2.ギブアンドテイクな恋人同士になった
「私と援助交際してくれない?」
予想の斜め上すぎる木葉の発言に、僕は「はあ!?」と思わず聞き返した。
「だから、私と援交して」
「いや無理無理、だってお金無いし」
「お金は無くてもいいよ」
「はい?」
お金のかからない援助交際なんてあるのか。それは素晴らしいな。僕みたいな冴えない男子諸君に是非とも教えてほしい。いや、この場合は「タダより怖いものはない」と警戒すべきだろうか。
「でも、タダじゃないよ」
「え? お金かかんないんじゃないの?」
「うん、お金はいらない。その代わり、私に衣食住を提供して」
「衣食住?」と訊き返すと、木葉は慌てて手を振った。
「全部じゃなくていいの。衣服は手持ちのが少しあるし、食事は食材くれれば自分で作るから、もちろんナオキの分も。……どうかな?」
正直に言おう。僕はこの時、よからぬ妄想も少しだけしてしまったし、借金返済の礼をしてもらおうなんて考えてしまったりもした。それは男子としてしょうがないと思う。
でも、木葉は無茶苦茶な提案と裏腹に真剣な目をしていて。男子としての性よりもその目が、断るのをためらわせた。
「えっと、僕お金ないから、凄い貧乏な暮らしになるよ?」
「うん」
「2Kのボロアパートに一人暮らしだから、そこに住むことになるよ?」
「うん」
「その、僕なんかと援交なんかして大丈夫?」
「うん」
全部即答かよ。どうすればいいんだ。こんな可愛い娘と、援交とはいえ同棲同然の生活できるっていうのは凄いことだけど。だからって援交なんて……。
悩み始めた僕に、木葉は追討ちをかけてきた。
「援交してくれたら私のこと、好きにしていいよ?」
「なっ! え、あの……」
「それに、ナオキがしてくれないなら、他の人とするだけだよ?」
それはそれで、なんかほっとけないような……。
そう思い始めたのを見透かしているかのように、木葉がダメ押しをしてきた。
「私をまた、一人にしないでよ」
「…………」
「ナオキは、私が路頭に迷ってもいいの?」
「…………」
「それで、さっきのヤクザみたいなのにお持ち帰りされちゃってもいいの?」
「…………」
「汚いオジサンとかに脅されて、抱かれちゃったりするかもしれないよ?」
木葉が、怯える仔猫のように自分の身体を抱きしめる。
「そしたら私、きっと自分から――」
「ああああ、もう!!」
さらに、自分の首に両手を持っていこうとするのを見て、僕は木葉の言葉を遮った。首に絡みつこうとする手の片方を乱暴に掴む。
「わかった! 援交でもなんでもしてやるからついて来い!」
「ほんと!?」
「本当」
「わーい!」
ギュッと、木葉が腕に抱き付いてきた。
「ちょ、くっつくなって!」
「いいじゃん、私たち恋人同士なんだから」
「……援交だろ?」
「それでも、恋人には変わりないよ」
いや、密着されると、それ以外の問題もあるんだけど。そっちは言いづらい。木葉、意外とあるなあ……。
「ナオキ、ナオキ聞いてる?」
「な、何だ?」
「もう、ちゃんと聞いててよ。だから、ネットカフェに私の荷物とりいこうって」
「あ、ああうん。わかった」
「それじゃ、レッツゴー」
元気よく歩き出した木葉に引っ張られて僕は歩き出す。先の不安はあったけど、さしあたって今は煩悩を追い出すことが先決だった。
その後、ネットカフェで彼女のバッグを回収し、僕のアパートに案内して、予備の布団を引っ張り出して、風呂やらなんやらの最低限のルールを決めているうちに夜も更けてしまい。激動の一日は終わりを告げたのだった。
* * *
「おきろー直樹ー!」
大声と共に、かけ布団が剥がされた。4月とはいえ朝方はまだ寒い。体に感じる冷気に、意識が浮上させられる。
上半身を起こすと、エプロン姿の見目麗しい少女が僕を見下ろしていた。
「やっと起きた」
「木葉、おはよう」
「おはよ、ご飯できてるよ」
「……もしかして、お前が作ったの?」
「む、なにその反応」
僕は、エプロン姿の少女をてっぺんからつま先まで見る。さらりと長い茶髪、整った容姿、真っ白な手と、スラリと伸びた足。非の打ち所がないほどの美少女だが……料理ができそうには見えなかった。
「てか、そのエプロンはどうしたんだよ」
少なくとも、一人暮らしの男の家にあるものではない。当然、僕の家にもなかったはずだし、スポーツバッグ一つしか持っていなかった彼女が持っているのも考えづらい。
彼女は問いには答えず、裾を持ち上げて、くるりと回ってみせた。
「似合う?」
「……僕はどうしたのかと問うたのだが」
「私の質問に答えてくれたら、教えてあげる」
答えたら……ねえ。
この場合、その条件を満たすには、YES以外の選択肢がないだろうに。
「似合ってますよ」
「ほんと? やったぁ!」
なにが嬉しいのか、木葉はぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「ばか! 下の階の人に迷惑だろ」
「あ、そうだった、ごめんなさい。ぼろアパートだし、床も抜けちゃう」
「…………」
さらっと馬鹿にしてないか? このアパート借りるのだって、けっこう無理したんだぞ?
しかし木葉にそんな意図はなかったようで、「とにかく、冷めないうちに食べにきてねー」と言い残し、ドアの向こうのリビングに消えた。
「あ、結局あのエプロンがなんなのか聞けなかったな」
どうでもいいか、そんなこと。
僕は立ち上がると、シャツを脱いで、作業着に袖を通す。ドアの向こうからは、味噌汁のいい匂いが漂ってきていた。