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第三話 壮行会しちゃうかも!

 シマが言った場所は閑静な街のなかに埋まっていた。建物は三角屋根の二階建てで、入り口に「割烹」と看板が飾られていた。

 中に入ったマナたちは、一間の座敷に通された。部屋の広さに対して、テーブルがやけに小さく感じた。四人で座ると、片側二人ずつになりそうだ。

 周りを見ると、風情のある絵や花瓶が目についた。


「どうだい? ちょっといいところだろ?」


 シマはまるで自分の店かのように自慢気に言った。そして誰にも遠慮せず、どっかりと手前の位置に座った。するとイケがそそくさとその隣に座ろうとする。


「ビールもらおうか」


 シマがさっそく店員に注文をした。

マナはシマの前に座ろうとした。すると、ヤスミが決まりが悪そうに言う。


「奥、行って……」


「……?」


 ヤスミはイケの前に座るのが恥ずかしかった。マナはヤスミの思い人を知らないし、

察することもなかったけれど、座る場所には特にこだわりもないので、言う通り奥に座った。

 シマとイケは座ってさっそく煙草をふかした。二人ともだんまりとしている。イケは好きな煙草を不味そうにしかめっ面で吸っていた。イケは暗い顔でうつ向きながら吸っている。イケがどこか物悲し気な顔でいるのは珍しいことではない。だが妙な沈鬱な空気が二人を包んでいた。ヤスミが心配そうにマナをちらりと見る。さすがにマナもこの空気を察した。察して尋ねた。


「どうかしたかも?何かあったかも?」


 返事を返したのはシマだった。イケの横顔を睨んで嫌味たらっしく言う。


「愚か者だよ、こいつは。弱虫のくせに、どこか熱情家で、好きな女なんか作って、今さらどうするか迷ってるんだ」


「へー、知らなかったかも。だれかも?」


 マナは首を振ってイケの方を見た。イケは目を伏せたまま何も言わない。またシマがしゃべりだした。


「C組のミエだよ。ほらあのブロンド」


 ヤスミがうつ向く。ずっと気まずそうにしていた彼女だった。


「へえー、イケ君も隅に置けないかも」


「思い切って別れてしまえよ。僕はそう言ったんだ」


 すると、イケが顔を上げて言った。


「俺のことは放っておいてくれ」


 多少やけ気味である。シマに頑張って逆らおうと、強がって見せたが、シマの方に顔は向けられなかった。

 イケに言葉を返されたシマは明らかに不満らしく眉を吊り上げた。


「なに?――4歳から入学して6年間、ずっと一緒だった仲間じゃないか。親友っていうだけでも、忠告する権利はあると思うんだ」


「そいつは有難く思うけど……」


 イケはまたうつ向いてしまった。口論になると、いつもシマにはコテンパンに負けてしまう。彼はシマの前にいると全く自信のない、しょぼくれた青年に見えた。


 殺伐とした暗い雰囲気になってしまった。その空気を察すると、すぐにマナは二人の間を手で遮って言った。


「はい! 喧嘩はそこまでかも! みんな、美味しいご飯が待ってるかも!」


「それもそうだな……ビールはまだかな?」


シマは物を探すように出入り口の方を見ていた。するとちょうどのタイミングで店員がビール瓶とグラスをお盆にのせてやって来た。


 シマは黙って店員からビール瓶をもらうと、蓋を栓抜きでこんこんと二回叩いてから開けた。プシュッと炭酸の抜ける音が出た。

 シマは自分のグラスに注いだ後、イケのグラスにも注ごうとした。


「俺はいけないんだ」


「いいじゃないか、一杯くらい」


 イケの言葉をつっぱねて、ビールはなみなみ注がれた。


 マナたちももう一本開けていた。みんな揃って、さあ乾杯という時に、シマが先に一人で飲もうとした。


「乾杯は?」


「ああ、そうだったね」


 シマは忘れていたことを照れるように笑った。


「そうだ、これは壮行会なんだからな、だれか挨拶してくれない?」


 マナが勢い良く手を上げる。三人の視線がマナに集まった。マナは杯を上げて言った。


「それでは、我々の栄えある未来のために!」


「乾杯!」


 四人が杯を交わす。ビールがこぼれないように控えめに音が鳴った。

 シマは一口で半分以上減らして、またグラスに注いだ。酒に強い男だ。一方でイケは飲んだのかわからないほど、少しも減ってはいなかった。マナとヤスミは普通くらいだ。


「ご飯はまだかも?」


 マナが待ちきれずにそわそわしている。


「ん?……飯にしようか」


 シマは手を叩いて店員を呼んだ。すぐに店員が駆けつけてきた。


「案内さん、飯にしてくれ」


「かしこまりました」


 通路へ消えていく店員をマナは目で追いながら、もう待ちきれないという様子だった。


「ここのお得意は、薄く切った肉を鉄板で焼いて出すんだ」


シマが通ぶって、料理の説明をした。それを聞くとますます食べたくなる。


「もう待てないかも~」


 料理を待つ間、マナは不平を漏らしていた。性格は我がままではないのだが、食いしん坊で、食べ物のことになると、誰にも負けない食い意地を見せる彼女だった。


 しばらくして、店員が料理を運んできた。白いお皿に薄いステーキと緑の野菜が添えられていた。マナたち付いてきたナイフとフォークを持って、黙々とステーキを小さく切りながら食べる。シマが肉と一緒にビールを飲んでいる間も、マナはカチャカチャとナイフで皿をこすり、一生懸命に肉を小さく切っていた。肉は薄いのに硬くて、マナを手こずらせていた。


 ふと、シマが食べる手を止めて、みんなに話しかけた。


「それで、みんなこれからはどうするんだい?」


 不意に尋ねられてた今後の進路、スクールを卒業した今の四人にとって、とても重大な問題である。イケもヤスミも思わず手を止めた。さすがのマナも手の動きを止めて、一時の静寂が訪れた。



「軍隊に入ろうと思うんだ」


 イケが沈黙を破って、顔を上げて、きっぱり言い張った。マナとヤスミは驚いて口を開けた。シマも知らなかったらしい。しかし彼は落ち着いていた。彼は眉をひそめてイケをじっと見つめていた。


「うん、それがいい。君の弱り腐った根性を叩き直すのにはうってつけだ。僕からも推薦状を出すよ」


 イケは照れて、微笑しながら言う。


「いや、そんなもの必要ないよ。向こうは人手がいくらあっても、またすぐ足りなくなるからね」


 続いて少し恥ずかしがりながらヤスミが言う。


「私は、将来お嫁さんになるために、美味しい料理が作れたらなって、それでお弁当屋さんなんか開けたらいいなって……子供みたいな夢だけど……」


「うん、それがいいよ。第一、10歳の僕たちにいきなり社会人になれっていうのが無茶なんだ。本来20年かかる教育を半分にしたんだからな。嫌な時代になったよ。そのくせ、勝手にホルモン剤を打たれて、身体機能は成熟してる――」


「君はその薬の専門だろ?」


 イケが親しみを込めて言う。いつも一緒にいた仲だから、シマが医学博士になろうとしていることは知っていた。


「うん、僕の見たところ、人間の身体能力を今の10倍にできそうなんだ」


「へえ、それはすごいね。もし新薬ができたら最初に僕に打ってよ」


「打ってやるさ――いや、君に必要なのはここの薬だよ」


 そう言いながらイケが胸を指さす。


「性格を変えなくっちゃな」


「ははは、ついでに作ってくれよ」


「さあ……何年かかるかな」


 そう言って、シマは苦笑いを浮かべならビールに口をつけた。


 ヤスミがマナに問う。


「マナはどうするの?」


「私?……私は……」


 そう言ってマナは改まると、意気揚々と立ち上がって宣言するように言った。


「色んな街の美味しいものを食べることかも!」


「マナは今が食べ盛りだもんね」


「しかし、食べていくお金はあるの?」


 イケが優しく質問する。マナは余裕たっぷりな様子で手を振って答えた。


「心配ご無用かも。私、この時のために貯金してたんだから」


「そう……えらいんだね」


 イケは感心していた。するとここでシマが口を出した。少し重い口調で寂しさが感じられた。


「しかし……なぁ、君、旅なんかしないで、女なんかは家に引きこもっていた方が、ご両親も安心するぞ」


「そんなことないよ。すばらしい夢だよ。絶対行くべきだよ」



 イケが興奮気味にシマの言葉に反対した。


「ありがとう。私もみんなのこと応援してるかも!」


 すると、シマが笑った。


「はははは、君が言うと、なんだか力が抜けるよ。はははは」


 イケもヤスミもつられて笑い出した。その理由が分からず、マナは不思議に思う。


(なんでみんな笑うんだろう?)



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