影縫 - クロス・ゼロ 『交錯する影、裂かれた刻』
その日、世界は裂けた。
伏見の空を覆う春雨の帳の下、時織シオンは静かに息を止めた。
彼女の“糸”が震えている──これは、まだ見ぬ運命が呼んでいる証だった。
交差点の中央。光の柱の中に、桜色の影と、冥い波動が交じり合っていた。
福田朋広。彼の存在を縫うように、糸が彼女の手の中で脈打つ。
“桜魂”──それは魂の波長が世界を揺らす力。
“冥”の対極にあるはずの光が、なぜか闇を孕んでいた。
シオンは視えた。別の層で蠢くもう三つの波。
ひとつは“空”の高みを駆ける少年、もうひとつは“機構”の歯車に縛られた少女。
そして最後の波は、名もなき観測者──“選定者”たち。
彼らは見ているだけで干渉できぬ存在。だが、全てを記録する。
「……これが、交錯の始まり」
雨の中、シオンは傘を閉じ、糸を指に巻きつける。
光が弾け、時間が裂けた。
瞬間、彼女の瞳に“桜”の記憶が焼きついた。
誰かが誰かを庇い、倒れる音。
その衝撃に呼応して、世界の糸が一本、切れた。
──そして、再び繋がった。
「縫い直さな、あかんな……」
小さく呟き、シオンは消える。
残されたのは、濡れた地面に落ちた一本の糸。
その糸の先、桜と影が出会う場所へ──物語は動き出していた。




