第1話
4年8ケ月ほど前、新緑映える5月。駅前広場で彼女に告げた。
「あなたに真心を捧げる。支えとなりたい」と。
でもこの時自分は「支え」となる力を持っていなかった。
「支えとなる力」とは何かといえば、なにか困った場合に「実質的に支えとなることのできる力」である。
「学生」や「生徒」のような立場の人々ならば、思いが純粋で真剣でありさえすれば、まだこの「力」をもっていなくとも、誠実であるといえる。
しかし「社会人」ともなれば、もはやそれだけではすまない。これを欠いた甲斐性なしには、そもそも恋する資格もない。
このときの自分は後者に属していた。
おなじ道をめざす同期の仲間たちは、とっくの昔に自分の「工房」を開き、「弟子を育成」し、妻子をやしない、場合によってはさらに自分と嫁さんの親たちの面倒をみたり、兄弟親族を助けている。ところがその時の自分といえば、「親方に雇われて」自分の時間と技能を切り売りしているだけの地位しかなく、自分の身ひとりさえ養いかねているありさまだった。
彼女の手を握りかえしたとき、この点について迷いがなかったわけではない。
しかし不幸にも、あるいは幸いにも、彼女は当分は修行の身で、こちらから彼女に贈り、受け取ってもらうことが許されるのは「知恵と技」のみ、という状況があと5年間はつづく。
この間に、なんとかなる、と思っていた。
この間に、自分の「工房」を開くまでにこぎつけよう。
そして彼女を招待しよう。そしてもういちど、「あなたに真心を捧げる。支えとなりたい」と伝えよう。
しかし、それから5年がすぎようとしているいまも、まだ自分の「工房」を開くことはできていない。
だから去年の初夏、とある古本屋で彼女をみかけたのに、声もかけることができなかった。
慌てて家にとんで帰り、渡せるあてもなく買ってあったドイツみやげをカバンにつめ、古本屋にもどり、彼女のすぐそばまで近づいたけど、
結局話かけられもしなかった。
半分は、拒絶されるのが怖かったからだけれども、半分は、今の自分が「あなたに真心を捧げる。支えとなりたい」といっても、ウソにしかならない。そのためだ。
(未完。随時、修正)
以下、断片メモ
この5年間は、けっして怠けていたわけではない。
辰年4月からの3年間、お国からお金をもらって修行にとりくんできた。
今年はその修行の成果の発表に、死に物狂いでとりくむつもりだ。