第二話 シマ君に会ったかも!
校長が壇から降りると、緊張の糸が切れたように卒業生たちは一斉に騒ぎ出した。式は終わり。もうここで解散なのだ。体育館を後にする者。まだ居残って、談笑する者。ここでお別れ会を開こうとする者たちもいる。マナは早速ヤスミのところへと向かっていた。ヤスミとは同じクラスなのですぐ近くだった。
「終わったね」
「うん――卒業式って言っても大したことないかも」
「これからどうしよっか」
「せっかくだし、どっかでパーッと食べに行こうよ。パーッと」
「そうだね」
ふと、マナが遠くに目をやる。
「どうしたの?マナ」
「ほら、朝話した、ヤスミの良いところ、教えてくれる人がいるかも!」
「えっ、それってシマ君?」
ヤスミはマナが向いてるほうにふり向いた。同じような身なりをした男子ばかりで、すぐには見分けがつかなかったが、他の男子とは頭一つ離れた背の高さ、骨太な体、遠くからでもわかる太い眉に、鷹のように高圧的で彫刻のような顔。まさしくシマだった。
シマはちょうど他の子と話を終えたところだった。そしてあたりをゆっくりふらついている。
「はやくしないと、帰っちゃうかも!」
マナはヤスミの腕を強引に引っ張ってシマのところへ向かった。
「シマ君、こんにちは!」
シマは心ここにあらずというようにボーっとしていた。そこへマナたちが来て、不意を突かれたようだが、けろりとしていた。
「よお、マナちゃん。それとヤスミちゃんだね。どうしたの?ぼくに何か用?」
「ちょっとシマ君に聞きたいことがあるかも」
「ふーん、なんだい?」
シマは眉をひそめて、真剣な顔つきになる。
「ヤスミの良いところをぜひ教えてあげてほしいの」
「なんだそんなことか――」
シマはしょうがなさそうに笑みを見せた。そして握りこぶしを腰にあてながら、淡々と答えた。
「参ったな……良いも悪いも、問題は、本人の自覚如何だからね。誰かに言われるんじゃなくて、自分がどう思うかだよ」
「うんうん、なんとなくわかるかも!ねえ、ヤスミ」
「う、うん。ちょっと冷酷だけど、そんな考え方もありかもね。やっぱりシマさんは堂々としてすごいな。どうもありがとう」
ヤスミは相変わらず控えめにいたが、心のもやもやが一つ晴れたらしく、安堵した様子でシマに礼を言った。
シマは堂々としていると言われて、少し照れくさそうに下を見てはにかんだが、またすぐにのけぞって二人を見た。
「ところで、どう?これから壮行会でもしようと思ってるんだけど、男二人じゃつまらないだろ、誰かいないか誘ってたんだけど」
「壮行会ってなにかも?」
「大したことじゃないんだ。酒でもあおって、飯でも食おうって言うんだ」
とたんにマナの瞳が輝く。
「ご飯!それって良いかも!」
「どう?ちょと寂しい所だけど、料理は太鼓判を押すよ」
「行く!絶対行く!ねえ、ヤスミ?」
「うん……でも……」
ヤスミは曖昧に言葉を濁して、またうつ向いてしまう。彼女にとって男の人と食事をするのはとても勇気がいるものだった。
シマははっきりした男である。うやむやにするのが嫌いで、今度もヤスミの気持ちを察して無理には誘わなかった。
「うん……いや、いいよ。やっぱり二人で行くよ。無理言って悪かったね」
「えー」
マナはいかにも残念そうに、むしろ咎めるようにヤスミを見た。それでも、付き合いの長いマナは彼女の性格を知ってる。意外なことではないので、気持ちの切り替えは早かった。
「分かったかも。それじゃあお元気で。イケ君にもよろしくかも」
「うん。伝えとくよ」
するとヤスミが慌ただしく問いただしてきた。
「イケさんも来るの?」
マナはさも当然のことのように言う。
「だって、いつも一緒にいるからそうかなって。違うかも?」
イケはシマの親友で、容姿は端麗、顔も小さく、肌も白い、まごうことなき美男子で女子からはよくモテていた。それにしてはイケはとても気の小さい人で、大人しく、ことあるごとにシマを頼りにしている。
マナが知っているのはこのくらいだ。
「そうだよ。いつもなよなよして、花びらみたいな奴なんだ。僕が太陽で、照らしてなくちゃいけないんだ」
シマはさぞ面倒事のように眉をひそめて言っていたが、どこか嬉しそうである。
それはそうと、ヤスミの様子が先ほどとは打って変わり、何やら熱心にマナに目をみつめてメッセージを伝えようとしていた。
(イケさんが来るなら、私も行きたいよ……!)
マナは視線には気づいたが、意味までは伝わらなかった。
「それじゃあ、さよなら。イケの奴いつまでも来ないから、僕から会ってくるよ」
シマがそう言って別れようとしたとき、ヤスミのらしくない大きな声が飛び出た。
「待って……!」
二人がヤスミを見る。ヤスミは低い声で言った。
「行こう……」