表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/1

プロローグ



 ひび割れた鎧からむき出しになった横腹に、粗く巻いた包帯。内側から血が浸透して流れ落ちている。

 回復薬はもう無く、マトモに止血もできていないので、傷口は広がる一方だ。


 絶対今夜で死ぬよな、俺。


 痛みだけで言えば、頭のてっぺんから爪先までを襲っていて、身体の限界などとっくに迎えている。


 ようやく訪れた最終局面。ここで足を止めて、くたばるわけにはいかない——という根性論で、身体を奮起させているだけだ。


 焦燥的な心臓を落ち着かせようと、深く息を吸う。が、同時に腹部の痛みが激しくなる。

 なんとか気を紛らわせるために、俺は少しの間、思考を過去に馳せる。


 ——国に降り注ぐ災厄の根源であるこの城は、文字通り『魔物の(ねぐら)』であった。


 年月をかけ、技も力も磨いてレベル99揃いとなった俺たちのパーティは、『史上最強』と(ちまた)で言わしめている。

 しかし、たった一日の間に、俺を除く全員がこの城に巣喰う魔物たちに葬られてしまった。


 唾のように飄々(ひょうひょう)と氷を吐くグリフォンに、白魔導士のエラリィが倒れてから、事態は暗転の一方を辿り始める。


 ヒーラーがいない状態で、毒牙を持ち合わせた巨大サーペントと対峙したのはまさに自殺案件で、武闘家のディクが毒によって()せた。


 残った俺と剣士のアーサーも、案の定身体を(むしば)まれており、アーサーはつい先刻のバーサーカーとの死闘を終え、「後は任せた」と言い遺して、一足先にあちらへ逝ってしまった。


 ふぅぅ、と長く重い息を吐きながら、俺は追憶を終える——。


 というか、任されても困るんですけど!?

 いや、まぁ?

 国を背負って立つパーティの勇者ですから?

 臆病なんかじゃ、やってられないわけですよ——やってられないんだけどさ?


 流石に俺1人はキツいってぇ。


 別にあれよ?

 今までみたいな魔物を相手にするなら、仕方ないって思えるよ?

 でもさ? これから闘う相手ってさ?

 この城の主だぞ?

 魔王だぞ! ま・お・う!

 気乗りするわけないだろ、9割9分の確率で負けるじゃねぇか。


 今度は深呼吸ではなく、ため息が俺の口から漏れ出る。


 でも、やるしかないんだよなぁ。


 腰の(さや)から抜いた剣を片手に、所々ひび割れた階段を上り始める。

 最上階が近い、そう思ったのと同時に、空気中を漂う魔力の濃度が変わった。

 皮膚が痺れる。これほど凄まじい魔力を感じたのは初めてだ。


「よく来たな、勇者よ」


 俺が驚いたのは、『完全版! 魔王の言葉遣いマニュアルブック』(そんなふざけた本があればの話だが)に太字で載ってそうな台詞を、開口一番に告げられたからではない。


 その声色が、"女性"特有のものだったからだ。


「え……お、女?」

 思わず俺の口から本音が飛び出す。


 階段を上り終えると、だだっ広く空虚な空間が広がっている。

 向かいに目をやると、これまた、いかにもな玉座が設えてある。

 そこに腰かけていたのは、やはり女だった。


「まさか、女の魔王だったとは——」


「なんだ? そんなに意外か?」

 魔王は決して温かくない微笑を浮かべて、俺に(たず)ねる。


 遠くからでも、宝石のように輝いて見える深紅の瞳。

 腰付近まで伸びた銀髪を貫いて生えた額辺りの角が無ければ、大国の姫君と言われても信じてしまうかもしれない。


 そんな馬鹿げた想像をしてしまうほど、この魔王、顔立ちがもはや造形美の域に達している。


 言われてみれば、魔王に会った者はいないはずだ。故に当然、男の姿をしているという確証などあるはずが無かった。

 しかし、俺はたった今、人生で最大の衝撃を受けている。


 こういうのを、先入観と呼ぶのだとすれば、先入観とは想像以上に恐ろしいものだ。

 新たな勉強になった——いや待て、そんなことはどうでもいい。


 とてつもない美女だろうが、肌中の水分が蒸発しきった老婆だろうが、魔王であることに変わりはない。


 俺は空いている左手の甲に、剣先を乗せながら奴の方に向け、(つか)を握った右手に頬を預ける。


「俺は——貴様を殺す」


 睥睨(へいげい)しながら告げると、魔王は表情を崩さないまま立ち上がる。


「威勢のわりに、随分と満身創痍(そうい)な気もするが?」


 えぇ、おっしゃる通り。

 時間が経てば死ぬ、って分かりきってるくらいにボロボロのボロですからね。


 でもまぁ別にね、俺が死ぬのはいいんですよ。

 そんなこと、勇者やってたら覚悟はしてるから。

 みんなには——みんなには、できれば生きてほしかったけど、それはもう叶わない望みだし。


 だけど、今ここで魔王を討たなきゃ、みんなが命を賭して倒して来た魔物たちも、こいつの手によって再び復活してしまう。

 そうなったらさ、俺たちはなんのために生きて、なんのために死んだのか、分からないじゃないか。


「行くぞ」という自らの声を合図に、俺は相変わらず根性だけで、跳ねるように足を動かす。

 刹那も無い。俺は魔王の首元に迫り、剣を振り下ろす。が、さすがは魔王。即座に左手でそれを受け止める。

 気付けば、俺は払い飛ばされて、冷たい床と対面していた。


『レイナード、焦りは禁物です。ほら、回復魔法をかけますから』

 エラリィ——。

 パーティで意見が対立した時、なだめて仲裁してくれたのは、いつも君だった。

 最初はおっちょこちょいすぎて、罠でもないところで転んだりしてたけど、君がいたから俺たちはここまで来れた。

 白魔法だけじゃない。君の笑顔で俺たちは救われていたんだ。


「〈フレイム〉!」俺は即座に立ち上がり、刃に炎を(まと)わせた。

 それを視認してから、再度斬りかかる。

 (かわ)されようと、関係ない。

 何度でも、何度でも、ひたすらに連撃、連撃、連撃。


『俺を脳筋ヤローって言う奴は多いが、お前の方がよっぽど脳筋だな』

 ディク——。

 俺たちと違って、武器も鎧も持たない君を、戦場へ帯同させていいものかと、昔はよく悩んだものだ。

 でも君の闘いは、そんな杞憂(きゆう)など軽く吹き飛ばすほど、清々しく美しかった。

 同じ男として尊敬しているよ。感情任せになるのが玉に(きず)だけどね。


 攻撃を繰り返す度に内臓が(きし)んで、素晴らしく耳心地の悪い音が鳴る。

 それでも、動きを止めるわけにはいかない。


 魔王よ、貴様は俺が「下手な鉄砲、数打ちゃ当たる」理論のもと、間髪入れずに攻め込んでいると思ってるだろうが、それは大きな間違いだ。


 この剣に追加付与されているスキルは、自己増強。

 つまるところ、モーションを重ねれば重ねるほど、剣が元々保有しているスキルが研ぎ磨かれるという仕組みだ。


 この剣の初期スキル。

 それは、水沫(すいまつ)

 刀身に雫を纏わせることができ、水攻撃を弱点とする相手に効果的——というだけ。


 言っても、結構昔に手に入れたアイテムだ。

 これ自体が優れているか、って()かれたら俺だって首を横に振る。


 ただ、真骨頂は、ここから。


『天才を信じるかって? 変なことを訊くね、レイナードも。まぁ信じるよ。なぜって? 今僕と喋っているのが、努力の天才だからだよ』

 アーサー——。

 強くて、優しくて、いつだって冷静で、同い年とは思えないほど、全てが俺の数倍洗練されていた。

 お前はいつだって俺を信じてくれた。

 でも俺は、幼い頃から嫉妬と羨望に満ちた醜い憧れを、お前に抱き続けた。

 勇者の2文字が似合うのは、明らかにアーサーの方。どうして俺にその座を渡したのかは未だに理解できないが。

 まぁ、必ず(はなむけ)を携えてそっちに逝くから、見捨てずに待っていてくれると嬉しいよ。


 繰り返した冗長的な攻撃のおかげで、魔王にほんの一瞬、隙が生じた。

「ここだっ——、〈水沫〉!」

 叫ぶのと同時に魔王との距離を一気に詰める。

 炎の渦が囲む中に、水が湧出する。

 そうなれば、起こる事態は想像に容易い。


 水蒸気爆発。


 死を察する暇もなく、俺と魔王は対極の方向へ吹き飛ぶ。鼓膜につんざく轟音と共に。

 自爆のようなものだとは分かっていたが、想定外にもほどがある威力だった。


 今まで試さなくてよかったな、これ。

 鉄くせぇ——げっ、腕が千切れかけてやんの。


 かろうじて残った意識のせいで、先ほどまでの比ではない激痛が全身を駆け巡り始める。

 正直、もう戦闘不能だが、魔王より先に死ぬわけにはいかない。

 馬鹿ほど血が口から噴き出すが、関係ない。

 俺はやっとの思いで上半身を起こす。


 俺も俺なら、魔王も魔王で、結構悲惨な状態だった。

 肉片があちらこちらに散らばっていて、あの美しい顔も爛れている。

 まだ息はあるらしい。

 俺と目が合い、再び浮かべた微笑は、澄みきって、それでいてどこか切なさを感じるものだった。


 (やが)て、奴から発している魔力が弱まって行く。

 そして俺も、視界が霞み出した。

 どうやら、終わりの時は近いらしい——ん?


 やばい、今、魔王の傍に人影が見えた気がする。それも2つ。

 えぇぇぇぇ…………。

 残党いるのかよ、くそぉ……。

 魔王倒したんだから勘弁してくれ。マジで。

 まぁ、特にオーラも魔力も感じないから、雑魚系だろ。


 あーもう、国でなんとかしろ。俺は知らん。

 見ないフリ。見ないフリ。目を閉じてしまえ。


 そうすればあとは死ぬだけだ。





読んで頂き、ありがとうございます!

作者の冨知夜章汰です!


異世界ファンタジーに挑戦!

ただし超絶不定期更新……というかこの話を公開してる時点では、プロローグ以外まだ書けてません(構想はありますが)読者様の反応があれば、モチベ上がって執筆して行く……はず……多分……うん。


そんなこんなですが、感想や☆☆☆☆☆の評価をもらえると、端末の向こう側で喜びの舞いを踊りますので、お手数ですがよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ