第9話:勇者と生贄
そこにいたのは他でもない、俺にまほうのくに支店への辞令を言い渡した「軍曹」で知られる女性、黒川調査役だった。
「神代≪かみしろ≫、 こんなところで何してる?」
研修所なら、こんな真夜中に不法侵入しているところを見られたら、厳重処分だろう。でもここではお互い様だ。
「黒川調査役こそ、何してるんですか」
「失踪した銀行員の行方を追ってるんだ」
「人事部って、そんなことも仕事なんですね」
彼女はやれやれといった様子でため息をついた。漆黒の髪、 黒いスーツは闇に溶け込んでいる。その姿は、どきりとするほどセクシーだった。レアが太陽の女の子だとすれば、軍曹は夜の女王といったところか。
「日本の会社は、社員を強制的にやめさせることができないからね。欠勤を続ける銀行員でも、捕まえて、本人の口から『やめます』と言わせなくてはならない」
研修を受けている時は「人事部の研修講師は生徒に教えるだけだから、営業成績も厄介な上下関係もないし、楽でいいな」と思ったが、意外とハードワーク なのだろう。お疲れ様です、と小さい声で言う俺に、彼女は三日月のように弧を描いた笑みを浮かべ、言った。
「あぁ。そのためなら地の果てでも異世界でも、どこだって追いかけていくさ」
チラリと覗く八重歯は、捕食者という単語がぴったりだった。
「それより神代、満足な働きをしてるみたいじゃないか」
「どういうことです?」
「リケケのご令嬢だよ。レア、とか言う名前だったか」
「ご令嬢なんですか?所持金ゼロでしたよ」
「あの一族の方針らしい。金は自分で稼げって。稼げないなら、持っている誰かを見つけろ」
軍曹は俺に事情を話してくれた。 どうやら彼女の一族は勇者の一族で、 おじいちゃんのそのまたおじいちゃんが世界を救ったことがある。その時のお礼や褒美、今でももらえる貢ぎ物なので、生涯繁栄が約束されているらしい。そんな一族を銀行が放っておくわけがない。 銀行は その一族にいち早く取り入って、 株や仕組債を買わせたり、為替で儲けさせたり、 とにかく良い関係を築いてきた。八神銀行が異世界にまで支店を作っていたことには驚くばかりだ。
「どうして、わざわざ八神の担当者を送り込むんですか?」
「他の銀行に、あの一族との取引を取られないためだよ。他行もこの異世界の存在に気づいた。 もう地球上で儲けることなんて無理だろう。今のトレンドは『稼ぎは異世界で』。これ、来年の流行語大賞とるぞ」
「それなら彼女じゃなくて、父さんやじいちゃんと取引した方がいいんじゃないですか」
「今、あの一族は子孫が、彼女しかいないんだ」
「え……」
「彼女の両親は殺された。正確に言うと 生贄にされたんだ」
沈黙。 では レアが受け取った手紙は何だったのだろうか。
「あの一族は、勇者の一族だ。 それは神格化された、聖なるヒトなんだよ。この世界には火、水、土、金、木という5つの神様がいる。この世界では、このうちのひとつの神様がいなくなると平和が乱れると考えられている。そこで、勇者の一族を生贄に捧げるんだ。 神様が戻ってくるようにね」
「それって誰かを殴って、優しくして、を繰り返す、DV野郎じゃないですか」
「お前の父親みたいなのは置いといて、今回、水の神様がいなくなったんだろう?」
「そうです。それで、食料が足りなくなってきてる。 飢饉が起きてるんですよ。 だからレアは他の島に行けるから、そこと食べ物を交換しに行くって」
「どこの島に」
「水の島……あ。もしかして」
俺は嫌な予感が頭をよぎった。
「そう。誰が『貴女を生贄にして神様を呼び戻す。だから来てください』って言うんだ?」
「じゃあレアは生贄にされることを知らずに、あの島に行くってことですか」
沈黙。それは 頷くよりも雄弁に答えを物語っていた。
「神代。お前はやるべきことをやればいい。もうすぐ、あの子は死ぬ、そうしたら相続の手続きが発生する。何も対策しなければ島の税金に消えてしまう。そうなってしまっては銀行は手を出せない」
俺は話が読めてきた。彼女が木にくくりつけられていて、俺が助けることになった冒頭のシチュエーション。あれは銀行がお膳立てしていたのだ。そうすれば絶対に彼女は俺のことが気に入るに決まっている。彼女が俺のことを期待していたのも、印象操作が行われていたのだろう。
「もうすぐ両親の遺産が彼女の口座に入ります。彼女が死ぬまでに時間もない。それまでにあの子の金をできるだけ運用させて、銀行に利益をもたらす。そういうことですよね」
「さすが話が早くていいね」
「お断りします」
数秒の間があった。
「そんなことをしてまで、銀行に利益をもたらしたくありません。俺はあの子を殺させない」
「へえ。 妹と同じ年齢だからか?ひとつ教えてやるとな、こっちでは年齢がバグってるんだよ。あの子は確か200歳とか、そんなもんだよ。」
年齢なんてどうでも良かった。 元々、俺は年上が好みだ。
「お前がどうして銀行で頑張ってるか忘れたのか?お母さんと妹さんの行方を探すため。 銀行で偉くなれば、アクセスできる極秘情報も増える。だから出世するために頑張ってたんじゃなかったのか?」
「全く報われてませんでしたけどね」
「 お前は人が良すぎるから実績を取られちゃうんだ。 でも私はちゃんと見ていたよ。 今回 うまくやればきっと出世もできる。 そうすればお母さんと妹さんとも会えるよ。」
「……ふざけないでください」
「あ?」
「あなたは人事部なのに僕のことを全く分かっていません。俺はそんな方法でお母さんと妹と再会したくない。2人にどんな顔をすればいいかわからない」
俺は黒川 調査役を睨んだ。彼女も睨み返してきた。軍曹と呼ばれるだけあって、彼女の目には鬼気迫る迫力がある。 視線だけで人を殺してしまう類の人間だ。
「会社は俺を辞めさせることができないんですよね?じゃあ俺は言いますよ。この銀行を、今日限りで辞職します」
彼女は、そうか、と呟いた。そして本棚の近くへ スタスタ と歩いて行った。
「お前のことは割と気に入っていたんだ。 手荒な真似はしたくなかったんだけどね」
彼女は分厚い本を一冊、取り出した。本が開かれて、どうしてそこが書庫になっているかは分かった。それは本ではなく、拳銃を入れるための箱だったのだ。 拳銃の形に本の中は くり抜かれていた。
「人事部って、人の命まで操るんですか」
「それじゃあ犯罪集団だろ。殺しはしない。元の世界に戻るだけだ。 この世界の記憶は綺麗さっぱり忘れてね」
彼女はゆっくりと銃を俺に向けた。 俺はポケットに中にあるスマホを取り出した。 俺がスマホをいじっているのを見て、彼女は薄く笑った。
「ご令嬢に別れの言葉でも送ってるのか?無駄だよ。この銃で撃たれるとそのメッセージも同時に消える。 お前の声は全てなかったことになる」
その口ぶりからして、俺の所持金が無限大のことは知らないのだろう。 俺はスマホを操作して、とある動物のボタンをクリックした。愛らしい動物だ。 いつまでも見ていたくなる。
「元の世界で頑張ろうな。 一緒に」
彼女が銃口をこちらにゆっくりと向けた時、 遠くから見覚えのある声が聞こえてきた
「オノ!」
それはあのかつて俺が救った全長2mの鳥、モズ だった。
「ありがとう、モズ! この女性を、えーと、水の島から一番遠くて、安全な場所まで連れてってくれ!」
「オノ!」
「いや、食うなよ!?」
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