第1章 「影の街、沈黙する鼓動」第1話 ― 心視眼(しんしがん)の使い手 ―
夜の都市。
雨の粒が、ネオンを切り裂くように流れていた。
街は眠らない。
けれど、誰もが心を閉ざしている。
――この街では、感情が見える。
怒りは赤い煙、悲しみは青い光、嘘は黒く濁る影。
それらは「呪素」と呼ばれ、日常の空気に混ざって漂っていた。
クロトは、その中を静かに歩いていた。
黒いコートの裾が濡れ、掌には小型の呪素検知器。
監察局。
彼の所属する組織だ。
呪素犯罪を追い、記憶を縫い合わせ、心を再構築する縫師。
「……また、誰かが壊れたか。」
目を閉じると、世界が“光”の代わりに“感情”で見える。
それが、彼に宿る《心視眼》。
人の心を直接、視る目。
アパートの一室から、青黒い波が漏れていた。
中には、一人の少女が倒れている。
その頬には乾いた涙の跡。
壁一面に書かれたメッセージ。
《わたしの心を返して》
クロトは息を呑み、影の針を取り出した。
「影縫」――それは、失われた感情を縫い止める技。
闇の中で、針が細い光を放つ。
影と影がつながり、少女の呼吸が戻る。
「……大丈夫や。お前の心は、まだここにおる。」
しかしその時、背後で足音。
低い声が響いた。
「クロト。縫師同盟のやり方は、もう古い。」
黒い仮面の男。
その胸に刻まれた紋章――“黒喉会”。
呪素を兵器化しようとする組織。
クロトは影を払うように身構えた。
街のネオンが切れ、静寂が訪れる。
光も音も消えた空間。
そこに、“もう一つの視線”があった。
監視者。
物語の外から、影の織り目を見つめる存在。
あなたの観測が、彼らの運命を静かに縫い始める。




