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第5話 一方そのころ、王国では

 大陸北部に広がるアルマティア王国。

 その中心にそびえる白亜の巨城はこの国の象徴ともいえた。


 それはなぜか。なんと城そのものが大きな魔導具であり、魔力を注げば国土を覆うほどの結界を張ることができるからだ。


 王城最奥にある“結界の間”に魔力が注がれるかぎり、この国は魔の森の脅威に屈しない──長くそう信じられてきた。


 だが、その“不滅の神話”が揺らぎ始めたのは三年前のことだった。



 ~三年前~


 王城の奥深く、人気のない前室に灯るのは数本の燭台のみ。そこでは王ダグレスと側近たちが、緊迫した声で密談を交わしていた。


「陛下……魔の森の侵食は年々増し、結界に必要な魔力量は跳ね上がっております」

「……わかっている」


 王ダグレスは重くうなずいた。


「まさか王国の希望が、まだ五歳の我が子とはな……」


 王はそっと視線を落とす。そこにはまだ幼い、眠るマールがいた。


 側近が静かに告げる。


「マール様が今日行われた初めての“魔力補充”……あれは奇跡の領域です。国内随一の魔力を誇る他の宮廷魔導師たちが、数ヶ月かけて補う規模を、たった一度で……」


「しかもマール様は魔導具が無くとも、ご自身で結界が張れるようでした。まさにあの方は天才です!」


「だが……代償は大きかった」


 マールは枯れた魔力を取り戻すかのように眠り続けている。その小さな胸は上下していたが、目覚める気配はない。



「魔力の回復には、長い時間が必要だろう」


「はい、陛下。ですが魔力を最も回復できるのは、この王城ではなく……」


「膨大な自然魔力があふれる“魔の森周辺”かと……」


 その言葉に王は目を閉じた。


「……辺境か。たしかにあそこなら、魔力は回復しやすい。だが危険も多い」


「しかし、辺境伯様は陛下の弟君。マール様を守るには最適かと」



 王は長く息を吐いた。


「……ならば、あの子を辺境に預けよう。暗躍する者たちから遠ざける意味でも、悪くはない」


 それは、娘を守るための決断だった。マールの母は何者かに暗殺されたばかりで、王を含めた他の王子たちも幾度となく命を狙われていた。マールの安全は城のどこにもなかった。


(なにごとも、起きねば良いのだが……)


 しかし──このとき誰も知らなかった。その判断が、皮肉にも悲劇を招くことを。



 ◆


 現在──王城の執務室には、重く冷たい沈黙が満ちていた。


 分厚い扉が閉ざされ、積み上がった書類と魔力観測具の弱い光だけが室内を照らす。その中央で、国王ダグレス・アルマティアは、机上の手紙を握りしめていた。


 毎月欠かさず送り続けてきた“マール宛の手紙”。だが──何ヶ月も、一通たりとも返ってこない。



「……また、返事なし、か」


 低く落とされた声には、焦りだけでなく、深い罪悪感が滲んでいた。


 ここ最近では心配のし過ぎで公務に支障がでてきた。他国に送る親書に「パパは心配です」と誤って書いてしまうし、月イチの手紙もここ数日は毎晩書いている。かなりの重症である。


(マール……あの子に、まさか……)


 胸の奥が冷たく締めつけられる。

 彼女を辺境へ預けたのは、自分だった。その判断が間違っていたのではないか──その恐怖が押し寄せる。



 その夜。王は長い沈黙の末についに決断した。もっとも信頼する近衛騎士──ルシアン・ヴェイルを秘密裏に呼び出したのだ。


 人気のない夜の謁見の間。月光だけが二人を照らしていた。


「ルシアン……辺境伯家へ送り続けた手紙は、一通も戻らぬ。何かが起きているとしか思えんのだ」


 王の声は震えていた。

 白銀の騎士は驚愕に息を呑むと、すぐに膝をつき胸に拳を当てた。


 普通ならば、「心配ありませんよ、陛下」と慰めるのが臣下の役目だろう。だがこの男、ルシアンは違った。


「だから言ったじゃないですか陛下! マール様を辺境に送るぐらいなら、僕が24時間、いつでもどこでも守護りますからって!」


 ――この青年こそ、アルマティア王国が誇る近衛騎士団の筆頭、ルシアン・ヴェイル。


 美しい白銀の装束がよく似合う端正な容貌。彫刻のように整った横顔は貴族令嬢たちの憧れであり、王都を歩けば歓声が上がるほどの人気を誇る。


 だが彼の真価は見目だけではない。

 剣技は国内最強クラス、王族護衛としての功績も数え切れず、魔力操作の精度は宮廷魔導師すら舌を巻く。


 そのうえ――王ですら若干引くほどの“マール愛”である。


 幼い頃のマールを一度抱き上げた瞬間に“生涯の守護対象”として決めてしまったらしく、王城内でも「ルシアンがマール様の話を始めると1時間は止まらない」と噂されているほどだ。


 それでも王ダグレスが彼を重宝するのは、その実力と忠誠心が本物だからだった。


(三年前は娘に付き添わせる方がいろんな意味で危険だと判断したが……この際、背に腹は代えられぬ)



「すまぬが、娘の様子を確認してきてはくれまいか?」

「危険が迫っているのならば、今すぐにでも──この僕が必ずマール様をお救いします」


 迷いも恐れもない、真っ直ぐな誓い。


「(本当にコイツで大丈夫かな……)かならず、私の元へ連れ帰ってくれ、ルシアン」

「御意」


 夜明け前。白い朝霧の中、王都の門が静かに開く。

 ルシアンは馬を駆り、風のように走り抜けていく。


(マール様……どうか無事で……必ず見つけます)


 静かだった王国が、ついに動き出した。

 それは後に、大陸全体を巻き込む“運命の渦”となることを、この時まだ誰も知らない。





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