第四話 旅しちゃうかも!
朝の陽ざしが眩しいよく晴れた日。一軒家のドアを勢いよく開いて飛び出す少女がいる。
「行ってきまーす!」
元気のいい声で家族に別れを言う。飛び出した少女はマナ。とうとう旅立つ時が来たのだ。この日のために準備をしてきた。服装はばっちりと決まっている。健康的な細身の体を際立たせるぴっちりとした襟付きのスポーツウェア。有って無いようなスカートの下には黒のスパッツを履いている。つば付きの帽子を指でつまみ、向きを調整して、一呼吸つく。
「よしっ!」
準備万端の声を上げる。天気もよく晴れている。予報では雨は降らないらしい。でも、ここから離れた場所ではどうだろうか。そこまでは把握してない。もし雨が降ればずぶ濡れになるが、今はそんなこと気にもしない。
玄関前に掛けられた新品のスポーツバイクを引っ張り出す。脚を上げてサドルに乗り移ると、バランスをとるのが少々難しい。最初はふらついていたが、慣れると、向きは安定し、ぐんぐん前に進んでいく。
「これはいいかも」
マナは鼻歌を歌いながら、颯爽と街の中を駆け抜けていく。道は開けていて、家が並ぶだけの静かな街。よく晴れた青空と花壇の色鮮やかな花がいいコントラストだ。こののどかさがココノツタウンの特徴的な風景だ。
しばらく走って、街の景色が変わる。街を外れて木々に囲まれた山道にマナはいた。マナは自転車を止め、ウエストポーチを開くと、中から薄っぺらい電子端末を取り出した。この名前はナビギア。紙のように薄く、折り畳んだり丸めたりできる。
主な機能はタウンマップで、高性能なAIがサポートしてくれる。
「えーっと、次の街は……」
ナビギアの画面に次の街、クリップタウンへの道筋が表示される。補足の情報としてマナの好みに合わせたおすすめのグルメをAIは教えてくれる。出てきたのは人気のラーメン店だった。
マナは楽しみで感嘆の声を漏らした。
「早く食べてみたいかも! 待ってなさい愛しのラーメン!」
マップは道筋を示した。今の道をこのまま進めばよい。それを確認するとマナはナビギアをしまい、意気揚々と自転車を走らせた。
信号もない、山の中をかき分けたようにアスファルトの道が延々と続いている。
ただ高低差は急で自転車乗りには厳しかった。上がったと思ったら下がる。さっきの労力を返してくれと、マナは恨み節を言いながら、仕方なくまた坂を上がっていく。
しばらく進むと休憩がしたくなった。自転車をガードレールのそばに止めて暫しの休憩。マナはまだ若いし身体も軽い。でもこの坂道の連続はさすがに疲れた。。
マナが水筒を手に取り軽く振ると中身の音がほとんど聞こえない。中にはお茶が入っているはずだった。水筒を傾けて、開いた口に流し込もうとしても一滴が垂れてくるだけだった。ここに来るまでに全部飲み切ってしまったらしい。マナはがっかりする。
それからグ~とお腹の音が鳴る。空腹だ。でも食べ物は持ってなかった。ラーメンのために食料は持ってこなかった。どっと力が抜ける感覚がマナを襲う。ほかの手を探しても山道の中、近くに店も見当たらない。しかし、こんなときこそアレがある。高性能タウンマップ、ナビギアの出番だ。
マナはウエストポーチから折り畳んだナビギアを取り出した。
現在マナがいる地点の周辺地図が映っている。まだ使い慣れてないので指をさまよわせながら検索機能のメニューを探し出す。画面にグルグル回る読み込み中のアイコンが表示された。しばらく待つが更新されない。ここは山の中で電波が届かないらしい。すると自動でローカル版に移行した。
「えーっと、この近くで食べられる休憩所を探してっと……」
マナは検索をかけた。画面が再び読み込み中になる。すると出された表示は、
――帰れ――
非情な提案にマナは呆れ気味に顔をゆがませた。ひきつった笑みが思わずでる。
これ古いからな、新しいのが欲しいと思う。そんなマナであった。
どうしようか迷っていると、後ろから車のエンジン音が聞こえてきた。ふり向いてみると、一台の車が走りすぎようとしていた。荷台に荷物を積んだ小さめのトラックだ。トラックはマナの横を通り過ぎる。排気ガスをふかしていて、マナはむせた。今どきガソリン車は珍しい。一部のカーマニア以外はみんなEVか水素なのに。
……って、そんなことはどうでもいいんだ。
マナは離れていくトラックの運転手に気づいてもらえるよう、目いっぱい声を上げて、両手を振り、止まってほしいと合図を送った。
「おーい!」
ほどなくしてトラックは止まった。
「本当に止まってくれるなんて、なんだかロマンチックかも!」
マナは急いで駆け寄った。
「どうしたの?」
首にタオルを巻いた小太りの男が窓から顔を出す。汗をかいていて、息は荒かった。
「近くに休憩できるところありますか?」
「そりゃあねえよ。なんでこんなところにいるの?」
「クリップタウンに行きたくて」
「そりゃあ、知ってるよ、この道をまっすぐいけばいい。だけどあんたココノツから来たんだろ?それなら街の中を通っていけばいいのに、なんでこっちきた?」
「ええー、だってナビギアが」
「べらんめえ、ナビギアが言うからってのこのこ山に入るやつがあるかい、お嬢ちゃんもっと社会をしらねえとな」
男はそう言って過ぎ去ってしまった。
マナはナビギアをちっさく丸めて唸った
「このポンコツ!」
しかたなく来た道を戻る。不幸中の幸いというのか、下り坂だった。
ココナツに戻った。
まず、コンビニによって、お茶とおにぎりを買い、近くの公園に寄り、ベンチに座って食べた。おにぎり一個を5秒で食べてしまい我ながらおどろく。
体力も回復し、自転車をこぎだす。
丘の上の道路がら下の街が見える。遠くにわずかにみえる学校。
日が暮れてきた。
どこで寝るか考えていなかった。
テレビでやっていた番組キッズジャーニーでは野宿をしていた。所詮テレビの中の話だが。
とりあえず漕いでいると、公園があった。外はもう暗い。電灯に照らされたベンチに寝てみる。落ち着かない、それでも横になってると急に人の声がした。
「おい!そこでなにをしてる!」
マナは驚いて飛び起きた。
見れば警官の制服を着ている。
「なにをしてるって、野宿かも!」
マナはなかなか寝れなかったストレスが爆発して、食って掛かるような形相で言い返した。
しかし警官は全くたじろぐ様子をみせない
「野宿?君はいくつだ?見たところ子供のようだが」
「10歳かも!」
「それじゃあもう大人じゃないか。馬鹿なことせんで大人しく家に帰りなさい」
「そのつもりかも!」
マナはぷんぷんに怒って、自転車に乗った。
夜道を走る。
(どこかとまるところ、ホテルしかないかあ、お腹もすいた)
ナビギアを起動、ホテルを探す、なるべく安い所。道案内が出る。
コンビニで夕飯を買って、ホテルにチェックインする。
シャワーから出てきて、一息つく。今日の出来事を思い返すと、悔しいことばかり、先が思いやられる。お金は10万円あったが、今日でご飯に1000円ホテル代が5000円しめてマイナス6000円だ。クリップタウンまでまだ距離がある。今日走った距離と比べて、どんなに早く着いても3日はかかるだろう。きっとなんとかなるかも!大丈夫!
一人サイズのベッドに入ると一日の疲れどっと現れてきた。