第一話 卒業しちゃうかも!
丘の上のひらけた土地に木目細工の家が立ち並ぶ。庭の花壇には赤や黄色の花弁が彩り、時折蝶々が飛んでくる。地面をならして作られた道路、空気はきれいで、のどかな音楽が流れ来そうな、そんな街。
ここはココノツタウン。
ある一軒家から、元気よく飛び出してきたのは、一人の少女、名前はマナ。耳に掛かるくらいのボーイッシュな髪型で、まつ毛の長い目は、艶めかな大人びた印象を受ける。年は十歳。元気よく大手を振って歩いているが、立ち止まったときに、胸の前に手を添えるしぐさなどは実に女の子らしい一面を時折見せていた。
マナは今、通学途中だった。
今日で学生も終わり。明日から新社会人として新しい一歩を踏み出すかも!
マナは着ている制服のシワを伸ばした。
曲がり角の横断歩道の前でマナは立ち止まると、右方向の道をじっと見た。同じく通学中の生徒や、スーツ姿のサラリーマンの姿が何人か歩いてくる。それに混じって、歩く一人の少女にマナの視線が向いた。
その少女が近づいてくるのをマナは微笑みを浮かべながらじっと待っていた。
「おはようかも!ヤスミ」
「おはよう。マナ」
毎朝同じように二人はこうして会う。
ヤスミはマナの友人である。
長い髪に、前髪はぱっつんに切り揃えられ、眼鏡をかけている。どこかひかえめで、いつも困っているかのように眉尻は下がっている。
歳はマナと同じ10歳。彼女も今日、卒業式を迎える。
「とうとう今日だね――卒業だって、新社会人だって言われても、まだ実感ないよ。まだ10歳なのに――うちのお母さんはね、10歳の頃はおままごとで遊んでたって」
「私は準備万端かも。もう十年学校で暮らせなんて言われたら、そうね、その日の夕ご飯は食べられないかも!」
マナは空腹な自分を想像して顔を青くした。
「ハハハ、マナらしいね――食べ物ばっかり」
「だから私みたいな人には、今の世の中はハッピーかも!」
マナは両腕を上げて喜んでいた。それを見てヤスミは笑顔をみせる。しかしその後に暗いトーンで話した。
「マナはえらいよ。――明るくって、やる気があって、おまけにスタイルも良くって、――もう立派な大人だよ――それに比べて私は……」
「そんなことないかも!ヤスミも良いものたくさん持ってるかも!」
「どんな?」
ヤスミはすがるような目でマナに聞いた。
「え?……」
「私に有って、マナに無いものは何?」
マナは頭を振って一生懸命考えた。
「それはアレかも!」
「アレ?」
「そう、アレ。シマ君に聞くのがいいってこと!こういうのは第三者に聞いて、それで初めてわかることかも。シマ君なら、相談に乗ってくれるかも!」
ヤスミは深く考え込んで、頷く。
「そうだね。――マナとじゃ、知りすぎて公平じゃないね」
「そうかも!そうかも!」
校舎の門にぞろぞろと、生徒たちが入っていく。
教室に入ると、担任の先生が卒業生のために一輪の花を制服の胸ポケットに差して廻っていた。ホームルームが終わり、いよいよ体育館で卒業式が行われる。卒業生たちが列になって入場し、檀上の前に約100人が整列した。
男子はみなポマードできっちりと固められた七三分けか短い坊主頭にしている。一方の女子は個性豊かで、髪色も自由だった。同じなのは皆背筋を伸ばしているところだ。
マナは胸に咲いた花を時折指でいじっては誇らし気な顔を見せていた。
この卒業式は校長が祝辞を述べるだけで簡潔に終わる。
校長が壇上に上がる。細身で、動きは俊敏だった。鼻の下に整えられた髭を生やしている。
その校長が中央の演台に立つと、手元に置かれた電子端末機器の画面に台本が映し出された。校長は一つ咳をした。
「本日はお日柄も良く、早春の木も咲いて、諸君の門出を祝っております――まぁそんなことはどうでもよくて――私が諸君に言いたいのは、つまり、ただ、大いに頑張ってもらいということです」
生徒は皆、静かにして視線を校長に向けている。校長は咳ばらいをして、話を続けた。
「諸君もよく知ってると思いますが、今日、諸君がここにいるのは、10年前、ちょうど諸君が生まれた年に、成人の法が10歳に下げられたからであります。――諸君には何度も申し上げているから、これも当然知ってるでしょうけども、――その理由は、現代の大人の著しい幼稚化。若者から80を過ぎた老人まで、その精神はまるで成長していないという問題であります。――そのため、諸君はこの法が施行された10年前から特別な教育を受けてきたわけであります。そしてそれは初の10歳の成人として、アドバンスジェネレーションとして、社会から大いに期待されているのであります。――ご卒業おめでとうございます」