが、そんなこと言ってる場合じゃねえな。誰だこんな台詞はく野郎は?と俺は顔を上げた。
「安心しな。いまの君が君の記憶を読み返したところで私の顔なんて出てこねえさ」
……確かに、俺の友達にこんな紳士な格好をした優男はいないな。ていうか見た目はそうなのに口悪いなこいつ。
「記憶がとうごうって? 俺はお前を知らねえんだが、どうもこの状況はどう考えてもお前の仕業だろうなぁおい!」
「暴力はんたーいっ! ふふふっ、止めなよそんな恐い顔。君のそのぉ……中の上くらいの顔が台無しになるし、なにより彼女の遊莉ちゃんも泣いちゃうぜ?」
「俺の彼女の名前を気安く呼ぶんじゃねえ。それとなにか? お前遊莉に手ぇだしたりしてねえよなぁ?」
「くぅーっはっはっは!」
奇妙な笑い声を高らかに野郎は発した。
「遊莉ちゃんにはなーんにもしてないよ? むしろ君にしか手を出してないんだよこれがさ。それでも私が君を目標にしたのは単なる気紛れだし、君はただ巻き込まれただけの被害者なんだよ」
巻き込まれただけ? ますます理解に苦しむぞ。
「じゃあお前をどうにかしちゃえば、この曖昧な記憶も戻るんだな」
「いやいや。私をどうにかするよりもね、君自身をどうにかした方が手っ取り早いって」
「あ? 俺自身をだと?」
野郎は黒いハットを脱ぎ、それを適当に遊ばせながらグダグタ説明を始めやがった。
「そうだよ。私は浚クンに夢と希望を与えるために試練を受けてもらおう。おっと聞きたいことあるだろうけど質問は説明の後受け付けるから、今は黙っとけよ?
実はその夢と希望を与える使命っていうのを私は負わされてね。まあ以前も私は被害者側だったわけで、苦労したその末に私にとっての幸福を手にすことが出来たのよ。
んで、夢と希望を与えてもらったんだから、次はお前が夢と希望を与えろって無理矢理使命を押し付けられた。
実際誰でもよかったんだけどさ、浚クン。君を観察するうちに私は、君に試練を受けさせる気になったんだよ。
君は今や愛する彼女がいて、幸せな家庭の中で暮らして、友達からも一目置かれていて……。そんな恵まれた日常にいながらもね、どこか詰まらねえとか思う君に私は腹が立ったんだよ、わかる?」
とりあえず俺なりの要約だが、俺は普通の人より快適な人生を、リア充な人生を歩んでるくせに何が不満なんだこの野郎って言われてるのか?
「一部の記憶を無くす、というのは私もやられたからね。記憶を奪われた意味は、試練を受けるうちに自然とわかるから大丈夫だ」
「……理不尽過ぎて、お前を殺してやりてえけどよ」
「んん?」
俺がこんなことに巻き込まれたのは、多分俺は何かやらかしてしまったからだと思う。自分でも何をしてしまったのか分からない、というより覚えはないけど。
あの日常が俺にとって詰まらなくなってきたのは否定しない。それでも、俺はあの日常の先に夢も希望も無いなんて思ったことは一瞬たりともねえんだよ!
「お前が俺に夢と希望を与えるって考えたらよ、俺は人生に絶望してたってことになるんだろ? それだけは否定してやる! 俺は遊莉と幸福な未来を築きたいって希望を持ってんだからなぁっ!!」
臆面もなく言い切ると、野郎は顔を真っ赤にしながらもすぐに冷めた表情で俺に告げてくる。
「……願いってのはさ、声に出したって叶うもんじゃないんだぜ? ああ、加害者だからかな。浚クンがちゃんと夢と希望を持つ瞬間が訪れるのを楽しみに、そして訪れないことを祈ることにするよ……くひひ」
「その気持ち悪い笑い声……出せねえ展開にしてやっから黙って見てれやくそ野郎が!!」
そう言い放つと、野郎は遠ざかっていき、次第に世界が崩壊を始めた。俺は野郎の方向に怒りを込めた眼差しを向けたまま、次第に足場が崩れ、ゆっくり落ちていった……。
7月24日火曜日15時25分。
悪い夢を見た気がしてならない。変な野郎とのやり取りを鮮明に覚えてるせいで、俺はもう一度この日からやり直す羽目になった。
……目が覚めると、いつもどおりの教室で珍しく居眠りをしていたらしい。規則正しく、夜の10時には寝ているし、寝不足だなんてことねえのにな。
数学の教科担任である久留米に注意される様子を、クラスメイトたちは笑い飛ばしてくれた。周りを見れば、あいつもひっそり笑ってやがった。
卯花遊莉。去年の今頃、顔真っ赤にして、何度も練習した告白の台詞を噛んでしまったのに……真剣に聞いて少し考えた後、無垢な微笑みと共に告白を受け入れてくれた大好きな人。
「聞いているのか有江!」
「ハイハイ聞いてっから、とっと詰まらねえ話終わらせてくれや。つーかよ、俺が授業中に居眠りする常習犯訳じゃねえんだしさ、ガミガミ言うなや」
「 お前は……! 不良のくせしてぇ……」
生徒相手に本気で悔しがる久留米が滑稽で、俺は奴の後ろに見える時計を確かめた。
「あと4……3……2……1……」
カラー……ン、カラー……ン。
「ほら。先生が俺ばっか構うから時間来ちゃったぜ? 俺に説教とかさ、この鐘の後でだって出来んだろ。それより、授業進める方が有効に時間使えるって考えねえのか?」
「……お前の口の悪さだけは天下一品だな有江。じゃあ放課後職員室に来い! いいか、忘れてた等という言い訳は通用せんからな!!」
堪忍袋の緒が切れてる久留米は、教卓より道具をかっさらい、教室の扉をあたるように開けて出ていった。
クラスメイトが呆然とする。無理もねえか。俺がこんな性格だって知ってんの遊莉ぐらいしかいねえし。証拠に彼女はまたやらかしたとでも言いたげに苦笑していた。
後からきた担任が一体何があった?とクラスの皆に答えを求めたので、先程の流れを当事者の俺が説明すると、担任も俺のことをわかってか、一言だけで済む話をくどくど長引かせたあいつも悪いから職員室来なくていいからな、と何か担任に迷惑をかけてしまい、俺はただ謝るばかりだった。
「災難だったねえ、浚くん?」
放課後の用事が無くなり、学校内を遊莉と彷徨く。
「……遊莉の弁当で腹一杯だったから、何だか眠くなってしまってな。まあ、作ってくれて凄くありがてえけど」
「そりゃあ彼女だもん。彼氏の食べる量くらいは把握しといて、味は二の次でいいかなと。あ、私の偏見だと思うけどね、食べるの早い人ってさ、美味しければ何でもいいとか言う人多いんだよ。浚くんもそれだったり?」
遊莉は心配そうに目を潤ませて聞いてきた。
「…………そうかもしれない」
「あぅ…………」
「でも、遊莉がさ……その、俺のことを想って作ってくれたんだ思うとな、美味しさより嬉しさの方が勝ってるっつーか……言葉って難しいな」
「! 浚くんっ!」
なんの躊躇いもなく、遊莉は抱きついてきた。……恋人同士なんだし普通なんだとは思うんだが。……いつになっても恥ずかしいものだ。
「あ、あのな? 一応放課後とはいえ、学校内なんだからスキンシップ軽めで……な?」
「浚くんは本当に可愛いね。普段とのギャップがあって萌える感じが……ね?」
「言い方真似すんな。恥ずかしいんだってホントに……」
付き合い始めて、かれこれ 1年と半年が過ぎ、最初は初々しかった遊莉も今では俺の扱いに慣れて、完全に自分のペースに持っていかれてしまうまでになった。
「そういえぱさっ。私の髪、少しずつだけど伸びてきたよ。みんなは短めの方が可愛いって言うけど、浚くんはどうかな?」
「どうと言われても…………」
遊莉の髪に注目する。出逢った当初は体育会系の部活動に入ってたこともあり、短めがスタンダードだった。そこではどんな立ち位置だったか知らないが、ずっと笑顔を絶やさなかったことだけ覚えてる。
俺の告白を受け入れて、何故か遊莉は部活動を辞めてしまった。理由は問い質す必要はないと聞かないでいるけど、辞めてからの遊莉は篭から放たれた鳥のように、自由に好きなことを始めた。
それまでしていた食事制限をあっさり解除し、スイーツバイキングへ行った。……ちなみに俺は有無問わず連行され、遊莉が推すケーキを皿に乗せられるがまま、機械のように自動的に食べ、翌日胃もたれで学校休みざるを得なかった。驚いたことに、俺の欠席を知った遊莉は即行で早退しお見舞いに来てくれた。
時に、私だって頭いいんだよと言い出し、突然囲碁や将棋などで勝負を挑まれた。将棋のときはルール自体知らず、所々俺が解説をする始末で、なんとなく1人でプレイしているような気分になった。無理に賢い子アピールせんでも、別に嫌いになったりしないのにな。
「……もうっ、黙ってないでなんとか言ってよ~」
「ああ、ごめんな。なんか色々思い出してボーっとしちまったわ。それで……なんだっけ?」
「髪の話だってば。びふぉーとあふたぁーどっちがいいのかなってさ~」
「……う~む、こう答えていいんだかわからんが、別に前にしろ後にしろ遊莉に変わりないんなら、俺はどの遊莉だって大好きだぞ……」
言って間もなく、俺は俯く。別に恥じることじゃない、むしろ堂々と胸を張って言うべきことだろうが。
俯いたせいで、そのとき遊莉がどんな顔したのかわからなかったが、帰路に着いて別れるまでの間、俺も遊莉も口を開くことはなかった。
記憶の欠片は散らばっている。見渡せば、すぐそこにも。しかし、有江浚は気づけない。
記憶を消されたという記憶はある。今日の遊莉とのやり取り微かに違いはあるかもしれなくても、以前にも同じ台詞を吐いた気がしてならない。
ふと、ボゴボコと凹みのあるおもちゃ缶を開ける。その中はおもちゃではなく、遊莉との思いでの品がごちゃごちゃしていた。
浚は、その1つ1つを割れ物を扱うように優しく触れてみる。
青少年科学館でデートした時に買ったお揃いのキーホルダー。たまたま行ったスイーツ店の77組目だった記念に貰ったスプーン。
デートした際の、その日1番の思い出を示す品々を見て、浚はどれも記憶にあることを再確認する。
……やり直し、というのは何時から始まるのだろう。今は小休止なのか。もう始まっているとしたら…………。
浚は恐れる。どこか選択肢を誤っていて、それが何か悪い方向と結びついてるんじゃないかと。
日常…………当たり前という環境に置かれるあまり、浚は思考停止していた。日記をつけるだとか、予定を立てるとか。無計画に時間を貪っている自分が嫌になり、おもちゃ缶を片付けずにベッドに倒れこんだ。