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第五話 クリップタウンに着いたかも!

 颯爽と自転車を走らせるマナ。

 ゲートにグリップタウンの文字が。

 やっと着いたかも。

 ここまで5日間かかった。

 ホテルに泊まること計6回、残金は半分もない。でもマナは心配しない。美味しい物を食べれば元気100倍で寝ずに走れると自信があった。

 グリップタウン、空港が近く、多国籍な店が多くある。町は色んな料理の甘い香りが漂っている。

 ストリートな感じがして味があるかも。

 ナビギアを起動。

 ここのおすすめはラーメン。

 早速目当ての店に向かう。

 周りはビルが並んでいて、ちょっとしたビジネス街だった。その中にぽつんと背の低い建物がある。その建物こそがマナが食べに来たラーメン店で、昼時で、店の前には行列ができていた。

「あーん……早く食べたいかも~」


 ラーメン店の近く、ビル街の下に男二人が歩いていた。前の男は厳格な渋い表情をしている。歳は三十代後半のようである。その後ろに20代の若者の男が怪訝な顔つきで前の男を見つめながら歩いていた。

 どちらもスーツ姿をしている。この二人は会社員だ。前の男はナビギアを作った会社の宣伝課長で、もう一人はその部下の新入り社員だった。

 この二人は昼休みの時間に出ているのではない。仕事中だった。課長は女を探していた。二人の足取りは重かった。

 ふと、新入りの部下が前を歩く課長のタカラに尋ねた。

「……いらだってますね」

「腹も立つさ。締め切りは間近なんだもの」

 タカラは女を探していた。ただの女ではない。誰もが一目見てくぎ付けになるような、インパクトのある女だ。

 女は、ナビギアのコマーシャルガールにする予定だった。タカラはそのプロデュースを任され、いい当てがないか街中をさまよっていた。

 さっき訪れたギャルシティに魅かれる女はいなかった。あそこは若い女に人気の街だから、勝算があっただけに、気分が悪い。タカラの思いえがく女は決して美人ではない、個性的な服を着た女でもない。女の内側からあふれる、スターのオーラを感じさせる、存在感だった。

 こればかりはタカラの一個人の感性によるものだから、タカラ自身にしかわからない。

 しかしタカラには見抜ける自信があった。

「まあ宝探しだ。人なきところに人ありだよ」

 タカラは心配する部下へ余裕ありげに言ってみせた。


 ふと、タカラは足を止めた。そこは客でにぎわうラーメン店であった。

 タカラは取り憑かれたように店の窓越しから店内を見つめていた。

 その目線の先にいたのは、ラーメンを何杯も平らげて、今もなお美味しそうに啜っているマナの姿だった。

 タカラの部下も足を止めた。

「へぇー、いいお店ですね。ラーメンですか。そういえばちょうどお昼でしたね」

 タカラは険しい顔で部下をちらりと見た。

「おい、ついに見つけたぞ」

「はっ?」

 タカラは部下をよそ眼に、店内のマナを食い入るように見ていた。マナの一つ一つの行動がタカラの頭の中で理想とぴたりと一致した。

 タカラの言葉を察した部下もガラスに張り付くようにして中を覗いた。

「例の、コマーシャルガールですか?」

「そうだ」

「どの子です?」

「中央のカウンターに座ってる、あのブラジリアンガールだ。明るい色のスポーツウェアを着ているね」

「へぇー……あの子ですか?」

 タカラの部下には彼女の良さが分からなかった。どこにでもいそうな普通の女の子に見えた。

「話してみよう。行くぞ」

 タカラとその部下は店に入ると素早くマナの座っているカウンターに近づき、彼女を挟むように空いている両隣に座った。

「さーて、何にしようかなぁ」

 部下の方は料理を楽しみにしていた。素早くメニュー表を目で追って、すぐに注文を付ける。

 タカラはメニュー表を見るふりして、ちらりとマナを見た。マナは二人に目もくれずひたすら美味しそうにラーメンを食べている。見る見る間にラーメンはなくなり、マナはおかわりを元気よく呼ぶ。目の前には積み上げられた空の器が倒れそうになっていた。

「すごい食欲だなぁ。君」

 料理を待っているタカラの部下がそれとなくマナに尋ねた。

「だってこのラーメンすっごく美味しいの。濃厚でそれでいてさっぱりしていて何杯でもいけちゃうかも。鶏だしが効いてるのね。――あっ、でもいつもはこんなに食べないわ。今日は特別お腹が空いていたから」

「ふーん」

 するとタカラがメニュー表を置いて、少し親し気にマナに尋ねた。

「ここへはよく来るの?」

 マナはタカラの方を見た。当然知らない顔だった。

「いいえ。私、旅してるんです」

「旅?」

「そう、色んな場所の美味しい料理を食べ歩きたかったかも。今だって、ようやくラーメンが食べられて、思い残りないようにお腹いっぱい食べることにしてるんです」

 タカラは内心でほくそ笑んだ。

(網にかかったな……)

 すると店員がマナの頼んだラーメンを持ってきた。

「いただきまーす!」

 マナは満面の笑みでラーメンを食べている。

 タカラはメニューを見て、もう一度マナに尋ねる。

「何か飲み物を頼みましょうか?」

 マナは箸を止めて考えた。

「うーん、じゃあ、お水で」

「梅酒ソーダの方がおいしいですよ。(店員に)二つ」

 タカラはたばこに火をつけた。

「……しかし、旅っていうのはお金がかかるでしょうね」

 マナは出された梅酒ソーダに口をつける。

「そうなの、実はもうギリギリかも」

「それお困りでしょうね」

 タカラはたばこの灰を落として、マナに向き直った。

「……そのことなんだけど、実は僕は宣伝の仕事をしていてね、CMのモデルを探してるんだ」

 そう言って懐から名刺を差し出した。

 マナは渡された名刺をまじまじと見た。

「聞いたことあるかも。ナビギアの会社ですか」

「そう。まぁ、シェアは他社に後れを取って、三番目なんだけど。それはいいとして……どうかな? うちのコマーシャルガールになってみたくはない?」

 マナは目を丸くして驚いた。

「ええ!? 私が!?……ムリムリかも! 私、そんな……」

「簡単な仕事です。君はただカメラの前で笑っていればいいんだ。ラーメンを食べてるときみたいにね」

 言葉は優しいが、タカラの押しは強かった。

「でも、私は今旅の途中で……」

「そこだ。さっき君はお金がギリギリだって言ったね、それなら助けられそうなんだ。もし君が正式にコマーシャルガールに決まったら、契約料500万払う。500万だよ?旅はそれからでもいいじゃないか」

「そ、そんなに!?」

 マナは目を輝かせた。たしかに今のままじゃ、ラーメンを食べて帰るだけだ。

「とにかく詳しい話は、まずカメラテストをして、それから本社に来てもらいたいんだ。ウィンタレインシティにあるんだけど」

 500万……私も大人になったんだ、働いてみるのもいいかもしれないかも。マナは決心した。

「分かりました。受けます」

「えらい!」

 タカラは満足そうに笑みを見せた。

「その前にお手洗いに行ってきますね」

 マナが席を外したのを見届けてから、タカラの部下はすかさずタカラに詰め寄った。

「本当に彼女でいいんですか?」

 タカラは梅酒ソーダを一口飲み、物思い気にグラスを透かして見ている。

「かわいい子だ。目はよく動くし、よく笑う。俺の目に狂いはないよ」

 そう言ってタカラは懐から携帯を取り出して電話をかけた。

「もしもし、僕タカラ。ちょっといい子を見つけてね、今日中にカメラテストをしたいんだけど。――たしかに急だが、こういうのは鮮度が大事なんだ。分かるだろう?――うん。それじゃあ、よろしく頼むよ」

 タカラが電話を終えると、マナが手を拭きながらトイレから帰ってきた。

「あの、途中でギャルシティに行きたいかも。あそこに美味しいスイーツ屋さんがあるの!」

「ウィンタレインのほうがおいしい店はありますよ」

 タカラはやんわりと断る。

「自転車があるかも」

「大丈夫ですよ。(部下に)バン用意して」

「はっ」

 急いで走って去っていく部下。

 マナが座るとタカラはぐいぐい肩を寄せてきた。

「今彼に車を用意させますから。そうだな、その間お茶でもしましょうか。それとも何か欲しいものある?」


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